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卒業祝賀会 2

「アリス」

「んあ?あれ?師匠」


 祝賀会も中盤から後半に差し掛かった頃、会場に合流した龍がアリスに声を掛けた。


「そういえば見てないなとは思ったけど、何してたの?」

「お前の卒業式を来賓として見てたんだがな、その結果的に今日済ませないとならない書類が溜まりに溜まってつい先ほど終わった所だ」

「あーなるほど」

「アリス……卒業おめでとう。卒業試験も見ていたが……お前は俺の想像の斜め上の進化を遂げていたんだな……素直に感服するよ」

「あざす」

「これでお前は神報者として最低限必要な身を守る方法を手に入れたわけだ。だが本題はこれからだぞ?」

「分かっとります」

「それよりお前は何考えてたんだ?」

「何の事?」

「さっきから会場のみんなをじっと眺めて何か考えていただろ?」

「ああ」


 銃をケースに戻したアリスは霞家の料理を食べないわけにはいかないと、ひたすら料理を皿に運んでは食べていた。


 だが現在時刻は8時を回っている。


 普通なら各省庁に努めている識人はお祝いの挨拶を済ませてアリスに一言声を掛けたらすぐに元の職場に戻るはずだ。


 しかし、現に識人たちのほぼ全員がまだこの場にとどまっている。


 その様子に違和感があるのだ。


「いやここに居る識人って多分半分ぐらいは政府関係者っしょ?なんでこんな時間までいるんだろって思って」

「お前聞いてないのか?」

「へ?何一つ」


 その時だった。


「皆さんお集まりで」


 いつの間に居たのだろう。


 仮説の壇上に上がっていたのは卓だった。


「卓!久しぶりじゃん!」


 訳三年ぶりに会う卓に笑顔で近づくアリス。


「ああ、アリスさん。卒業おめでとうございます」

「お……おう。ありがとう」

「それと他のステアを卒業された皆様もおめでとうございます」


 卓からお祝いの言葉を貰った他の三人も軽くお辞儀をする。


「ていうか何でここに居るのさ」

「ああ、それは」


 そこに一人の識人が声を上げる。


「本当だったらすぐに帰るんですけど、卓君から大事な用件があるので帰らないようにと言われてるんですよ」

「へ?」

「そうそうそれ待ちだったんだよな」

「早く要件済ませてくれ」

「慌てずに……ここで発表する物は皆さんが長年待ち望んでいたものでしょうから、すぐに文句は出なくなるはずです。では始めましょうか。橘」

「はい」


 卓が呼ぶと、秘書の橘がワゴンを押しながら会場に入って来る。


 そのワゴンにはいつの日かパソコンよろしく布が掛けられていた。


 そして皆が見えるアリスの近くに止めると橘はすぐに卓の後ろに控えた。


「……アリスさん、近いので布取ってください……今日の主役でもありますし」

「はあ……じゃあ」


 アリスは布を手に取ると思いっきり取っ払った。


 そしてワゴンの上に置いてあったものに一同驚愕する。


「……っ!これって!……携帯!?」


 そう……訳11月だっただろうか、通信端末として大きい携帯が政府関係者に披露されたがアリスは良く分からない……使い方すら分からない物だった。


 だが今回は違う。


 開閉式のガラケーでこそあったが、アリスでも説明書を読むことなくすぐに使い方が分かる代物になっていたのだ。


「「「おおお!」」」


 帰る時間が迫っていたことで冷や冷やしていた識人たちもこの知らせには歓喜の声を上げずにはいられない。


「……ていうか……なんでガラケー?スマホは!?」


 そう投げられかけた質問に卓は目を逸らす。


「まあ……本当なら僕もスマホが良かったんですけど……防衛省やら気象庁やら色んな開発依頼が来てまして、時間が無さ過ぎました。それでも何とかガラケーだけは作りたかったので……頑張った結果です」

「……ふーん」


 アリスは咄嗟に統合幕僚長である林を睨む。


「いやいやアリス君、確かに携帯も必要だとは思うが、防衛省……いや自衛隊としてはすぐにでも欲しい装備が卓君の力無しでは開発どころじゃなかったんだよ。同時進行だと携帯の開発とプログラムが間に合わないと言われてね。仕方なくガラケーに」


(そりゃあ、デバッグ無しでプログラミングできる卓が要れば開発にかかる時間とかすげー短縮されるでしょうけど!卓か秘書の交渉力か知らんけどよくやった!)


