「シャーーー!」
宣言後、フローシオがもはや巨大な化け猫にしか見れないレベルで毛深くなり、鳴き声も猫に似てくる。
だがその鳴き声も何処か戦いを楽しんでいるのでは無く、ただただ死を逃れたいとむせび泣くようにしか聞こえない。
「死にたくない……死にたくない……死にたくない」
「……おいおい……最初はお前だろ?なら覚悟しろや!……うお!」
第五?まで解放したフローシオは何と三穂のユニーク覚醒時の速度と同じまで加速し三穂の攻撃に合わせることが出来るようになっていた。
そしてこの場の三人は完全に覚醒した二人の戦いを興味深く見ることしかできなかった。
だが二人が覚醒した状態での戦闘の決着は始まってたった数分経過後、すぐに決まった。
何度目かの斬りあいで距離を取った二人だったが、フローシオがもう一度切りかかろうとした……その時だった。
フローシオが動かなくなった。
とういうより突然全身の力が抜けたように膝まづくと、全身を覆っていた毛が魔素となり霧散とすると、爪も元通りの長さに戻ったのだ。
つまり魔素を使い切ったのだ。
「はぁはぁはぁ。ふー……チャアアアンス!……うぉ」
戦える状態ではないフローシオを見て最後の一撃を叩き込むために構え、走り出そうとするが、三穂も同じくその場に跪いてしまった。
三穂も魔素を使い果たしたのだ。
「だから途中から第五を開放するなといったんだ」
「でも……使わなきゃ死んじゃうとこだった!」
「だろうね、完全に予定外で想定外だったけど、良いものが見れたから収穫としては十分だ」
完全に脱力し動けなくなったフローシオを担ぎ上げると龍とアリスに一礼する。
「ずいぶん面白いものを見せてもらったよ。じゃあね龍とアリスさん」
「待て!」
「おや?追いかけるのか?でもその子はもう動けないだろう?それに俺の予定はもう済んでるからね。もう少ししたら俺を追いかける処の話では無くなると思うぜ?」
「何の話だ!何をした!」
「じゃあね」
フローシオを担いだシオティスは闇の粒子になると空へ飛んでいった。
「あの野郎」
龍がゆっくり、三穂に近づく。
三穂は魔素切れにより完全に脱力していたが、何とか意識は保っていた。
「ごめん龍さん」
「気にするな、予定にない戦闘、予定にないユニークを使ったんだ。フロー相手にあそこまでやれたのは大きいだろ。それに今回は状況的に決め手に欠けていただけだしな、次上手くやればいい。だから眠れ」
「うん……ごめん」
静かに龍に体を預け眠り始める三穂。
それを見ながら少し微笑みの目線を向けるアリス。
すべての戦闘が終わり、少しばかりの静寂が訪れた……その時だった。
「あ!お二人とも!ここに居たんですか!」
宮殿の方から一人の男性が二人に声を掛けた。
二人が振り向くとそこに居たのはスーツ姿の日本人である。
「ん?どちら様?」
「プロソス大使館の江利沢尊だな」
「へー、てことは大使ってことか。……ていうかすっげー慌ててるように見えるけど」
「そうだな……どうしたんだ!」
「大変です!バリアス国王が!早く寝室へ!」
「嫌だ!嫌だああああああ!ああああああああ!」
龍とアリスが寝室にたどり着くと、そこにはミアの悲痛な絶叫が響いていた。
もうすでに何人かのプロソスの兵士と侍従がベッドを囲っており、中心ではミアがバリアスのベッドの傍にて号泣している。
龍とアリスが近づく。
最初こそミアが泣いている理由が分からないアリスだったが、兵士が道を開け、そこで起きている光景が視界に入るとようやく事の詳細が判明した。
「え?……バリアス……さん?」
「バリアス……」
バリアスと妻のフィアはベッドで仰向けのまま腹部にそれぞれ日本刀と脇差が刺さっており、両者の首が切断され、絶命していた。
まるで切腹自殺後の介錯の様だ。
龍は静かに拳を握った。
『俺の予定は済んだ』
———シオンの言っていたことの意味はこれか。
「龍様……犯人に心当たりは?獲物は日本刀です」
まだ冷静なディアスが龍に尋ねる。
「先ほど闇の魔法使いであるシオティスと戦闘をしてきた。犯人はあいつだろう。だがすまない、色々ありすぎて取り逃がした」
「そうですか……分かりました」
「……」
(……やっべー、バリアスさんていうこの世界……いやこの物語の重要人物っぽいキャラクター死んだぞ?っていうか……特段悲しいとは思わないのは何故だ?確かにバリアスさんと会うのは二回目だし、初めて会ったのも去年だしあまりバリアスさんとの思い入れがないんだよね……これはあたしがおかしいのか?ていうかそれよりも気になることが……)
アリスだけはこの状況を一瞬だけ悲しんだだけで次に思ったのはもう違うことだったからだ。
(ちょっと推理してみるか、バリアスさんが夫婦で死んだ……しかも得物は刀……完全にシオンの仕業だ。でも……何故だ?シオンがバリアス夫妻を殺す理由がどこにある?しかも部屋は荒らされた様子が無い……つまり寝ている夫妻を静かにやった?まあシオンなら出来るか……でも動機が全く分からん)
アリスは探偵ゲームをやっているかのように声は出さずともゆっくりベッドの回ると推理を始めたのだ。
だが肝心のベッドの周りは侍従たちが固めているので容易には近づけないが隙間からであれば必要な情報は集まる。
(あれ?角度的に見えないだけか?ていうか見えずらい……)
アリスは血まみれではあったがバリアスの首元にあるべきものが見つからないことに気づいた。
だがよく見ようにも侍従たちの体のせいと角度的にも良く見えないせいで見たい箇所が見えなかった。
「アリス」
「ふえ?」
「もう帰るぞ。今の俺たちに出来ることは無い、それに後のことはプロソスがやることだ」
「……ういっす」
アリスが宿舎に戻ると案の定質問攻めにあったが、闇の魔法使いとの戦闘があったことや自分自身には何も怪我がないことは言うことは出来たが、龍よりバリアス夫妻が亡くなったことは混乱を防ぐために言うことは出来なかった。
次の日。
「皆さんこの度は交流会にご参加いただき誠にありがとうございます。皆さんが過ごしたこの三日間が後の日本の為に……日本の発展の為になりますよう祈っております」
交流会最終日の朝、各学校の生徒は転移陣に集まり帰路に着こうとしていた。
だがステアの転移陣には本来最後まで付き添うはずだったミアはそこに居なかった。
代わりにステアの面々を見届けたのは皇太子のディアスであった。
次期国王となるものとして国民や友好国の生徒に悲しい顔を見せるわけにはいかないという思いからか、アリスが初めて会った時のように気丈に振舞っているように見える。
だが西宮が何故ミアが居ないのかと問うと。
「昨日の襲撃で多少戦闘に参加してね、少し疲れてしまったんだ。すまないが今日はお休みとなったよ申し訳ない」
とだけ言ってさらっと流したのだ。
「そうですか」
「では皆さん、時間です。では龍さんどうぞ」
「ああ」
龍は転移陣に魔素を注いでいく。
そして数秒後、転移陣が自発光すると転移陣の光がアリスを包み込んだ時だった。
いつの間にかアリスの傍に来ていたディアスがアリスにささやく。
「また会うことがありましたら、妹のことをよろしくお願いします」
「……私に出来ることであれば」
ディアスはその言葉を聞くと、安心したような安堵の表情になり、転移陣から離れる。
そして……。
アリスは一瞬の浮遊感の後、第二日本へ転移した。