トレーニングフロアの階段を中盤まで下ってきたあたしたちだが、先ほどの戦闘から一段落着いた影響で心に少しばかり余裕が出来たからか所謂人の気配というものにも余裕を回せるようになってきた。
そのためにある程度スピードを上げて階段を下れるようになってきたのだが、ここであたしの脳にはある疑問が生じていた。
そもそも論、何故麻沼はこのタイミングを狙ってビル爆破を試みようと思ったのかである。
別に今探偵ごっこに興じようとしているわけでは無いが、この事件の首謀者がこのビルの会社の代表である麻沼であり、あたしたちはその事件に巻き込まれて逃げている真っ最中なのである少々不思議に思ってもしょうがない。
そもそもビルを乗っ取られて爆破するにしても代表なのだ。ビルの全体メンテナンスでビルから人を追い出せばだれも傷つかずに爆破できて乗っ取られたことにすれば一石二鳥ではないか。
でもあえてこのパーティーの日に決行する必要があった……何故だ?
しかも今現在、このビルのどこかでは三穂さん率いる龍炎部隊が代表室に向かってカチコミを入れている最中だろう、表向きは武装集団と代表の関係を示す書類だろうけど裏には何かあるはずだ。
であればなおさらこの日に決行する理由が分からない。
「アリス」
「ん?」
雪が話しかけてきた。
「貴方が今思ってること当ててみましょうか?」
「ほう?」
「何故襲撃犯、もといこのビルを爆破しようと企んでいるARA代表は何故この日を選んだのか……でしょ?」
「おっと?」
待て待て待て、何故言っても無いのにARA代表が……麻沼が首謀者だと知ってるんだ?勝手に着いてきているタレント陣が裏切られた事実にパニックを起こさないように黙っていたんだけども。
「なんで……それを」
「簡単な推理よ。ここまで大規模な襲撃、裏から手引きできる人がいないと実行不可能だし、聞いた話じゃここの事務所、代表のワンマン経営よ?代表以外にここまで手引きできる人間はいないでしょ?」
逆にワンマンでここまで運営出来ている時点で本当に経営能力はあるんだな。タレントの能力を見抜く能力はない癖に。
「そうなるとわざわざこのパーティーのタイミングを狙って襲撃を決行するには何かしらの理由が必要……だけどそれが分からないってとこね」
「わーお、あんた政治家じゃなくて探偵になった方が良くない?」
「あらお褒めの言葉ありがとう。でも政治家にも探偵さんみたいな推理力は必要よ?状況判断能力、人の心を読む能力、それに対して自分がどう行動し人に取り入るか、政治家にも必須な能力よ?」
「そうかい」
「あの……」
後ろから付いて来ていたタレント陣の一人が心配そうな表情で声を掛けてきた。ていうかさっきから凄し静かだったけども……あの女が実質リーダーだったわけだ。
「なんでしょ?」
「すみません、声が聞こえてしまって。このビル爆破されるんですか!?」
……あっちゃー聞こえてたか!聞こえないようにはしてたけども……つーかすげー涙目!
「残念ながら……だからいそ……」
「逆に聞きたいわね、このビルはARA代表の企みで爆破されようとしているのに何故あなた達は拘束されていたのか」
「え?」
「ちょっと雪さん!?」
今にも泣きそうで不安そうな女性陣に向かって追い打ちは……これで動かなくなったらどうすんですか!まあその場合は置いていきますけども!
「だってそうでしょ?あたしたちが偶然あそこに居なければあなた達はリネン室に居たままで爆破……死んでたのよ?何故残されたか考えないの?」
あたしたちってあんたは偶々ついてきただけしょうが!
