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ARA本社ビル脱出作戦 4

 すぐさま二人が深くお辞儀をした。


 これだけであの男が何者かが何となくだが分かる、恐らく番組のプロデューサーか二人が所属している事務所の偉い誰かだろう。


 一つ分からないのは何故ここに居るのかだ。普通に考えれば今起きた出来事はエレベーターの整備不良による事故と思うのが普通だ。その場合、人が集まるのは人が残っている可能性も含めてエレベーターが落ちた一階だ。


 だがこいつらは迷わずここに来た。まるであたしが天井を開けてこの通路に出ると読んでいたかのようだ。いや読んでいたのではない、エレベーターについていたカメラはちゃんと機能していたんだ……ただし本来の目的では無い使われ方で。


 ていうか……なんでこいつは拍手をしてるんだ?普通なら大丈夫かとか声を掛けるだろ?拍手をしたってことはこいつ……最初からこうなることが分かっていたってことか?そのうえでどういう反応をするか、どう乗り越えるかを見てたってことだ……こいつ正気じゃねえだろ。


「いやー!良いものを見せてもらったよ!まさか天井から出てくるとは!驚きだ」


 男はゆっくりと近づいてくるとあたしではなくあたしが助けた二人に視線を向けた。


「それに比べて君は……ずっとカメラで見ていたが、ずっと泣いてばかりで何一つ面白味が無かった、残念だ」

「あの……これは、撮影か何かですか?」

「ああ、ドッキリだよ。エレベーターが故障して落下するドッキリだ。本来なら落ちるまでの時間をどう過ごすのか、落ちた時にどういう反応を示すのかを見るのが趣旨なんだが、まさか天井から脱出するとはね」


 おいおいおい、落ちた時にどういう反応をするのか?さっきのエレベーター、思いっきりドーンって言ってましたよね?中に留まってたら衝撃で死んでたと思いますけど?いやもしかしてエレベーターに何か細工でもしてたか?


「普通に考えればあの状態のエレベーターの中に居れば死んでますけど」

「問題ない、エレベーターの床にエアバッグが仕込んであってね、落ちた時に作動するようにしてあるんだ」


 なるほど、あたしがエレベーターに乗った時の床の違和感はこれか。床が少し動いたのは固定を緩くしてエアバッグが正常に作動したときにちゃんと膨らむためか……いやいやいや!知ってますか?車についてるエアバッグが作動しても命だけは守るだけで最悪打ち身になったり骨折することはあるじゃろ?ドッキリで出演者に怪我させてええんか?ていうか普通に一般人巻き込むのってまずいだろ。


「美優だったか……残念ながらタレント契約はなしだ」

「……」


 美優は明らかにがっかりしている様子だ。


「それと美佐子、お前も首だ」

「へ!?」

「タレントを育てるのもマネージャーの仕事だろ?それなのにお前は過去に受け持ったタレントの一人も満足にマネージング出来ないじゃないか、そんな奴を内に置いておく余裕はない」

「そんな!今までだってマネージャーの仕事を教えてもらってませんし、今まで受け持った子だって他のマネージャーが扱いきれない人を……」

「言い訳をするんじゃない、仕事も技術も先輩から盗めとよく言ってるじゃないか。それすら出来ないならここに居る意味は無い」

「そんな……」


 こいつ馬鹿じゃないのか?最低限の仕事内容ややり方を教えて仕事の技術を先輩から盗めならまだ分かるけど仕事内容すら先輩から盗めとか無理だろ。誰からも教えてもらわずに一から仕事が出来る人間なんてそうそういねえよ?


「それと……」


 男はあたしを見た。二人に話す口調とは違い、余所行き……まるで光る原石を見つけたかのような目だ。


「君の対応能力、身体能力は目を見張るものがある!どうだい?ぜひうちのタレントにならないかい?君ならきっといいタレントになる。おっとまだ自己紹介してなかったね、ARA代表の麻沼だ」


 麻沼はあたしに手を差し出した。


 ……あたしの判断は決まってる。だがその前にこの苛立ちを形にするとしよう。


 右手を握ると、そのまま構え思いっきり笑顔になる。


「……ん?」

「……なるわけねえだろう!」


 ガツン!


