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愛和事件 7

 久子師匠との修行である程度自分を守るための技術、自信がついたとはいえ、電車が突っ込んで来るなど誰が予想できようか。だが同時にあの場面でただ見ているだけで最低限の回避行為、杖を取る防御行為を出来なかったのはこれからの課題だと深く感じさせるには十分だった。


 だがもう遅い。あたしは確実に死んだだろう……あの場面で生き残っているなど……冷たい床の感触が……ん?もしかして……あたし生きてらっしゃる?ていうか……誰かあたしに話しかけてる?その前に……衝突直前にあたしの前に立ったの……誰だ?


「……ちゃん!……りすちゃん!……アリスちゃん!」

「……!はっ!は……は……は」


 どれほどの時間が経っていたのだろう。多分数十秒だ、それでも呼吸を忘れるほど意識が吹っ飛び、気絶するには十分すぎるレベルの衝撃が電車とあたしの体を襲ったのだ。


 だが問題はそこではない。


 あたしを助けたのは以外な人物だった……天宮さんだ。


「あ、天宮さん、なんでここに居るんですか」

「ん?ああ今日非番だからさ、適当にぶらついていたのよ。そしたら偶々かわいい女の子がいるじゃん?何とアリスちゃんじゃん?声かけようと思ったら電車が突っ込んで来るんじゃん?守らないと駄目じゃん?ていうわけ」

「……」


 何言ってんだこの人は……だが助けてくれたことには変わりはないか、初対面の時は何だこのチャラい奴とは思ってたけど、中々中身はイケメンの様だ。


 だが……何故まだ馬乗り状態なんでしょうか?


「……ん?どうかし……」


 バゴン!


 あたしは普通に天宮さんの顔面を左拳で殴った、右手は何やら何か握っていたからだ。


「なんで!?」

「いや……助けてくれたのは感謝してますし、素直にお礼は言いますよ?……でもいつまであたしに馬乗り状態になってるかなと……さすがにきもいです」

「え!?だってこういうのって吊り橋なんとかでイイ感じになるとか言うじゃん!」


 吊り橋効果の事言ってんのか?危険を共に乗り越えた男女は良く惹かれあうとか言うやつ?知ってるんかな……あれで仮にお互い惹かれても長続きしないって言いますよ?それに初対面の印象で天宮さんにそういう感情は抱かんすよ。


「少なくとも天宮さんで吊り橋効果は起きないですね」

「えーじゃあ誰なら起きるのよ」

「……三穂さんとか」

「隊長女性じゃん!同姓だよ?ある意味健全じゃ……いでっ!」

「ほう?旧日本の恋愛事情知らんな?そんなこと言ったら旧日本の全百合勢敵に回す行為っすよ?もうちっと考えないとー」


 ドスドスドス。


 と言いながらあたしは天宮さんの腹部を蹴り続けた。


「いてっ!いだだだ!敵に回すって……少なくとも俺、旧日本の事情知らないし、多分これからもこの先も行くことないでしょ!分かったってそのまま上に居たのは謝るから蹴らんでくれい!」

「……ったく」


 天宮さんとの一連の会話(肉体言語含む)によって少し落ち着いたので周りを見て驚いた。


 あたしの乗っていた電車は……電車ではなくなった。空は見えないがもし地上に出たら存分に空を眺められるだろうぐらいには天井が抉られており、もはや天井は亡くなっていた。


 電車にどれほどの強度があるのかは知らないけど、世界に誇れる日本製だ、衝撃で歪んだりすることはあってもここまで破壊されることは無いだろう。それに電車のいたるところから漏電による火花が飛び散っている。これが数十秒間で起きたのだ、想像を絶する破壊力だったのだろう。


 改めて……良く生きてるなあたし。


「それとさアリスちゃんも凄いね」

「何がですか?」

「だって俺がアリスちゃんを伏せさせた時に、自然と杖抜いて上を通過している電車に向けてたじゃない?とっさの判断としてはすごいよ」

「え?」


 確かに立ち上がったあたしの右手には何故か杖が握られている。つまり本当に伏せられたときに咄嗟に杖を抜いて上を猛スピードで通過する車体が自分に近づかないようにシールで粘っていたんだろう……意味があったのか定かでは無いけど。


