「……あれ?ん?おろろ?」
入り口から慎重に仲の様子を伺いつつゆっくりと侵入したのは良かったが中に入った瞬間、あたしは驚いてしまった。
中は思いのほか綺麗だったのだ。どでかい爆発の後とは思えないほど。
ところどころ爆発の衝撃により壁に亀裂やひび等は入っているものの、とても爆心地とはいいがたい様子だった。
確かに途中で工事が止まったのだろう、建築資材が散乱してはいたが爆発に起因してそうな物は一切ない。むしろどうやったらここで爆発が起きたのか知りたいレベルだ。
「あれー?あんな規模の爆発が起きたんだったら普通一階はめちゃくちゃになってると思ったんだけどなあ……何故だ?……ん?」
一階部分を軽く見回していたあたしはあるものに気づいた。
何故か床の一部分が盛り上がっていたのだ。下から何かが押し上げたかのように。
「もしかして……爆発起きたの……地下?」
もし地下が存在し、通路が一個しかなかったとしたら地下で爆発が起きその圧力が通路を通って一階に到達、そのまま爆風が外に出る……それであれば納得がいく。
だが手榴弾やC4爆薬でも爆風が一つの部屋で完結するはずなのに通路を通って一階まで上がってきたとすると相当規模の爆発が起きたと言ってもおかしくはない。
そういうことならばこの床の盛り上がりも説明がつく。
だが問題は地下という閉鎖環境に人がいた場合、その規模の爆発をもろに食らったとしたら重傷どころか即死になっていてもおかしくはないことだ。
そうなると本当に九条君が助けに行く意味が無くなる。
とここであたしは重要なことを思い出した。
「てか……九条君は何処ぞ?」
あたしより先に中に入った九条君の姿が無いのだ。
「まさか中に入ってすぐに地下が爆心地だと知ってすぐに地下に?それはそれで凄いけど」
すぐに地下の入り口を探す。すると壁際にまだ手すりなどが整備されていない地下へ続く階段があった。
「マジで……地下に行ったのかね」
その時だった。
「うわあああ!」
上の階からとは違う、明らかに地下で反響してここまで響いてきたと思われる九条君の悲鳴が聞こえてきた。つまり九条君が地下に居ることが確定したのである。
「……はぁ、だから言ったのに……いや言う前に行ってしまわれたけども。行くしかないか……つか暗いな……フォスボ《光よ》」
杖の先に明かりを灯すと銃を構えながら静かに、それでも少し速足気味で階段を降りた。
階段を降り始めて最初の角を曲がった時、続く階段の先に九条君はいた。
だが様子がおかしい。何か恐ろしい物が差し迫っているのだろうか何かを一点に見つめていたが完全に腰が抜けているのだろう逃げられるようには見えないかった。
「……まったく……ん?」
九条君に近づこうと階段を降り始めた時だった。男か女かは定かではないが鉄パイプのようなものが振り上げられており九条君に近づくと振り下ろされた。九条君は動くことが出来ないので両手で防ごうとする。
「たっくもう!」
あたしは階段を駆け下りると九条君の頭上に右足を突き出すと壁に押し付け固定する。そして鉄パイプが当たるだろう場所に魔素を展開する。
ガキィィン!
おそよ肉体に当たった事では出ない音がこだまする。つまりは魔素で完璧に防いだ証明だ。そして鉄パイプは少しへこみながら曲がっている。
「……え?」
「は!?はああ!?」
九条君はあたしに助けられたということがまだ理解できていない様子だったが、男は違う。普通鉄パイプの打撃を足に食らえば運がよくて打撲、普通なら骨折になるはずだ。だが打撲はおろか鉄パイプが曲がるという事態に何が起きたのか理解できていなかった。
「……」
バンバンバン!
