つい二つ前の戦闘の男……名前は……忘れた。あの男の言う通りなら残る敵は正面入り口と地下駐車場にしかいないということになる。
であれば少なくとも一階に付くまではある程度警戒しなくても良いということになった。だがまあ……今のあたしは戦闘モードだ、自動的に警戒することにはなるけど、それでも階段を降りる際いちいちクリアリングをしなくても良い分、階段を降りるスピードも上がる。
だが同時にまた余裕が出来た事によりもう一つ疑問が生じていた。
それは何故全員……いや正確にはあたし以外何故杖を持っていないのかだ。タレント勢ならまだ杖を持っていてもシールドを張って防御できるかすら不安なので分かる。だが雪は元月組とは言えステア出身だ。雪は魔法戦闘の授業は出ていないにしても身を護る方法ぐらいは知ってるはずだ。
なら何故杖を使い防御をしないのか……ていうか何故杖を出す素振りすらせんのか!おかしくない!?
「なあ……雪さん」
「何?」
「今更こんなこと言うのもあれだけどさあ……一応雪もステア出身でしょ?戦闘は出来なくても美優を守るために防御を……」
「あんた馬鹿?あたし杖持ってないわよ」
「……ん?……ん?今何と?」
「だから杖持ってないのよ」
杖を持ってない?……え、なして?ステア出身だろおおお!?杖ぐらい常に携帯しとけよおおお!
「ていうかこれも今更だけどあんたは何故杖を持ってるのよ。受付で回収されたはずじゃないの?」
「え?……あ」
そういえば……三穂さんに渡したのはおりばんだーで購入したもので受付で渡したのはなんか適当に渡された、無くなっても良い杖だったなあ。
ていうか確かに……ここに至るまで杖を回収した記憶はない。つまり、今杖を持ってるのは事前に三穂さんがリネン室に置いてくれた物のみ……となる。
「……今更だけどなんで杖回収すんだろ?」
「当たり前でしょう!これは企業開催の交流会よ!?杖を持っていくって行くというのは私には攻撃の意思があるってこの上ない証拠よ?持っていくのはルール違反なのよ」
侍が常に帯刀している刀を人に会ったりするときや会議をするときに預ける作法があると聞いたことがある。自分には攻撃の意思は存在しないという意思表示の為らしい。
なるほどそれが今日まで続いているようだ。
「でもさあ……プロソスのパーティーは皆持ってたじゃん!」
「当然でしょ?あれは各魔法学校の意見交換の場でもあるのよ?自分たちの杖の事だったりも話したりする材料にもなるでしょう?それにステア以外の人間にとって杖はそこまで重要でもないのよ」
「おりばんだーでしか……マギーロでしか買えないのに?」
「……ああ、あなた転生してすぐにステアに入ったから知らないんだったわね。別に杖だけだったら日本のどこでも買えるわよ?」
「ん?はあああ!?」
待て待て待て!確かにあたしはおりばんだーで杖を買ってから卒業までマギーロ出たことほとんど無いけども!マギーロ以外で杖売ってるの見た事ないんだけども!?
「あくまでステアで必要な第二魔法を使うには適正魔法が使えるようにちゃんとした芯が入ったおりばんだーで杖を購入する必要があるけど、基本魔法やシールドを張るためなら芯が入ってない普通の杖で事足りるもの。日本中で売ってるわよ?」
「……Oh」
まあそうだよな……一部の人間しか使わんのならマギーロで事足りるけど、日本全国の人が魔法を使うんだ、マギーロだけにしか杖が売ってるはずないよな。ていうか全国にプロチームがあるズトューパでさえ全国にショップがあるくらいだし……ないはずないか。
「むしろここまで事前に準備してるあなたがおかしいレベルよ。まあ龍さんの指示でしょうけど」
はい、その通りです。……もうこの話やめません?無知なことがバレすぎて恥ずかしくなってきちゃったよ!
