「はあああああ!?」
「なんでだ?本来の目的である、魔法戦闘の交流は終えたろ?なら十分じゃないか」
「こういう機会でない限り龍さんと手合わせなんて実現しないだろうしさ、それにまだまだあたしは戦えるからさ!一回だけやろうよ!エキシビションマッチってことで」
「ちょっと待ちなさい!」
焦って止めに入ったのはミアだ。
さすがに今回の交流会の予定の中に入っていないプログラムということもあるが、そもそもプロソスにて龍は日本における最強の魔法使いとしてあこがれの存在である。
仮にだが、もし万が一龍がサチに負けるという事態になれば龍に対するプロソス国民のこれまでの信頼や憧れが失墜する危険もある。
「そんな事ステア案内役を仰せつかっている私が許可できません!これからの予定もあるんですから!」
「えー、一回だけ!ね?龍さん」
「あたしは見たいけどなあ」
口を挟んだのはアリスだ。
「アリス!?」
「正直言うとさ師匠って刀の才能が凄いのは知ってるんだけど、魔法は知らないんだよね!だからあたしでも敵わないサチと師匠がどこまでやれるのか見てみたいなあ!」
アリスに関してはもう完全に興味本位だ。
「……分かったじゃあやろうか。戦いにならんぞ?」
「大丈夫!」
そういうと龍は装備と羽織を脱ぎ、練習用の杖を取った。
「ちょっと待ってください龍様!」
「安心しろミア」
「は?何が……」
「恐らくだが……数秒で終わる」
「へ?」
サチと龍、現状ステア魔法学校最強の魔法使いと日本最強の魔法使いによる突発的な魔法戦闘演習、誰一人興味ないわけが無かった。
練習場に入り、結界が張られると我先にと結界を囲みだし中の二人を見つめ始めるステアとプロトス及びメノリオの生徒。
二人とも距離を取ると小さくお辞儀した。
「霞サチ」
「ん?なんすか?」
「一つだけ言っておく」
「はい」
「……君がシオンと戦って何かを感じたのは分かるし、俺と戦って何かを得ようとするのも理解は出来る……だが」
「だが?」
「俺と戦っても何も得る者は無いとだけ先に言っておこう」
二人が構える。
呆れた顔のミアが片手を上げた。
「……それではエキシビションマッチ、ステア魔法学校霞サチと第二日本国神報者龍様の試合を開始します……試合開始!」
「おしゃああああああ!」
サチは先手必勝とばかりに杖を振り被る。
「……」
龍は黙ったまま杖を上空に構えた。
サチはとりあえず魔素球による罠を張るために龍に接近しようと走り出そうとした……その時だった。
「……え?は?」
「……マジかよ」
練習場にいたすべての者が驚愕した。
龍が杖を上空に向けた瞬間、魔素球が生成されたが間髪置かずにあり得ないスピードで巨大化していく。
(でっかー。こんな大きさの魔法作れるんか)
その大きさに圧倒されるアリスを傍で見ていた柏木が話しかける。
「アリス、龍の戦い方は参考にするな。あれはほぼ無制限に魔素が使える龍だからできる芸当だ。この世界に真似できるやつはいないだろう」
「でしょうね」
本来魔法使いの戦いの中ではありえない大きさの魔素球が生成されていく様子に戦っているサチはドン引きし、固まっているが直ぐに表情を変え、龍に突っ込もうとする。
「……ほう来るのか」
龍は巨大化した魔素球をサチの方へ傾けていく。
「な!ちょっちょっちょっ!……あ!」
ここでサチは気づいた。
龍が少しずつサチに近づけている魔素球が近づけば近づくほど、サチが龍に近づくための最短ルートも無くなっていくのだ。
思いもしなかった異常事態にどうするか悩んでいるサチだった近づくスピードを増した魔素球はサチの顔面30センチまで近づく。
———あーやっべー、これ爆発したらどうなんのか気になる。
現時点でサチの勝ち筋はほぼ消滅してると言っても良い、何故なら仮にここから躱して攻撃に転じても龍はまだ魔素球を放っていないので魔法が追いかけてくるためだ。
そして仮にサチが龍の魔法をくぐり抜けて龍に魔法を放ったとしよう、だが龍は魔法が自身に着弾する前に魔法を爆破させるだろう、そうすれば自身含めてサチを爆発の余波で両者の結晶は割れるだろう、そうなれば両者引き分けとなる。
つまり現時点でサチの勝ちは無くなってしまったと言えることになる。
だがサチには端からサレンダー……降伏するという選択肢はなかった。
霞家の稽古でも負けても良いから最後まで戦い、経験を得よという教えなのだ、降伏するなんて選択肢は最初からない。
つまり現在のサチの脳内はただ一つだけ……恐らく現状誰も受けたことが無いこれほどの大きさの魔法を受けたらどうなるのかという興味だけだった。
だが同時にサチは生まれて初めて恐怖に体が震えていた。
恐らく今後、このようなサイズの魔法を受けることは無いだろう。
死ぬことは無いと分かっていても体の細胞が脳が訴えているのだ……『降伏しろ』と。
———霞家の人間としてこれを受けない選択肢は無いよなあ!
