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アリス誘拐編 勅令質問改め 1

 勅令という言葉がある。


 現代の人には聞き馴染みが無い言葉かもしれないが、辞書やネットで調べると一般的に国王や天子……つまりその国を治める者の直接命令と表現されている。


 そして旧日本の明治から終戦まで天皇陛下が政治的権力を持たれていた時代では天皇陛下直々の命令が勅令として法的効力を持っていた。


 旧日本の現代では天皇陛下は国家の象徴となっており政治の意思決定の場からは完全に離れており政治的な命令は不可能であるため、勅令という言葉は使われなくなった。


 だが第二日本国は違う。


 そもそも非常事態宣言で総理大臣としての権利が天皇陛下に移る以上、勅令という言葉も存続している。


 だがもう一つ、通常時……つまり国家の象徴としての存在であられる時であってもたった一つだけ法的効力を持っている勅令が存在する。



「ん?…………あれ?……ここは……」


 アリスが目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。


 周りを見渡すとそこは何処かの地下だろうか、コンクリート打ちっ放しの部屋で簡易的なベッドと木製の机があるだけの部屋……と読んで良いのか分からない空間だった。


 刑務所……拘置所と言われた方が納得できるレベルである。


(あたし……自分の部屋で寝ていた……はずだよな?もしかして……誘拐?でもあたしを誘拐するような人間なんているか?いや……神報者の弟子って時点である程度価値はあるか)


「……えーと……日本だよな?」

「ちゃんと日本だよ……おはようアリス」


 その声はアリスにとっては聞きなれた、そしてもはや安心したくは無いが安心してしまう声がアリスの起床を確認したんだろうドアから部屋に入って来た。


「師匠!?……ていうことは……誘拐じゃない!」

「いや……まあいいとりあえず話をしよう」



 数分後、アリスが目覚めたことを知った友里、三穂、そしてアリスが知らないスーツ姿の男性が現れる。


「えーと……どういう状況でしょう?まさか……あたしが部屋に引きこもってたから無理やりにでも出そうと誘拐した?」

「んなわけあるかよ……覚えていないのか?お前は……闇の女王であるファナカスに誘拐されたんだ」


 そういうと龍はファナカスが書いたと思われる紙を渡した。


「……わー、なんて書いてあるか分かんねー……でもこんな文字を書けるのは師匠か……同じように400年生きてるシオンかファナカスくらいか……ていうことはあたしは本当にファナカスに誘拐された?ってこと?」

「だろうな。だが残念ながらだが、現状の日本の情報収集能力と俺たち識人の力を尽くしても探し出すことが困難だった。こんなことは言いたくなったがお前がこの紙に書いてある通り無事に返すことを祈ってたんだ」

「それで?ここはどこなん?」

「日本の北東部にある自衛隊駐屯地の地下拘留所だ。無気力に歩いてくるお前を警衛中の自衛官が発見し保護、闇の魔法使いに誘拐された状況も踏まえお前に変な魔法が掛かっている可能性もありうるためここに運んだんだ。因みに誘拐されたのは……一昨日の朝方だろう」

「なるほど」

「それで?」

「何が?」

「……何も覚えていないのか?」


 アリスは少し思い出してみようと目を瞑った。


(……駄目だ。何にも思い出せない。なんか頭に靄が掛かったような……ん?でもおかしいな……誘拐される前の……あの気分の落ち込みようがすっかりなくなってる……それどころか次に何をすべきかは分からないけど、早く行動に移したくてうずうずしてるのも分かる……ファナカス!あたしに何した!?)


 転生してから旧日本の自分の記憶が思い出せないように、誘拐されてから目覚めるまでの記憶が無かった。


 何か重要なものを見たような感覚も何か重要な宣言をしたような感覚も残っている……だがそれでもそれが何だったのか、詳細が思い出せなかった。


 しかもアリスが驚いたのは誘拐される前のすべてに絶望した感情から一転、アリスの脳内はすでに新しい一歩を早く踏み出したいとわくわくしている事だった。


 そして同時にこれだけは残っていたのか……ある言葉が脳内に浮かび上がった。


『自分を見つめ直し、新しい……いや、自分だけの武器を作り出せ』


(自分だけの武器……多分……魔法以外で……この世界で生き残るために守りたいものを守るための武器をまだあたしは見つけてないだけ?ああもう!どおすりゃあいいんだよ!)


