遼さんとの聖霊魔法の勉強についての話し合いが滞りなく終わると最後に師匠がこの件を秘密にするようにお願いし、遼さんがそれを了承した。その後あたしたちはバーに戻ると師匠は日本酒を頼み、あたしはジンジャエールを頼んだ。
「ん?遼さん、いつもの薬が無いです」
「え?あ!急ぎすぎて買い忘れたのね」
「薬って?」
普通の薬について話していると思われるのだが、なにせバックヤードの銃火器を見てしまった後だ、何か違法性のある物ではないかと勘繰ってしまう。
「普通の胃薬よ。この店にくるお客さんは皆大酒でね、常連さんは前もって自分でウコンとか買ってくるんだけど、新規とか慣れないお客は飲みすぎで吐いちゃう人が良くいるから店に常備するの」
「なるほど」
普通ならお店はお酒と楽しい空間を提供するだけの存在だが、飲みすぎた場合のことも考えているとはここに来るお客さんの事を大事にしてるのだろう。
「そうね……私はこれからお店を開ける準備をしなきゃだから……だいちゃん、ちょっと追加の買い出しに行ってきてくれるかしら」
「分かりました」
「あと、アリスちゃんを連れて行ってくれるかしら」
大輔君の表情が驚きに変わった。
「それは……なんでですか?」
「アリスちゃんはわけあってあたしが勉強を教えることになってね。度々ここに来るからここら辺の事も教えたいのよ。あたしも教えるけどいつもの薬局の位置も知ってほしいからちょうどいいでしょ?」
「……分かりました」
大輔君は少し腑に落ちないというより遼さんは知らないが先ほどまで少し一悶着あったばかりのあたしを案内することに少し抵抗があるかのような表情だが遼さんの頼みだ、断ることは無かった。
「じゃあ行ってきてね」
お店を出た瞬間、大輔君はあたしを置いて行こうとは考えていないが距離を置こうとしたのか少し速足で目的の店に向かい始めた。
「ちょっ!待って待って」
あたしはそれに追いつこうと少し速足になる。
そして大輔君に追いつくとあたしの無意識の発言のせいではあるが何とも言えない雰囲気になってしまったこの空気を何とかしようと試みる。
いつものあたしなら興味ない人の機嫌を自ら取ろうとは思わない。必要なら私が必要な存在だと見せつければ相手がすり寄って来るから機嫌を取る必要が無いと思っているからだ。
だが大輔君だけは違った。これから遼さんのお店で聖霊魔法を習い始める手前、恐らく毎回顔を見せるだろう相手と不仲なのはまずいと思っているのか、あたしの脳……というより本能が必死に機嫌を直せと訴えかけるのだ。
だがいきなり褒めるのはあれだ。まだあたしは大輔君について何一つ知らない。だからまずは大輔君について軽く聞いてみるのだ。
「そういえば……苗字何て言うの?何歳?」
「は?」
「だってあたしみたいに識人じゃないんだし……苗字あるでしょ?」
「……九条です。九条大輔。十七歳です」
「へー九条君か」
ではこれから九条君と呼ぶことにしよう。
というか九条、旧日本だったら京都らへんのお金持ち……いや元貴族の家系の苗字に使われるイメージなのだがこの世界では普通なのだろうか。そして十七歳ということは生まれた月日にもよるけど高校二年か三年生ということが確定する。
すると当然に疑問が生じる。
九条と女島、苗字が違う時点で親子ではない。そして九条君はまだ未成年だ、この世界の法律はまだ詳しくないが、旧日本の特にお酒を提供するバーなどは未成年を働かせることは禁止されているはずだ。家族経営ならまた変わるだろうが。
「九条君てさ……ご両親は?」
「……父と母は事故で」
「ああ、なるほど」
ようやく合点がいった。そしてある意味地雷を優しく解除したおかげで九条君の怒らせることなくこの情報が聞き出せたのはあたしなりに合格点と言えるだろう。
九条君の両親は亡くなっている。そしてその九条君を引き取ったのが遼さんだ。
そして遼さんは恐らく独身だ。普通に考えれば独身の自衛官は自衛隊の寮からは出ることが出来ない。だから九条君を養うため一緒に生活するために自衛官を辞めてバーを経営しながら九条君を育てる決意をしたんだ。
「父と遼さんは小学生の頃からの親友だったといいます。そしてもし自分に何かあれば遼さんを頼るようにと。それで父が亡くなった今、自分は遼さんにお世話になっているんです」
「そういうことだか」
遼さんにしたら唯一無二の親友の息子だ。国を守るよりも大事な存在が出来た以上、自衛隊に居る理由が無くなったからやめたのだろう。
「遼さん、九条君の事を大事に思ってるんだろうね」
「はい感じます。……着きましたよ」
気づくとあたしは少し大きめの薬局……いや、ドラッグストアと言うべき店の前に到着した。
周りに薬局が無いのかそこそこ大きな規模のお店で、周辺の業種の関係か色々な職業関係者と思われる人たちが出たり入ったりしてるのが分かる。
「ん?この前のビルって」
「ああ、多分建設途中で打ち切りになったビルでしょう」
ドラッグストアの前に立っているビルにあたしは注目した。
新宿のこのあたりに来て度々見かけてきたが建設途中に計画そのものが無くなったと思われる……いわゆる廃墟ビルが少なからず建っているのを見かけたのだ。
この国にバブルがあったとは今の所聞いたことが無いが、何故ここまで最終的に建つのか分からない建物を建てようと思うのか疑問なのだ。
そして現に建設が中止となった時点で金銭的事情か他の何かしらの事情があったからだろう。となれば本来このビルに入る予定だったテナントも入れない……現状このビルは誰にも使われない意味のない建物になってしまう。
そうなればこのビルを不法に使う者、浮浪者たちの住処になってしまうなどの問題も生じるだろう。
まあ今のあたしにとっては関係ない話なのだが。
「もしかして新宿ってこういう建物多くは無いだろうけどよくあるのかな」
「さあ……調べた事ないので。行きますよ」
「ういっす……ん?」
九条君が何気なしにドラッグストアに歩き出した時だった。
いつぞやのようにあたしの第六感みたいなものが脳内で危険を訴える。あたしはそれに従い足を止めて何故かビルを注視した。
九条君はついてこないあたしを不審に思いこちらに戻って来る。
「何してるんですか?ビルを見ても何も……」
ドーーーン!
あたしが何気なく見ていたビルの一階部分はけたたましい爆音を轟かせながら爆発した。