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ARA本社ビル脱出作戦 3

 小型のライトを口に咥えると即座にジャンプ、点検口につかまりエレベーターの外側に出てくる。


 そして予想通り、目の前にはフロアに繋がる扉がある。


 扉に近づこうとしたとき……。


 ガタン!


「うおっ!」

「きゃっ!」


 エレベーターが今まで一番の落下を見せる。多分先ほどのジャンプと衝撃がかなりブレーキに来ているのだろう。時間がない。


 扉の前にやって来ると先ほどと同じように隙間に指を突っ込むと全力で左右に引き始める。


 ギ……ギギギ。


 何とか扉が開くと、そこは見慣れ……いやこの建物に来るのは初めてなので見慣れてはいないが安心が出来る通路がそこにあった。


「……ふぅー」

「あの!」

「ん?」


 エレベーターからマネージャーと思われる女性の声がする。点検口から除くとマネージャーが懇願するような表情でこちらを見ていた。絶望的な状況で一筋の光を見つけたような……救世主を見てるようあ眼差しだ。


「とりあえず美優だけでも!」

「……ん?」


 美優っていうのかその少女は。というかこの状況でもまずはタレントを優先する……ある意味この人はマネージャーの鏡だな。


 というか先ほどまでうなだれていたこの少女まであたしのことを英雄を見るような眼差しでこちらを見ている……うれし泣きのような涙を添えて。


 というかまあ……助ける理由が無いのよねえ……仮に助けようとしたところでこのエレベーターのブレーキが持たなかったら道ずれで今までの努力が無駄になる。


 だが……もし助けることが出来れば、この二人は多分……いや一生あたしに感謝するだろう。そうなればあたしが困ったときに何かしらに利用が出来るかもしれない。


 そういう駒が出来るのならある程度リスクを冒すのも悪くはない。


「……ほいよ」


 しゃがみ込み、点検口から内側に手を伸ばす。


「っ!美優!早く!」


 最初、少女はあたしの差し出す手をジャンプし掴もうとしたがジャンプ力が足らないのか届かなかった。なのでマネージャーが抱きかかえるような形で上に持ち上げる。


「お!」


 これでようやく少女の手を掴むことが出来た。だが未だ少女はあたしが体を持ち上げられるか不安なようだ……ていうかさっきの扉開けた怪力を見てなかったんか?まあ瞬間的に力を出すか継続的に力を出し続けるかは違う能力らしいけど。


「ふん!」


 だがそんなことは関係ない。一時的にしか筋力を強化出来ないならそれを連続でやればいいだけの話だ。


 筋肉強化を断続的に行い、易々と少女を持ち上げて外に出す。


「……!」


 少女は出口が見えると目を輝かせる。


「ほっ!」

「へ?」


 そのまま少女を抱きかかえると通路に投げ捨てた。


 助かった!やったー!とか喜んでいるわけにはいかないのが分からんのか!今にもエレベーター先輩が力尽きそうな状況なんだよ!一グラムだろうがエレベーター先輩に掛かる重さを軽くしてやるのが最善の策なんだよ!……あ、アイドルだから重くないもんは、この場合通じねえからな?


「さ!早く!」

「はい」


 続いてマネージャーがあたしの手に掴まった。意外だったのは先程の少女よりは運動神経があるようで一飛びで成功した。


「うりゃ!」


 何とか引き上げると、マネージャーは助かった喜びかその場にへたり込んでしまった。


 いやいやいや、まだギリギリ耐えていらっしゃるエレベーター先輩の上ですよ?喜ぶなら落ちない床の上でしようや。


 あたしはとりあえず通路に上がるとマネージャーに向かって手を伸ばす。


「……あ、ありがとござい……え?」

「ん?」


 手を伸ばそうとするが何故か手が伸びてこない。よく見るとマネージャーとして動きやすいようにかズボンを穿いているのだが、そのベルトが金属にパーツか何かに引っかかっているようだ。


「すみませ……」


 マネージャーが引っかかった所を取ろうとした時だった。


 バキン!