「おいアリス!思い出せないのか!」

「わあ!……思い出せません!」

「ファナカスと何か取引したとかか?」

「あ?んなわけねえだろ!弟子を信用してないんか?」

「したいとは思うさ。だがお前の事だ、ファナカスもキレイな部類に入る女性だろう?なら何かしらの交渉している可能性も考えられないわけじゃない」

「……」


(変な所であたしの性癖しってやがる……確かに美人だけど)


「覚えてないもんは覚えてない」

「……はぁ……そうか。悟、頼む」

「分かりました」


 龍と入れ替わるように悟がアリスの前に座る。


「あの……あなたは?」

「ああ、自己紹介してませんでしたか、私、国家公安委員会補佐のさとると申します」

「はぁ」

「私のユニークは相手の目から魔素の中にあるその人物の記憶を読み取ることです」

「……はあ!?……これまたプライバシーの欠片もない能力っすね」

「ははは……よく言われます。ですけど警察に逮捕された犯人の取り調べではこれ以上ない力ですよ?一般的にこの国でも刑法……つまり殺人等の刑事罰の立件は物的証拠と状況証拠が必要になります。ですが私のユニークを使用した情報は例外でそのまま起訴できるんですよ。まあそのおかげで私に嘘の情報を言わすように賄賂渡すような人や殺すような人も居るので結構な警備が敷かれているのですが」

「なるほど」


(そりゃあ実際、犯人の記憶が分かればほぼ捜査なんていらないもんね。もっと欲を言えば見た記憶を第三者が見れればもっといいかもしれんけど。それに犯人サイドからすればどんな完全犯罪も悟さんに見られたらすべてが水の泡……殺そうとするのも無理ないわな)


「では失礼します。……アリスさん私の目を見てください」


 アリスが悟の目をじっと見つめ始める。


 そして悟の目が虹色に光り記憶の読み取りが始まった……その直後だった。


『ふふふ、乙女の秘密を覗こうなど罪深き行いよ。今回はこれで許してやる』

「うわああああああ!」


記憶を呼んでいた悟が急に叫ぶとアリスから一気に離れると後ずさりする。


「へ?」

「悟どうした?」

「……闇の女王はちゃんと考えているようです。きっと記憶にプロテクター魔法のようなものが掛かっているのでしょう。アリスさんが必要以上の情報を喋らないように記憶を思い出せない処理を……そして私のような人間が記憶を読み取れないように処理を施しています。私では何もできません」

「……ッチ!」


(考えたのはシオンか……それともファナカスか……どちらにしてもあいつら誘拐して記憶を封じてまで何したかったんだ?……ん?)


 ふと気が付くとアリスが目覚めるまで四人の内の誰かが読んでいたのだろうか、新聞が木製の机の上に置いてあった。


 日付を確認しようと手に取ったアリスは日付よりもでかでかと書かれた目出しの内容に驚いた。


『西宮総理……衆院選挙出馬せず、議員辞職か?自政党による政権奪取は確実』


(……ん?衆院選?は?ん?どゆこと?)


 アリスは続けて内容を見る。


『今回初の非常事態宣言が発令され、その解除に伴う初の衆院選挙が行われることになったが、その選挙の前に衝撃の事実が判明した。なんと今回の衆院選挙に現在政権与党を担っている民政党の代表で総理大臣である西宮輝義が衆院選に出馬を見送るという情報が入ったのである。今まで民政党から立候補しここまで大きなスキャンダルを起こさず総理の席まで上り詰めた西宮氏が何故突如出馬を見送ったのか……噂によると……』


(……西宮総理……雪の父親だよな?それがいきなり辞任?しかも昨日の今日やぞ?)


「これ……どういうことっすか!?あたしの二泊三日の間に何が!?」

「誘拐されたのを旅行みたいに言うんじゃねえよ。遅かれ早かれこうなると思ったがまあある意味お前の誘拐が引き金になったとも言えるか……ならお前には話そう……恐らく世間には出回らない情報だ。闇雲に言いふらすなよ?」

「……お、おう」

「事が動き出したのはお前が誘拐された日だ」


(あ、これ……また回想入るパターンだ)


 大正解。


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