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愛和事件 3

「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。愛和の会、塩沢と申します。これより愛和の会、定例集会を行います」


 何か……変だ。カンペを読んでいるようには見えないけどちゃんとスラスラ言えていえる……でも何処か抑揚が無く人が喋っているようには感じない。


 まるで自主的……というよりは義務感……もっと変に言えば虚無感……を感じた。


 そして定例集会ということで宗教団体特有の信者たちによる入信してから今日に至るまで何があったか、どれほど愛和の会に救われたかを喋る時間になった。


 だが入信する気がさらさらないあたしにとっては入学式や卒業式の校長先生の話レベルで意識が遠くなる。最後に意識が戻ってきたのは最後の信者が話を終えて拍手が起こったのち、塩沢がまた戻って来たときだった。


「はい、以上で信者たちの声を紹介いたしました。ではここで愛和の会についてお話いたしましょう」


 あれ?ああ、まだ話してなかったっけか。


「急な質問ですが皆さま、自分を愛してらっしゃいますか?」

「は?」


 いきなりな質問だな。もちろん愛してますよ?他人よりまずは自分ですよ。


「愛和の会の和の文字、平和の和でもありますが、他にも当てている漢字があるのです。それは自分という意味の漢字……我慢の『我』です。別に我慢を愛せとは言っていません、まずは自分を愛せと言っているのです」


 ほう?


「平和というのは一人では作れません、一人一人が協力しなければ平和は成しえません。ですがそのためには一人一人が自分を愛し、許さなければ他人と協調を持つのは不可能です。人は心に余裕を持たなければ他人にも余裕を持って接することが出来ないのです。愛和の会はまず平和を愛する前に我、つまり自分を適切に愛することを教えることを理念としています」


 なるほど、言ってることは分かるし正しい。あたしだってそうだ、稽古で訓練したことで最低限自分を守れる心の余裕が出来たから周りが見れるようになったし、師匠の無茶苦茶な作戦も守る人が増えても対応できたんだ。


「何か……意外ですね」


 今まで見ていたサチが疑問符を浮かべながら独り言のようにつぶやいた。


「サチさん、と言いますと?」

「新興宗教ってあなた達は地獄に落ちるだとかご先祖が良くないことになるから入りなさいとかいうもんだと思ってました」


 まあ……そうだよな。あたしだってそういうもんだと思ってたし。


「……まあ新興宗教ではそういうのはあるでしょうが、古来からある本来の宗教が説いているのはこちらの方が正しいですよ。旧世界の仏教の祖である仏陀も本来は人生はこういうものだ、こう生きれば人は心に余裕が生まれ豊かになると説いていましたからね。ですが時代が進むと仏教は亡くなった方を極楽浄土に送るためにお経を読むことに目的が変わってますから」

「士郎さん、よく知ってますね」

「興味があることは調べるのが私のモットーです、ですので旧日本の事もある程度知ってますよ?まあ本で分かる程度の事ならばですが」

「へー」


 やっぱ法学部の人ってエリートなのもそうだけど知識量も凄いな。あたしも負けないぐらい図書館で本読んでるけど。ま、まだ宗教に関する本は読んでないだけだけどね!


「では定例会恒例、悩みを聞く場にしましょうか」


 何故かこの時あたしの目には紙で覆われているはずの塩沢の口が少し笑ったような気がした。



「そうですね……ではそこの椅子に座っている方」


 そういうと最前列で椅子に座った女性を指さす。遠目なので断定はできないが40代、いや50代くらいの女性だ。


 さあ、ここからだ。あたしがここに来た目的の一つが行われる。え?法学部の学生を探しに来たんじゃないかって?それは士郎さんたちの目的じゃろ?あたしだってその為に来てはいるけど、こういう俗に言う占いの個人面談は見ているだけで楽しいものがあるのよ。


 まあ元々来る気はなかったけど、ここまで来たら興味を持たない方がおかしいじゃない?だって別にあたしに害はないわけだし。


 少し欲を言うならあの女性との対談に選ばれて少し話をしてみたい気はないことも無いけども。心理学の本の一部を多少だけ読んだあたしからするとその知識を使う機会が来たんだ、使ってみたいじゃない!


