五月に入っても特段師匠から呼びだされることは無く、あたしはいつも通り西京の地理を学びながら趣味である西京の家系ラーメン屋発掘に邁進していた。
だが久子師匠の下での一年間の修行で出来る限りの本は読んだつもりだがそれでもこの国に存在する書物の量に比べたらまだまだだ。だから最近は図書館に通いとにかく本を読むことに勤しむことにした。
そしていつも通り西京のあるラーメン屋にて家系ラーメンをお昼に食べている時だった。あたしのケータイがメッセージを受信したと着信音で知らせた。
そしてそのメッセージの送り主はサチだった。
西京、江東区にあるとあるカフェ、サチから呼びだされたあたしはそこに向かっていた。呼びだされた理由は不明だ、時間と住所とカフェの店名だけが記されており呼びだす目的が書かれていなかった。
一か月前、雪説得の為にクラブディスティニーに行ったことがあるが、その際に送り主不明のメッセージが来たことを思い出した。だが今回は送り主がちゃんと登録してあるサチからだと分かる時点であの時の人物では無いだろう。
サチがもう一つの携帯を持っているのも聞いていないので、ますますあの時メールを送った人物が気になる。
だがそんな疑問もカフェにたどり着くと新たな疑問で上書きされることになった。
「あ!アリス!こっちこっち!」
「……あー……ん?」
目的地のカフェにたどり着いたあたしに気づいたのだろうサチがカフェのテラス席から立ちあがり手を振る。だが疑問はそこでは無かった、何故かサチ以外に普段会わない……どころか普段サチと会っている私ですらサチと一緒に居る所を見ない人間が……二人ほどいたのだ。
「……えーと……何してらっしゃるんですか雪さん」
そう……数週間まえ、今は無きARA本社ビルからの脱出作戦で偶々一緒に脱出することになった雪だった。あの作戦の後、雪とは会っておらず何をしていたのかは知らない。だがサチと雪は名家同士だ、もしかしたら大学で度々会っていたのだろうが、この組み合わせは新鮮だ。
「あら、私がここに居てはいけないの?」
「いや、あたしのイメージ的にサチと一緒に居ることが新鮮なんだよ、あたしもちょくちょくサチとは会ってるけど雪は見てなかったから」
「そ、でも今回は仕事よ」
「仕事?」
そういえば……視線を雪に集中してしまった事で意識外になってしまったがもう一人、同じテラス席に座っている人物がいた……しかもこっちは初対面で……男性だ。
「えーと……」
「初めまして」
男性が挨拶と握手の為か立ち上がり手を伸ばす。
「西京大学法学部四年、法学部自治会会長の御門士郎と申します」
「あ……アリスです。……あ」
丁寧な挨拶をされたのであたしも名を名乗り握手に応じた。だが同時に重要なことに気づいた……この人……あったことあるわ。
「もしかして西大で道教えてくれたのって……」
「ええ、覚えてくれていましたか」
「会ったことあるの?」
「うん、ちょっと用事で西大に来たときにこの人に道教えてもらったのよ。……でもあの時なんであたしの名前知ってたんですか?」
「あー、サチさんからあなたの事をよく聞いていましたので、霞家の事などを耳が痛くなるほど、あの時もサチさんから聞いていたまんまの服装だったのでもしかしてと思いまして」
「なるほど」
サチさん、別にあたしの事を自慢するのは良いんだけどさ……普段の服装まで教えんでも良いのよ?確かに服を一緒に買ったのはあなたですけども。
握手しながら御門さんを観察するがこれがなかなかのイケメンだった。あたしの中の男子大学生と言えば……あ、あんまりないわ、チャラいイメージしかないわ。全国の大学生に失礼だがマジで遊んでるイメージしかないわ。
でもこの人は違う、黒い髪の毛が肩まで伸びている事を除けば普通に好印象と言っても良い大学生だ。
ていうか……自治会会長って何ぞ?
「あの……自治会会長って何ですか?」
「ああ、アリスは知らないか……まあ高校や中学で言うなら生徒会みたいなもんかな?大学だと人数多くて他の学部の学生と接する機会が無いから学部自体に生徒会があるって感じ、それが学生自治会。自治会だと学生から会費とか取ったり教師の介入なしで学生だけで色々決めたりするからその辺が高校と違う点?」
「へー」
つまりステアや他の高校と自由度と責任量がけた違いに増えた生徒会みたいな感じか……じゃあ何故その人とお二人が居るんですかね?」
「何故に二人は……会長さんといらっしゃる?」
「あたしと雪が自治会に所属してるから」
そりゃあそうか。
「オーケー。じゃああたしが呼び出された理由を聞こうか」
「では座りましょうか、何か頼みます?」
数分後、あたしが座る席にカフェモカが置かれると同時に御門さんが要件を話し出す。
「アリスさん、愛和の会というものをご存じですか?」
「あい……わのかい?いや存じ上げませんが?大学のサークルの名前ですか?」
「いえ……およそ十年前に設立された……新興宗教と言えば分かりますか?」
新興宗教……なるほど……あれ?もしかしてこれ……勧誘?
