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最終日 

「おりゃおりゃおりゃ!」


 ドドドド!


 大量の雪が屋根から地面に落ちる。


 11月から始まった稽古も約一年と経過し二回目の一月、アリスは大塚家の屋根に積もった雪を下ろしていた。


「すまないな……こんな慣れないことお願いして」

「いえいえ、結構楽しいっすよこれ。箒で飛びながら除雪なんて旧日本じゃ出来ない方法なんで。結構面白いです、それに体全体使うんで……トレーニングにもなります」

「そうか……それにしても」

「ん?」


 除雪の途中だったが、久子はアリスの体をじろじろと観察していた。


「何すか」

「いや最終日……明日には帰ると思って改めてみるとお前はちゃんと成長したんだなと……筋肉は最後まであまり成長こそしなかったが……それでも戦うものとしては理想的な引き締まり具合だ」


 本来なら久子による稽古の日程は夏ごろから秋にはすべて終わりすぐにステアに帰る予定であったが、アリスは自室にあった本に興味を持つとそれらすべて読破し習得するまで帰らんと言い出し、結果的に1月になってしまったのだ。


 だが期間を延長してトレーニングをしても筋肉はさほど大きくはならなかった。


「いいっすよ、結果的にはちゃんと戦えるようにはなったんすから」

「まあそうだな……私から見てもお前は十分……」

「すみません!宅急便でーす!」

「え?」

「……アリス……明日帰るのにまた何か頼んだのか?」

「いや……頼んでないはず……それに雪降るって知ってるから万が一遅れたりしたらあれだから頼んでないっす」

「なら誰だよ」


 アリスは自室の本を読破こそしたが、置いてある本がどれも古い物ばかりなので新しい情報が欲しいと何冊か久子におねだりしていた。


 だが帰宅日を明日に迎え、横須賀市にて記録的な大雪が降ると知ったアリスは何も頼んでいないはずなのだ。


 久子はゆっくりと地面に降りて、配達員の元へ向かう。


 箒で飛んできたんだろう配達員は持っていたバッグからこれまた大きな箱を取り出すと久子に手渡す。


「大塚……久子さん……ですね?」

「そうですが」

「間に合って良かった!これは最優先との指示なので」

「はあ」


 久子は伝票にサインをすると、箱を受け取る。


「……なっ!アリス!手伝え!」

「へ?」


 雪下ろしもほぼ終わりになっていたアリスはシャベルを倉庫付近に置くとそのまま久子の元へ走っていく。


「持ってみろ」

「へ?はあ……ぬおっ!」


 驚いた。


 下手すると数キロはあるだろうか、中身は分からないがそこそこ重い重量がアリスの腕にのしかかる。


「……何は入ってんだこれ」

「送り主は……霞……三枝?知ってるか?」

「あ……三枝さん……知ってるわ。同級生のお母さん」

「ほう?ならとりあえず中で開けよう」


 家の中に入り暖房をつけた二人は、箱をテーブルの上に置き、開封した。


「……すげー」

「これは……食材だな」


 中身はすでに下処理済みの食材たちだった。


「霞……そうか、名家の霞家か……確か三枝って霞家の当主じゃなかったか?なんでそんな人がお前にこんなもの送るんだよ」

「……うーん、何ででしょうね」

「ん?ていうか手紙みたいのが入ってるぞ?恐らくお前宛てだな」


 久子が中から一枚の紙を取りだし、手渡す。


「どれどれ」


 その文字は龍に劣らないほどの……だがまだ読める達筆さだった。


『拝啓、アリス様、どのようにお過ごしでしょうか。あなたがステアを休学しておよそ一年が経ちましたがサチとコウはあなたが居なくなった悲しみを何とか乗り越え、勉学に励んでおります。所でもうすぐステアの卒業式の季節がやってまいります、アリス様は卒業試験を受けておりませんので近いうち、ステアに戻って来るだろうことと思いますが、最後にお師匠様とお送りした食材で鍋でも囲い、思い出話でもと思いましてお送りさせていただきました。なおアリス様の性格上、食材を鍋に入れるだけと想定しておりますので、食材は予め全て下処理を終えております。ではステアにてお待ちしております。かしこ』


(わーお……三枝さん……あたしの性格分かってる!)


『なお、多少無理を言ってアリス様がご帰宅なされるであろう日の前日に届くように手配いたしましたが、万が一、遅れれば対処いたしますのでご報告を』


(ああ、配達の人が最優先って言ってたのはこれか)


「これ鍋の食材ですね。まあ師匠もあたしもあまり手の込んだ食事は作らないしそこを配慮して適当に鍋にぶち込んでもおいしい食材を選んで送ってくれたって感じです」

「でもお前……これ結構高級な食材だぞ?しかも全部下処理が済んでる……しかも送り主は霞家の当主直々だ……お前何したんだよ」

「まあ……色々あった……結果っすよ」


 この後、本当に初心者でも鍋さえあればうまい鍋が食べれる初心者セットのようにだしから食材までが全て揃った中身を全て適当に鍋にぶち込み最終日の宴の準備を始める二人だった。



「あははは!それで?ある意味霞家を救ったわけか!?ははは!そりゃあ霞家に感謝されるわけだ!お前……色々あったとか言ってたが一つの名家を潰して名家を救ったじゃないか!そりゃあこんな扱い受けるわけだよ」

「そうっすね」


 宴が始まって最初にアリスが驚いたのは普段どころかアリスがここに来て一度も酒を飲むところを見なかった久子が最後だからと酒を飲んだことと……酔った久子の性格が変わったことだ。


 お前が飲めないのは知ってるが少しは付き合えということで、自衛官や警察官が挨拶に来た際、持ってきてそのままとなっていた酒類(ビールや日本酒)を少し開けたのだ。


(師匠……普段からお酒飲まないけど……飲んだらこんな風になるんか……最後の最後に面白い物見れたな。ならこの場に乗じて師匠の話も聞けるか?)


「師匠の話も聞かせてよ!例えば……師匠……龍さんとどこで知り合ったとか」

「ん?いいぞー、というかあいつとはすでに父が知り合いだっただよ。父は武術を学びに龍がここに来たって感じだ」

「お父さんは……今どこに?」


 久子の表情が少しだけ暗くなる。


(あ……もしかして地雷踏んだ?)


「……普通に実家で母と暮らしてるよ」

「生きてるんかい!え?てかここ実家じゃないの!?」

「ここは元々教えるために作った別荘のような場所だ。あたしが自衛隊を退官してここを引き継ぐってときに父がここで暮らせるように増築しただけだ」

「あ、そうなんすか」

「それよりだ」

「ん?」

「お前の話もっと聞かせろよ……この世界に来ていきなり名家を救ったんだろ?もっと面白そうな武勇伝は無いのか?」


(っち……話すのめんどくさいから師匠の話に持って行ったのに……しゃーないか)


 それからアリスは転生し、ステアに入学してからの出来事を離せる範囲で久子に話し始めた。


 自分の話を話すのは少し恥ずかしい様子のアリスだったが、それでも今までとは違う久子の一面を見れたことによりどうでも良いと思ったアリスだった。


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