仏教ならお寺、神道なら神社、キリスト教なら協会など、一般的な宗教というのは特徴的な施設がセットになってることが多い。キリスト教ならまだしも仏教や神道となると仏の種類、宗派で、八百万の紙がいる神道だったら祀っている神様で様々な神社が立っているものだ。
だが愛和の会、新興宗教ということもあるのか今回集会が行われるのは何の変哲もない雑居ビルだった。
まあこの世界の魔法で中身はとんでもないことになってそうではあるが、それでも何も知らない人間からしたらここでこれから宗教の集会が行われるなどとは分からないだろう。
だがよく見ると他にもこのビルにぞろぞろと入って行く人がいる、そのうち何人かは愛和の会で配られているのか売られているのか分からないネックレスのような物を付けているのでここで間違いないのだろう。
「それでは行きましょうか」
士郎さんを先頭にあたしたちはこのビルに入った。
二階に到着すると受付と思われる場所で何人かの信者だろうかビルに入って来るものに名前を記入するように指示していた。
そしてあたしに順番がやって来る。
「今日は誰かの紹介でしょうか?」
「え?……えっと」
まさか、聞かれるとは思わなかった。だが当然か、こういう集会に来るのは大抵すでに信者の人間に誘われるか馬鹿な人間が論破しに来ようとする……旧日本で言うユーチューバーぐらいか。警戒するのは当然か。
だがここですかさずフォローを入れたのは士郎さんだった。
「元々興味はあったのですが偶々近くで行われると聞いたので伺ってみました。紹介が無ければダメでしたでしょうか?あと友人を何名か連れているのですが」
「いえ、わが会に興味を持ってくれるのは非常にありがたい思いでございます。ではお名前と住所をお願いします」
「分かりました」
そういうと士郎さんは名簿に名前を書き始めた。さりげなく目で『書いてください』とあたしたちに促す。
やはり人生を数年でも長く生きた先輩……いや自治会会長にまでなっている人だ。ある程度の処世術は心得ているのだろう。こういう時にこう言う人は必要になるものだ。
さてあたしの前にも名簿が出されるが、書くのは名前、電話番号、住所だ。だがもちろんこんな胡散臭い宗教の名簿に本当の名前を出すなど愚の骨頂だ。当然偽名を使う。
『龍宮茜』、今適当に考えた名前だ。だが何故か師匠の名前を入れなければという謎の義務感が発生し、名前に加えた。
また住所に関してだがもちろん菊生寮の住所など書くわけがない。この後に菊生寮にお迎えに来られても困るからだ。だがこういう偽の住所を書かねばならないときの為に書く住所は決めている……警視庁の住所だ。
ここで適当な住所を書いてはすぐにばれるから実在してかつ、別に違法にはならないだろう住所だ。なお、電話番号も警視庁の適当な部署の電話番号にしておいた。
「はい、それではこちらを首にかけて会場にお入りください」
書かれた名簿を確認した受付のスタッフは緑色の紙が入ったネームホルダーを渡してくる。
それを首にかけるといよいよ三階の会場に入った。
「わーお……ひっろ」
三階のいつもなら説法……なのか?に使われるだろう会場にやってきた。円形の会場で中心にはパイプ椅子が並んでおりすでに何人か座っている。また入り口から見て反対側の壁には大きな……大きな何かが祭られていた。
仏教なら仏像が置いてあるのが普通だが、どうやらあたしが知っている像とは違うようだ……いやあたしも仏教の仏像を全て知っているわけでは無いのでもしかしたらちゃんと存在する仏像なのかもしれない。
また仏像?の前には机が置いてあり、机の上には水晶玉が置いてあった。……いや、仏教じゃねえの?水晶って占いか?仏教って普通こういうのしないよな?別に愛和の会をそこまで知ってるわけでは無いけど、仏像的なものがあるから愛和って仏教かと思ったけど、仏教じゃないの?
