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再会 2

 西京大学……略して西大。旧日本で言うと東大に当たる大学だ。東大は東京にある大学だから東大だが、西大は西京にあるから西大になったのであろう、凄い単純だ。


 だがここに通う生徒は旧日本の東大のように偏差値が高い生徒が多い。その証拠に各関係省庁に務める……いわゆる官僚も西大出身者が多いらしいし、現在与党である自政党の政治家も西大の法学部出身者が多いとも聞く。


 つまり国内のエリートが将来政治家や官僚になるための最短の道がこの西大を卒業することなのだ。


 因みにステアに入学した名家の人間の多くも西大を受けるらしい。名家としてステアを卒業し西大に入学することが将来名家を継ぐ際に拍がつくのだ。


 そして親友であるサチとコウも無事西大に合格したらしい。当主を継ぐことが確定しているコウは西大の経済学部、そして何故かサチは西大の法学部に合格した。どうやらサチは皇族守護統括を継ぐことになるらしいのだが、その際皇宮警察とも連携する必要があるため法律を習得する必要があるのだとか。


 基本的に体を動かすのが好きで勉強など二の次のサチにとってこの受験の期間が一番精神的にきたらしい。


 そしてもう一人、気になっている人物もこの西大の法学部に入学していた。


 西宮雪だ。


 去年の西京襲撃事件以降、当時総理大臣だった西宮総理は解散総選挙に不出馬、つまり自動的に議員を辞職したと聞いた。その理由が理由だ。世間には表向きに政治資金なんちゃらで辞職したと報道されていたが、本来の理由は恐らく勅令の内容を国会で審議するために必要なので国会議員たちは知っているだろう。


 つまり民政党、自政党、他の野党含めすべての議員からすれば日本国を盛大に裏切った大戦犯だ。


 その裏切り者の娘なのだ。どのような目で見られるのかは易々と予想がつきやすい。


 だが予想外だったのは西宮家によるその後の行動と名家会議の動きだった。元々西宮総理は名家の西宮家に婿入りした人だった影響で事件後、すぐさま離婚し、今回の件は西宮総理単独の暴走行為として幕引きを図った。


 そして名家会議も今回の件が公になると政府はおろか名家会議の存在も北条家の一件も相まって危ぶまれるとし霞家当主の三枝さんが率先して西宮家を議席から一時的に外すこともせずあくまで西宮総理単独の行為として扱うものとし西宮家を守った。


 それにより名家の同級生たちからの非難の目線が向けられることを避けることは出来たが残念ながら西大入学後はそういうわけにはいかなくなった。


 時折サチやコウより西大での大学生活の様子がメールで届くのだが、同じ大学に入学したはずの雪の姿が無かったのだという。情報によれば雪はサチと同じ法学部に入ったらしいのだが入学式や普段の授業でも姿を見ていないらしい。


 まあ名家に守られていた人間がいきなり誰も守ってくれない環境に入ったのだ。人の目を気にして行動しようとする気持ちは分からんでもない。


 だがそんな雪を積極的に探そうとは思わない。見つけたらちょっと声を掛けるぐらいだ。命を二度も救ってやったのだ、どのような大学生活をしているのか少しは気になる。



「まあ旧日本の東大を知らんから規模の比較は出来ないけども……魔法を使ってるんかね?……でかくね?」


 西大、入り口と思われる場所に降り立ったあたしはどでかい門をくぐった瞬間に現れたキャンパスに驚いてしまった。東大ではいくつもの学部があるため狭い日本ではキャンパスを一つには出来ないこともありいくつかの場所に点在するようにキャンパスが存在するらしい。


 だが魔法によって敷地をいくらでも確保できることもあってか、西大では一つの敷地に魔法拡張によりすべての学部を一つのキャンパスに収めているのだろう、広大なキャンパスが目の前に広がっていた。


 なお余りにも広大すぎて各学部に行く生徒らしき人達も皆移動手段は箒の様だ。


「やばい……これだけ広いと山の井教授を見つけるどころか学部を見つけるのも無理じゃあ」

「あれ?君どうかしましたか?」


 後ろから声を掛けられる。振り返ると恐らく在校生だろうか男性がそこに居た。何年生かは分からないが恐らく年上だろう男性だが、何故だろう……理由は定かではないが何処かであったような気がする。それに何故かは分からないが醸し出される雰囲気が何処か昭和……居やもっと昔の男性っぽさを感じさせる。


「あ……すみません」

「君……恰好を見るにここの学生では無いですよね?」

「あ、はい。ちょっと頼まれた物をここに居る……山の井教授に届けたいんですけど」

「え……山の井教授?本当に?」

「ん?はい」


 山の井という名前を聞いた瞬間、男性の顔色が少し驚きの表情に変わる。恐らくこの人の驚きようから山の井教授は普段から人と授業以外で話すことは無い人だと分かった。それはそれで教授として大丈夫かとツッコミたくなるが。