「それは……」
「ちょっと待って」
「なによ」
「少なくともあの会場にはあんたたち以外のタレントもいたよね?だけどあなた方は五人で拘束された……つまり他の面々は何処に?」
「別の場所じゃないの?」
「それは無いよ。だって元々少ないだろう人員で多数の人を拘束して見張る必要があるんだよ?一か所に集めて拘束した方が理にかなってる」
「……それはそうね」
「なら分けられた理由があるはずだ。何かない?今日に至るまで分けられた人とあなた達に何かしらの違いが生じるような出来事」
時間が迫ってはいるがここまで来れば麻沼の本当の目的が分からないと気持ち悪くて仕方がない、まるで歯に挟まった物を取るのに格闘するように。
「あ!契約!」
女性陣のうちの一人が思い出したようで声を上げた。
「契約?」
「ARAのタレント契約って一仕事に付きギャラが違うんですけど」
「タレント業ってそういうもんじゃ?」
「ARAは最低保証って言って契約に最低金額が付いてるんです。それ以上は各々で相手と交渉するんですけど」
「けど?」
「あたし……三月の契約更改で下げられたんです。それも理由なしに」
「あ、あたしも!」
「あたしもだ!」
「それで?」
「あたしは保留したんです。歩さんが保留したって聞いて」
「歩さん?だれそれ?」
「さっき撃たれた人です」
「ああ……なるほど」
どうでも良いけど。
「それで代表から言われたんです。保留にするんだったら他のタレントには決まるまでこの事を口外禁止、外部にも漏らすの禁止、もし違反した場合違約金発生と共に契約を破棄するって」
なるほど……そういうことか。すべての辻褄があったというか……あいつの本当の目的が今判明した。
それに雪も気づいたようで目を合わせると同時に頷いた。
要はビル爆破をして新しくビルを建てる、だが金が足らない。だが武装組織に占拠されたことにすれば保険が降りる。だがそれでもまだ足りないのだろう、だから不当に契約金を下げる交渉をし従えば新しいビルのタレントとして契約、従わない場合不当な要求をしたと外部に漏れないようにこのビルで拘束後爆破して殺害、証拠隠滅か……考えるねえ、下種だ。
ならなおさらあいつ捕まえようかな。その方が面白そうな予感がする。だがまあもう遅いんだけどね、あいつどこに居るか知らんし。
「ならあたしに感謝しろよ?少なくともリネン室で死ぬことは無くなったわけだし、あたしに『勝手』についてくれば多分生き残れるんじゃない?」
「は、はい!」
何故だろう、先ほどまでと違いこいつらの眼差しがまるでヒーローを見ているかのうような目線に変わっている。何もしてないぞ?
「じゃあ気を取り直していきますか」
「それにしてもむかつくわね」
トレーニングフロアも佳境に迫って来ると雪にも少し余裕が出てきたのか先ほどから愚痴ばかり溢している。
「あいつなんて死んだ方がましです!」
「そうね平手打ちくらいなら許されるかしら」
あたしも女性だけど本当に一団結した女性の怖さは異常だよね。特に共通の敵を見出した時の女性の団結力って異常だ。何をするか分からん。それに同調する雪さんも怖いっす。まああたしも先日のエレベーターの件忘れてないからもしあったら二、三発殴りたいのは同じだけど。
「まあまあ……ん?」
「どうしたの?」
あと少しでスタッフフロアというところだが階段にばかり気を掛けていたせいで視線の端っこに入った物に気づくのが遅れた。
階段前にある二基のエレベーターの内一つが動いていた……それも何故か上方向に。
エレベーター前に近寄りインジケーターを見てみるとちょうど今エレベーターに乗った様子でゆっくり上に向かった上昇していた。
この状況で上に登ろうとする奴がいるのか?偶々拘束を逃れた奴がエレベーターを使うならまだ分かる。だがその場合エレベーターを呼んでいるということになる、だがそれだとエレベーターが動いていることになり拘束から逃れた情報がすでに広まっていることに他ならない。非常にリスキーだ。まあそれすら想定できず生き残る一心で呼んでいる可能性もあるにはあるけども。
だとすれば残っている可能性は誰かがエレベーターに乗り上に向かって上昇しているということだ。
あと数十分でビルが爆破されるということを理解してそれでもなお上に行かなければならない人物ということになる。となると……もしかして。
もしあたしの予想があっている場合、上手くいけば面白いことになるし、予想以上の成果を持ち帰ることになる。
どうする?爆破時間まで時間はない。でも試す価値はある。
「アリスどうしたの?時間がないんだから急がないと」
「……ごめんちょっとだけ作戦変更」
「へ?うそでしょ!?」
「時間は掛からないよ」
あたしは準備の為にエレベーターのボタンを押した。