「ではこちらにどうぞ」
あたしと師匠が通された部屋は教祖様にあてがわれるような立派な師匠が使っているような執務室ではなく、あくまで応接室と執務室が合体したかのような部屋だった。
応接用の立派なソファーが二つと一応執務用の机こそあるがそれでも広さは師匠の執務室のおよそ半分程度しかない。
別にすべての宗教団体のトップが使う部屋が豪華であるべきとは言わないが、逆にこれではみすぼらしさが勝ってしまう。一応万単位で信者がいるのだ、魔法等を使って広くする考えはなかったのだろうか?意外とミニマリストなのか?この人。
「がっかりしましたか?」
「へ?」
表情でばれたか。
「すみませんね、この部屋私の部屋ではないんですよ」
「え?」
「そもそもここは支部ですのでここは支部長室になります。富士山の麓に本部がありますが、そこに私の部屋があります。ここよりはもう少し広いですよ」
「あー、なるほど」
そうか、今日来たのはあくまで一支部の集会だ。しかも本来教祖に会うやら、個人的に会う予定など無かったのだ、部屋を用意できるわけがない。となると緊急とはいえ、この支部で唯一接待できるスペースがここなのだろう。
「ですが神報者殿やアリス様であれば本部に来ていただければいつでも歓迎いたしますよ?入会するかは関係なく」
「ははは、考えときます」
安心してください。特に理由もなく、訳わからん宗教の本部など行くことないので。
「では神報者殿……いえ、龍さんとお呼びした方が良いですか?ここに座って呪いについて教えてください」
「龍で構わん。……話すよりまずは見せる方が手っ取り早いだろ」
そういうと師匠はソファーに座ると、右手に常に巻き付けている包帯を取り始めた。そしておよそ400年前に闇の女王に掛けられた呪いの紋様があらわになる。
特段、あたしもいつも見ているわけでは無いけど普通の入れ墨ならまだしも常にグネグネ蛇が動くような入れ墨は……ようやく慣れてはきたが少し不気味さを感じる。
「これ……は……」
原沼の表情が驚きに変わった。そりゃあそうだろ、動く入れ墨を見て気味悪さを感じるのは普通だ、一般的に日本人にとって入れ墨は極道的な意味合いも含めて恐怖の対象なのだから。それがよもや動いているのだ、誰だってビビるわ。
だが……これは完全にあたしの主観によるものだが、原沼の表情からは別に意味をくみ取った。だが上手く言語化出来ない、あくまでこの驚きの表情から別の意図を感じ取っただけだからだ。
「……なるほど、分かりました」
一通り入れ墨を観察し終えた原沼は少しため息を交えながら立ち上がった。
「で?見立てはどうだい?」
「そうです……ね。素直に申し上げましょう、私の力ではどうにもなりません」
「ほう?珍しいな、こういう宗教は入信するなら解決できるとでもいうかと思ったが」
はい、あたしもそう思っておりました。
「ふふ、いくら私でも出来ることと出来ないことの分別ぐらいは付きますよ……私は神様でありませんから」
「因みになんだが、愛和の会はどの神様を信仰してるんだ?神でなくとも仏か?」
「いえ、我々は神も仏様も信仰していません」
「え!?」
宗教って基本神様を崇めるもんじゃねえの!?じゃあ何を信じてるの!?
「驚きましたか?我々が信仰しているのは……人と人の繋がりです」
「……ん?んんん?」
「人の生活を作るのも支えるのも人です。人と人同士が信頼しあい、協力していけば豊かになり、戦争も貧富の差も起きない……だからこそ一人一人が自分に自信を持って他人に優しく接することを目標に我々は活動しているのです」
「……」
何なんだこの人、あたしが知っている新興宗教とかカルト宗教の教祖とは全く違う人種だぞ?特定の訳わからん神様を信仰させているわけでもなく、自らを神の代弁者とも言うことも無い。ただひたすら人の繋がりを信じ、その力を信じて動いているだけじゃないか。
ここまで来ると、何故信者が行方不明になるのか益々分からなくなる。それどころかこの人は関わっていないんじゃないかとさえ考えてしまうレベルだ。……まあそれでもあたしが入会することはあり得ないんだけども。
「あの……前回の衆院選でしたっけ?立候補されたようですけど……あれは何故ですか?」
「ああ、あれは会員の方たちから勧められてですね、是非私の教えを国に伝えて欲しいと、まあ落選してしまいましたが。でも構いません、私の仕事は法律を変えることではありませんから」
駄目だ、この人と話しているとどうも行方不明の首謀者とは見えなくなってくる。だが同時に考えてみれば、初対面で頭がおかしい人と見られる行動はしないはずか……あくまで自分に敵意は無いと感じてもらうために振舞うのは当然……ならここでの会話はあくまで探り合いか。
「では……これはあくまで私の問題では無いですが……最近愛和の会のしん……会員である西大生が行方不明になっているという情報を聞いたんですが……何かご存じで?」
「……!」
原沼は声にこそ出さなかったが驚きの表情を見せた。だが先ほどの表情とは違い、今度は本当に今知った情報だという表情だ。
「……」
原沼は何か考えているようだ。だがすぐに口を開く。
