社長室に入った華子は驚いた……そこに居たのは雪だったからだ。
「あら!西宮はんの所のお嬢様やないの!」
「初めまして」
雪が立ち上がりお辞儀をする。
「今日は……モデルになるための面接……な訳あらへんか。どしたん?」
普通に考えればモデル……つまりタレント志望の人間はスカウトされるか自ら履歴書を持ってくるが大抵私服だ。雪は大学の入学式で着ていたのだろうスーツを着てきている時点で面接はあり得ない。
そして仮に事務所スタッフとしての面接もそもそも雪は名家であり大学在学中だと華子は知っているのだ。あり得ない。
「座り……それで?今日はどんな用で来たん?」
「まずは……ARAが京華に譲渡された件について……おめでとうございます」
「あら、もう伝わってるんかいな!情報早いなあ……ありがとさん。それで?今日は祝いの言葉言いに来た訳あらへんやろ?何が目的なんや?」
「私は将来、政治家として国政に立候補するつもりです。その際、京華には協力をしてほしいんです」
「なるほどな……ええで!」
「本当ですか!?」
雪は常々、政治家になるために現役政治家とのコネクション作りや国内に影響力を持っている企業に売り込みなどを行ってきた。
ARAのパーティーに参加したのもARA社長に選挙時の協力をお願いの為だった。
だがそのARAの社長が行方不明、ARAも京華に譲渡されることが決まり、雪が協力を得るために動く対象が京華になったのだ。
「もちろんや!こないな美人が政治家になったら話題にもなるやろ?ならこちらとしては喜んで協力したいと思っちゃうやん?」
「ありがとうござ……」
「で?政治家になったら何してくれるん?」
「え?」
雪の顔が困惑する。
「当たり前やろ?政治家は国民の為に国のルールを作るんが仕事や、そのために国民は選挙に行って投票するや。雪はんは政治家になって何したいん?」
「え……えっと……その」
普通に考えれば当然の質問だ。政治家は選挙で当選して終わりではない。国会に行って国民の代わりに法律……つまり国のルールを作る、変えるのが仕事なのだ。政府側として国家の運営をするのも政治家の務めだが大多数の政治家の仕事は法律を変える、作るのが仕事だ。
「まさかとは思うけど……西宮元総理の……いや、名家の西宮の名誉を回復するために政治家になりたいとは思ってへんやろ?」
「…………」
図星だった。そもそも雪は政治家になろうだなんて思ってはいなかった。総理の娘だからとステアでは生徒会長にこそなったが将来的には普通に就職し、西宮家の伝統として政治家と結婚するはずだった。
だが父親である西宮元総理が引き越した事件のせいでそういうわけにはいかなくなったのだ。雪の姉である桜ですら政治家と婚約していたが破談になりかけている。
名家として一気にその地位が落ちていった西宮家が決断したのは信用が出来ない政治家と結婚させるより西宮家から政治家を輩出させることだった。
名家の規則上、当主は政治家に成れないため当主になる桜は何としてでも政治家と結婚させるが、当主になることは無い雪が政治家に成り、存在をアピールすれば名家としての地位も国政における西宮家の影響力も回復すると考えたのだ。
「雪はん」
「はい」
「国民舐めるんやないで」
「……!」
先ほどまで話していた口調とはまるで違う、ドスが効いた……脅すような口調に雪は体を強張らさせる。
「ええか?うちが思うに政治家になる人っちゅうんわ二種類いると思うんよ。まず親が政治家の場合や、政治家の内に生まれ特に苦労せずに……まあ本人は苦労してるかもしれへんけど、無事に大学を卒業して親とか同じ党の政治家の秘書になって地盤を引き継いで政治家に成るっちゅう人や。もう一人は……分かる?」
「……いえ」
「たまにおるんよ、別に親に政治家がおるわけでもない、でも本人にその気が無くても人からの信頼が厚かったり、その人が動くと自ずと周りも動くような……本当の意味で政治家に向いてるっちゅう……人がな。雪はんは……どっちかって言ったら前者やろ?まあ地盤が無い意味で言ったら後者かもしれけど。そして後者との雪はんの違いはただ一つや、皆の為に……この場合で言えば国民の為に何を出来るか分かってるかどうかなんよ」
「国民の為に何を出来るか」
