ヒュン!
「おっと」
ガシャン!
ぎりぎりの所で避けるとコンマ数秒前にあたしがいた位置に土満載で綺麗な花を咲かせている鉢が落ちて割れた。
頭に直撃すれば運が良くて重症、最悪即死していただろう。何とか避けられたことにほっとする。
だが問題はそこではない。
「……今日何度目だよ」
愛和の会の集会に参加した三日後、今日は御門さんたちと別の集会に参加する日だが寮を出て西京に入ったあたりからずっとこんな感じだった。
というか集会に参加した次の日から異変は起こっていた。昨日一昨日と西京をぶらついては何かと身の回りで事故が多発していたのだ。
箒で飛んでいた時、周りで一緒に飛行する人たちが次々に巻き込まれる事故が発生、偶々入ったコンビニで偶然強盗に巻き込まれるなど、あたしに直接被害が向くというよりはあたしの周りで事件が起き、時々巻き込まれると言った感じだった。
まあ……何が起きようとあたしが積極的に事件解決に動くことは無かったのだけれども。だっていちいち解決して警察に事情聴取されんのもめんどくさいし、いちいち助けてたら日が暮れる。
だから事故が発生しようがあたしは無視してその場から立ち去ったし、事件に巻き込まれようが一人その場から抜け出して何事も無かったかのように振舞った。
まあ!もしその場に美女や美少年が居たら別の話だがね?多分体が勝手に動いて解決に向けて全力出しちゃうかもしれん!
だが三日目、今日いよいよ別の集会に参加する日となった今日に限っては違った。
明らかにあたし自身を狙うような事故がいくつも多発した。今起きた鉢落下もそうだが、先ほどから飛行しても何人かがあたしに突っ込んで来たり、車が突っ込んで来たりとどう考えてもあたし自身を狙った攻撃にシフトチェンジしているのが明確になった。
本来、箒から落下しても魔法により地面に激突することは無い。だが建物に衝突する可能性は十二分にあったためあたしは地面を歩いて目的地に行くことを余儀なくされたのだ。
だが同時に塩沢さんに言われたことを思い出す。
『明日以降、特に三日間は身の回りに注意してください。特に外出時は』
いやうん……明らかな脅迫と言っても良い言葉だ。誰かに尾行されているとかさ、夜道でいきなりこのか弱い乙女が襲われるとか想像するじゃん?普通の人だったら。
ここまで露骨な襲撃を誰が予測できるんだい?露骨すぎてある程度警戒するだけで全部回避できるレベルやぞ?もうちっと考えて攻撃した方が良いのではないか?
まあそんな事を考えていた今日この頃だが、集会に行くことは決定事項だ、箒が使えない以上どうやって目的地まで行こうか悩んでいたのだ。
バス……タクシー、いやもし乗っている車両に車が衝突すればいくらあたしでも負傷は避けられない。であればなるべく妨害が少なそうな乗り物にするしかない。
では電車に乗ってみるか。確かに電車でも人身事故等で止まる危険性はあるが命の危険は車よりは無いだろう、最悪集会に行けないという結果にはなるが目的地に行こうとした努力は御門さんも認めてくれるはずだ。
それに驚くことなかれあたしは日本人にも関わらず……まだこの第二日本で一度も電車に乗ったことが無いのだ。だってある程度の長距離外出は箒で事足りるし、一度長い距離の旅行であった広島でさえ飛行機を使っていたのだ。電車を利用する理由がないんですもん。
なので今回はこの国での人生初の電車に乗ってみることにした。
「……まあこんなもんよな」
わくわくしながら目的地に近づくであろう駅に通じる路線を探し出し(旧日本と変わらずに路線が入り乱れていて訳わからん)何とか路線が通っている駅にたどり着くことが出来た。
だがホームにて待機していたあたしに顔を見せたのは……なんて事のない旧日本でも普通に見かけた電車だった。
旧日本と第二日本の電車……そこまで違った点は無く、むしろあたしが知っている電車と相違なさ過ぎてがっかりしてしまった。
パンタグラフが付いている時点で電力は上の電線から取っているとみられる、いや……魔法で動かせないもんなの?電車のモーターは電力が無いと無理だろうがその電力自体は魔素石からでも十分供給できるはずだろ。
まあそれでも電車であることには変わりはない。あたしは何も考えずに電車に乗り込んだ。
道路を自由に走行できる車やバス、箒とは違い、電車は決められた線路を走るだけだ、そう簡単に事故など起きないだろう……人身事故や脱線等が起きない限り。
ああ……こうやってまたフラグ建てるから見事に回収されるんだろうな。
そんな事を考えているとドアが閉まり、電車はゆっくりと速度を上げながら発進した。
因みにあたしの趣味によるものだが基本降りる駅の階段の位置が分かっている場合を除いてあたしは電車の最前列に居ることが多い。何故なら運転手のハンドル操作を見たいからである。
プルルル!
