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ARA本社ビル脱出作戦 12

「ちょっと!エレベーターは使わないって!」

「もちろん使わないよ?これはあくまで下準備……全員一階上にゴーゴー!」


 エレベーターのボタンの押した後、あたしたちは困惑の表情を見せる六人を連れて先ほど下ってきた階段を一階分登った。


 そして階段を上って左側の角に皆を連れてくる。ちょうど観葉植物が置いてあったのでそれの裏に隠れるように指示を出す。


「何する気?」

「上手くいけば麻沼を捉えられる作戦」

「本当に!?どこに居るか分からないでしょ!?」

「試しだから上手くいくか分からんけど。まあ駄目だとしても戦闘が一つ増えるだけだからさ!気にすんな!」

「気にするわよ!あんたが死んだらあたしたちも終わりよ?まあ何言ってもあんたの事だからやめないだろうから一つだけ気を付けてね」


 あたしの性格分かってるう!……さて急ぎますか。


 エレベーターの前に移動すると杖を取り出し、動いてない方のエレベーターの前で杖を構える。


「アナグトリー《認識を阻害せよ》」


 これによりエレベーターの扉の数センチ前にエレベーターの扉が複製された。


「おおおりゃああ……開けえええ」


 杖と銃を仕舞いエレベーターの扉に手を入れ全力でこじ開ける。


 ガガガ……ガタン!


 何とかこじ開けた扉から中を見ると予想通りこちらのエレベーターの箱はまだ下にあるようだ。そしてちょうどこちらに上昇してくるエレベーターも視認できた。


 こうすれば扉が開いていても認識阻害によってエレベーターの扉は閉まっているように見える。


 そして扉の前で左膝をつきながらしゃがみ込む……その時だった。


 ガチャン!


 下の階からエレベーターの扉が開く音と共に男の声と聞き覚えがある声がした。


「ん?なんで扉が開くんだ!」

「誰かがボタンを押したんでしょう……でもおかしいですね、この階には配置されていないはずです」

「じゃあこの状況で誰が押したって言うんだ?逃げた者か?」


 あたしでーす!


「いえ、脱走したという情報は入ってませんし……そうですね少々お待ちを」


 足音がする。不審なものがいないか確認するためだろう。まずは一階下、そして異常がないことが分かると今度はこっちに昇って来る。


 あたしはナイフで左足のふくらはぎ付近のズボンを切るとショルダーポーチから赤色の液体、所謂血糊をぶっかけた。こうすれば遠目から見れば左足を負傷したと思うはずだ。


 そして銃のマガジンを抜くと弾を全部ポーチに戻し、空になったマガジンを銃に戻しチャンバーに残っている弾もポーチに入れた。


 そして。


 階段から上がって来る戦闘員と目が合った。


 カチッ!カチッ!


 焦った表情で銃の引き金を引くがもちろんチャンバーに弾は入っていない、ダブルアクションの銃だからハンマーが動くだけで弾が発射されることは無い。


「ん?貴様そこで何を!代表」


 戦闘員が麻沼を呼んでいる隙にショルダーポーチにあるある機械のボタンを押した。


 数秒後、他の戦闘員一名、計二名の戦闘員を引き連れた麻沼があたしの前にやって来る。


「ん?おやあ?なんだ神報者付殿じゃないですか!見かけないと思っていたのですがまさか逃げていたとは!」

「……くっ!」


 あたしはあくまで戦闘で足を負傷し少し息を乱しながら動けない様子を装う。


「お知合いですか?」

「いや?初めて会ったのもつい先日の事だよ。まあそこまで良い出会い方では無かったがね」


 そうでしょうね。


「どうします?時間がありません」

「そうだな……殺して……ん?いや待て?」


 麻沼は何か考え始めた。


「いや人質として拘束しろ。神報者相手の交渉カードとしては十分だろ?今まで神報者には少なからず苦渋を舐められてきたからな」


 おい師匠何したんだよ。


「了解です。何発か撃って拘束します」

「いや銃は撃つな、すでに足を負傷しているだろ?それに持っている銃も弾切れの様子だ!なら簡単に取り押さえられるだろ?出来るだけ無傷で抑えたい、私も加勢しよう、女一人ぐらいなら問題ないだろう」

「……分かりました」


 戦闘員の一人はあたしのこの状況に少し疑問を感じながらも雇い主のいう事ならと従った。


 見ろ美優君、戦闘術に関してだけはあたしも演技出来るんだぞ?