 だが本能、いや長い修行の中で体は無意識にも杖で自分を守ろうとしたのだろう……正直言ってあたしを褒めてあげたいぐらいだ。


「さてこんな所からはさっさとおさらばしようか!入り口までは俺がエスコートするよ」


 そういうと天宮さんは車体のドアだったところからひびだらけになっているホームに先に立つとあたしに手を伸ばした。


 なるほど、この人は見た目だけである意味紳士だな。


 だが……何か……何か忘れている気がする。今の事故でほとんど師匠との会話の内容が吹き飛んだけど何か重要なものを見た気がするんだけど。


 ま、いいか!


 そのまま天宮さんの手に掴まりホームに渡ろうとした時だった。


「……!」


 どうやらあたしの鼻は今起きた事故で生じている鉄が焼ける匂いと油臭さの他にも何かの刺激臭を感じ取ったらしい。そして同時にそれがきっかけとして事故が起こる前の師匠との会話で一般的には普通だがあの時のあたしから見れば不振だと思われる行動をとった人のことまで思い出した。


「どうしたの?」


 天宮さんが不思議そうな表情でこちらを見てくる。


 だがこの微かな刺激臭は事故によるものではない、そして先ほどの不審な行動、サリンでは無いだろうが明らかに人体に良いものをばら撒いたわけでは無いだろう……つまり魔法か科学で作られた兵器だ。


 ばら撒かれてどれ程経つかは定かではないがすでにこのホームでも十分薬品は充満してるだろう……ならこのままホームから外に出るのは危険ってことだ。


「天宮さん、気づきませんか?この匂い?」

「匂い?まあ電車だからガソリンではないし潤滑油とか鉄の焼けた匂いとかならするけど……他になんか匂う?」


 あたしだけか?おいおい、この土壇場であたしは炭治郎並みの嗅覚を身に付けたってか?それとも一時的か?まあいい……説明してる暇ないか。


「天宮さん……あたし以外を助ける義務はあります?例えばこのホームいるほかの負傷者とか」

「ないね、今のことろアリスちゃんが最優先」

「ならあたしを信じます?」

「え?そりゃあアリスちゃんの事は信じてるけど」


 そういう意味では無いのだが。


「……次の駅まで線路歩きませんか?ここに留まってると多分危ないです、最悪死の危険性が……なので次の駅まで歩くことを具申します」

「……そうだねえ」


 天宮さんは迷っているようだ。確かに天宮さんにとっては確証はない、だからあたしをすぐに安全な場所に逃がすならここからそのまま地上に上がった方が良いはずだ。だがあたしの危機察知能力による提案を受ければ線路を歩くことになる、今の事故で電車は確実に止まっているだろうがそれでも地上に出るよりは危険度が増すのは確かだからこそ迷っているのだ。


 それにサリン事件についても薬品についても説明している時間は無い、今はとにかくこの場を離れるのが先決だ。


「まあ多分今の事故で電車は確実に止まっているだろうし、アリスちゃんがそういうならそうしようか、でもまずはホームから線路に降りない?」

「そうですね」


 作戦は決まった。天宮さんの手を掴みホームへ出るとそのまま本来あたしの乗った電車が行くはずだった方向の線路に降りた。


「あ、ちょっと待って」

「今度はなんだろ?」


 あたしは帽子を取ると髪を結び被り直した。そして手袋を着けると銃を取り出しマガジンチェックの後、スライドを引き装填する、そして二、三回深く深呼吸する。


「ああ、隊長が言ってたアリスちゃんの戦闘モードってこれか!ある程度準備が必要なんだね」

「はい、少し工程を踏むようにしないと何時でも戦闘モードに入ってしまう可能性があるのでこうしてます、ある種のルーティンです。あ、準備出来たので行きましょう」

「オーケー」



 線路を歩くこと十分程度、電車であれば数分で着くことが出来る距離であるだろうがやはり徒歩では時間が掛かる。だがそれでも薬品が充満してるであろうホームから脱出するよりはましだ。