 あたしは思いっきり麻沼の左頬を殴った。殺さないために筋肉強化も魔素放出も使わなかったがそれでも麻沼を吹き飛ばすことは出来なくともよろめきさせその場にこけさせることは出来た。


「なっ!」

「ちょっと君!」

「あ?」


 多くの撮影スタッフがあたしを制止しようと近づこうとするがあたしが睨むとひるんだのかその場に留まる。


 そしてあたしは麻沼の襟を掴んだ。


「あのさあ……あたしは別に撮影のルールとか知らんしからさあれだけど、普通一般人をこういう番組で写す場合さ、事前に許可取るのが普通じゃねえの?しかも一つ間違えればケガするどっきりを一般人に知らせず巻き込むとかあんたほんとに事務所の代表か?あ?タレント?なるわけねえだろ」

「……」


 明らかに何か言いたげだったが、正論だったこともあるのか麻沼は何も言わなかった。


 正直、訴えれば確実に勝てるんじゃないかと言えるレベルだがめんどくさいし、先ほども言ったが優先すべき仕事が残っているのだ、こっちに構っている暇はない。


 やりたいことをやり、言いたいことを言い終えたあたしは立ち上がり、目的の階に行くために生きているエレベーターを探そうとしたが今さっき起きた事のせいでエレベーターに乗る気になれず、また運が良いのか目的の階まで数階上がれば良かったので階段で行くことにした。


 階段に向かう際、二人が絶望の表情をしながらあたしに軽く会釈をする。


「代表!」


 その時、他のエレベーターから昇ってきた番組スタッフらしき人が麻沼に何かを耳打ちした、その内容を聞いた麻沼は何故か顔が一気に青ざめていったような気がしたがあたしにとってはどうでも良い事だったのでそのまま階段に向かった。



「ん?あんさん、ここは関係者以外立ち入り禁止やで?」


 目的の階、目的の撮影部屋に入ったあたしに声を掛けたのは大阪弁……いや京都弁かは知らんが関西弁で話す女性だった。


「え?ああ、すみません。名刺とかないんですよね……神報者の弟子……神報者付きのアリスと申します。師匠の代理でやってまいりました」

「ああ!あんさんがアリスはんか!代理が来るっちゅうのは聞いてはりましたけど、まさかこないなべっぴんさんが来てくれはるやなんて嬉しいなあ!私はタレント事務所京華の社長をしてはります橋本です」


 すげー……関西弁?京都弁?この国での名称は知らないけどこの世界に来て基本標準語しか聞いてないからかなり新鮮だ。それにしても関西弁……いいな。


「それで?すこし服が汚れてるようやけど……なにかあったん?」

「え?あっ」


 急いで来たために気づかなかった。そりゃあそうだ、普段から人が触ることなど無いエレベーターの天井に登ったのだ、機械の潤滑油やほこりが付いていてもおかしくはない。


 ただ正直に何が起きたか言うか迷ったが、この人は少なくともARAの人間ではないはず……ならば言っても問題では無いだろう。


「それがですね」


 あたしはこのスタジオにて起きた事故……いや、事件と言っても過言ではない出来事の詳細を橋本さんに伝えた。


「……なるほど。それは難儀やったなあ。あそこの社長はいつも無茶なことをタレントにさせよる……それで?アリスはんの機転で助かったのは良いんやけど……あんさんが助けてARAの契約出来なかった二人は何処におるん?」

「え?ああ、多分ですけどかなりショックを受けてましたし……まだこの建物に居るんじゃないですかね?」

「ふーん……ならちょっと行ってくるわ!あ、お菓子はテーブルに置いといてな?あと撮影は自由に見てもらってええで!」

「は?」


 そういうと橋本さんは何処かへ歩いて行ってしまった。


 ……ARAの代表はクズだったけど、逆にあの人は自由って言うか……何考えてるか分からん人だな。


 その後、持ってきた大量の菓子折りを手に取って食べれるようにテーブルに置き、あたしは撮影を見学していた。


 また十数分後、笑顔で戻ってきた橋本さんと一言二言話すとあたしはもう少し見学する予定だったが予定外の出来事でさすがに疲れたので帰宅することにした。


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