そもそも大前提の問題で、タレント事務所『京華』の社長橋本華子が所属のタレントの命を失うかもしれないのに何故この作戦に協力することにしたのか。
橋本華子には姉がいた。橋本京子、これだけでもタレント事務所の名前がどう決まったのか分かるだろう。
京都で生まれ町一番の京美人と言われた京子は華子にとっても自慢だった。
そんな京子が惚れたのが今のARA代表である麻沼だった。当時、まだ所謂タレント事務所の一マネージャーだった麻沼は仕事の為に京都を訪れていた。そして偶々仕事先の関係者として出会った京子が麻沼の仕事姿に惚れてしまったのだ。
京子が麻沼に惚れてからは非常に早かった。すぐさまにアプローチを開始、麻沼が京都に居る間、声を掛けては食事等に誘ったり遊びに出かけたりした。
京子が麻沼に告白をしたのか華子には分からなかったが、恐らく念願かなったのであろう、麻沼が西京に戻る日、京子は麻沼と一緒に上京すると言い出した。二人が出会って僅か二週間後の事である。
華子から見れば突然の事であるが、もしよければ一緒に西京まで来て僕を支えて欲しいと数日前にある種告白と似た言葉を貰ったのである。そうなれば京子の行動は早い、数日間で上京するための荷物整理、電車の切符、以下もろもろの準備を整えていたのである。
こうなった京子を止めるのは不可能だと判断した華子は特段止める理由は無いと自由にさせることにした。京都駅で姉を見送る時、少し寂しさがあったが京子のこれから新しい生活にわくわくしている幸せそうな顔を見た瞬間、寂しさは何処かに行き笑顔で見送ることが出来た。
だが神様が幸せそうな京子を許さなかったのか、次に華子が会ったのは……警察署にて遺体となった京子だった。
自殺だった。良く言えば真面目で純粋、悪く言えば流されやすく騙されやすい。そんな京子を自殺するほどに追い詰めたのは誰でもない麻沼だった。
正直に言えば京子が麻沼と付き合っていたのか華子には定かでは無かったが、京子の自殺後色々な人に聞きまわると麻沼は京子と付き合っているのにも関わらず担当していたタレントに手を出したりしていたらしい。用は浮気だ。
純粋すぎた京子にとってこれは麻沼はおろか他人すら信用できなくなる出来事だったのだろう。また単身で上京したため相談できる人もいなかった京子が取ったのは自ら人生を終わらせる行為だった。
これにより華子にとって麻沼は姉の彼氏から復讐すべき愛していた姉の仇になったのだ。
やはり姉妹だ、復讐すると誓った華子の行動は早かった。麻沼を殺すのではなく、すべてを奪って絶望のどん底に叩き落すと決めた華子は単身上京を決断、この頃にはARA代表までになっていた麻沼を潰すには同じようにタレント事務所を構えタレント事務所としての地位をかっさらうのが一番だと考えたのだ。
だが華子には会社の経営に関するノウハウもタレント育成経験もない。タレント業について何一つ知らない。だからこそまずは中小のタレント事務所の一マネージャーから……つまり麻沼と同じように一からタレント育成をしようと決断したのだ。
そして訳十数年が経ち、何とかタレント事務所京華を立ち上げるとすこぶる順調……とは言えないが何とか中堅事務所の地位まではたどり着くことが出来た。
だがこの調子ではARAを潰すのに時間が掛かりすぎる。ある意味行き詰ったと思われたと時だった。運命が華子に味方したのだろうか某撮影スタジオで転保協会の表紙撮影をしている時だった。ARAの契約のための試験をしていた美優が落とされたという情報をアリスから聞き出したのだ。
元々、ARAからあぶれたタレント候補の中から華子がその才能を見抜き、京華で拾ってやることをしていたが華子は美優を見つけた瞬間、思った。この子は将来日本で一番の女優になると。
そしてぜひ京華で女優にならないかと持ち掛けたのだ。そしてこの決断が華子が十数年間に及ぶ復讐への計画を一気に進める一手だったとはこの時は思ってもみなかった。
撮影スタジオでの事故の数日後、何処から入手したのだろうか……いや神報者付が事故に巻き込まれたのだ、必然的にその詳細は入るだろう、神報者である龍から今回の作戦に際しARA本社の内部に詳しいだろう美優をアリスの協力者として貸してくれないかという提案がなされたのである。
華子からすればただのビル占拠事件、一国民からすれば大きな事件だろうが神報者から見れば些細な特別関与するような事件ではないはずだ。だがこの提案に対して華子が一気に乗り気になったのは経緯はどうあれビルが爆破されるのは決定事項、そしてその首謀者を麻沼にすべて着せARAのタレント事業、土地、権利等を京華に引き渡すことを龍が提案してきたのだ。