「それで?もう使えるの?」

「もちろんシムカードもセット済みです。ぜひ手に取ってみてください」


 まず初めにアリスがガラケーを手に取った。


 その瞬間、ぞろぞろと多数の識人が我先にと用意されたガラケーを持っていく。


「おお!まんまだ!」

「これでわざわざ移動しなくて良くなるな!」


 色んな識人の感嘆の声を聴きつつ、アリスは携帯を眺めていた時だ。


「アリス」

「ん?何?サチ」


 識人ではないがこの会場に居る、サチとコウ、東條がアリスの元にやってきた。


「その……携帯?私たちももらって良いのかな」

「え?ああ」

「構いませんよ」


 返事を言ったのは卓だ。


「そもそもこの場に居る全員に試作機としてお渡しする予定だったので、数は十分あります。ああ、霞家でしたっけ?あなた方もどうぞ」


 卓の誘いでサチやコウ、、東條、料理人としてこの場に来ていた霞家の人たちも次々と携帯を手に取っていく。


「これが……携帯……学校に置いてあったあれとだいぶ違うけど」

「うん、あれを極限まで小型化して持ち運びやす用にしたやつがこれだからね。もう電源はいるのかな」


 アリスは携帯を開くと、電源ボタンを長押しした。


 それに習うように他の三人と霞家の人たちも電源ボタンを押す。


 すると……ちゃんと電源が入ったようで、画面が明るくなる。


「おおお!」

「……まじか……ちゃんと動くじゃん!」

「当たり前です。じゃなかったらここでお披露目なんてしません」



 その後、アリスは自分の電話番号を確かめて、とりあえずサチとコウ、東條の携帯を借りると目にもとまらぬ速さで自分の番号を登録していき、いつでも通話可能なようにした。


 また龍にも携帯が渡されたが、今までとは全く違う扱ったことも無い機械ゆえにアリスの助言を聞きながら必要と思われる人たちと連絡先を交換するのだった。


そしてこの場に居るほぼすべての人が自分の携帯の連絡先を必要と思われる人と交換し、色々設定をしていると、卓が残りの説明に入る。


「さて、携帯について他に重要なことが一つ」

「まだなんかあるんか」

「現在、この日本の主要都市全域に基地局が政府と民間企業の協力で設置されました。これにより山間部等を除いて、ちゃんと通話が出来るはずです」

「おお、そりゃあ良かった」

「ですが今後、メンテナンスや設備の強化は民間会社がやるので自ずと通信料がかかることになります」


(そりゃあそうだよね。旧日本でもNTTがやってるし)


「今皆さんが使っているシムカードは試作品なので通信料がかかりませんが、しかるべき時に試作品のシムカードの電波を止めて一般的に売られるシムカードに移行していただくとになります。まあ時期はお知らせしますが」

「なるほど」

「なので……今だけですよ?電話代気にせずガンガン電話できるの。それにメールの開発がまだ途中なのですが、電話番号に文字を送れるショートメールの機能はあるのでそれをご活用ください」

「了解」

「それでは皆さん、本日は祝賀会の場をお借りすることにはなりましたが。携帯のお披露目が出来て喜ばしい限りです。僕はまだ仕事がありますので」


 卓が挨拶を終えると、橘と一緒に会場を去ろうとする。


 皆が拍手で見送る中、アリスだけは何か物足りなさを感じていた。


(これで携帯も手に入ったし、いつでも通話できる!でもなんか忘れてる気がするんだよなあ……携帯に絶対に必要な物……あ!)


「待った!卓!」


 アリスが卓を呼び止める。


「何ですか?もうここでの予定は全て……」

「もう一つ携帯に欠かせないものを忘れとるわ!充電器は!?これは使い捨てか?」

「……あ」


 完全に忘れていたという表情で会場の外に一度出ると、恐らく渡す予定だったのだろう大きな箱を持って入って来る。


「完全に忘れてました」


 そういうと、ちゃんと一個一個充電器が入っているであろう箱入っている大きな段ボール箱を壇上に置く。


「もう……色々とめんどくさいので皆さん勝手に持って行ってください」


(ここに来て適当だな)


 その後、アリスとサチやコウ、東條は充電器をポケットに入れると携帯で遊び始めた。


 卓がどうしても入れたかった機能であろうカメラを使い、写真を撮ったり、まだあまり使いなれていない通話を旧日本人としての手本として披露した。


 そんな中。


「そういえば」

「どうしたの?」

「卒業式もだったけど……雪見てないなと」

「ああ」


 アリスは卒業試験を終え、卒業式の準備に勤しんでいる際、そして卒業式の際も何故か雪の姿を見ていなかった。


 少なくとも二年生では生徒会長をしていたのだから、卒業式にも出ると思っていたのだ。


 雪の話題を出した途端、三人の顔色が暗くなる。


(そりゃあそうか、皆知らないけど首都襲撃の一端を現首相が担ってしまっていたんだもんなあ……その娘とあらば、ステアと言っても何されるか分からない……出るに出られんか。名家の三人なら何か知ってると思ったんだけど)


 アリスはあの事件の裏でファナカスに誘拐され、色々あった結果首都襲撃の原因の一つに西宮総理が関わっていることは知っているが、その後すぐに修行に出てしまった影響でその後の雪の学校での生活は知らなかったのだ。


「一応、学校では見てないけど、あたしやコウ、東條が合格した西大に合格したって情報は得てるから大学で探してみるよ」

「分かった……何かあったら連絡頂戴」

「うん」

「よし!まだ時間あるでしょ?なら霞家の料理なんだから食べないと損!時間いっぱいまで楽しもう!」

「「うん!」」

「おう」


 こうして四人は祝賀会がお開きになるまで、料理を食べながらアリスが勝ったボードゲームをやったりして高校生最後の時間を楽しんだ。


 そして同時にアリスの前途多難であった学生生活が終わった。


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