「そうやで?何のために選挙があると思ってるんや?国民が自分たちの国を生きやすくするために必要なルールを作ってもらうために政治家を選ぶ……その手段が選挙やないの、国民で国のルール作るんやから。政治家に成りたい人が政治家に成れるんやったら選挙いらへんやろ?」
「そうですね」
本来であれば数週間まえ、アリスが雪に言ったこととほぼ同じであるのだが、状況の違い、アリスとは違い人生経験の量が違う先輩だからか、それとも一発ドスの効いた一言があったためか雪の脳にスッと会話が入って行く。
「もしやけど……アリスはんが政治家に成るから協力してくれって言って来たら……京華を上げて協力するんやけど……まああの子は神報者付、将来神報者になるんやから政治家にはどう頑張っても成れへんのやけどな」
「アリス……ですか」
華子からアリスの名前が出た事に雪が少し驚きに表情を見せる。
「詳細は言えへんけど、今回の件でアリスはんにはかなり世話になったんよ。足向けて寝れへん程度にな?本当だったら数か月掛かる手続きが数日で終わってもうたんよ。まあそのせいでこっちも大忙しやけどな。それでも嬉しい悲鳴や。だからアリスはんにはかなり感謝しとるんよ」
「そうですか」
「……雪はん、今いくつ?」
「え?18ですけど」
「選挙に出馬できるのは早くても衆議院の25歳、まだ7年あるやろ?なら今からコネクションを作るよりもまずは大学で同年代から信頼されるような人になった方が良いんやないの?まだ大学生やろ?これから大学で学ぶことだって色々あるやろ、大学生活を楽しむのも大学生の特権やないの!人の悩み聞いたり、助けたり。そういう行動してれば自然と西宮家としてではない、西宮雪として皆評価してくれるかもしれんやん?そしたら将来政治家として立候補するときにぜひ協力したいって人が現れるやろ。アリスはんみたいに」
因みにだが別にアリスは人助けしたくて動いているわけではない。大抵事件に巻き込まれるか、巻き込まれに行くかであるが、大抵何故か結果的に人を助けてただけである(美女や美少年は別として)。
たまに助けておけば後々自分に利益がありそうならば助けることもある……所謂先行投資だ。
「もし……将来私がそのような人間に成れたとして……選挙協力してくれますか?」
「ええか?政治家なる人を見極め選択するのが国民の権利や、将来雪はんがどういう人間になる分からへんもん、約束は出来ひんよ。でもな、そうやな……もし雪はんが本当の意味で政治家の顔になったら協力させてもらいますわ」
「そんな事分かるんですか?」
「あら?こう見えてうちはタレント事務所の社長やで?タレント……つまり才能を見抜くのは十八番や!まあ麻沼にはその才能が無かったらしいけどな」
その後、何かすっきりしたような……何かを決意したかのうような表情になった雪は華子に一礼すると事務所を後にした。
「大丈夫でしょうか」
部屋の外で聞いていたとみられる秘書が話しかけてきた。
「何が?」
「部屋の外で聞いてましたけど、あの様子だと実績を作るために無茶をするんじゃないかと。今までだってタレントでもそういうの多くいましたし」
「大丈夫やろ、美優から聞いたけど雪はんはアリスはんの戦いぶりを間近で見とったし、自分は戦えないと判断して一緒に隠れとったらしいやん。龍はんから聞いたんやけど、アリスはんの戦い方は別の師匠の下で必死に修行した結果らしいで?そして自分に出来ることを全うした結果が今回の作戦の結果や。同じステア出身とはいえ、自分に出来ること出来ないことの分別はつくやろ」
「だと良いのですが」
「アリスはんも罪作りやなあ」
「え?」
「雪はん、アリスはんの名前出した途端顔つきが変わったんよ。まるで永遠のライバルが褒められて不貞腐れてる様子や、過去に何があったんかは知らんけど雪はん相当アリスはんのことを意識しとるなあって」
「ていうか雪さんがステア出身て、なんで分かるんですか?」
「え?名家に生まれた子供は例外はあるとは思うけど、ほぼ全員ステアに入学するって聞いたことがあるからやけど?」
「あ、なるほど」
「さ!こっちはこっちで仕事や!これから忙しゅうなるで!」
そういうと華子はデスクに座り、これからのスケジュールを秘書と共に確認していった。