時は友里が龍にアリスが誘拐されたと報告し、龍が激昂するところから始まる。
あの後、龍は非常事態宣言ではあったが緊急事態として識人会議を招集した。
集まった……というより龍が集めたのは数人だけだった。
衣笠、龍、龍が必要だと判断した国家公安委員会補佐の悟である。
「それで?何用だ?」
「アリスがファナカスに誘拐された」
「……何故ファナカスが誘拐したと分かるんだ?」
「じゃあお前にこれが書けると?」
龍は例の紙を現代の人間にも分かるように翻訳したものとセットで衣笠に見せた。
「……なるほど、確かにこれじゃあファナカス自身が誘拐したと宣言したようなものか……それで?どうするんだ?」
「どうもしない」
「は?おいおい……まさか……ファナカスがちゃんとアリスを返すように信じて祈るだけか?神報者の弟子が誘拐されたんだぞ?国を挙げて捜索するのが普通だろ!」
「そもそも襲撃の時点で本拠地を特定できてないんだ、アリスが誘拐されたから探して見つかるとも思っていない。現状、日本……というより俺たちが出来ることは無いよ」
「というかファナカスがアリスを殺さない保証がないだろ」
「……もしあいつがアリスを殺すなら、ステアでの戦闘の時点で一気に殺せたはずだ。だがあいつはギリギリ生き残るように手加減をした……つまりあいつにアリスを殺す意図はない。だから今回の誘拐は何かしらの交渉をするためか……闇の組織に引き込むかだ」
「なるほど……であれば今出来るのはあちらの連絡待ちか」
「そうなる」
「じゃあなんで会議を招集した?」
「あの……一ついいですか?」
ここまで二人の会話を静観していた悟が手を上げる。
「何です」
「ここまでの情報を分析すると……アリスさんは菊生寮にて誘拐された……と言うことで良いんですよね?」
「そうなるな」
「だからなんだ?」
「おかしくないですか?」
「何がだ!?」
「アリスさんはステア在学中です。普通に考えれば犯人……つまりファナカスが最初に訪れるのはステアのはずです。ですがステアは先の襲撃により厳戒態勢がとられている……ですが目撃情報や襲撃情報は入っていません。つまりファナカスは最初からアリスさんが菊生寮にいることを知って犯行に及んだと言えます」
「それがどうした」
「アリスさんが菊生寮に居るのを知っているのは一部ご学友と一部転生者のみはずです。何故ファナカスは場所を知りえたのでしょうか?」
ここまで聞いて衣笠の表情が青ざめる。
「まさか……裏切者?」
「というより今回はその件で集まってもらったんだ。襲撃時、国会の場で俺の頭の中で沸いた疑問を解決するために悟を呼んだんだ」
「なるほど……大体の事情は分かりました。ではいつでも動けるように準備しておきましょう」
「ちょっと待て!話の筋が見えないんだが!」
国会襲撃時、その場に居なかった衣笠が混乱するのは無理もない。
「すまん……今回は事に寄っちゃ政権……いや国家を揺るがす大事件に発展する可能性がある……真相を話すのは全て終わってからだ。お前が居るのは会議を開くのにお前が必要だからだ」
「……分かった……ならちゃんと全て終わってから話せよ?」
「分かってる」
数時間後、転保協会の執務室にいた龍は何もせずに座っていた。
ある報告を待っていたのだ。
そこに男が現れる。
「首尾は?」
「問題ありません、全て集まっております」
そういうと男は封筒の中身を取り出し、並べる。
中身はある男性が映った写真と行動記録だ。
「それと……申し訳ありません、アリス様についてですが、現在捜索網を広げて捜索しておりますが。手がかり一つ」
「問題ない、シオンは俺が知る中で相当頭が切れる奴だ。400年間見つけられないんだ、アリス一人誘拐するのに痕跡を残すようなへまはしないさ。ただ捜索自体は続けろ」
「御意」
男が消えると、龍は写真と書類を封筒にしまうと一枚の書類に何かを書きこみ、そのまま懐に入れ、転保協会の屋上から飛び立った。
「帝」
皇居御所、天皇陛下が執務をする執務室に入ると天皇陛下はこれから行われる衆院選挙に関する書類を見ていらっしゃった。
だが天皇陛下の表情はいつもより険しい表情であられた……天皇陛下にもアリス誘拐の情報は入っていたのだ。
「龍さん……アリスさんについて続報はありますか?」
「申し訳ありませんが……今はなにも」
「そうですか」
「俺が言うのもあれですが……あいつらの所在が判明しない以上、置手紙に書いてある通りに戻るのを待つしかないかと」
「龍さんは……闇の女王が大人しくアリスさんを返すと思いますか?」
龍は少し考えた。
「あいつは……400年前のあいつは何を考えているか分からないほど暴走していました。ですが今は違います。以前のような暴走状態では無く冷静そのもの……もし何かあれば向こうから連絡を取って来るでしょう」
「そうですか……なら龍さんの勘を信じましょうか。それで、今日は何用でしょう?」
「これを……」
龍は一枚の書類を天皇陛下に渡した。
天皇陛下はその書類を読まれると大変驚かれる。
「龍さん……これを出す意味……分かっていますよね?証拠がないと……」
「分かっています」
次に出したのは先程龍に渡された封筒の中身だ。
天皇陛下はじっくりその中身を確かめられると、大きく深呼吸され、立ち上がられた。
そのまま窓辺まで行かれると、外を眺められる。
「帝?」
「龍さん……二度目です」
「え?」
「私が天皇になってからこのような裏切りが出るのは二度目です。北条の一件はまだ私が裏切られただけで良かった……ですが……今回は……この国の国民が裏切られました」
「……はい」
「私が犠牲になるのはまだ良いんですよ。私一人の犠牲でこの国の国民が助けられるならいくらでもこの身を捧げましょう……それに龍さんをはじめとした守護の方々もいますから怖くありません。ですが……この国の国民が裏切られるのどうしても許せない」
龍は天皇陛下が静かに身震いし、握りこぶしを握られているのを確認した。
「はい」
天皇陛下はまた机に戻られると、椅子に座られ一枚の書類を取り出された。
「龍さん……あなたが『これ』を要請するのは珍しい……とういうより初めてでは?」
「そうかもしれません、基本的に神報者としての仕事が忙しいので内閣提出を処理するか、個人で嘆願してくる人のを処理するくらいですか」
「そうですか……つまりこれが初めて……龍さん……お願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「私も同席しても構いませんか?」
龍は驚いた。
「……その意図は何でしょう?」
「私も自分の耳で聞きたいんですよ、日本国民を裏切った者がどのような言葉を話すのか、現在、非常事態宣言下で行政権を預かるものとしてこの人の直接の言葉を聞きたいんです」
「……えーと」
龍は目線を侍従や、皇族守護の絹枝に送り、どうするか目線で訴えた。
侍従は天皇陛下の横から書類を見ていたのだろう、力強く頷き、絹枝は天皇陛下がそうおっしゃるのであればという形で静かに頷いた。
「分かりました。ですが帝が動くとなると警備の問題もありますし、場所が場所ですから目立つかと」
「ですので最低限の警備のみで向かいます。彼もある程度仕事があるでしょうし深夜に決行しましょう。それに龍さんが居れば警備等に問題はないでしょうし」
「……そうですか」
「では書類に書くので関係各所への連絡をお願いします」
「分かりました」
その後、龍は天皇陛下が書かれた書類を受け取ると、準備の為に転保協会へ向かった。