「普通に考えれば初対面の人間に対して話と違うと言葉は出てこないはずだ。聞いていた話とずいぶん違うとか、その条件は飲めないとかな。だがお前はかなり焦った表情でこう言ったんだ。第三者から見れば普通はこう思うはずだ……『西宮総理と闇の魔法使いは以前から面識があり、何らかの交渉を行っていた』と」
「……」
西宮総理はどんどん深刻な表情になっていく。
「さあここからが本題の質問だ。お前はいつから闇の魔法使いとつながっていた?どのような内容で交渉していたんだ?そしてこれは知っていればで良いんだが、闇の組織の本拠地を教えろ」
「…………分かりました」
黙っていた西宮総理は観念したのだろう、出来る限り知っている情報を喋り始めた。
およそ二十年前、齢二十台後半で衆院選挙に民政党から初当選してから期待のホープとして期待されてきたが、所詮は若手だ、二世議員でもない西宮が政治家として必要とされる地盤、知名度、選挙資金が乏しい以上、上にのし上がるのは難しい。
そんな西宮総理に転機が訪れたのは30歳になった時だった。
代々、その家の娘を嫁として迎える……もしくは婿養子として結婚すると出世するというジンクスがある名家の西宮の二女の椿と結婚し、長女と次女雪を持つとドンドン頭角を見せていき民政党内の立場を強めていったのである。
だが問題があった。
党内の要職に就き、発言力を増していったとしても、所詮は野党だ。
政権を持つ与党になり将来的に総理なるのが国会議員が目指す姿だ。
そんな西宮総理が四十台……つまり約数年前に民政党の代表に就いたとき、ある人物が現れた。
高城と名乗る見た目は若い青年だった。
恐らくシオティスの変装と偽名であろう。
高城は西宮総理に当時与党のスキャンダルになりそうな情報を渡すことを条件に日本の政治に関する情報、高城が望む関係省庁の内部情報を渡すことを提案したのだ。
高城の出す条件に最初こそ警戒したものの、当時の政権与党の力が強く、どうしても与党になりたかった西宮総理はその条件を飲むことにしたのだ。
そして高城というバックアップを得た西宮総理は政権与党であった自政党の閣僚や政党幹部のスキャンダルを秘密裏に週刊誌や新聞社にタレコミ、その結果……訳一年前、自政党の国会議員が大量に辞職……政権交代が実現したのであった。
そしてついに政権与党になった民政党の代表である西宮総理はそのまま若くして総理大臣に指名され、ついに総理大臣になったのである。
だが想定外の事態が発生した。
ファナカスが復活したことであった。
だがここまではさほど問題では無かった。
問題はこの後だった。
ファナカスがシオティスとフローシオを伴い現れた時だった、シオティスが西宮総理に耳打ちした際、こう言ったのだ。
『お久しぶりです、高城ことシオティスです。リサ様が復活された今、あなたと交渉する理由がなくなりました、なので関係を解消いたします。以降は自力で頑張ってください』
高城が闇の魔法使いであることと梯子を外されたことで焦ってしまった西宮総理はつい話が違うと言ってしまったのだ。
「……」
「……」
「……」
予想外の情報にその場の誰もが言葉を失った。
バタン!
「お母さま!」
自分の夫であり、総理大臣でもある西宮総理の国家の信頼を揺るがすほどの情報によほどの衝撃を受けたのだろう、気を失ってしまった。
だが母の気絶を見た事により気丈に振舞わなければならないと思ったのか……それとも今日にいたるまでにいろいろなことを経験したことで何とか気が持ったのか、西宮雪は冷静に耐えることが出来た。
だが龍や他の人らは別の意味で気が気では無かった。
「……」
もはや気配だけで分かる。
恐らく本人もこれほどの怒りを他人に見せることなどあまりなかっただろう。
それほど怒りによるオーラが駄々洩れている天皇陛下は一回深呼吸されると、静かに西宮総理の前に歩み寄られると、静かに語りかけられた。
「私は……きちんとした理由があれば許すことを視野に入れていました。例えば国の発展や防衛のために敵対している国と交流すること、これは悪い事では無いでしょう。敵国と交渉しようとも繋がりが無いと何も出来ないですから。ですがあなたは国会議員として本来やるべきである国民の為に尽くすことをおざなりにして自分の立場や地位を求めるために相手の精査をせずに接しました。あなたには少なくとも総理の資格どころか国会議員の資格すら無いと感じます」
「……申し訳ありませんでした」
「私に謝っても仕方がありません。あなたを国会議員として国政に送り出したのは国民であり、私は国会議員が選んだあなたを任命したにすぎないのですから」
「……はい」
「では龍さん聞くべきことは聞きました、もう帰っても良さそうです。作った報告書は任せます」
「分かりました」
勅令質問改めで作成された書類はすぐには公文書にはならないし、国民に公開されない。
第二日本国はもちろん民主主義だ。
閣議決定だろうが龍が要請しようが勅令質問改めによって作成された報告書はどちらも国会審議に掛けられ衆参両院にて決議が通った書類のみ公文書として公開され、神報殿に収められる文書になるのだ。