「ではこちらに座ってください」


 そう言われて女性は水晶玉が置かれた机の塩沢の反対側に座った。


「ではまずお名前を」

「ま、前川洋子と申します」

「前川さん、ではお悩み相談と致しましょうか。目の前の水晶であなたの悩みを見てみましょう」


 ほら!来ましたよ!水晶を使った胡散臭い占い!


 塩沢が水晶玉に手をかざす。数秒後だ。


「なるほど、旦那さんが……ガンですか」

「……!はい、そうなんです。お医者様はもう末期だから長くは無いだろうと」


 誰から見ても相談内容を聞いていなかったのは明白だ。なのに前川さんの悩みを的中させたことに会場は驚きの声と尊敬の眼差しが塩沢に向けられる。


 いやいやいや!前川さんは何も言ってないけども!どうせあれでしょ?なんだっけ?コールド何とか!あれで的中させたんでしょ?話術であるじゃん!


「アリスさん」

「へ?なんですか?」


 隣に居た士郎さんが少し呆れ顔であたしに話しかける。


「あれはコールドリーディングでは無いですよ?」

「え?あ……ん?」


 考えが読まれた!?


「コールドリーディングって何ですか?」


 サチが尋ねる。ナイス!


「コールドリーディングとは相手の服装、年齢、会話の抑揚、内容から相手の精神状態、普段の過ごし方、もっと言えば悩み事などを言い当てるテクニックです。バーナム効果という誰にでも当てはまることを言うことで相手にこの人は自分の事を分かっていると錯覚させ信用させる話術とも言います」

「へーじゃああれも?」

「いえ、あれは違います。そもそもコールドリーディングは占いとは全く関係ないです。あくまで会話術の一つであり、相手に自分を信じてもらうために使われる話術です。と言ってもまあ良く使われるのはこういう宗教だとか詐欺とかですけどね?」

「じゃあこれは違うんすか」

「いえ、この場合は似た手法です。アリスさん、この会場を見て何か気が付きませんでしたか?」

「え?あー、なんか椅子に座っている人と立っている人に分けられているなあとは」

「その通りです。恐らくですが、立っている人は今日信者の紹介が無くこの場を訪れた方たちでしょう。我々も最初信者の紹介ですか?と聞かれましたから」

「あ、そうか」

「逆に椅子に座っている方々は友人の信者と共に来ているのでしょうね。それらを区別するために椅子があるのだと思いますよ」

「どうして分かるんですか?」

「これ……入る時に渡されたこれ覚えていますか?」


 そういうと士郎さんは緑の紙が入ったネームホルダーを見せてくる。


「これが?」

「定例会が始まるまでに少し周りを見ていたのですが、どうやら椅子の周りで立っている人たちは例外なく緑でした。そして座っている方々は赤と青です。今お悩み相談をしてるのは青ですから信者が赤なのでしょう、であれば赤色の信者が事前に青の相談を愛和側に報告し、あたかもここで占いによって言い当てたかのように喋る、これをホットリーディングと呼びます。普通なら友人に言った内容をそのまま当てているだけなので気づくでしょうが、こういう会に勧誘されて参加する人の多くは不安で一杯になっているせいで気づかないとか」


 なるほど、事前情報なしで言い当てるのをコールドリーディング、事前に調べ上げて当てたかのうように見せるのをホットリーディングか……勉強になります。


「ですがこれ自体は違法でもなんでもないんですよね。警察官や医者でも自分を信用させるようにコールドリーディングやホットリーディングをするなんて当たり前ですし、交流術として何てことも無い技術ですから。愛和の会が問題視されているのはこうやって安心させた信者たちに半ば強引に勧誘させたり、効果が無いのにお札やら壺やらを購入させる行為が問題なだけです。ここだけ見ればただのカウンセリングです」

「ふーん……お?」


 気づくと前川さんが静かに涙を流し始めた。どうやら自分の旦那さんについて塩沢に話している途中に感極まったのだろう。


 だが士郎さんの講義に夢中になるばかりでほとんど話を聞いていなかった。


「なるほど……それはおつらかったでしょうね」

「はい!もうどうしたらいいか」

「……残念ですが私の力ではご主人を助けるのは無理です」

「……やはりそうですか」


 おや?珍しいな。普通の新興宗教ならここでこのお清めの何とかとか、お札を使えばご主人は助かりますとかいうもんだと思ってたけどどうやら違うようだ。


「ですが教祖様であれば何とかしてくださるかもしれません」

「本当ですか!?」


 前言撤回、雲行きが怪しくなってきました!


