まるで下に居る何者かがわざわざ地面を突き破って出てこようとしている感じである。地下通路というものがあるのに何故地面から来ようとするのだろうか。
理由は一つしかないだろう。地下の部屋に居る何者かは通路を通ることは出来ない大きさで通路通れないからこそ地面を無理やり突き破ってこようとしているだろう。
「……人であって欲しいなあ」
「え?」
「いや、地下から出てこようとしてる何か、人だったらいいなあって」
「床を破壊できる人がこの世にいるとでも?」
「え?うーんあたしなら少し本気を出せば……多分行ける」
「えぇ……」
魔素放出量を調整すれば床ぐらいなら突き破るのは可能ではないか?まあそれを出来るのはユニークとして使用できるあたしだけなので、それをユニークやギフトを使わずに出来る人はそういないことを考えると人では無いだろうと予測できる。
そして床の盛り上がりが大きくなると、いよいよどうするか判断すべき時間がやって来る。あたしとしては振動の大きさからビルが崩れることは無いだろうことと、床を突き破って来るのがどういう脅威なのかが確かめたくその場に留まろうとしたが、九条君は今すぐにでも逃げ出したいという表情だからついて行こうとした。
ドーン!
最後の一撃だろうか、床の盛り上がりが一度下がると一気に爆発するようにはじけ飛んだ。
「危ない!」
出口に向かって急いで走ろうとしていた九条君を急いで抱え引き下がる。
「え?ちょ……え」
本日二回目、呪われてるんだろうか。九条君が今通ろうとした場所は爆発して飛んできた瓦礫が次々と飛んできていた。直撃すれば確実に死だ。まあ杖を構えていれば大丈夫だろうが九条君はステア出身じゃない。日常的に杖を構えて危険に備えようとする習慣はないはずだ。であればすぐに避ける方がいい。
「だから!危険から目を背けるなっちゅうねん!少なくとも確実に危なくないと判断するまでは注意しとけよ!」
「……はぁ……はぁ……すみ……ません」
「それより……何が出るんじゃろ。人であって欲しいなあ。何とか戦えるし、まあ!この際巨大生物でも構わんぞ!さあこ……」
ドン!
穴から巨大な……一本の足が飛び出した。黒く細長いその足はおよそ人間の物とは到底言えないものだ。
「ああ……うん……なるほど」
だがまだ足が出ただけだ。スパイダーマンで背中に金属の足を付けた敵がいたはずだ。それであればまだ人という判定になる。戦い方はある程度変わるがそれでも人であれば何とかなる。
だが現実は非情だった。ゆっくりと中から出てきたのは誰が見ても蜘蛛だと言える……体長数メートルはあるだろう巨大蜘蛛だった。
あたしの頭にある知識の中で言うとなればハリーポッターで出てきたアラゴク?だったか……それぐらい巨大な蜘蛛だ。まあ今目の前にいる奴は別にハグリッドに育てられたわけではないし、多分喋ることも出来ないと思うけども。
「マジかよ……九条君、一応聞くけどこの世界の蜘蛛ってあそこまででかくなるもん?」
「な訳ないじゃないですか!」
「だよね」
となるとあいつは確実に闇の魔獣ということになるわけだ。であれば対処フローは簡単だ。何発か魔法を打って逃げるか、ここで聖霊魔法や聖霊刀で倒すかだ。
逃げる、まだあいつは生まれたばかりだろう。ならシールドは張れないはずだ。であれば魔法を何発か撃って逃げられる……かもしれないが出口まで数メートル走ったとしても攻撃が飛んでくるのは目に見えている。九条君を守りながらとなると少し難しい。
であれば倒す選択肢になるが、あいにく今日ばかりは何故か聖霊刀を持ってくるのを忘れている。つまり他の手段としてはあたしが聖霊魔法を叩き込めばいいのだが、遼さんから教えてもらう約束をしたばかりでまだ何ひとつ習っていない。それどころか昔撃った聖霊魔法の呪文すら忘れているので選択肢としては外れる。
そうなると残る手段は一つしかない。
とりあえず忘れていた銃のマグチェンジをし、立ち上がる。
「九条君、杖まだ持ってるよね?」
「え?あ、はい」
「なら構えて自分の身ぐらい守って」
「アリスさんは?」
「どう考えても逃げても追いかけてくるだろうし、ここで一発で良いから叩き込んで足止めぐらいはしないとね」
バンバンバン!
