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継承されし技 5

 アリスから気絶して訳十分ほどたち、久子が病院に行く準備が整った頃、アリスはゆっくりと目を開けた。


 そして静かに立ち上がる。


「ん?アリスか?すまない、間違えて殴ってしまった。今から病院に……ん?」


 久子は変な違和感を感じた。


 アリスはそこに立っているはずだ。


 だがそのアリスはアリスではないというまた変な考えが脳内を埋め尽くしたのだ。


 ———誰だ?そこに居るのは誰だ?


「……アリス?」

『いい?アリス、今から教える技は二つ。まず一つ目』


(おう)


 アリスは突然目を閉じ、両手を胸の前に出すと手を合わせた。


「……?」


 だがお寺や神社でやるような祈りの手の合わせ方ではない。


 中指と手根……つまり手の付け根だけを着けて両手で輪を作ったような形だ。


「……スー……フー……スー……フー……」


 そして大きな深呼吸を何度かした後、ゆっくり目を開くと……両手を下段……ちょうど合気道の構えの位置に構えると静かに……久子を見つめた。


「…………」


 ———何をしてるんだ?……というより……雰囲気が変わった……でもユニークを使っているようには見えないが。


 久子は今アリスが行ったことや体術の構えを取った事に驚いているのではない。


 構えを取った瞬間、先ほどまで感じていた真剣さ、雑念、大きすぎる殺意、それすらすべてが無くなったのが分かったのだ。


 もはや達人級の侍が抜刀をする前かのような心の静けさ……これこそいうなれば明鏡止水である。


 しかも驚いたのはこのような状態になった場合、普通はユニークもしくはギフト発動が思い浮かぶものだ。


 だがアリスの目は虹色に光っていない……つまりこれはユニークではないということだ。


 そして同時に久子はある考えも生まれた。


 この状態のアリスに挑みに行ったら、どのような結果になるのだろうと。


 だが先ほど自らのせいでアリスはすぐにでも病院に行かねばならない状態だということも理解している。


 それでも結果的に勝ってしまったのは……師匠としてではなく、ただ一人の武闘家としての本能だった。


「ああ!分かったよ!やってやるさ!後で何が起きても知らないからな」


 久しぶりの強敵に強張る体を引き締め、構える。


 だがアリスは攻撃する素振りが無い……まるで逆に攻撃を待っているかのうようだ。


 ———そうか……お前がそのつもりならやってやる。


 久子は殴りかかるのではなく、受け身を取ればなんとかなる柔道技で投げようと試み、つかみかかる。


『いい?アリス、この技は【守りの型】。この型に入ってさえいればあなたが体的に受けられる力、反応できるスピードであればどのような体術でも基本的に合気道を基本とする柔術で受け流すことが出来る技よ』


(なるほど……チートですね!)


 久子が投げるためにアリスの左側の襟をつかもうとした瞬間、アリスは瞬間で反応し避ける……そしてそのまま流れるように久子の右手を左手で掴んだ。


「……なっ!」

「……」


 アリスはそのまま掴んでいる右手をそのまま反対側の久子の左側へ軽く引っ張った。


「……なめ……うおっ!」


 掴まれた久子は当然体制を立て直し、掴まれている腕を振りほどこうとし反対側へ腕を引っ張ろうとする。


 その時だった。


 グン!


 久子の引っ張った時の力を利用し、両手で右手をひねりながら投げた……つまり合気道の子手返しだ。


 ドン!


 よほど流れるような技だったのだろう。


 抵抗むなしく一回転した久子はそのまま床に倒れた。


「……」


 ———何が……起きた?何も出来ずに……投げられた!?


 久子は経験したことが無いレベルの合気道の技を食らい、呆気にとられた。


 無理もない、久子に技を掛けたのは先程まで気絶しており、どのような技も技もスピードも威力も精度もいまいちだったアリスだったのだから。


 しかも一回投げられただけで分かるほどの達人級の子手返しだ。


(すげえ……久子さんを投げちゃった)


『もう一つ重要なことがあってね』


(なんぞ?)


『今までの稽古ちゃんと身が入ってなかったでしょ?体の力が抜けちゃうとか?』


(……)


『もしかして分かってなかったかあ』


(気が付きませんでしたが何か!?)


『そ……ならこれからはそんなことは無くなるよ。守りの型で受けた相手の技は自動的に体にインプットされるんだよ。そして受けた技だけなら守りの型を解除していても達人級の受け流しでアウトプットすることが出来るようになる。攻撃は出来ないけどね、守り専門。でも少しずつ様々な技を覚えると体が攻撃に転用するようになって多少のキレは増すかな。あと体術以外でも剣術や槍術……つまり武術全般は受け流すことが出来るからね』


(それを……チートと呼ばずに何と呼べと!?あたしのご先祖おかしいだろ!?)


 もはやこの世界のユニークレベルではないチートを遺伝子レベルに刻まれていた事に驚愕するアリス。


 そしてふと気が付くと立ち上がっていた久子の表情は誰が見ても教える立場というよりは始めて見る敵に果敢に挑もうとする武闘家だった。


「ふふ……舐めるなよアリス。この程度の事で……私が折れるとでも思ったか!」


(いやー舐めてないっすよ!本当に!ああ!体が勝手に!)


