ガチン!
「……!」
声こそ出さなかったが、龍は明らかに動揺した。
素人……いや初見のシオティスであればもしかすると一太刀入れられたかもしれない一撃をあっさりと見切られた。
「……くっ!」
そして慣れないどころか練習すらしてない一発勝負の剣術を避けられた時のことは考えていたが、受け止められるとは思っていなかった龍は一瞬、ファナカスの目の前で固まってしまった。
「残念じゃ……龍」
「師匠!」
誰が見ても薙刀の達人であるファナカスがその一瞬を見逃すはずがない。
小さく振りかぶると、神速の兜割りを龍の頭目掛けて叩き込もうとした……その時だった。
バン!
「……え?」
突如、何一つ攻撃を受けていないはずのファナカスの着物が部分部分はじけ飛び、闇の魔素となって霧散した。
イメージとしては艦これの中破状態である。
(わーお、これはこれでありっすな)
「……そうか……まだ早かったかの……仕舞じゃ」
振りかぶった薙刀を魔素の中にしまうともう一度服を再生し、闇の魔法使いの集団へ歩いていく。
「ファナカス!」
龍は立ち上がり、追いかけようとするが見えない壁に阻まれる。
「今日の余興はこれにて仕舞じゃ……また相見えようぞ龍」
そういうとファナカスは他の闇の魔法使いと共に闇の粒子となりぽっかりと開いた天井から何処かへ飛んでいった。
「……くっそたれが!」
「いや……龍……色々計画が変更となったとは言え。殿という目的は果たされたよ、後は総理……いやお前は陛下への報告だろ?」
「……分かってるさ」
「それにしても龍、最後の技……俺も見た事が無かったんだが」
「あたしも!やったの、初めてだよね!」
「わたくしもです」
「アリス……おま……いや……そうだな。たまたま見かけたことがあってな、俺の技、全部見切られていたから試しにってな」
アリスに誰かが乗り移った時に見た技だと言おうとしたが、事実を言えばアリスが色んな意味で発狂しそうだと思い、やめた。
「それにしても龍ですら互角……いやそれ以上か……400年前、どうやって封印したんだ?」
「あの時のあいつは今ほど冷静じゃなっただけだ。後は時の運……としか言いようがない」
「そうか……それで?これから帰るんだが……」
「どうした?」
衣笠がゆっくりとミアを見る。
「どうしました?」
「ミア殿下はその……シオンに誘拐された……ってことになりますよね?通路は開いてますから一人プロソスに帰るのか、一時的にも日本で保護扱いにして公式に帰国という方が良いのか迷いまして。私一人で残ったものですし、急いできたものですから無線機等も持ってきてないんです。ですから防衛省とも連絡の手段がありません。どうしたものかと」
「なら一度日本で保護してくれませんか?楽しいものが見れてお腹がすきました!非公式にでも日本で食事がしたいです」
「それが誘拐された人間のいう言葉かい!バリアスさんが殺されてふさぎ込んでたんとちゃうの!?」
「そうね……でも今は闇の女王の復活でお兄様……新国王がどうするか。日本としてもどう対応するかしか興味がありませんわ。……はぁ、もっと政治を学んでおくべきでした」
(ほんと、心強いね君)
衣笠は半ば諦めた顔で承諾する。
「分かりました。ミア殿下がそう望まれるのならば、我々が出来るのはミア殿下を日本まで送迎することのみ……ならばいっしょに首相官邸まで帰投しましょう」
「はい!よろしくお願いいたします!」
「そうと分かったら行きますか……龍、予備の箒あるか?」
「ああ、ん?アリス行くぞ」
「え?ああ……うん」
アリスは何故か龍とファナカスが今しがたまで戦っていた場所をぼーっと見ていた。
(あれが闇の女王……明らかにあたしじゃあ、力不足……だよな?もし仮に戦うとしたら……いくら主人公と言っても無理ゲーが過ぎませんかね?……あまり考えたくないけど、もし次会うなら戦わない……って状況で会いたいもんだ……美人だし)
ゼロ地点から第二日本国まで今度はゆっくりと飛行しているとアリスがゆっくりと龍に近づく。
「師匠」
「ん?なんだ?」
「……自衛隊が撤退してファナカスと師匠が戦ってる時さ、ファナカスは他の仲間に手を出すなって言ってたじゃん?なんであの時、あたしに聖霊魔法撃たせなかったのさ」
「ああ、それか……」
龍は少し考える。
「すまんファナカスとの戦闘に集中しすぎて完全に忘れてた」
「……まじかい……まあいいけど」
実は嘘だった。
龍はファナカスが復活した時点で衣笠が自衛隊を撤退させ、自らが殿となり闇の魔法使いの集団と戦う気であった。
そして訳一分でいい、闇の集団のヘイトを龍に集めさせ、アリスが聖霊魔法を使う時間を稼げば何か起きると思ったのだ。
……だが龍の目論見は完全に外れた。
400年前、龍が最後に見たファナカスは精神的に不安定であり、暴走気味であったのだ。
だからこそ辛うじて龍はファナカスを封印できた。
だが目の前のファナカスは非常に落ち着いている。
つまり、ある意味龍にとって今のファナカスとの戦闘は、どのような戦術を取って来るか分からない状態での初めての戦闘と言っても良かった。
そして龍と同じようにほぼ無制限に闇の魔素を使える状態である。
だからこそもし龍との戦闘途中にアリスが聖霊魔法の準備を始めたことがファナカスにバレ、集中砲火を食らえば三穂や衣笠が居ようが守り切れる保証はない。
そのようなリスクがあるならアリスに何もさせない方がましだ。
だからこそ何も言わなかったのだ。
それを隠し、龍は忘れた事にして戦闘を終えたのであった。
その後、ミアが誘拐されたという情報が龍の突入後に知らされたこともあり、龍と外務省による一悶着があったり、政府首脳陣らがすぐさまミアをプロソスに送り届けようとするが、ミアが疲れた、一泊するという駄々をこねて結局、首相官邸の近くにあるホテルのワンフロア―を政府が緊急的に借り上げる形(厳重警備付)となりミアは一泊二日の日本旅行を楽しむこととなる。
なおアリスはミアより観光案内を頼まれるが、そもそも転生してからステア……というよりマギーロから出たことがほとんどない事や、色々ありすぎて疲れ切ったこともあり、不貞腐れるミアを横目にステアに戻った。