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第二日本国首都襲撃事件 3

 非常事態宣言、それは一部特殊な場合を除き内閣総理大臣のみ発令が出来るもので、発令されると内閣総理大臣がもつ行政府の長としての権利が全て一時的に天皇陛下へ移譲されるというものだ。


 つまり選挙によって選ばれた議員による統治から国家の象徴の統治へと切り替わるのだ。


 非常事態宣言下に限り憲法よりも第二日本国神法のすべての法が優先法律となる。


 そして内閣はそのまま天皇陛下の傘下となり非常事態が解除されると同時に内閣は自動解散、つまり総選挙が行われるという形になる。


 そしてもう一つ重要なことがある。


 防衛省というより自衛隊の指揮権も総理大臣から天皇陛下に移譲するわけだが交戦規定と呼ばれる、いってしまえば敵に発砲する許可の基準が変わるのだ。


 非常事態宣言前ではシンゴジラでも見たであろう、最終的には自衛隊最高指揮官である内閣総理大臣の許可が必要である。


 だが非常事態宣言下では最高指揮官に許可を取る暇がない場合が多くなることが想定されるため自衛隊内の指揮所、あるいは現場の最高階級に当たるものが許可を出せば発砲が許可される……つまり現場の判断が尊重されるのだ。


 これこそ、第二日本国が他国に宣戦布告をされた場合や突然の軍事行動に対しての国を守る最終手段として神法が存在する理由である。


 そしてもう一つ、この非常事態宣言が存在する理由がある。


それは国会議員を国会議員たらしめている……ある種の政治的立場のよるしがらみがないことで素早い判断が天皇陛下には出来るからである。



 龍が急ぎ気味に地下通路を歩いていき、皇居側の出口に差し掛かると、先に入っていく官僚たちが次々に速度を落とし、深々とお辞儀をするのが確認できた。


「……?」

「あ、龍さん」


 天皇陛下が挨拶されると、それに続いて皇族守護統括の絹枝や他の面々も頭を下げる。


「帝……先に入って居ればいいのに」

「いえいえ、非常事態宣言下ではあなたは正真正銘こちら側の助言者です。ならばいっしょに入るのが良いかと」

「帝がそういうなら」

「では行きましょう」


 龍と天皇陛下が入られると本来、皇居地下幹部会議室に居るはずの官僚や閣僚は総員立ち上がり出迎えるはずだ。


 だが今回出迎えたのは酷い怒号の渦だった。


「負傷者多数!」

「救助体制はどうなってる!」

「避難の状況は!」

「早く情報を送れ!」


 過去、災害であっても非常事態宣言は無かった、つまり旧日本での終戦とほぼ同時にこの世界の第二日本も第二日本帝国から生まれ変わったこの国にとっては初めての非常事態宣言である。


 非常事態に入ってもやることは変わらないと当時の閣僚も官僚も考えていたのだろう、過去どの政権も非常事態宣言下に入った後の訓練を行うことは無かった。


 その油断がこの場の混乱になっているのだ。


「陛下入られます!」


 侍従が天皇陛下が入られたことを伝えるが、気づくものは誰もいない。


「……龍さん……お願いできますか?」

「え?……ああ、そういうことですか」


 龍が天皇陛下の周りにいる侍従や皇族守護の人間に耳を塞ぐようジェスチャーする。


 何のことかと思いながらも皆耳を塞ぎ、龍がそれを確認すると、懐からリボルバーを取り出し、空間拡張を施した袋を取り出すと中に向ける。


 バン!


 鳴り響いた銃声は怒号を強制的に静まらせるには十分だった。


 その場にいた全員の視線が銃声を生み出した龍に注がれる。


 ていうよりこの場に居る人間で銃を持ちこめるのは龍ぐらいしかいない。


「……何をしているんだ!オブザーバー!」

「……ここに居る者は最低限、最高指揮官が入られる時は、頭を下げるものと思っていたんだが勘違いだったか?」

「え?……あ、陛下!」


 ここでようやく気付いたんだろう、一人の者がお辞儀をするとそれに習うように全員がお辞儀をした。


 そして天皇陛下が静かに座られる。


「……このような状況です、皆の持っている情報が全て最優先事項だということも理解しています。ですがその中でも最も優先すべきは国民の命、安全です」

「ですが陛下、政府機能の維持を考えなければ!経済が終わり……ひいては国が滅びます!」


 ———やはり考えるのは国そのものではなく……政府の維持か。


「政府機能の維持……ですか……では聞きますが。あなたが本来守るべきは政府だと思っているわけですね?」

「え?……大臣の職についている以上、それが最優先事項だと自負しております」

「……では聞きますが……あなたが現在、大臣の席についているのは誰のおかげなのでしょう?」

「え?……それは……」

「答えられないのですか?」

「……陛下……あなたに認証されたからです」

「少し違いますよ?理由までは問いませんが、私はあくまで内閣総理大臣が数いる国会議員の中からあなたがその職に相応しいと判断し任命したのでそれを認証したまでに過ぎません。ではもう一つ……あなたが国会議員となれたのは誰のおかげなのですか?」