 そんな人に訪問者が来たのだ。それは驚きもするだろう。


「そう……山の井教授は細胞生物学の教授だったはずですので医学部の細胞生物の山の井研究室に行けば会えると思いますよ?あの方角です、箒でなら十分程度です」


 男性の指さす方角を見つめる。


「分かりました。ありがとうございます!」

「あと、気を付けてください。私は医学部では無いのであまり話したことは無いですが、噂によるとかなりの変人との事なので」

「あ、あーなるほど。分かりました」

「ではお気をつけて……アリスさん」

「……え?」


 あたしが医学部に向けて飛び立つ瞬間、後ろから男性があたしの名前を呼んだような気がした。少しスピードを緩めて振り返るが男性はどうかしたのかという表情だ。


「……まあいいか」


 多分気のせいだということにしてあたしはそのまま医学部の研究棟へ向かうことにした。



「ここだよな?」


 師匠の紙に書いてある山の井教授の研究室と思われる場所にやってきたあたし。


「医学部……山の井教授の研究室……あってるよな?」


 扉の看板にはちゃんと『山の井研究室』と書かれているので間違いは無いだろう。


 だがこの医学部棟に入った時の人の多さとは比較にならないほど何故か閑散としている。そして同時に目の前にある研究室の中からは人の気配がしてこない。


「留守……まあ平日ですし……授業中かな」


 もし鍵が開いていたら中で待っているか的な軽い気持ちでドアノブを回す。


 ガチャッ。


「……開いてる……不用心だなあ……あ、そうか」


 この世界にはハリーよろしく鍵解除魔法がある(魔法をプロテクト出来る魔法も存在するが)、つまりある意味この世界で鍵をかける意味は……あまりない。


 だが旧日本人としては中から人の気配がせずにドアの鍵が開いている状態だと、部屋の主が不用心か、中で死んでいるかだと少し思ってしまう。


 だがドアを開けても死んだ人間の匂い……俗に言う腐乱臭は無かった。まあ当然っちゃあ当然である。


 部屋の中に数歩入る中を確認するが、すこし驚いてしまった。


「これが……研究室?」


 確かに研究で使うであろう、器具や道具は置いてあるし、今も使われている雰囲気はある。だがこの研究室の本人の性格故なのだろうか、そこかしこに書類が散乱している。


「よくこんなので教授が務まるねえ」

「失礼だな君は」

「だあああ!」


 気が付かなかった。


 急いで振り返り、少しだけ距離を取る。


 あたしの背後に居たのは白髪頭で五十代……もしくは六十代ぐらいの白衣を着た男性だった。


「えーと……どちら様で?」

「……最近の若い者は鍵が開いていたら入るのか?」

「は?」


 一応名前を聞いたのだが、返事は違った。


「……目的の場所に来て鍵が開いていたら入るのは普通では?ていうかあなたは?ここは山の井教授の研究室ですよね?」

「そうだが?自分の研究室に入るのは当然だろう?」

「ん?ということは……あなたが山の井教授?」

「そうだ。で?君は誰で何しに来たんだい?」

「ああ、神報者の弟子のアリスと申します。師匠よりこれを」


 ショルダーポーチより巾着を取り出し、山の井教授に渡す。


「……はぁ……やっと持ってきたか。まあ国会対応があるから暇な時で良いとは言ったが、まさか弟子に持ってこさせるとは」


 早速箱を開けて中身を確認する教授。そして中身が龍の血液だと確認すると次々と何やら器具に移したりしていく。だがステアである程度魔法薬調合の授業こそは受けたがここまで本格的な実験はしてこなかったあたしには何をしているのかは分からなかった。


 あたしは教授の検査を終わるのを見守るため椅子に座り見守った。


「あの……教授?」

「何だね?」

「……どれぐらいで結果って出ます?」

「ん?そうだな……こいつの結果だけなら……一日?」

「へ!?」

「それと過去の結果と比較して現時点での評価が出るのは……数日かな」

「マジかよ」


 いよいよ師匠があたしにこれを任せた理由がやることないからとにかく外に出させたかったのだと明確になった。まあそれならばそうと言ってくれれば良かったのに、あの人は色んな意味でどうしようもない。


 どうするかと悩みだしたとき、偶然にもお腹が鳴った。時計を確認するともうお昼だ。あたしの腹時計は実に素直で性格だ。


「アリス君っといったかな?」

「はい」

「もう昼だ。お昼に行って来たらどうだい?この医学部にも学食はあるがおすすめは法学部と学部統括本部が入っている法学部棟の学食だ。うまいぞ」

「あたし西大生じゃないですけど」

「問題ない。他の大学は知らんが、西大は一般人にも学食や図書館を開放しているからな」

「なるほど……じゃあ行ってきます」


 どうせならあたしの好きな家系ラーメンが食べたいし、この付近の家系ラーメン屋を開拓したいのだが、大学の学食も多少なりとも興味があるのは事実である。


 家系は夜にでも食べればよいと割り切りあたしは学食に行くと決めた。


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