「……すみません、あたし悩みとかないんで。勧誘は」
そういって立ち上がろうとする。
「あははは!違いますよ、勧誘ではありません。もし勧誘なら最初に宗教の名を伝えるのは悪手でしょ?」
そういやそうか、もし宗教勧誘ならまずは世間話、悩みを聞いて、同調、その後に施設に連れてく……最初に団体名を伝える勧誘はほぼせんか。
大人しく座り直した。
「で、その愛和でしたっけ?それが何か?」
「訳十年前に作られた新興宗教らしいんですが、ここ数年信者を増やしているらしいんですよ、それに数年前だったかな衆議院選挙にも何名か候補を出されたとか……まあ残念ながら惨敗したそうですが……とまあここまでなら何の問題もないんですが」
「ないんですが?」
「噂によると、愛和の会は信者から半ば強引にお布施と言えばいいんでしょうか、お金を集めているらしいんですよ、お札とか壺だったり経典を買わせて」
「はあ」
まあ旧日本でも同様の宗教団体は結構いたらしいし仏教が浸透しているこの国でもあり得る話ではあるだろうね、旧日本で言えば……創価学会あたりか?
「それで?だとしても会長が動く案件ではないのでは?」
「そうなんです……本来ならば」
「ん?……本来ならば?」
御門さんの表情が暗くなる。
「知ってますか?新興宗教……いえ、一般的な宗教でもそうですが新たに入る人というのは大学生や主婦層が多いんですよ。大学生なら新入生として心機一転一人暮らしする方が多いですし大学生、新しい風にあおられてその団体に疑問を持つことなく信者になってしまう者も多いんですよ」
「あーなるほど」
確かに、関係ないかもしれんが昔東大だっけ?何か暴動事件があったらしいじゃん?まあ詳しいことは知らんけど、やっぱり大学生はそういうのに流されやすいんかね?
「それで西大の生徒も多くは無いですが信者がいるとされているんです。まあ問題を起こさないのであれば信仰の自由もありますから良いんですが」
「何かしら問題を起こしていると?」
「ええ、少々強引な勧誘からお布施集め、挙句の果てには法学部の学生が何名か行方不明になっているんです」
「わーお。ていうか学校側は動かないんですか?」
学生の自主性を尊重するとは言っても大学内でそんな事が起きていれば学校側も何かしら対策……行動を起こすはずだ。
「ええ、学校側でも何かしら動いてはいるはずです。ですがご存じだろうとは思いますが、大学というのは学生数が高校等と比べて結構な人数がいます、ですのでまずは各学部自治会長に自分たちの学部の学生の調査、必要であれば退会の説得とうを行うようにと、法学部でも他の自治会のメンバーが動いてくれています」
「なるほど……では今日の御門さんたちの目的は……」
「ちょうど今日、近くで愛和の会の集会が行われるそうなんですよ。恐らく信者が新たに連れてきた入会希望者に色々話をするのでしょう、恐らくその場に法学部や他の学部の人間もいるはずです。なので、潜入調査……と言った感じでしょうか」
なるほど……話が読めてきたぞ、サチがあたしを呼びだした本当の理由、宗教団体に潜入するから護衛しろとでも言いたいんだな?ていうかサチがメールで目的を書かなかった理由が分かったよ……だって目的書いたらあたし絶対来ないもん。
これは雪の戦略だな?この場にあたしを来させさえすれば何とかなると踏んだのだろう……甘いな……実に甘いで雪さん。
「なるほど!事情は分かりました!頑張ってください!」
そういって先ほどよりも元気よくすっと立ち上がり帰ろうとした。
ガシっ!
……まあそうはすんなりと行きませんよねえ。
立ち上がった瞬間、サチが必死の表情であたしの腰に抱き着く。
「アリス!お願い!」
「いぃぃやぁぁぁだあぁぁぁ!」
腰に抱き着いているサチを引きずりながらなんとかカフェを脱出しようと試みる。
「ていうかさあ!サチも戦えるでしょ!ならサチが護衛すればええやろ!」
「無理なんだよ!母さんから稽古とズトューパサークル以外で魔法戦闘を禁ずるって言われてんの!他に強そうな人アリス以外知らないもん!」
ほほう!三枝さんも考えてんなあ!サチはあたしに負けないレベルの脳筋だ。大学で困った人を魔法戦闘で解決できるなら躊躇なく使うだろう……その行動が問題になるか判断する前に。
ていうか嫌に決まってんだろ!なんでわざわざ宗教団体に潜入せなあかんのよ!なに何か言われたら論破するんですか?あたしゃ旧日本のなにゆきさんみたいに言葉のボキャブラリー多くないんで!論戦出来ないんですって!
