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三章第二日本動乱編 一部 雪解け

再会 1

 四月、一般的に考えれば新たに入学する新入生、学校を卒業して会社等に新たに入社する新社会人は大抵、様々な気持ちで新たな人生を迎えるだろう。


 新入生ならば新たな学校生活で勉強について行けるのか、友達は出来るかなどだ。新社会人になると同じように入社する同期と仲良くなれるか、上司と上手くやって行けるか、仕事について行けるかなど様々な心境になることは必然だと思う。


 だが同時に入学生も新社会人も4月の入学式、入社式を終えると忙しくなるのも必然だ。学生ならば学校側が用意した体力測定測定や学力テストなどを行い、自分の学力を試したり、部活動を探したりするだろう。


 またあたしはステアを卒業し、そのまま神報者付となったので普通の会社に入ることは無い。つまり会社に入社した新社会人がどのようなことをするのかは知らないが、会社でも何かしらのイベントがあるのが一般的だとは思う。


 そうすることにより新しい生活をするにあたって少しでも不安を和らげることが出来るのだと思う。


 では神報者付となったあたしの場合を話そうではないか。


 あたしの場合……四月一日、つまりあたしが初めて神報者付として転保協会の神報者執務室に来たあたしを出迎えた師匠の言い放った言葉はこうだった。


「すまないが仕事が無い。適当に過ごして良いぞ」


 だった。


 神報者付としてきちんと給料は支払われる。だが日本人としてなのか、一応職に就いているのに何一つ仕事が無い状況に何か気持ち悪い感情がある。


 だから適当に過ごして構わないとは言われたが、あたしはこの神報者執務室にある読んで良さそうな書類を片っ端に読むことにした。


 神報者執務室にあるのは神法に関する物、憲法に関する物、各法律に関する物など様々だった。この日本が第二日本国になってからも法律はどんどん増えている、それらだけでも数は膨大だ、だがあたしに生まれた謎の時間を消費するには十分な時間だった。


 幸い、久子師匠の下で書物には無限の可能性があることが分かり、いらないと思われる知識もいつか大事なタイミングで使う可能性があるかもしれない。そう思うと一見無駄な知識だとしても書物を読む癖がついたあたしにとってこの時間はある意味面白い時間となった。


 だが約二週間もすればさすがに飽きてくる。恐らく半分以上は読んだがそれでも飽きてくるものだと痛感した。


「ねえ……師匠」

「んー」

「まじでさあ……なんでもいいから仕事ないっすか?」

「んー」


 師匠は相変わらず目の前にある膨大な書類に目を通しては判子を押す作業を繰り返していた。恐らく国会から届いた通った法案の中身、議事録を神報殿に収めるための作業だろう。


「……と言ってもなあ……あ」


 突然何かを思い出したのか、引き出しを漁りだす。


「お!何?仕事!?」


 完全に仕事がもらえると思ったあたしは急いで立ち上がると師匠の下へ駆け寄る。


 師匠は引き出しから何か箱を取り出した。それを開けたあたしは驚いた……というより拍子抜けした……師匠が手に取ったのは、注射器だったからだ。


 師匠はそれを自分の左腕に差すとまるで器用に五本の血液を入れる瓶に自分の血液を入れていく。


「師匠……何してるん?」

「見て分からないか?採血だ」

「いや……それは見て分かる」


 あたしが聞きたいのは何故今この場所で採血をしているかである。


「……よし」


 すべての瓶に血液を集め終えると、それを魔法が掛かっているのだろう保存容器に入れると巾着に入れてあたしに渡してくる。


「ほれ」

「は?これで何をしろと?」


 よもやこれで何か魔法の実験でもしろと言いたいのか?いくらやらせることが無いと言っても意味が分からない。


「これを……ここに持ってってくれ」


 師匠が何かを書いた紙を渡す。以前行ったことをちゃんと考えてくれたようだ。鉛筆で書かれた文字は中々の達筆だがそれでも筆で書かれたものに比べれば一段と読みやすい。


「西京大学……山の井教授?」


 そこに書かれていたのは旧日本の東大に当たる第二日本最高峰の大学である西京大学の文字とそこで教授をしているであろう人物の名前だった。


「俺の不老不死が呪いだってのは前に話したろ?」

「そうね」

「こいつは変り者でな、この魔法による呪いを科学的に解き明かそうとしてる奴だ。定期的に血液を渡して何かしら呪いを解くヒントを研究してるんだよ。定期的に血液を渡してるんだが俺も仕事が忙しくてな。持ってってくれるか?」


 血液を送り届ける……つまり師匠の仕事のお手伝い……いやこれはパシリだ。よもや神報者付としての最初の仕事がパシリとは。まあとはいっても仕事の補佐ではなく神報者の傍で世話をしながら仕事を学ぶお付という立場だからこれもある意味仕事って言えば仕事だ。


「……はぁ……分かった持ってくよ」


 あたしは師匠の血液が入った巾着をショルダーポーチに入れると出かける準備をする。


「そうだ……ある程度結果が出るまで戻らなくていいぞ、最悪そのまま直帰でいい。とりあえず西大の周りでも回って地理を覚えてみるんだな」

「うーす」


 神報者執務室を出たあたしは屋上に出ると、箒を取り出し跨った。


 同時に師匠の最期の言葉を思い出す。


「これってさあ……体のいい厄介払いされたんでは?……地理を覚えろ……つまり外に出て街並みを覚えろってことよなあ?もしかして初日に言った適当に過ごして良いって……そういうことか!?あいつ……もっと伝わるように言葉使えよ!」


 自分の中で師匠に文句を言うと箒で西大の方角に向けて飛び立った。


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