 もはや柔道でもなくなり多種多様な武術で挑むもアリスの体は勝手に動いては全て達人級の合気道を基本とした柔術でいなしては投げ、いなしては投げの繰り返しだった。



「はぁはぁはぁ……」


 約十数分後、さすがに投げられすぎて疲れた久子が肩で呼吸をしながら床に寝転がっていた。


(すげー光景……あの久子さんをあそこまで)


『これが守りの型。ていうかあの人……久子さんだっけ?あの人凄いじゃん、あの時間だけでもかなりの技を習得出来たようだし……じゃあもう一つ行こうか』


(……まじっすか……これ以外にまだあるんかい)


『とりあえずやってみよう!でもこれ準備に時間が少しだけ掛かるんだよねー』


 ———くっそ……久しぶりだ……ここまで弄ばれたの。


 遠い記憶、まだ生きていた父親の稽古でひたすら投げられていたことを思い出した久子はゆっくりと起き上がる。


「……ん?」


 ふとアリスの方を見た久子は異様な光景……いや、異様と呼べるほどでもないが、今までの流れからするとおかしいと言えるアリスの行動にまた驚いた。


 正座していたのだ。


 しかも剣道の稽古の前と後で行われる黙想の形を取り、ゆっくりと深呼吸をしている。


「……また何かやるのか?……分かった……今日はとことん付き合ってやる!だからなあ!明日は病院行くからな!」


 久子は気だるげな体で立ち上がるとまた構える。


『これが教える最後の技……名前は【攻めの型】。自分に敵意もしくは脅威であるあらゆるものを無力できる技だよ』


(さっきのは受け流すだけ……今回は攻撃して無力かねえ……ますますチートだ)


『でもこの型の注意点は発動するのに剣道やってるなら分かると思うけど正座し黙想状態で訳一分深呼吸する必要があるってことかな?他にも発動条件があるらしいけどあたしも詳しくは知らない』


(なるほど……てことはある意味最終手段か……)


『あと、もう一つだけこの型には注意点があって……それだけ教えたら私は居なくなるから……この世界……楽しんで生きてね』


(おうよ……ありがと……で注意点て?)


『発動してから解除までの……記憶が無くなること』


(……ん?……は?……はあああ!)


 ちょうど一分。


 発動が完了した瞬間、そこからのアリスの記憶は飛んだ。



 ———立ち上がった?


 正座を終えたアリスは先程の戦いよりも少し脱力しながら立ち上がると目を開き、久子を見た。


 その瞬間。


「……なっ!」


 久子は震えた。


 今までの人生、自衛官時代でも様々な恐怖を感じたことは何度もある。


 だがそれですら生ぬるいと改めて思い直させるような強烈で暴力的な殺気が突如、アリス自身から発せられたのだ。


 それでももはや目の前に居るのが弟子なのか敵なのか分からない状況だとしても、本能は『戦いたい』と発し体もそれに応え、構えを取った。


 しかしそれは後で間違いだったと、久子は思うだろう。


 久子が構えた瞬間。


「……え?」


 アリスは驚異的な速度ですでに久子の前の前まで迫っていたのだから。



「……あれ?ん?終わった……よな?」


 道場で棒立ちしていることに気づいたことで攻めの型が解除されたことに気づいたアリス。


「どうなったん……おわあああ!」


 夕日が差し込む道場は電気をつけるのを忘れていたため暗くなりつつあったが、足元に気配を感じ、そこに視線を送れば十分、そこに居るのが誰かは分かる……久子だ。


 汗びっしょりになりながら大の字で寝ていた。


「……師匠……大丈夫ですか?」

「……なんとかな……それよりお前は?頭打ったろ?」

「え?ああ、今のことろ」

「なら明日は病院行くぞ。頭を打ったんだ、今は大丈夫でも後から症状が出る場合もある」

「了解です」

「それと……あれはなんだ?第二のユニークか?」

「ああ、えーと……あれは……多分ですけど旧日本……つまりあたしが前世から受け継いでいた技みたいです」

「……あんな反則的な技がか?」

「ええ、詳しくは知りませんけど……どうやら本来は使えていたけどこの世界に来たときに一時的に使えなくなった……でも頭を打った際に使えるようになってみたいでして」


 まさか精神世界で旧日本の自分と話して使えるようになったなど口が裂けても言えないし、仮に言っても絶対に信じてはもらえない内容だ。


 そして気絶したことにより会得したので嘘はついていない。


「……ふふ、そうか……ある意味怪我の功名って奴か?良かったよ……お前の本気は伝わっていたが何度稽古しても一向に強くなるようには感じなかったからな」

「あー、師匠は感じてたんですね」


(これじゃあたしが結構な鈍感みたいな感じじゃん)


「あの……師匠?最後の技って言うか……正座した後の事、覚えてます?正直あたし記憶なくて」


 『記憶がない』という単語を聞いた久子は目を見開き、笑い出した。


「ははは!その技……ある意味面白いな!ははは!」

「いやだから……どうなったんだろうな……って」

「……秘密にしておくよ。これは身をもって体験した者のみの褒美だ」

「いやいやいや!それを体験するにはあたしがやったからでしょ!その情報は持つべきでしょうが!」

「よし!明日に備えて今日は終わりだ」


 ゆっくり立ち上がった久子は満足げな表情で引き上げていった。


「いや……それは無いでしょうよ!師匠!ねえ!」


 何が起きたのか教えてもらえずに奥に引き上げる久子を焦った様子で追いかけるアリス。


 だが焦った表情に見えるアリスだが新しい武器を習得したことにより何処か楽しげな様子も見せたアリスだった。



 これによりある意味二つのユニークよりもたちが悪く、だがまたある意味この世界で唯一無二の武器を手に入れたアリスの修業は続く。


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