「それに雪から聞いたよ?ついこの前起きたARA本社ビル事故でアリスに助けられたって!」
「おい!雪さん!?」
「何?別にあの事件は新聞にも載ったことだし、あなたがあの場に居た事も新聞に載ってたじゃない。事実だけを言ったに過ぎないわ」
ほう?なるほど、つまりあのパーティーにあたしが出席して、偶々襲撃に巻きこまれて、銃と杖片手で脱出した……それだけを言ったと、なるほどこれだけ見れば単純に雪をあたしが助けただけになるな。
雪は部分的にでもあたしの本来の目的は知っていたはずだが、あくまであの場で起きた事だけを伝えただけ……伝えても良い情報だけ伝えて本質の情報は言わなかったと、はあ!あんたは本当に政治家の娘ですわ!
だとしてもあの事件は師匠の指示で事件に巻き込まれに行ったにすぎん!任意なら行かなかったわ!
「絶対に行かん!行くメリットがない!任意ですよねこれ?なら行かない!」
「……さわら」
「ん?」
「たい」
おいおいおい……サチさんいきなり何言い出すんですかい。
「わらび、タラの芽」
「……あ」
それは……五月に旬を迎える食材!?料理で頼む気か!?やめろ!それはあたしにクリティカルヒットだ!
「あの……サチさん?」
「うちに来れば……霞家総員で作ってあげられるよ?最近来てないよね?」
でしょうね!日本一の和食料理人の霞家様の料理人が五月が旬の食材で作りゃあ最高の和食に変貌するでしょうね!
ただそこじゃねんだよなあ……サチさん分かってないけどさあ。
あたしにはポリシーがある。特に料理に関しては、価値ある物にはそれなりの対価をだ。三月に卒業して事あるごとに霞家で食事をご馳走になったが、三枝さんは友人が家に来た際『ちょうどいいから夕飯食べてく?』のノリで毎回一人前で諭吉さんが数人吸い取られるような食事を用意してくれるのだ……タダで……百パーの好意で。
だが毎回ご馳走してくれるのは忍びなさ過ぎるので四月、サチやコウが大学に通い出してからは霞家が皇族守護と皇宮警察の警備部との合同稽古で行う際、そこに格闘指導として参加するというある意味対価を作って食事を作ってもらっていたのである。
なので霞家に出向く回数が減っていたのは事実だ。
その代わり家系ラーメン屋を開拓する日が増えたのでまああたしにとっては問題ないのだが。
「もう五月……アリスが好きな牡蠣でも岩牡蠣が旬になるよ?生も良いけど霞家で調理したら……」
そうでしょうね!最高の料理に変貌するでしょうね!
「……分かりましたよ。行きますよ」
霞家の料理に負けました。
「やった!ありがとう!」
「アリス……現金ね」
「悪かったね!」
あたしにとってこの世界で何より好きなのは家系ラーメンと霞家の料理だ。一杯千円前後のラーメンと一人前数人の諭吉さんを同列にするなと言われるかもしれんがあたしにとってはこの二つが唯一無二で好きなのだ、異論は言わせん。
旬の食材を霞家が料理する……まあそれだけでこの潜入に参加する価値が生じてしまっただけだ。
「ただし!仮に守るとしてもサチと雪だけだ!御門さんは守らん!」
「ふふ、別に構いません」
「あの……御門さん」
「ん?何でしょうか。……あ、あと先ほどから気になってたんですが、士郎で構いませんよ?」
「あ、はい」
愛和の会の集会場所へ向かう途中、あたしは士郎さんに気になることがあったのでこの機会に……いや先ほど守らんとは言ったが興味があるので聞くことにした。
「士郎さんって法学部卒業した後、どうするのかなって」
「と言いますと?」
「法学部を卒業した人の進路って大体どっかの省庁の官僚とか、警察官、検察官、弁護士とかあるじゃないですか。あまり法学部の人と会ったことが無いので興味があるんですよ」
「サチさんや雪さんには聞かないんですか?」
「あの二人はもう進路決まってるじゃないですか。サチは皇族守護、雪は政治家、参考にならないので」
「なるほど。そうですね……恐らく弁護士になるかな……と」
「恐らく?」
「私……生みの親がもう居ないんですよ。幼いころ事故で」
「あ……すみません」
「大丈夫です。で私を引き取ってくれた今の両親が弁護士夫婦でして、父親はもう亡くなったのですが、母親が私を厳しくも優しく育ててくれました。その恩に報いるために法学部に入ったんです。ですから、弁護士に……なるかもしれません。でもまあ……司法試験次第ですね」
「というと?」
「司法試験に受かった後、二回ほど試験があるんですがその試験で上位になると裁判官に推薦されるんです。一応弁護士志望ではあるんですがもし裁判官の道もあるんであればそれを選びます」
「へー……頑張ってください」
「はい努力はしてみます」
「アリス!もうすぐ着くよ!」
「ういーす」
十数分後、あたしたちは愛和の会の集会が行われるとあるビルに到着した。