「一応言っておきますが、わが会は基本修行というものはありません。各個人が自分に自信を持ってもらうように集まって支えあう集会等は開催しますが基本強制ではありません。ですが各個人の意思で勧誘や集会、泊りで何かを行うのは自由としているんです。ですのでもしかすると……そちらに行っているのでは?私も少し調べてはみますが」
「なるほど……分かりました」
「それと龍さん」
「ん?なんだ?」
「変な意味で捉えてないでいただけると嬉しいのですが。一つ質問していいですか?」
「内容によるな」
「……人が神になることはあるのでしょうか?」
「は?」
おいおいおい、先ほど神は信仰しないって言ってなかったか?それなのにいきなり神を信じますか……ん?今何と?……人が……神になることは……あるか?なんじゃその質問……あなたは神を信じますかっつー質問より難解な質問だぞこれ。
「言っている意味が分からないんだが。普通そこ、神を信じますかって聞くもんじゃないのか?」
「いえ、私は神を信じません。ですが日本は八百万の神々が住まう国、ですが基本神というのはすでに亡くなった者、見えない存在に対して神と崇められます。ですが何故生きている人間が神として崇められないのか……気になったことがあるんですよ」
「そうだな……神道であれば人は亡くなると……いろいろな儀式を経た後、家族の守り神や土地の守り神に成ったりするという、そもそも神道とは目に見えない存在に対しての畏怖……敬意……これを神として崇めている、人が神となることは無いだろうな。逆に聞きたいものだなアリス旧日本では生きて神と崇められている者はいるのか?」
そこでなんであたしに振るんだよ。
「そうだね……多分いないはず……ていうか今の旧日本だと死んだとしても神として祀るっていう発想すら持ってる人少ないんじゃね?だって普通死んだら葬式は仏教式だし死んだら仏になるっていう発想の方が日本は多くなってると思うよ?」
「そういうことだ。だがもし普通の人間では出来ないような能力を持った人間で人々に恐れられるような存在が居るのなら……生きた神にも成れるかもしれないな」
「そうなると……タダの化け物扱いされません?」
「日本の神には良い神様も暴れるだけの神様もいるだろ?そういうことだ」
確か……旧日本の東京にも名前は忘れたけど日本三大怨霊の一柱を祀ってるだか何とか聞いたことあるな。それらも良い事をしたから祀ってるというよりは、暴れすぎて鎮めるために神として奉ったとか。
「そうですか……参考程度に頭に入れときましよう」
「……長居しすぎたようだ。俺は仕事があるから帰るとしよう。アリスはどうする?」
「ん?じゃああたしも帰るよ、皆待ってるだろうし」
「では入り口まで送らせましょう……龍さん最後に一つ聞いても?」
「内容による」
「龍さんは……神報者です、つまり神道の最高司祭である天皇陛下にお仕えする立場、であればあなたが信仰するのは……陛下ですか?」
まあ……気になるよな。あたしだって気になる、師匠が今までどこかの神を信仰してるって聞いたこと無いし。一応旧日本でも昔は帝が現神人として崇められていたし、まあこの日本での帝の扱いがまだ分かってないんだけども。
「…………ノーコメントだ」
「え?」
「俺はみだりに自分の信仰する神を人に喋ることは基本的に無いよ。喋る意味も必要もないのならノーコメントだ」
「そうですか……ありがとうございます。アリスさんは?」
あたしはなにも言わず腰の銃を見せた。
「……なるほど」
部屋を出る際、まあ教祖と話していたのだ、いないことは無いと持っていたのだが部屋の外には付き人……いや愛和の会の幹部級の人間が外で待機していた。この部屋、防音ってわけでもないよな?それに防諜防止用の魔法も使われている形跡もない……話聞かれたか?
どうやら下の階で行われていた集会は終わっていたようで、新たに入会しようとしている人と信者が部屋に入るのが確認できる。
そしてビルの入り口、あたしと師匠が外に出ようとした時だった。お見送りに来ていた塩沢さんがあたしの耳元に近づくとぽつりと呟いた。
「数日間、身の回りにお気を付けください。特に外に出るときは」
「……」
さすがに周りの目もあるから反応して聞き返すことは出来なかった。
それは脅しか?つまり教祖も幹部連中も行方不明者について何か知ってるんか?だからそれを調べようとするあたしを危険視している?ある意味これ以上調べるなという警告か?
いい度胸だ、安心してくれ。調べるのはあたしの義務じゃない。あんたらが何もしない限りあたしも深入りはしないよ……何もしない限りな。
その後、師匠と別れるとサチや雪、士郎さんと合流した。まずあたしから教祖と何を話したのか、行方不明者についてなどを報告した。
そしてサチたちもあの後、何とか会場内を探し回ったが西大生と思われる人は確認できなかった……もしかしたら今日の集会には参加していなかったのかもという報告を受けた。
だがこれで調査が終わるわけでは無い。数日後、また別の場所……つまり別の支部で集会が行われるらしいのでそれに参加してみると士郎さんは言っていた。
塩沢さんが言っていた事も少し胸の奥に残ってはいたがサチと雪が引き続き調査をするのであたしも流れ的に参加することになった。だがそれでも今日の予定は終わった、これで解散することになり、あたしはサチと共に霞家へ直行、料理をいただくことになった。