なお勅令質問改めによって作成された文書も裁判等に使用できるが、これも国会審議を経ないと証拠として承認されない。
「あの……もういいのですか?」
一応記憶を読むつもりで呼ばれた悟が確認する。
「ええ我々が出来るのは質問のみです。ここからどうするのかは彼が決めることです」
「ああ、それにこれでもうあいつも民政党もたどる道はもう決まったもう同然だろう」
「え?どういう?」
「後で言うよ」
「では我々はこれにて失礼させていただきます」
天皇陛下が軽く会釈するとその場にいた関係者が深くお辞儀をする。そして用意された車に乗り込もうとする。
「悟乗っていくか?」
「え?」
「さっき言った言葉の意味を教えてやる」
「……分かりました」
悟は頷くと、天皇陛下や龍、皇族守護の絹枝や侍従が乗り込む車に乗車する。
そして全員が乗車したと確認されると車は動き出した。
「さて……悟、勅令質問改めによって作成された文章が公文書として国民に公開される順序は分かるか?」
「えーと……作成された後でまず衆参両院に送られて決議を……あ」
「そういうことだ。民主主義だからな、いくら天皇陛下が作成したと言えど国会審議を通過しなければ公文書にはならない。つまり衆参両院の決議……国会議員の決議が出なければこの文章は公文書化しないし、国民に公表はされない。そしてこの文書が出ると内閣が吹き飛ぶどころではなくなる。内閣総理大臣は立法府の議員から選ばれるんだ、立法府の信頼も揺らぐ危険性がある以上、これが衆議院に提出されたとして……決議が通ると思うか?」
「では決議が通らず、総理も辞職せずにこのままの可能性があるのでは?」
「決議を通らなくても勅令が発布されたという情報は出回る……内容は発表はされないが……これの意味が分かるか?」
「……なるほど、この国の国民にとって勅令が出されることの意味というのはそういうことですか」
「そういうことだ。自宅で良いか?」
「え?ああ、そうですね、お願いします」
勅令質問改めによる回答書が衆議院に送られたが龍の予想通り、与野党の国会議員は提出された回答書の中身を見るやすぐさま決議を否決し、公表されることは無かった。
だが勅令が現職の内閣総理大臣に発布されるという前代未聞の出来事が理由となったのだろう、西宮総理は衆院選挙に出馬を見送り、実質、議員を辞職するに至ったのである。
また民政党代表に勅令質問改めが発布されたという情報がすぐさま新聞社や週刊誌が報道すると、詳しい内容こそ出回らなかったが、一気に民政党指示率が下落。
アリスは知らなかったが、民政党に政権交代してから卓などが作ったパソコンや携帯等の補助金など識人が直接かかわった政策などは国民から一定の指示を得ていたが、そもそも民政党の支持基盤であった反識人が多数を占めていた名家会議の人たち(反識人の主導をしたのは北条家)も名家会議の議席が入れ替わり識人支持の動きなりだしたことで民政党の基盤が揺らいでいた。
そんな中での西宮総理に対しての勅令発布である。
民政党の支持率が一気に下落するのは当たり前だった。
しかも非常事態宣言が発令されているのだ、解除されれば自動的に衆議院が解散され総選挙が行われる以上、この状況で民政党の支持率を上げる方法などありはしない。
それゆえ新聞社は一様に政権交代は必須と書き始めたのだ。
「とまあこんな感じか」
事の顛末を聞いたアリスは顔を引きつらせながらドン引きしていた。
(現職の総理が色々やらかしたのもあれだけども、もっとやばいのは雪じゃねえか?国民に内容は知らされていないとはいえ、絶対に噂は広がるだろ。つまり日本人特有の犯罪者の娘は犯罪者理論で大変な事になるんじゃ?ていうかそれより……)
「一つ聞きたいんだけどさ」
「何だ?」
「その勅令?……は北条家の時に出せなかったの?出せたらもっと楽にサチとコウを助けられたのに!」
「それなんだがな」
「なにさ?」
「この勅令の唯一の弱点がな、帝と同じ皇族と、宮内庁職員、つまり直接帝に仕える人には使えないという弱点があったんだよ。元々これは帝の目が届かない国民に対して質問することを前提に作られた物でな、そもそも帝に仕える人間が裏切るわけがないという前提での勅令だからだ。まあ帝も北条の一件で勅令を出せる人間の条件を付けくわえると言っていたよ」
「……つまり北条の一件でルールが変わった?」
「そうなる」
「そっか」
(でも悪かったルールがこの一件で改正されたのならある意味良かったってことになるのかな……)
「アリス……ある意味無事に帰ってきたんだ。少し休め、学校は……お前のタイミングで良いからとにかく外に出て体を動かせ」
「……それ、友里さんに言えって言われたっしょ」
「ほら!友里!すぐにばれるじゃねえか!」
「言い続ければ、自然に出てくるようになるよ!今は言う訓練!」
(何その引きこもりを外に出す訓練みたいな言い方……あたしと師匠、両方の訓練を同時にされてる感じじゃん)
その後、一応の身体検査を受けたアリスは友里と一緒に菊生寮に戻って行った。