「ん?」


 嫌な音がした。何かが壊れたような……いや、この際何が壊れたのかはさほどどうでも良い事だ。重要なのはエレベーター先輩から何かしら異音がしたってことだ、つまり……ついにエレベーター先輩が力尽きたということだ。


 ギ……ギィィィン!


 金属が擦れる音と共にエレベーター先輩が役目を終えて下に落ちていく……マネージャーを連れ立って。


 エレベーター先輩……お疲れ様でした……じゃあねえ!その人は連れてったらあかん!


「美佐子さん!」

「……ちっ!!」

「へ?ちょっと!」


 あたしは何も臆することなく落ち行くエレベーター先輩を追って飛び込んだ。


 ガシッ!


 幸い、エレベーター先輩は落ち始めとあってそこまで速度が出ていなかった。それ故にすぐにマネージャーの手を掴むことが出来た。だがあたしとマネージャーを持ちあげる物は何一つない以上、残念ながらあたしたちはそのまま落下した。


「なんで!?このままじゃあなたまで!」


 なんで?そりゃあこの数分間のあんた達の会話見てたら仕事が出来るあんたを見捨てたらあの子が一人になるだろ?そんなことになったら駒としての価値がなくなる恐れがあるんだよ!あんたとあの子は二人で一つだ!失うわけにはいかん!


 ……さて先ほどの計算問題だ。


 エレベーター先輩の重さとか知らんし、今から落ちた場合、どれぐらいで地面とごっつんこするのか計算できるほどあたしの頭は良くは無い。


 だが先ほどの隣のエレベーターは最高速を維持しながらあたしたちが乗っていたエレベーター先輩を通過し訳数秒で地面に激突した。それを考えれば今速度が速くなりつつあるこのエレベーター先輩が地面に着くには……うん!分かんねえ!けど十秒は持たないだろう。


 ではどうする?簡単だ、引っかかっている部分を外せばよい。だが外そうにも場所を確認し外すのにどう頑張ってもこの状態じゃあ余裕で十秒経ってしまう。


 なら……こうする!


「あたしの首に手を回せ!」


 掴んでいる右手を精一杯引き寄せるとマネージャーが両手であたしの体を掴むように近づける。マネージャーがあたしの体を掴むのを確認すると右手でナイフを掴むと抜き、左手でショルダーポーチの箒を抜き取る。


 パチン!


 ナイフでベルトを切ると相当テンションが掛かっていたんだろう、弾ける様な音と共に引っかかっていたベルトが外れて引かれていた力もなくなった。


 同時に左手で箒を掴み空中で制止すると、数秒後本当に感が当たっていたのかはさておき……エレベーター先輩は地面に衝突した。……お疲れっした!



「よっこいせ!」


 マネージャーを床に置くと、あたしも一仕事終えた感覚でその場でへたり込んだ……うん、まあ師匠の仕事はまだ何ひとつ終えていないんだけども。


 とりあえず、戦闘モードから無警戒……いや、ある程度警戒モードへ移るためにサングラスを外し帽子を脱ぐと止めていた髪留めを外した。


「あの!」

「んあ?」


 落ち着くために少し深呼吸していた時、二人が直立不動であたしの前に立つと深々とお辞儀をした。


「貴方は命の恩人です!」

「ありがとうございます!」

「……ふふ……ふふ」


 そうだ、存分に恩義を感じてくれ。


 このリスクに見合うだけのリターンが生まれるかはこいつらの今後の努力次第ではあるだろう。何に役に立つかなど今は分からない、だが恩義を感じれば人はその人の為に動きたいと思うのは当然のことだ。いつかは役に立つ日が来るだろう……そうこれは先行投資だ。金を使わずに出来る投資だ……最高じゃん。


 だがもう一つ重要なことがある……あたしの仕事はまだ終わっていないということだ。ていうか目的地にすらたどり着いていない。


 だから目的地に向かうために立ち上がった時だった。


 パチパチパチパチ!


 左側から拍手が聞こえる。あたし含め全員がその方向に注目すると、そこには拍手をしている男性と恐らくスタッフであろう複数の人がそこに居た。


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