とりあえず巨大蜘蛛に向かって何発か撃っておく……が残念ながらゴム弾だった影響もあるのか全て皮膚に弾かれた。ただ生まれたばかりなのだろうシールドが発生していない、それが情報として分かるのは良い事だ。
「無理か……まあそんな気はしてたけど。なら方法は一つ……かねえ」
銃と杖をホルスターにしまう。
「え?なんでしまっちゃうんですか!?」
先ほどまで武器として使っていたものを両方しまったことに驚く九条君だが、あたしには銃や杖よりも強力な武器があるのだ……素手で。
蜘蛛の攻撃を避けた時に九条君に当たらないように少し斜めに歩き出し蜘蛛の前に出てくる。
「シャアアア!」
蜘蛛が威嚇のためか叫び声をあげる。
「へえ……今まで見てきた蜘蛛って小さいから叫び声とか知らなかったけど。そんな声出すんだね。まあいい思い出として覚えておくよ」
スッとファイティングポーズを取り……走り出した。
「おっしゃー!行くぞ!」
ドンドンドン!
飛び込んでくるあたしを狙うように長い脚があたしに襲い掛かる。
「危ない!」
九条君の叫びが聞こえるが問題ない。ていうか鉄パイプを足で止めた時の事を忘れているのだろうか。
ガンガンガン!
襲い掛かる攻撃を両腕に魔素を展開し防いでいく。幸いこの大きさになったことに慣れていないのか攻撃の速度は遅い、だがまあ一撃一撃は重そうなので万が一にでも食らわないように動く。
「……すごい」
惚れてくれても良いのよ?
次々に繰り出される攻撃を防いでいき、とうとう蜘蛛の顔の前にやって来ると蜘蛛の動きが止まった。
「……おや?もう終わりか?残念だ……ん?」
蜘蛛の顔が動いて口が開いた。
噛みつく気か?いや違う。何か動きがおかしい。何かを吐き出そうとしているかのような動きだ。ていうかそうだ蜘蛛と言えば種類によるだろうが巣を張る……つまり口が動くというのはそういうことだ。
「ん?吐き出す?蜘蛛が吐き出すって……あ!」
ビュー!
蜘蛛があたしに向かって白い粘膜を吐き出した。白い粘膜……ある意味エロく聞こえるが蜘蛛が吐き出すものと言えば糸だ。
もし糸が魔法によるものなら魔素で無力化が出来るが、これは蜘蛛が生成した天然ものである故無力化できない。しかも聞いた話だが蜘蛛の糸というのはかなり強度があるらしい。人間が切ろうとすればすぐに切れるのだが蜘蛛と同じサイズ生物からすると切れないほどの強度らしい。
であればここまで巨大化した蜘蛛の糸となるとどれほどの強度があるのか推測できない。食らってしまえば逃れることが出来ないだろう。
「面白い!なら!」
糸があたしに着く前に足の筋肉に魔素を送り筋肉強化、そして飛ぶ寸前に足の裏から魔素を放出し糸を交わすように飛んだ。
蜘蛛の視野までは知らないが、飛んだあたしを蜘蛛は見失ったようだ少しだけ体を回転させるとあたしを探す素振りを見せている。
さあ、止めだ。
飛んだあたしは何とか姿勢を制御すると、手刀の構えを取る。
「こっちだこらあ!」
叫んだことにより蜘蛛が上を向く。
「シャアアア」
蜘蛛が叫び、再び糸を吐こうと口を動かしたがもう遅い。
「誇りに思えよ蜘蛛野郎!あたしが初めて魔素放出で叩き切る最初の生物だ!おりゃあ!」
構えた右手を振り下ろした。とりあえずビルに影響しないために斜め下45度の角度で。別にテレビ等を意識したわけでは無い。
ビュン!……ドーン!
放たれた魔素は蜘蛛を一刀両断するように通り過ぎると床に激突する。だが空中に居たおかげと魔素量を調節したおかげで床は数センチ程度えぐられた程度で済んだ。
全く動かなくなった蜘蛛の前に着地すると、やり切ったことに達成感を感じながら軽く伸びをする。
「んんー!以外に上手くいったー!」
グシャ!
自分が切られたことを思い出すように蜘蛛の体が中心をずらしながら崩れ落ちた。斬られた部分からは闇の魔素が空中に霧散している様子も見て取れる。恐らくまだ死んではいないだろうが、時間稼ぎにしては十分のダメージを与えたはずだ。
そしてゆっくり九条君の方へ歩く。
「よし、行こうか」
「え?……あ、はい」
銃も杖すら使わず、素手だけでこの巨大生物を叩きのめしたあたしに先ほどとは打って変わって何故か憧れめいた謎の視線を感じるがとりあえずこの場から立ち去りたいので気にしない。
それ故かあたしの所業を見た影響か先ほどの震えも止まっていた。
「さっさと買い物済ませて帰ろうよ!遼さん心配してるだろうし」
「……そうですね」
現状をまだ受け止めきれない九条君を引っ張るようにしてあたしはその場を後にした。