傾国の美女……彼女を表現するのに一番適切な言葉はこれであろう。
本来生きた時代は400年前でありアリスとは全く違うが、それでも現代の街中を歩いていても確実に人目を引くであろう、その美貌にアリスは言葉を失ってしまったのだ。
ストレートで腰まで伸びた髪、そしてサチやコウとはまた違うお姫様のような髪型だが、きりっとした顔立ちやその漆黒とも呼べる艶やかな髪のせいで妖艶さまで醸し出している。
そして少なくともアリスより胸が大きい。
(ちょー綺麗……前にシオンにサチは綺麗だろ?だとかなんとか言ったような気がするけど。そりゃあシオンがサチに目もくれないもの分かるわ……こりゃあ絶世の美女と呼べるレベルですよアレ)
龍以外のアリス、自衛隊の隊員、そして衣笠までも今まで名前でしか聞かされていなかったファナカスの姿に魅了されてしまっていた。
一部の自衛官は向けていた銃口を下げてしまってもいる。
アリスは逆に何故あのレベルの美女が闇の女王として君臨し、日本と戦争を起こしたのか分からなくなった。
そしてファナカスがゆっくりと地面に降りると、ゆっくりと伸びをする。
「んー!400年……長かったのう。ん?おやおぬしらも出迎えかの?ご足労痛み入るぞ」
その声すらも透き通るような声でスッと頭に入ってくる。
「リサ様お久しぶりでございます」
「おお、シオンか400年であるな。わらわが居なくて寂しい思いをさせて申し訳ない」
「はい確かにこの400年間は寂しいものでしたが……今はただ喜びの感情しかありません。それと……」
「なんじゃ?」
「リサ様……とても言うのがはばかれるのですが……お召し物を着られませんと」
「ん?おや……そうじゃな」
ファナカスの手から闇の粒子が現れると、それは次々と体表を伝い、全身を覆って行く。
そして魔素は服に変わると、和服にとなりファナカスは美しい和服美人となった。
(……闇の魔素ってあんな使い方出来るんか!すげーな!)
「おや?誰かと思えば龍ではないか!久しいのう!」
「……ファナカス」
(ん?ちょっと待て……師匠って。今は龍だけど昔は違う呼び名だったよな?確か龍って呼び方は結構最近になって呼ばれた?はず?なんでその呼び名知ってるんだ?)
龍はファナカスを警戒して杖を構えている。
「おやおや物騒ではないか、それにわらわは杖がない」
「リサ様……こちらを」
シオティスは一本の杖を渡した。
そしてその杖の正体にいち早く気づいたのは龍だった。
そうシオティスが初めてステア魔法学校を襲撃した時に奪われた杖だったのだ。
「その杖……そうかこのためにか」
「今更気づくのか……俺が私利私欲の為に動くとでも?全てはリサ様のためさ」
「うむ……良い杖であるのう。ちょっと試してみようか」
ファナカスが杖を上に向ける。
するとその場の全員が視線を上に向ける。
「……」
突如、杖の先から漆黒の魔法が発射されると結界の最上部に当たる。
「何をしてるんだ?」
「この結界はバリアス殿が張ったんだろ?そう簡単には破れないはずじゃ」
そう、普通の魔法使いの魔素量ではどうこうできない結界をバリアスは作っていたが、問題はこの結界は封印するファナカスに対して闇の魔法使いを近づかせないために張ったものであり、ファナカスが結界を破壊する想定をしていなかったことだ。
つまり……。
ファナカスがニヤリと笑い、魔法の出力を上げた。
すると次の瞬間。
バリン!
たった数秒で結界はけたたましい轟音と共にあっけなく崩れ去った。
(うわー、ファナカスすげー……うん?)
破壊される瞬間を待っていたんだろう、結界が破壊されると同時に4本の闇の粒子が中に入って来る。
(わーまたなんか来たぞ)
龍の反対側に着地するとそのまま膝まづくと一斉に挨拶する。
「「「「リサ様ご帰還おめでとうございます」」」」
「うむ知らぬ顔もおるが皆今日までご苦労であったな。……おや?」
「リサ様―――――!」
到着した瞬間、涙目でファナカスに抱き着く。
猫は主と離れると顔を忘れるとはよく言うがフローシオの場合は違うようだ。
まるで数年ぶりに飼い主に会う愛犬のごとくファナカスに飛びつく。
「おお!フローではないか!久しうのう!お!この撫で心地もあの時と変わらぬ、わらわは嬉しいぞ?」
「ふへへへ!」
(猫……いやどう見ても犬だろ)
「それで?龍、どうするかの?」
「……」
龍はどうするか迷っていた。
シオティス一人であれなまだ何とか何とかなった……だが、ファナカスの復活と今や龍ですら初見の闇の魔法使いが4人追加され龍側との戦力差がけた違いになった今、もう龍の頭にはここから同脱出するかしか考えていなかった。
だが退却の決断は隣に居た衣笠の方が早かった。
二個中隊の中隊長二人を呼び寄せると、静かに退却の指示を出したのだ。
「た、退却ですか?」
「考えろ、闇の女王とその部下が6人だ、ここに居る部隊で同行できる問題じゃない。仮に第一空挺団の第一大隊が完全装備でここに居たとしても俺は撤退の決断をする。奴らと戦うなら自衛隊の総力でやらねば無理だ」
「……分かりました」
「衣笠……撤退だな?」
「ああ」
「分かった俺が殿を務めよう。俺は不死だ、それにあいつの封印が解かれた影響で俺は第一以外も使えるようになった。なんとか時間稼ぎぐらいならする。首相官邸側の扉を厳重に警備、以後完全に閉鎖するように林に言え」
「了解……だがお前が闇の女王と戦うんだ、俺はそれを見届けたい……というよりお前とファナカスがどんな戦いをするのか興味があるから残るよ」
「……守らんからな」
「もちろんだ。君たちは撤退!分かれ!」
衣笠の一言で二個中隊の隊員たちはすぐさまに武器を仕舞うと箒に跨り次々と通路に侵入していく。
闇の魔法使いが追跡しようと構えるが、龍が杖を構える。
「龍、お前は行かんのかえ?」
「お前の臣下が大人しく返してもらえなさそうなんでな、少しは殿として戦うさ」
「ほう?それは興味深いのう!……おぬしら手を出すなよ?こやつらとはわらわ一人でやるからのう」
「はい、かしこまりました」
ファナカスと龍が一歩前に進み杖を構える。
(マジで?日本最強の魔法使いと闇の女王、ファナカスの一戦……あたしも撤退してる場合じゃねえ!)
「……」
「……」
———と言ってもなあ、俺は第一以外知らないんだが。
お互いが向き合い、数秒の沈黙の後。
ドーン!
龍の火の魔法と、ファナカスの闇の魔法がぶつかり、繋がった。