「……私の選挙区の有権者です」

「そうでしょう。もしあなたが大臣では無く、一人の国会議員ならあなたに投票した有権者の為に働くのはおかしい事ではありません、むしろこれからも職責を全うするべきだと思います。ですがあなたは国会議員であると同時に大臣です。いいですか?内閣を構成する一大臣としてあなたの仕事は政府機能の維持ではありません。国民が集まって出来た国家という生き物を操るために作られた指令室が政府なのであり、その指令室を唯一動かす権限あるのが内閣なのです。指令室や自分たちの立場ばかりのみを守って国家の為に働いてくださっている国民が居なくなっては指令室の存在意味は無くなりますよ?」

「……」


 ついに防衛大臣は黙ってしまった。


「良いですか?非常事態宣言が発令された今この状況における私の仕事は政府の維持ではありません。現状この国が持てるすべてを使って国民を守るのが私の務めです。それが国家の象徴として……天皇陛下としての私の務めです。異論はありますか?」

「い、いえ」


 普段の口調とはまるで違う、まるで威圧するような、自分の立場を守りたいがための保身に走ろうとする大臣に少しイラついているが故の口調に意見をした防衛大臣がたじろいだ。


 それを確認された天皇陛下は普通の口調に戻られた。


「では始めましょうか!まず一つ、情報に関してですがいちいち口頭で喋るとさすがに私でも理解が出来ません。全て紙で報告お願いします。必要であればその都度、私が質問し、必要であれば指示を出します。それで自衛隊に関してですが」

「陛下こちらに」


 いつの間に居たんだろう、統合幕僚長の林がすでに天皇陛下の隣に座っていた。


 本来統合幕僚長、防衛大臣、そして最高指揮官の総理大臣と指揮系統が続いているが非常事態宣言下では国民を守る最後の砦としての自衛隊は統合幕僚長がそのまま天皇陛下の指揮下に入ることになる。


「現在の自衛隊の動きはどうでしょう?」

「はい、現在空自のファントムが迎撃に出ていますが、どうやら爆撃機は闇の魔法で出来ているようでファントムの航空攻撃は全てシールドで防がれている様子です」

「分かりました……闇の魔法使いが降下して戦闘をしている様子はありますか?」

「今の所確認は出来ていません」

「であれば空自と陸自の対空防衛は今のままを維持してください。それと……第一空挺団に関してですが」

「現状、敵の本部や本拠地は特定できておりません。それゆえいつでも出撃できるよう待機するよう準備させています」

「もしですが闇の勢力の本拠地が判明した場合に出撃する部隊以外は爆撃地の国民救助に向かわせてください。出来ますか?」

「……ご命令とあらば」

「ではお願いします。現状、陸自で空挺団を待機させるのはもったいなさ過ぎますからね」

「畏まりました」


 林が幹部会議室の隣の指令室に行こうとする。


「それと林さん」

「はい?」

「現場に出る指揮官に伝えてください。いざとなれば現場の判断で発砲することを許可すると何があっても国民を守るようにと」

「畏まりました……あ、陛下」

「はい?」


 林が一枚の地図を天皇陛下に見せる。


「これは?」

「情報をもとに現在爆撃を受けた場所を地図に表記しました。これで被害状況の把握や避難経路の作成に役立つかと」

「なるほど……ん?」


 天皇陛下は地図に記載された爆撃位置について何か感じた。


「龍さん」

「はい?」


 龍が天皇陛下に近づく。


 すると静かに龍に耳打ちする。


「この情報によるとステア魔法学校も何発かの爆弾により被害を受けたようです」

「……そうですか」

「アリスさんの様子を見てきてください」

「……どういう意味です?」

「以前バリアスさんに言われました。アリスさんはこの国の……いやこの『大陸』を救う大切な鍵になると、ですからアリスさんの無事を確かめてから神報者としての務めを果たしてください」

「それは……命令ですか?」

「はい……勅令です」

「分かりました」


 納得した龍は急ぎ部屋を出ようする。


「あ、龍さん」

「何です?」

「もし必要ならばむす……いえ神楽を使っても構いません」

「……了解です」


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