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ARA本社ビル脱出作戦 6

 というわけであたしの今回の任務はパーティーに参加した上で、今から確実に起こるであろう武装集団による襲撃を美優を守りつつ回避し、爆破までにこのビルから脱出することである。


 ただこの場に雪が居たのは驚いたことではあるのだが。


「それにしても」


 雪が何やら嘲笑の視線を感じる。


「なにさ」

「そのドレス……似合ってないわね」

「知ってるよ」


 あたしが着ているのは鮮やかな赤いドレスだ。値段は……知らないがまあ……安くは無いだろうし聞きたくはない。


 この後、普通に着替えるのだ、適当なドレスで良かったのだがこれを用意した友里さんが『例え一瞬でも女の子はちゃんと綺麗にしないと』ということで素晴らしいドレスとなってしまった。


 ステア時代のプロソス交流会でも制服での参加だったのでこういうドレスを着るという経験がほぼないせいでどう見てもドレスに着せられている感が否めない。しかももちろんヒールにお化粧のオプション付きである。


「貴方誰かに挨拶しないの?」

「する必要がないからしない」


 もちろん、こういう環境での振舞い方など知らないし教えてもらってもいない。それに今回は特段特定の人物とコネクションを築けという指令もない以上、ヒールも相まって動きたくないのだ、あたしから積極的に動く必要はない。


 それに神報者付きという役職上、もし必要ならあちらから近づいてくるだろうから余計動く必要が無いのだ。まあ……食欲がわいたら動く可能性はあるけれども。


「それと……その横の人物は誰?」

「ん?ああ……」


 あたしの横に居る同じ友里さんの用意したドレスを着ている美優が気になるようだ。少なくとも雪の知っているあたしの交友関係で美優はいないはずだし、あたしが普段遊んでいるのはサチとコウしかいないのを知っているからなおさら気になるのだろう。


「知り合いだよ、美優ちゃん。ARAとは違うけど事務所所属のタレントさんでさ、こういう場所に疎すぎて勝手が分からんからお付として同行してもらってんの。師匠の提案でね」


 美優と知り合うきっかけがARAのどっきりというのは話せば色々ややこしくなる(多分雪が突っかかって来るだろう)ので伏せておくことにした。


「そう……なら龍さんの判断は正しいわね、あなた何しでかすか分からないから」

「さすがにこういう場面ではちゃんとするわ!プロソスの交流会でもちゃんとしてましたが!?見てなかったんですか!?」

「だとしても今日はあたしの邪魔をしないように……」

「おや?西宮家のお嬢さんではありませんか?」


 その時、聞き覚え……いやある意味聞いたら二、三発殴りたくなる声が聞こえた。そして同時にこんなすぐに別の事務所所属の状態で会うのは気が引けるのだろう美優があたしの後ろにそっと隠れた。


 そしてこのパーティーの主催であるARA代表の麻沼が高そうなスーツを身に纏って歩いてきた。


 雪は軽く一礼するが、正直マジで一発ぶん殴りたい衝動に駆られている。いや、多分何発か殴っても許されるであろうが、現在あたしは神報者付として来ており別の目的がある以上、変に目立つのは悪手だ。だから何とか抑えることにし一礼した。


「お父上の一件は大変でしたね。あれから西宮家は大変でしょう」

「ええまあ……」

「我々もお父上には良くしてもらった過去がありますので、もしお望みなら西宮家の再建に僅かながらですが力になれるかもしれません、その時は遠慮なく言ってくださいね?」

「はい……母に伝えさせていただきます」

「はい……ん?……っ!」


 麻沼の表情が一気に変わった。あたしの存在に気づいたからだ。


「君は……何故ここに居るのかね?今回のパーティーは招待客しか入れないはずだが?」

「はい!ですから正面から招待状を手に参加させていただきました」


 普段、あたしは相手によって口調を変えることはあるがそれでも完璧な敬語なんぞ知らないし、逆に中途半端な敬語は失礼にあたると思って敬語はあまり使わないようにしている。帝を除いて。