「ん?」
電車が出発した数分後、あたしの携帯が鳴った。
発信主は……師匠だった。
「なんぞ?」
「ああ、……ん?少しうるさいな、今どこにいるんだ?」
「電車の中だよ」
普通なら電車の中での通話はマナー違反だが、幸いこの車両にはあたし以外は居ない……なら少しぐらいはいいだろう。
「そうか……で、大丈夫か?」
いきなりなんだ?
「言っている意味が分かんないんだけど」
「原沼……だったか?あいつのと話をしてから何か変わったことは?」
「なんでそんな事を聞くのさ」
「いや一昨日から何故か外を歩いていると事故やら事件やらに巻き込まれるんだよ。まあいちいち対応できないから無視してるんだが」
なんと……師匠も同じことが?これ……事件を追ってるあたし一人を標的にしてはいない?神報者と神報者付を同時に狙っている……なら目的が分からなくなるぞ?
「しかも今日に至っては直接俺を狙うように事故が多発してるんだ。まあ俺は死なないから良いんだが、あの場に参加していたのは俺だけじゃないお前もだ、だから無事かと思ってな」
「なるほど」
だが……今までの事を考えると師匠があたしを気遣うことをするだろうか?あたしが久子師匠との稽古で強くなったことも知ってるし、ARAの件で戦闘から無事生還したことも知ってるはずだ。
ならこれくらいの事故であたしが無事だということも何となく把握できるはずだ。現にあたしは傷一つない。
誰かに何か言われたか?
「三穂さん……いや衣笠さんに何か言われた?」
「……分かるか?」
「何となくだけどね」
「お前……地下鉄サリン事件を知ってるか?」
「地下鉄……サリン事件?」
多分、旧日本人であれば大抵の人が知っている事件だろう。あたしも名前だけなら知っている。そしてそれを引き起こしたのがオウム真理教というカルト宗教だということまでは把握している。
「名前だけならね、多分あたしは事件が起きた時生まれていないから詳細は知らないけど。それがどうかしたの?」
「衣笠が言っていたんだよ、この国ではまだ宗教団体が大きな事件を起こしたことは無い、つまりまだこの国の国民から見ると宗教団体はただ自分たちの信じることに忠実に動いているようにしか見えない。だが宗教……特にカルト宗教というのは自分たちの考えが世間に認められないと……何をしでかすか分からないほどに暴走する……まるで地下鉄サリン事件のようにとな」
「なるほどね」
確かに、カルトであるほど自分たちの考えを世間に認めさせようとする考えがあるのは分かる。今では大人しくなったはずのキリスト教ですら中世時代では大暴れしていたって聞くし。教祖がまともでも分派した奴らが暴れ出すことも無いことも無い……だから旧世界でも宗教が絡んだ戦争が無くならないんだ。
「でも愛和の会が似たような事件を引き起こすと?」
「可能性の……何だ?聞こえずらいぞ?」
「え?……あ」
師匠との会話で気が付かなったが窓の外が暗くなっていた。この路線は途中から地下に潜るようだ。
「今、多分日比谷線なんだけどさ……途中から地下に入るっぽいね。……つか地下でも電波通じるのが凄いな」
「話を戻そう、じゃあお前も事故に巻き込まれてはいると?」
「でも今の所無事かな、電車じゃあ止まることはあっても直接襲うにはナイフとか銃に限るでしょ?それなら十分対処できるよ」
「なら良いが」
「霞が関ー……霞が関ー」
その時、電車が霞が関駅に到着した。一応中央省庁に一番近い駅だからか複数人のスーツを着た人たちが乗車してくる。