だが関係ない。九条君に攻撃の意思を示した時点で敵と判断するには十分だ。銃を男に向けると腹部に二発頭に一発放つ。
「がっ!……」
ゴム弾で本当に良かったのかと思っていたが、相手はそもそも防弾チョッキのような物を着ていなかったこと、そして先ほどの攻撃が力尽きる前の最期のあがきだったのだろう普通に倒れると気絶したようだ。
うーん。例えゴム弾でも人に向けて銃を撃った事に衝撃とか罪悪感が生じるかと思ったのだが……あたしの場合はそうでもないようだ。もしこれが鉛の実弾だったらまた話は変わるとは思うけど。
特段何も感じずにへたり込んでいる九条君に話しかける。
「……ふぅ、大丈夫?」
いまだ腰が抜けており立ち上がれない九条君にしゃがんで話しかける。
「……大丈夫……です」
「そりゃあよか……ん?」
九条君の無事を確認した時、後ろから気配がした。同時に金属の棒のような物を引きずる音もする。正体の判明こそしないが確実に近づいてくるのだけは分かった。
「……九条君もう少しだけそのままで」
「え?」
「……フォスクステ《光よ飛べ》」
光の魔法を数メートル先の天井付近に投げる。飛んだ光は天井に張り付くように止まると周囲を明るく照らした。同時に近づいてくるものの正体も判明した……先ほどの男のように鉄パイプを引きずるように持ってこちらに歩いてくる男だ。
だが先ほどの男とはまた別の意味で様子が違った。
「目が……潰れてる?」
「はぁ……はぁ」
何故か両目から血を流しておりかなり殺気立っている。
とりあえずあたしは戦えるスペースを作るために二、三歩前に出る。床に倒れている男は迫って来る男を目線に入れつつ足で隅へ移動させた。
「……あの!大丈夫ですか!」
まずは敵意があるかの確認で声を掛ける。
「……」
「聞こえていない?爆風で目と耳がやられたんか?おーい!」
「……!うあああ!」
聞こえたのか定かではないが何かに反応した男はおもむろに鉄パイプを振り上げるとあたしの方に向かって走って来る。目が見えていないせいで足取りは少しぎこちないが。
「……杖で防ぐまでもないか」
「うおあああ!」
ブン!
型も無いにもないただただ恐怖を振り払おうとするように振り下ろされる鉄パイプをあたしはスッと横に避ける。そしてそのまま銃を撃った。
バンバンバン!
「がっ!うう」
腹部に二発、頭部に一発を食らった男は痛みで悲痛な表情を滲ませながら倒れ気絶した。
「さて……大丈夫……だな!」
改めて九条君に近づく。
「もう動ける?」
「え?ああ、はい」
九条君はゆっくりと立ち上がる。幸いどこにもけが等はしてないようだ。
「とりあえず上に行こうか」
あたしは九条君に肩を貸しながら一階に戻るため階段を上がり始めた。
「ほれ」
恐らく寒さによるものではなく今先程味わった恐怖で体が震えている様子だったが、持っていた革ジャンを上から羽織るように着せる。
「すみませ……え?」
「ん?どうかした?」
「……そんなもの持ってたんですね」
九条君が見たのはベルトについているマガジンポーチや杖のホルスター、そして銃のホルスターだろう。
「まあ普段は見せびらかせるものじゃないからそのジャンパーで見えないようにしてるけどね。これがあたしの守る武器」
「強いんですね」
「どうだろうね……それより……」
先ほどから少し気になっていたことがある。一階に着いた辺りからだ。微妙にだが振動を感じるのだ。地震のような振動じゃない、まるで工事現場の近くにいるような振動だ。
「ねえ九条君、この揺れ……いや振動?なんだと思う?」
「え?そんなもの感じないですけど」
恐らく九条君は自分の震えのせいで振動を感じないのだろう、いや余りの恐怖に脳が感じないように感覚をシャットダウンしてる可能性もあるが。
地震ならすぐに収まるかどでかい奴なら一気に大きな揺れになるはずだがそれじゃない以上、この振動の原因が直ぐ近くにあるはずだ。軽く見回した時、九条君が声を張り上げた。
「アリスさん!」
「ん?」
先ほどまで名前すら読んでもらう関係じゃなかったはずだがと思いながら九条君の指さす方向を見る。
つい数分前か私も確認した地面の盛り上がりが……何故か少しずつだが大きくなっていたのだ。