覚悟を決めたサチが杖を目と鼻の先の魔法に向けてシールド展開し、魔法と衝突する。
ほんの僅かな抵抗を感じた龍は維持していた魔素球を放った。
その瞬間。
ド――――――ン!
普通の魔法の試合……それどころか魔法の戦闘ですら起こることは無いだろう巨大な爆発が結界内で起き、余波が結界内を充満していき結界が少し変形した。
(おおお!すっげー爆発……中は平気なんか?)
同時にそれを見ていた生徒たちもあまりにも大きい爆発に結界が壊れるかもしれない不安からか身をかがめるが、結果的に結界は無事であった。
そして結界内に居た両者が爆風で吹き飛び、結界の壁に衝突する。
その瞬間、両者の結晶がありえない速度で爆散した。
そして爆発による砂埃が収まると両者は結界の対面にぐったりと倒れているのが確認できる。
それを確認したミアはもう一度右手を上げた。
「りょ、両者引き分け!」
「サチ!」
結界が無くなると同時に急いでアリスがサチの元へ駆け寄る。
「はっ!はっ!はっ!」
サチ自身も何が起きたのか理解できてない様子で必死に呼吸をしていた。
「アリス!生きてるよねあたし!」
「残念ながら生きてるよ」
「おっほー!」
「霞サチ」
そこに先に立ち上がった龍がサチの無事を確認しにやって来る。
「降伏するという選択肢もあったはずだが」
「霞家には実戦以外降伏はするなって教えがありまして……それに霞家としてあんなに大きな魔法……死なないなら受けないともったいないっしょ!そもそも勝ち目なんてなかったし」
満面の笑みで返すサチに笑う龍。
「そうか……アリス、お前も暇があったら受けてみるか?」
アリスは少し考えた。
「……死なないなら全然ありだな。でも師匠はいつもこういう戦い方なん?」
「そうだな。俺は不死だ、生死を問わないのならば俺ごと吹き飛ばした方が良いからな」
「なるほど」
(サチとは違うベクトルで脳筋発言だぞそれ)
「ここに居たんですか」
そこにディアスがやって来ると、その場にいた生徒の顔の表情が引き締まる。
「ディアス……そんな時間か」
「私もそんな時間が取れないんですから、行きますよ」
「分かったよ」
龍はディアスに連れられるようにその場を後にした。
「まったく、降伏すればいいのに」
呆れ顔で話しかけるミアに対して笑顔で立ち上がるサチ。
「だって死なないんですよ?だったら受けないと魔法使いとしてもったいないじゃないですか」
その言葉に驚いたのか、何かを感じたのかほくそ笑んだミアはゆっくりとサチに近づいた。
「霞サチ」
「はい?」
「貴方は私にため口で話すことを許すわ」
「へ?それってどういう」
サチが戸惑うようんいアリスを見つめる。
アリスが少し笑う。
「ミアに……王女殿下に魔法使いとして認められたってことだよ」
「……なる……ほど?」
いまだにどういうことか分かっていないサチだったが、時計を見たミアが焦るように促さす。
「さ!もう時間よ!ちょっとだけ時間が押したけど面白いものが見れたので良しとしましょう!夕食の時間だから早く行きましょう。他の組の生徒はもう夕食を食べるレストランについているだろうから」
「レストラン!?」
反応したのはアリスだった。
「そうよ、だからすぐに移動しましょ」
「よっしゃ!行くぞ二人とも!」
「ちょっと待っ!アリス自分で歩けるって!」
「待ちなさいアリス!案内は私が!」
二人の抗議もなんのその、プロソスの高級レストランでの食事にわくわく感を隠せないアリスはミアとサチを引きずるようにその場を後にした。