霞が関駅、旧日本とどこまで違うのか今更……そもそも霞が関駅に関する知識がほぼないので行ったことが無いのだろう、比較しようがない。だが霞が関、その名の通りここを出れば中央省庁にすぐ行けるとあって複数の路線がここで交差しているらしく、あたしが乗っている電車の左隣にも違う路線の電車が止まっていた。
そしてこの駅には上下線がともに待避線となっている関係か、あたしの電車の進行方向先には上下線の線路がクロスとなって繋がっていた。
だがここでサリン事件について旧日本で調べたのだろう、軽く情報を思い出し、立ち上がりドアの上にある路線図を確認する。
何人か人が乗り込んできたので小声で喋ることにした。
「そういえば」
「なんだ?」
「旧日本で軽くサリン事件について調べたんだろうね、少し思い出した。今霞が関に居るんだけど……確か、旧日本のサリン事件も霞が関駅を狙ったって言われてるんだよね……まあある意味失敗いたのかずいぶん手前の駅でサリンがまかれたらしいけど」
「そんなことは今どうでも良いだろう?とりあえずお前は無事なんだな?」
「そうだ……ね……ん?」
「どうした?」
師匠とサリン事件について話していたためか……それともあたしの危険センサーが反応したのか……多分、普段のあたしなら気になることは無い何気ない他の路線の電車に居る人の行動がどうしても気なってしまった。
「あたしの知ってる情報が正しければだけどサリン事件って実行役がサリンの入った袋?パック?みたいなものを破ったり穴を開けることでばら撒くらしいんだけど」
「それが?今は関係ないことだろ」
「……今いる違う路線の電車の中で……まったく同じことをしてる人がいるんだけど……これは単純に……気のせい?それとも考えすぎ?」
「考えすぎだ、愛和の会の話と一昨日からの襲撃、そして今の話でそう見えただけだ」
「だ、だよねー」
確かに一昨日からの襲撃、そして師匠との会話、多分あたしの脳内も無意識に警戒レベルを上げすぎて何気ない行動をそう思ってしまっているだけなのだろう。そうに違いない。
だがそんな考えも数秒後、先ほど建てたフラグを根こそぎ回収するように吹き飛んでしまった。
キイイイィィィ!
右側、この電車の進行方向からけたたましい金属が擦れる音が響いてくる。
「あ?」
「今度はなんだ!ていうかもう切るぞ!お前の無事を確認……」
反対車線、本来であれば……停車かあるいは通過か、分からないが地下鉄で出すべきと思えない速度で電車が霞が関駅に向かってきた。しかも霞が関駅に入るまでは少しカーブがかかっている。つまりあの速度のまま侵入しようとすれば……間違いなく……脱線だ。
だが不運は重なるとはよく言ったものだ、電車はあり得ない速度のまま駅の手前にあったポイントに差し掛かった…・・・その時だった。
ドーーーン!
恐らくポイントが設定されてはいけない方向に設定されていたのだろう、先頭車両が大きく跳ねると、そのまま脱線、カーブを通っていた時の遠心力も相まってそのままあたしの乗っている電車に向かってきた。
これは……やばい……突っ込んで来るまで数秒、しかもぶつかるのは恐らく電車の右側通路に逃げるのは不可能……最悪……死だ。
「ごめん師匠」
「あ?今度はなんだ?」
「前言撤回、今度はマジで死ぬかも……電車が突っ込んで……」
ガーン!
師匠に状況を言い終わる前に、脱線した電車は速度を落とすことなく……あたしの乗っている電車に正面衝突した。
その瞬間、誰かがあたしの前に立った気もするが誰なのかと気にする余裕もなくあたしは意識を失った。