 戦闘員二人は縦に連なり、麻沼がその後ろに配置する形でゆっくりとこちらに迫ってきた。


 恐らく戦闘の男がエレベーターの存在しない扉を利用し頭を抑え、二番目の男が下半身を抑える作戦だろう……うん!エレベーターの扉もう無いから作戦失敗だね!


「一気に行け!」

「……」


 麻沼の号令と共に三人が勢いよく突進してきた。


 先頭の戦闘員の伸びる手が一メートルまで近づくとあたしは何もなかったかのように立ち上がった。


「なっ!」


 ただ取り押さえるだけと思っていた先頭の戦闘員は驚きながらも状況は変わっていないとあたしの上半身取り押さえようとそのまま突っ込んでい来る。


 その瞬間、先ほどよりも深くしゃがみ込みながら杖と上に向けた。


「無駄だ!」


 例え杖によるシールドがあろうが一対三である。エレベーターの扉を利用すれば一人がシールドで触れなくともあたしの頭へ移動することは可能だ。そして後続が下半身を抑えれば問題ないと判断したのだろう……扉があれば。


 シールドに阻まれ戦闘員の体が滑っていく。そして頭が扉に……ぶつか……らず……すり抜けていった。


「は!?」


 よもや扉がすでに開けてあり認識阻害で扉があるように見せていたなど想定するなどこの状況で出来ないだろう。あたしだって逆の立場なら気づけない、初回だけしか通用しない初見殺しだ。


「くっ!」

「隊長!」


 こいつ隊長なのか。まあ麻沼についているってことはそれなりの立場でしょうけど。


 部下と思わしき戦闘員がエレベーター内部に滑っていく隊長の体を掴んで戻そうとするがすでにあたしを捉えようと相当な勢いでつっこんでしまった事と傘上に展開されているシールドの後半に差し掛かっているために滑るスピードは緩まない。


 ていうか部下も部下だ、この状況普通に考えれば隊長さんが助かることは無いと思うのが普通だろうに、よほど信頼されてんのね。


「クッソ……あああ!」


 ここで良い意味で想定外が起きた。戦えない麻沼はどうでも良かったが部下も焦って隊長さんを掴みっぱなしにしていたせいで隊長と一緒にエレベーター内部に滑り込んでいったのだ。


 これで無駄な戦闘が起きることは無くなった。いやーまさかエレベーターの扉が開いているとはねー、あたしもびっくりだよー、うんまさか二人とも落ちるとは。


 これで麻沼一人になったと思っていたのである。


「しまっ!」


 そしてもう一つ併発するように良くない想定外も起きてしまった。


 二番目の戦闘に密着していた麻沼が袖が戦闘員の付けている装具の何かに引っかかったのだろう、戦闘員に引っ張られる形でエレベーター内部に滑り込んでいく。よもや麻沼ごときが二人分の戦闘員を引っ張り上げる力なんてあるとは思っていない。


 てか……そうはならんやろ。


 麻沼がエレベーター内に引っ張り込まれるのを見ながらあたしは横に避けてそれを眺めていた。因みにちゃんと見えるようにこの時点で認識阻害の魔法は解除してある。


「んんん!……あっ!」


 ここでようやく引っかかっていた袖が取れたのか安堵の表情を見せるが……全て遅かった。麻沼の上半身……というより持ち直すために必要な重心位置は完全にエレベーター内部に入っていたのだから。


「た……たすけ。あああああ!」


 必死の表情で命乞いの言葉を絞り出そうとしたが、無慈悲にも麻沼はエレベーター内部に落下していった。


 ……うん、これで勧善懲悪!……じゃない!完全に想定外です!あんたは行っちゃ駄目だあ!


 急いで箒を取り出すと麻沼を追うようにエレベーター内部に飛び込んだ。


 今現在の階数、そこから計算される落下から衝突までの秒数……もちろんあたしにそんな計算は出来ません!舐めんじゃないわ!


 だが少なくとも不運にも先に飛び降りてしまった戦闘員二名はすでに衝突しており見事な血の花を咲かせている所を見ると猶予は十秒も無い……まるで先週?の美優を助けた時みたいだな……まあ助ける理由は全く違うんすけど。


「ああああああ!」


 どうする?箒を使ってもあいつにたどり着くまでには立派な血に花になってる頃だぞ?なら諦めるか?ここまでやってか?いや待て忘れるな……この世界には魔法がある!ていうかあいつうるせえな!叫ぶなら過去の罪でも叫んどけ!