ていうかさあ……別に詳しいわけじゃないけどさ、魔法でここまで拡張するのって建築何とか法で違法にならないの?知らんけど。
「アリス」
「ん?」
会場の大きさに圧倒されていたあたしに不安そうになりながらサチが話しかけてくる。
「どしたの」
「さっきの名簿……見てたけどアリス偽名だったよね?」
「え?ああ、そりゃそうでしょ。こんな胡散臭い宗教……入信する気もないのに本当の名前書くわけないじゃん」
「当たり前ね、相手に自分の情報を渡すのは愚行よ」
「どうしよ……あたしちゃんと名前と住所……書いちゃった」
サチさん……今回は脳筋……いや生真面目かよ。まあそんなところも可愛いぜ!
「問題ないんじゃない?霞家なら」
「そうでしょうね」
「へ?」
「だって名家の中でもトップクラスの武闘派でしょ?しかも皇族守護だし……勧誘しに行く強者いないでしょ?」
「そ、そうかな?」
君はあれだね?虐げられてきた期間が長すぎて自分の一族が日本でどれほどの影響力があるか認識してないな?あれだぞ?正当な理由で皇族守護になった一族ぞ?一般的な宗教団体ですら関わりたくない一族に成っとるよ?
「それと……アリス」
「ん?」
「気のせいだとは思ってるんだけど」
「何さ」
「あそこに居るの……龍さんじゃないわよね?」
「はあ?」
何を言ってるのかね?あたしはあれだが師匠は正真正銘、神報者やぞ?仕えているのは帝……天皇陛下ぞ?神道の最高司祭ぞ?こんな良く分からん宗教団体の集会に来るわけなかろう!
……と思いながら雪の指さす方向に視線を移すと、確かに雪ならば師匠と見間違えるだろうではある和服の男性が端っこに立っていた。
なるほど確かにこの会場を埋め尽くすほどの人の中に唯一着物を着た男性が立っているというのは目立つし、長い髪も相まって師匠に似て……ん?いや……あれ師匠じゃね?遠目だからちょっと見えにくいけど首からぶら下げてるものとかまんま師匠やん!なんでおるん?
いや、まだ師匠と確証が取れたわけでは無い。近づけば別の男性って可能性も……とは思いながら師匠と思われる男性に近づいたけど……うん、普通に師匠だったわ。
「おい」
「ん?なんだアリスか、何でここに居るんだ?」
「そりゃあこっちのセリフだよ。神報者なのになんで参加してんのさ」
「仕事だよ、じゃなかったらこんな場所に来るわけないだろ?」
「あっそ」
仕事……帝から何か言われた?でも帝って宗教団体に興味を持つような人ではないはずだよな?じゃあなんだ?他の人に何か頼まれた?でも基本師匠って帝以外からの仕事は受けないよな?じゃあ……なんでだ?
「それより……西宮雪と霞サチは分かるんだが……そちらの男性は?」
「ああ、サチと雪が通っている大学の法学部の先輩らしいよ?法学部でも入信者が増えてるみたいで学校から依頼されているんだって」
「ほう?」
「御門士郎と申します。初めまして龍さん」
「……」
師匠が士郎さんをじっと観察していた。
「何か?」
「どこかで会ったことあるか?ていうか俺が龍だと何時言った?」
「え?だってアリスさんは神報者付でしょう?神報者の顔が広まってないのはあれですが龍という名前なら全国で周知されていますし今アリスさんが神報者と言ったので龍さんで確定かと、あと以前にお会いしたことはありませんよ」
「なるほどな」
さすが法学部だ。いや法学部は関係ないだろうけど多分普通に考えれば簡単すぎる推理……いや推理とも言えないけどこの状況での落ち着きようはさすがだ。
あたしたちが会場に入って五分ほどが立っているが徐々にだがこの会場にも人が多くなってきた。
だがここで気になることが発生していた。
会場中央にはパイプ椅子が複数並んでおり集会参加者が座っていた。そしてあたしたちはそれを囲むように立っていたのだ。だが並んでいる椅子にはまだ空きがある、普通なら並んでいる人たちを座らせるのが普通だ。
何か座っている人と立っている人を区別する必要があるのか?ならそれはなんだ?
「アリスさん始まるようですよ?」
「え?あ、はい」
会場に置かれた机の前に、何処か神楽を彷彿させる顔に紙が掛けられた巫女姿ではないが恐らく仏教の服を着た女性が歩いてきた。