「我々も教祖様のお力により救っていただきました。ですが条件があるのです」

「な、なんでしょうか!なんでも致します」


 はい、こうなればあちら側の思い通りです。試合終了!お疲れさまでした!


「前川さん、ご主人を愛していますか?」

「え?……もちろんです!」

「そうでしょう、でなければご病気となったご主人に付き添うなどできません。ですがその愛を自分に向けた事はありますか?」

「と……言いますと?」

「貴方は愛するご主人の為を思うあまり、自分に目を向けてこなかったのでは?体調も良さそうには見えません」


 確かに教祖の下りになった時、ここ一番の声を上げたけどそれ以外は旦那さんの看病で疲れているのか声が弱弱しいのはあたしでも分かる。多分ここに来るのも億劫だっただろう、でももしかしたらここに来れば、旦那さんが助かる可能性があるのならという思いで来たんだろうな。


「はい、主人の看病でもう体も精神もボロボロになっていて、本当は誘われてはいましたがここに来るのも諦めようかと……」

「なりません!」


 塩沢のここ一番の声が会場に響き渡る。


「愛和の会の理念はまず自分を許すこと!愛することです!自分に余裕が出来て初めて他人を気遣うことが出来るのです!ご主人を愛するなとは言いません、ですがまずは自分を……ご主人を愛する自分を愛せるようにならなければ!教祖がお力をくださるのはそういった自分を愛し、自分に自信を持った人だけを助けてくださるのです!そのために愛和の会は前川さんがお自分を愛せるようにお手伝い出来ます。どうですか?ご主人を助けるためにご自分を愛する努力を始めてみませんか?」


 塩沢が立ち上がり手を差し出した。


「……はい、やってみます!よろしくお願いします!」


 大粒の涙を流した前川さんが弱弱しく塩沢の手を握った。だが塩沢はそれを優しくも力強く包み込むように握り返し、優しく抱きしめた。


 パチパチパチ!


 主に椅子に座った現信者からだろうかスタンディング……とまでは行かなかったが大きな拍手が泣く前川さんとそれを優しく抱きしめる塩沢に包み込んだ。


 泣いたことで体力が無くなっていたのだろうか、他の信者に肩を借りながら別室へ案内される前川さんを見守る。恐らくこれから入会の手続きに入るのだろう。


「素晴らしいですね」

「へ?」


 以外にも賞賛を送ったのは士郎さんだった。


「私自身、宗教自体にそこまでの意識も興味も無かったのですが、今の彼女の説教というのでしょうか……あれは説得力があって素晴らしい物でした」

「まさか士郎さん入信する気じゃ」

「あははは!そんな気はさらさらありませんよ?私が興味を示したのは愛和の会ではなく、彼女自身です、何故この会に居るのか知りたくてたまりません、彼女の力があればカウンセラーとして食べていけると思ったんですよ」

「ああ、なるほど」


 確かに塩沢の魂に訴えかけるような説得にはあたしも揺さぶられた。だがむなしいかな会うのがこう言う場でなければあたしは果敢に話しかけて言ったかもしれない。何か楽しい話をしてくれたかもしれないし友人に成れたかもしれない。ワンチャン神楽みたいな顔の紙を取って素顔を見ることも出来るかもしれない。声で大体は予想してるが美人だぞあれ。


 だがこの胡散臭い宗教団体という一信者というイメージが付いてしまった以上、何か天と地がひっくり返るような出来事が無ければあたしはあの人に心を開くことは無いだろう。


「さてもう二人ほど、お話を聞きましようか」


 そういうと塩沢は机の前に移動するとあたしたちを見回し始めた。


 正直に言おう、あたしに当たって欲しい。何言われんのか、多分何かしらの説教が待ち受けているかもしれんがそれでも塩沢っていう人とは話してみたい。


 塩沢は次の人を見つけるとちょうどあたしの方向に指さしこう言った。


「ではそこの……着物を着ている方!」


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