「いい?龍さんがどのように教えてるか知らないけど一応友人として忠告しておくわ。一般的なパーティーならいざ知らず国会議員や名家主催のパーティーは基本杖持ち込み厳禁だから気を付けてね。まあ霞家のパーティーは知らないけど」
「あ、はい了解です」
あの男の言う通り、正面入り口には六人ほどの戦闘員が居た。しかも入り口は広い、六人を隠したうえでの戦闘だとしてもこの広さではあたしには不利だ。
あたしの専売特許はCQBつまり近接戦闘術でももっと狭い空間の中でこそ生きるものだ。広い上に人数も多くなると戦いずらい。
ていうか……地下の方が人数が少ないならそっちを攻めた方が良いのは当然だ。だから今回は地下駐車場から脱出するため正面を素通りし、地下駐車場に向かった。
「……ん」
非常階段の地下駐車場の入り口、普段は閉まっているドアの前に差し掛かると、ドアの向こうから二人ほどの男性の声が聞こえてくる。
因みに何故普通の階段から非常階段に来ているのか。美優やその他タレント陣曰く、普通の階段から地下駐車場に降りる階段はドア設置されておらず遮蔽になるものがあまりないとのことだった。
逆に非常階段からの方がドアもあり、駐車場に繋がる通路に壁が一枚あるらしい、どのような戦闘になるか分からない以上遮蔽があるに越したことは無いので非常階段から地下駐車場に降りる判断をしたのだ。
「どうしたの?」
「最低でも二人、ドアの向こうに居る」
「どうするの?」
「……」
とりあえず気づかれないようにドアを少しだけ開けて中の様子を見る。
幸い、使われていないドアが動かしたときになる音が鳴ることは無く、数センチドアが開いた。手鏡を使い中の様子を伺ってみる。
地下駐車場の非常階段側……何のために設けられた空間かは定かではないがおおよそ五メートル四方ほどの空間がそこにあった。左側には壁と駐車場に繋がっているのだろうと推測できる通路がある。
「もう少しで時間か」
「何も指示無いけど大丈夫だろうな」
「まあ時間になったら俺たちは勝手に外に出りゃあいいだろ」
なおその空間には二人ほど、椅子に座った戦闘員の姿があった。地下に脱走者が来るとはつゆほども思ってないのだろう、武器を傍には置いているものの完全にくつろいでいる。
事前情報には四人だったが恐らくこの空間に二人、地下駐車場に二人が居るのだろう。
不意を衝くなら完全に今だ。
だが人数、広さ、この扉の重さ的にあたしが扉を開いて先頭に突入しても一人と戦っている間にもう一人が銃を持って参戦するのは容易に想像できてしまう。であれば二人の内一人を一撃で行動不能、出来なくても十数秒でも良いから戦闘不能状態にしたい。
どうするか……。
「……あ」
やはり戦闘中の経験というのは自らを成長させることが出来るいい出来事だ。
杖を地面に構えて呪文を唱える。
「ネフスエクソフィーラ《守護霊よ出でよ》」
たちまちに足元に狐が現れる。
「可愛い……ん?」
タレント陣や雪があたしの守護霊に目を輝かせるが直ぐに異変に気付いた。
「貴方……話には聞いていたけど」
恐らくその話とはあたしに適正魔法が存在しない件だろう。適正魔法が存在しない魔法使いはこの世にあたししかいない。そして適正魔法のない魔法使いの守護霊はただの魔素で出来た守護霊にしか成らないのだから。
「色々聞きたいことはあるだろうけども、今は無しにしといて。よし……じゃあ……ん?」
狐君はあたし以外に人がいることでツンデレが発動しておりツーンとした態度を取っている。
……まあ分かってたけど。
心の中で『分かってるからあとで存分に撫でてやるから』との気持ちを込めながらゆっくりと撫でてやると、耳元で静かに命令を下す。
「左側の男の右腕に良いというまで噛みつけ。オーケー?」
先ほどの条件に渋々了承したのだろう。狐はゆっくりと扉の前に待機する。
「じゃあ……作戦開始、ゴー!」
あたしがゆっくりと扉を開けると、狐が通れるサイズにまで扉が開かれた瞬間、狐は飛び出し男に飛び掛かった。
「え?ちょっ!ぎゃあああ!」
扉の向こうから男の悲鳴が聞こえてくる。それと同時にもう一人の男が銃を構える音が聞こえた。
「待て待て待て!俺チョッキ着てない!まだ撃つな!」
「でも!つーかこいつ何処から来たんだ!」
二人の男は何が起きているのが把握できていない様子だ。チャンスである。
「よしあたしもゴー!」
銃と杖を構えると、扉を開け放ち狐が噛んでいないもう一人の男に向かって走り出した。
「あ?お前どこから!」
男が銃を構える。だがもう遅い。
バンバンバン!
数発の銃弾が発射されるが全弾シールドに阻まれてあたしには命中しない。
バンバンバン!
「ぐっ!がっ!」
代わりにあたしの打った弾丸は三発、腹部に二発、頭部に一発ちゃんと命中した。
痛みで満足に銃を構えられない男に留めの一撃を放つ。
「フン!」
「がっ!」
右足による回し蹴り……相手の顎に掠る程度の回し蹴りだがちゃんと命中していれば十分脳震盪を引き起し、十数分間程度は気絶するはずだ。……まあ最悪死ぬこともあるが。
バタン!
「くっそ!やめろ!いたいたいたいた!」
仲間が脳震盪により倒れているのを分かっていないのか、ひたすらに噛みついている狐をどうにかしようと左手に持ったナイフで必死に狐を切ろとしているが意味は無った。
守護霊に物理攻撃は効かない。
カチャ。
「ぐッ!……え?」
あたしが銃を構えたこと事によりやっとこの状況が理解できたのだろう、すべてを悟った表情でこちらを見ている。
やめてくれ、そんな表情で見つめられると……。
バン!
撃ちたくなってしまう。
脳天を撃たれた男は気絶した。
「ふー!まずは二人処理完了」
あたしが銃をリロードし、次へ備えようとしていた時だった。
「やった……これで……外に出られる!」
美優が度重なる戦闘へのストレスともう少しで外に出られる安心感からか少しよろめきつつも駐車場へ出る通路に走って行った。
「ちょっ!美優さん!?」
急いで美優の下へダッシュすると襟をつかみ引き戻す。
その瞬間だった。
ババババババ!
美優が体を出すはずだった通路を無数の銃声と共に銃弾が左から右へ通過していった。