「うーん!多分十数分しかいなかったけど外の空気は美味しいなあ!ねえ九条……おっと?」
どうやら窮地を脱出したことによりアドレナリンが切れたんだろう。その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫?」
「アリスさん」
「ん?なにかな?」
「僕に……修行を付けてください!」
そいうことか。先ほどの戦闘、確かに何も出来ずにあたしに助けられたことを悔やんでいたのか。そして考えた結果、あたしの弟子になりたいと。
「なして?」
「僕は見ての通り弱いです。さっきだって何も出来なかったし……今のままじゃダメだって思うんです」
「弱い……ていうか、九条君は戦い方を知らないって言った方が正しいかな」
「戦い方を知らない?」
「うーん、もう少し言い方を変えると自分の身の守り方を知らないかな」
「守り方は遼さんから教わってます」
「それは危険から逃げる方法でしょ?さっきの爆発の時もある程度危険から逃げるための体勢や方法は知っていたようだけど。今言っているのは違うよ?危険な場所に飛び込んだ時、巻き込まれた時に最低限自分の身を守る方法のこと。普通これは一般人は習わないからね、習うとしてもステアの生徒ぐらいかな」
「じゃあなんでアリスさんは……あ、そうか」
ここで九条君はあたしがステア出身であること、神報者の弟子だということを思い出したようだ。
「そう、あたしは神報者の弟子だ。師匠みたくいつ危険な事に巻き込まれるか分からないし逃げられるか分からない。だからこうやって鍛えたんだよステアでもある程度学んだけどね」
「僕はステアの学生じゃないですからこれから強くなる方法なんて」
「九条君は強くなりたいの?なんで?」
「誰だってアリスさんの戦い方見たらあんなふうになりたいって思いますよ。すごくかっこよかったですし」
男の子だからなのか、こう……強いものに憧れるというのが正直あたしには分からん。あたしは強くなりたいから修行したわけじゃない。倒したい相手、自分の武器を見つけるためにこのままじゃ死ぬから修行した結果こうなっただけなのだ。目的もなくただ強くなりたいから修行したわけじゃない。
「ああ、そう。でもさあ……それって必要?」
「へ?」
「あたしの場合は神報者の弟子として危険に巻き込まれるから習得したんだよ?普通に考えれば九条君がそんなことまで習う必要ある?さっきだって爆発から身も守る術をちゃんと実践してたじゃん!それじゃ不十分なの?」
「僕だって男です。人一人救うために強くなりたいのは当然じゃないですか!それに好きな人ぐらい自分で守れるぐらいの力は欲しいです」
最後ごにょごにょして何を言ったのか分からなかったがどうやら強くなりたいと思っているのは本気の様だ。こういう風に決断した男の子は成長が早いとも聞いたことがある。そしてこの子が本気で修行してどこまでやれるのか見てみたいという気もしているのは事実だ。
だがあたしに修行を付ける気はない。人の教え方など知らんし、今の所興味がない。それにあたしには人に教える際に必要な実戦経験がほぼない、そんな状態で説得力がある教え方が出来るとは到底思えない。
近くに教えられる人……居るじゃないか、久子師匠みたいに元自衛官で実戦経験が豊富すぎる人が。
「そうだなあ……でもあたしは教えられないしなあ……遼さんに教えてもらえば?」
「遼さんですか」
「あの人元空挺隊員だしあたしよりも実戦経験豊富だと思うよ?教わるなら遼さんに教わった方が良いじゃない?」
「でもあの人は僕の両親が亡くなった時から凄いお世話になってるんです。これ以上わがままを言って迷惑をかけるわけには……」
「九条君、九条君は遼さんから見たら親友の忘れ形見だよ?言ってしまえば息子同然の存在なんだよ?もっと頼っていいんだよ!それにね?」
ここまで来たら意地でもこの子には本気でやってもらいたい。それにこの子は遼さんの下で暮らしているのだ、つまりあたしが遼さんの下で聖霊魔法を教わる間よく会うことになるだろう、ならばあたしと一緒に居る時間も増えるかもしれないということだ。ならば多少、戦える方が今後に向けて役に立つかもしれない。
ならば最後の一押しだ。
「はい」
「あたしはやりたいこと……自分の夢に向かってひたすら努力する人……好きだなあ。九条君がそんなに強くなりたいなら遼さんもよろこんで協力してくれるよ!あたしも九条君が遼さんの元でどれだけ強くなるのか知りたいなあ」
「アリスさん」
男の子は女性に期待されていると分かると本気を出す傾向があるのは知っている。まああたしも美少女や美女に期待されたら本気出しちゃうけども。
「……僕は……」
九条君の顔が何故か赤面していく。期待を掛けられて赤面する……訳では無いだろうからこの赤面の理由は謎だ。恥ずかしがっている?なんで?ただ面白いから少し観察する。
「ん?」
「ぼ……く、は……」
バタン!