 だがそれを利用し、今すぐにでも殴りたいレベルにむかついた相手には侮辱の意味合いを込めて出来る限りの敬語で接するのだ。


「あー!申し訳ありません、あの時は自己紹介できませんでしたので、今させていただきます」


 そういうとあたしはドレスの端を両手で掴むと少し膝を曲げ一礼した。


「神報者、龍の弟子、神報者付のアリスと申します。本日は都合により龍の代理として参加させていただきました。どうか良しなに」

「神報者の……弟子!?」


 ここでようやく麻沼はあたしが誰でどういう立場なのか理解したのだろう。そして同時にあの一件で神報者の弟子を殺しかけた事実にあの時よりも顔が青ざめている。


 だが恐らくこの場に居る人間であの事故を知るものは少ないだろうことで、公にしたくない気持ちもあるのだろう、何とか作り笑顔を保ちながら喋り続ける。


「いやー!神報者殿には毎年招待状を送っていたのですが、嫌われているのか参加されたことが無かったんですよ。今年は代理が参加と……差し支えなければですが今回参加できなかった理由はあるのでしょうか」

「ええ、別の方との予定がありまして、そちらを優先した次第です」

「ほう?見ても分かる通り、今日集まっている参加者には与党の政治家、テレビ局の関係者、財閥関係の方が多いのですが、このパーティーに参加しておらずかつこのパーティーより優先すべき予定とは……聞いてみたいものですね」

「知りたいですか?」

「ええ、是非」


 なるほど、こいつは今この日本で開催されている大小さまざまな催し物よりも自分が主催しているパーティーが一番優先順位が高い物だと自負しているんだろう。ま、普通に考えればそうだろうな。


 普通に考えれば。


「今日は帝……天皇陛下との会食です」

「なっ!」


 そりゃあそういう表情になるだろう。というかどの立場の人間でもこのパーティーと天皇陛下との会食だったら後者を優先するはずだ、あたしだってそうする。


「な、なるほど……であれば仕方がないですね」

「はい、ですので私が代理で参加いたしました」

「分かりました。では私は主催として忙しいのでこれで……」


 逃げたか……このまま喋り続けるとあたしが事故の事を喋る恐れがある。そうなれば雪は間違いなく麻沼に事故の詳細を求めるだろうし騒ぎになるだろう、そうなればこの場で主催としてでは無い注目の集め方になってしまう……それだけは避けたいのだ。


 だがあたしは今この場でこの事件について喋る気はない。この後起きる襲撃に備え、過度に注目を集めるのはあたしとしても避けておきたいからだ。


 なので、今は静かに事が起きるまで待機しておく。


「貴方……どこで代表と知り合ったの?」

「ん?ああ、一週間前に師匠の仕事で撮影スタジオ行ったときに会っただけだよ?」

「本当に?それにしてはあの人の驚きようは凄かったわよ?何かあったんじゃないの?」

「なんでもないよ。あの時はあたしが神報者の弟子とは知らなかったからじゃない?」

「あっそ」


 こいつ……鋭いな。まあ麻沼の表情見れば誰だってそう思うか……だが今は話す気はない、今はとにかく静観するだけだ。


 その後、雪は自分の本来の目的である政治家とのコネクション作りに勤しむためにその場を離れた。


あたしの場合、緊張の為か少しお腹が空いていたため美優と一緒に会場にて用意されていた軽食をつまんでいた。後で知ったのだがこういう趣旨のパーティーでは料理を楽しむのではなく、あくまで人との会話を重視するのでちゃんとした料理は用意されないらしい……規模の大きいパーティーだったこともあり食べ物だけは少し期待していたのでちょっとがっかりした。


 そしてパーティーが始まって一時間が経過した午後八時頃、ついに事が動き出した。


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