これに乗らない手はない。だがいくら神報者付とはいえ万が一何か起きれば京華設立以来最大の女優になりそうな美優をアリスに任せるのはいかがなものかという考えもあったが、美優自身が命の恩人であるアリスに協力したいとの直談判により作戦に協力することを決めたのだ。
そして作戦終了後、ARAの事業移譲に必要な書類を神報者が極秘に用意した弁護士の下で書類を作成(麻沼が死んでも生きても問題ないように用意した)し、後は作戦が無事終わるのを待つだけだった。
「……はい、ではこれで無事ARA関連の事業、土地を京華に譲渡する契約は完了です、お疲れさまでした。では……」
作戦終了数日後、いい意味で全ての準備が無に帰す事態が起きた。
アリスが何とほぼ無傷(精神は考慮しない)で麻沼を今回の事件に関与していることを裏付ける音声データと共に捕縛してきたのだ。
龍曰くこの作戦で麻沼は爆発に巻き込まれ死ぬだろうとは聞かされていた、もし生きていても最低限脅しを使いARA事業を譲渡させる予定だった(そのつもりで龍も準備していた)のだ。
だがアリスとの邂逅で何があったかは定かでは無かったが何かあったようで何でも言うことを聞く人形となっていた。それにより本来であれば短くて数週間、長くて数か月掛かると見られていや手続きも脅しも必要なく事業譲渡が完了したのだ。
何もかもがスムーズに進んだことにこの作戦に積極的に協力した華子さえも驚き龍に尋ねる。
「まさか……麻沼があんな風になっとるやなんて……なにしたん?」
「アリスに聞け。あいつが麻沼を差し出した時にはもうあーなってたんだ。ほんとに何したんだろうな」
「ま、ええわ。これで念願かなって西京一……いや日本一のタレント事務所になる夢ももうすぐ叶うんや。ただただ感謝しかあらへんよ」
もう少し時間が掛かると思われていた麻沼を叩きつぶすという目的は紆余曲折ありながらも神報者やアリスの尽力により大成功に終わった。そして復讐を遂げるためだけに十数年にも及ぶタレント育成もいつの間にか楽しくなってきており、復讐を終えた今、美優を大女優として育てることや新たなタレント発掘の楽しみでわくわくが止まらない華子だった。
「じゃあ、うちはこれにて失礼させてもらいますわ。手に入れた土地の事もARAの事もあるしこれから大忙しや!あ!アリスはんにお礼言っといてや!タレント事務所京華はアリスはんの助けになるなら何でもするってな!」
「ああ……言っておくよ」
そういうと華子は神報者執務室を後にした。
龍は誰もいない執務室で微笑むように笑った。
「……霞家の件しかり、あいつは何かやらかすと大抵解決と同時に誰か助ける。……本人にそんな考えはないかもしれんが……まあ次期神報者として頼もしい事この上ないが」
アリスの行動に少し不安感と同時に心なしかの喜びを感じていた龍だった。
タレント事務所京華、表向きにはこの事件後、事情を知っている僅か数人にとってはこの作戦が終わった後、事務所内の人たちはそわそわしていた。
事件が起きたのち社長が神報者に呼び出されたからだ。事情を知らない人からすれば何故呼びだされたのか分からないためである。だが事情を知っている人間からすれば事件直後作戦が成功したことは聞いているし、この呼び出しもARA事業を手に入れるための契約に必要な手続きをしに行っていると思うからだ。
そこに満面の笑みで事務所に戻って来る華子を見れば誰だっていいことが起きたと判断するはずだ。
「帰ったで!」
「社長!どうでした?」
「……皆」
事務所スタッフが総員、華子の次の一言を固唾を飲んで待った。
「……これから忙しゅうなるで!なんたってあのARAが全部京華の物になったんやからな!」
「「「おおお!」」」
スタッフから安堵と歓喜の声が響き渡る。この事務所が出来てから華子は常々目標はARAを超えることと言っていたのだ。普通に考えれば無理だと笑う人もいるだろう。だがついにそれを実現できた喜びが事務所を渦巻いた。
「それと今回の件、神報者付のアリスはんには大分お世話になったんよ。アリスはんのお陰でめんどくさい手続きすっ飛ばすことが出来たからな!もうアリスはんに足向けて寝れんわ!ええか?これは社長命令やアリスはんに何かあって困ってる様子なら京華を上げて協力する!ええな!」
「「「はい!」」」
スタッフが歓喜で沸いている中、秘書と見られる女性が華子に話しかける。
「社長、社長室に一人お客様が」
「え?今日誰か予定あったかな?」
「いえ……見ていただければ分かるかと」
「分かったわ」
そういうと華子は社長室に向かった。