「え?ちょっ!へ?」
九条君は突然アリスに倒れかかるように眠ってしまった。
「……アドレナリンが切れてねむ……ん?」
緊張の糸が切れて眠ってしまったかのように見えたが違った。よく見ると九条君の後頭部に何やら杖のようなものが見える。どうやら睡眠魔法で眠ってしまったようだ。
ゆっくりと視線を上げ、杖の持ち主を確認する。
「何してんすか師匠。結構いい所だったのに」
そこに居たのは紛れもない師匠だった。九条君が何かを言いたそうにしていたのに邪魔されたので軽く怒りが湧いてくる。
「お前が買い物に行った方角で爆発があったからな、様子を見に来た。で?状況は?」
何を言っても無駄だと思ったあたしは現状を伝えることにした。
「爆心地まで確認したわけじゃないけど、そこのビルの地下で爆発。床を突き破って闇の魔獣が出てきたって感じ」
「なるほど。で?倒したのか?」
「いや、聖霊刀持ってなかったし、聖霊魔法も呪文忘れてるから使わなかった。だから魔素放出で真っ二つにして逃げてきた」
「そうか良い判断だ。となると、残存魔素量にもよるがまだ生きているかもしれないと」
「そうだね……多分」
「了解した」
ドーン!
その時、予想より早いのか遅いのかは分からないけど真っ二つになった体がくっ付いたのだろう、だが魔素があまり残ってそうではない蜘蛛がゆっくりとした足取りでビルより姿を現した。
「む、生まれたばかりか……かなり動きが鈍いな。かなり魔素を消費したと見れる」
「もう一発魔素ぶち込んどく?」
「んー?……いや、いい機会だ。お披露目と行こうか」
「何の話?」
「お前、三穂や天宮は知ってるな?」
「そりゃあ何度も会ってますし」
「奴らはどういう存在だと思ってる?」
「へ?」
天宮さんは過去海に行ったときにあったが、中々のチャラ男だった。だが広島併合の時、何の仕事かは知らないが会場に居たことは覚えている。
また三穂さんもだ、時々顔を見せてくれるが、プロソスの事件の時も驚異的な戦闘力で闇の魔法使いと戦った時や、久子師匠との稽古で色々教わったことからも何処かの特殊部隊なのではないかと思っている。初めて会った時も自衛隊の制服着てたし。
「自衛隊の……どっかの特殊部隊?」
「……惜しいな」
そういうと師匠は懐から無線機を取り出す。
「惜しいというのはどういう……」
「特殊部隊なのは間違いないが……所属が違う。……こちら龍、予定と少々違うが想定内だ。作戦開始」
ポンポンポンポン。
師匠の作戦開始という言葉のすぐ後、蜘蛛の周りに何かが投げ込まれる。地面落ちて数秒後、缶と思われる物は勢いよく煙を吐き出した。そして徐々に蜘蛛の周りを煙で包んでいく。
「これって……スモークグレネード!?」
「おや知ってるのか」
蜘蛛とあたしたちの周りを煙が覆いだしたその瞬間だった。
バンバンバンバンバン!
煙の壁から内側に侵入してきたと思われる自衛隊が普通使わないはずのM4を構えた特殊部隊と思われる人たちが蜘蛛に向かって銃を撃ち始めた。
そしてあたしの左側から銃を撃っている人は見覚えがあった……天宮だ。
「天宮さん!?」
「……」
天宮さんは何も言わなかったが一瞬あたしに目線をやると『やあ』と言わんばかりのウィンクを送りつつ続けて銃を撃っていた。
「いやあ、黙っててごめんねアリスちゃん」
右側から謝罪しながらやってきたのはあの時とは違い他の人たちと同じようにM4を構えながらこちらに近づく三穂さんだった。
「三穂さん!?」
「龍さん!あいつの外皮硬度結構ありますよ。上側弾丸通らないっす」
「構わん、包囲してその場に止めておいてくれれば俺が止めを刺す」
「了解っす」
よく見ると一つの建物の屋上にもスナイパーと思われる隊員が狙撃銃を構えながら蜘蛛と下に居る隊員との戦闘を見守っていた。
「えーと……あの……どういう状況」
「詳しくはあいつをやってからだ」
そういう師匠は取り出した聖霊刀を帯に差す。そしてゆっくりと刀身を抜いた。
「おっと?もしかしてお腹の部分はやわらかめ?」
天宮さんがしゃがみ込み静かに構え一発打ち込む。打ち込まれた弾丸は見事蜘蛛の腹部を貫通する。
「シャアアア!」
体内を弾丸が貫いた痛みで蜘蛛がその場に崩れ落ちる。どうやら先ほどあたしが真っ二つにした影響で魔素による回復が遅れているようだ。
「よくやった」
聖霊刀を構えた師匠がゆっくりと蜘蛛の元へ歩み寄る。師匠が近づくのを確認すると周囲で射撃していた人たちは撃つのをやめ、いつでも打ち込めるように待機する。
「シュ、シャー」
もはや立ち上がる余裕すらない蜘蛛を見下ろす師匠。
「……運が悪かったな。今楽にしてやる」
ビュン!ザシュ!
蜘蛛の首はもう回復する魔素も残っておらず首が固くなかったのか、それとも師匠の剣筋が固い首さえも切り裂くほど鋭いのか定かでは無かったがすんなりと切り落とされた。その後、体はすぐに闇の魔素となり霧散した。
あっという間だった。
そして地上で戦っていた人たちがぞろぞろと師匠が隊員たちを引き連れて九条君を抱えたあたしの前に集まる。
「……えーと」
「紹介が遅れたな。と言ってもお前には大体察しがついてそうだが」
「まあ」
「こいつらが神報者直属の特殊作戦部隊……龍炎部隊だ」
「神報者……直属……龍炎……ははは……なるほど?」
ずっと何かしらの特殊部隊の所属だとは思ってはいたが、よもや神報者直属の特殊部隊が存在するとは……この時のあたしは疲れと驚きで笑うことしかできなかった。