 杖を麻沼に狙いを定める。一か八かの一発勝負だ。


「プラマーティー《物体よ制止せよ》!」


 魔素球のような魔法が杖から発射されるとあたしが落ちるよりも早く麻沼に向かって行った。


 数秒後、魔法がちゃんと麻沼に当たったようで血の花にはならずに制止していた。


 物体をその空間に固定する魔法だ。新入生の頃、柏木先生があたしの箒に向かって撃ち、あたしが飛び降りざるを得なくなった時と同じ魔法である。


 この魔法は物体であれば人間でも無機物でもその空間に固定できる魔法だが、これにはデメリットがある。制止している間、その物体の質量に応じた魔素が消費されていくのだ。数キロの物や人間一人程度ならまだ問題無いだろうが車や建物などの数トンはあるだろう物を制止しようとすると一瞬で魔素が尽きるので注意が必要なのだ。


 制止した麻沼の所へ行ってみると、間一髪だったようであとコンマ数秒遅れていればこの血の花の芸術作品の仲間入りをしていたようで……本当に危なかった。


 ところで麻沼の方は目の前にすでに投身自殺により他界された戦闘員の肉塊を眼前にしていたからかそれともジェットコースター並みかそれ以上の恐怖を味わったからか、失禁し下半身から湯気を発生させながら白目を向いて失神していた。


 ていうかこれを今から上に運ぶの?匂い移るなあ。


 だが予定外の戦闘だったので時間も押している。ショルダーポーチから一人一人が入る大きさに拡張した袋を出すとその中に麻沼を突っ込むと美優たちがいる場所へ戻って行った。



「アリス!」


 どうやらあたしが焦った表情でエレベーター内部に飛び降りたのを見てかなり焦ったのだろう、全員エレベーターの扉の所で待機していた。


「やあ、いま戻りましよっと」


 フロアに戻ると同時に麻沼が入った袋を床に置く。


「なんか気絶してるけど」

「いやー契約している戦闘員が落ちたから自ら助けに行くために飛び込むとは……うん!仲間思いですなあ!」

「ていうかなんで助けたのよ!死んでも良かったのに!」

「そうですよ!こいつがしたこと分かってますよね!?この状況になったのもこいつのせいですよ!?」

「うん知ってるよ」

「だったら何故生かしたの?まさか逮捕させて罪を償わせる気」

「いや?まったく、ただ単にこいつに償わせるなら追ってないよ。たださ」

「ただ、何よ」

「こいつは今スポンジなのよ。権力とか色んなものを限界まで吸い込んだスポンジ、こいつを殺すってことはそれを何一つ奪うことなく燃やしてしまうことと同じなんだよね。あ、今言ってるのは法律的に面倒が増えるってことね?生きてるとそれらの面倒なことが無くなるんだよ」

「あんたはこいつの持ってる何かが欲しいってこと?」

「うーん……違うかな。将来への投資?」

「はあ?」


 何故今回の作戦に橋本さんが積極的に協力してくれるのか、タレント契約したばかりの

美優をあたしに感謝しているとはいえ危険な作戦に協力させるのか、あたしの実力を知っているのもあるだろうが、本来の目的は麻沼の持っている権利が欲しいんだろう。


 麻沼が持っている色々な権利自体を師匠が欲しているわけでは無いだろうし、それだけの為にあたしと龍炎部隊を使うはずがない。他に目的があるはずなのだ、だがそれに麻沼の持っている権利は入っていないだろう。だからこそ協力すればただ同然で麻沼が所有しているすべての権利が手に入るのだ、ライバルのタレント事務所なら進んで協力するだろう。


 なら先行投資だ。法律に詳しいわけでは無いが麻沼が死んでいる状態では引継ぎも時間が掛かるだろう。だが生きた状態で……しかもビル爆破の首謀者として脅せばあいつは従わざるを得ない。橋本さんに対してある程度借りを作ることが出来る……良い投資になる。


 美優がこのことを知っているわけも無いし、雪ですら今は興奮しているのだ、残り時間も含めて詳しく説明している暇はない。


「とりあえず、こいつの事はあたしに任せて!さ!さっさと下行くよ!」


 そういうとあたしは麻沼の入った袋を抱えると銃と杖を構えて下へと続く階段を降り始めた。


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