 持っていたライトで足元を照らしながら次の駅へ着くまでにあたしは天宮さんに何故この手段を取ったのかを説明した。


 つい先ほどまで師匠と話していたことだ。愛和の会の件、集会で教祖と会ってから今日に至るまであたしに降りかかっている災難についてだ。そしてちょうど旧日本で起きたサリン事件について話していた時、怪しい仕草をした人が居たので不審に思ったことも話した。


「なるほどね、ちょうどそれを話していたから偶々普通の仕草をしていた人が怪しく感じたんだ」

「多分ですけど、考えすぎですかね?」

「いや?こういう状況では常に最悪の事態を想定した方が良い事もあるからさ、何もなかった……良かった!ぐらいで良いんじゃない?」

「そうですよね」

「まあそれで線路の上を歩くっていう貴重体験出来たから良しとしよう!……ん」

「そういう問題じゃ……どうしました?」


 天宮さんが目的地の方向を見つめたまま止まった。あたしもそちらの方に注目した時だった、誰かが近づいてくるのが分かった……こちらに向かって歩いてくる光源が四つほどだ。


「……救急隊かな?ごめんね、もうアリスちゃんは知ってると思うけど俺たちは性質上目立つのを良しとしないからちょっと離れるね?少なくとも地上に出るまでは見てるから」

「了解です」


 あたしが返事をするや否や存在ごと消えるかのように天宮さんがその場から消えた。


 さすが龍炎部隊だ。


 そしてその数十秒後。


「君!こんな所に一人で何してるの!」

「えーと?警察官?」


 ようやくだれか分かる状態まで近づいて初めて近づく四人が制服で警察官だと認識できた。ていうかこの状況でよく線路を渡ってこようと思ったな。


 そして天宮さんもさすがだ。天宮さんもライトを持っていたはずなんだけど警察官を最初から二人ではなく一人だと認識させるかのようなレベルですぐに隠れたのだから。


 さて事故だか事件が起きた駅から一人のか弱い乙女が線路を歩いてきたのだ、普通に考えればそのままホームから地上に出るのが出るだろうと考えるのに線路を歩いてきたことに関して疑問に思うだろう。


 ここで使うのが……美優から学んだ演技である!多分であるがここまでの襲撃、いや電車の件は違うとは思うけど今の状況、天宮さん以外が全員的に見えるのだ。か弱い乙女を演じてもしこの人たちが的であっても少々の油断を誘えばいいのだ。


「すみません霞が関駅で事故が起きてしまって……改札に出ようとしても塞がってたんです!ですから歩いて次の駅を目指そうと」

「あ……そうなんだね。分かったじゃあお巡りさんと一緒に次の駅まで行こうか!」

「はい!でも事故が起きた駅に行かなきゃいけないんじゃ?」

「問題無いですよ、他にも応援は向かっていますから、それに市民を無事に外に誘導するのも我々の仕事です」

「ど、どうも」


 というわけであたしと四人の警察官は次の駅、虎ノ門まで歩いて向かうことになったのだ。


 しかし数分後、あたしの予想はある意味当たったというか……まんま予想通りというか……そんな事態が起きた。


 警察官たちはあたしを四方に囲うような配列で次の駅に向かっていたのだが、ここでおかしい事に気が付いたのだ。


 あたしは別に警察官の服装についての規定について何一つ詳しくはない。自衛官、例えば新入隊員であればあるほど装備を取り付ける位置等は規定で厳しく決まっているはずだ。順先輩が言っていたが、普段着る服に付ける名前の刺繡も付ける位置が明確に決まっているらしい。


 そして同じく規則を重んじる警察官であれば服装の規定は必ずあるはずなのだ。例えば利き手等は知らないが拳銃を入れるポーチや警棒、手錠を付ける位置などだ。なのにこの人たちは各々つける位置がバラバラだった。


 あたしの直感が訴えている……こいつらは警官でなく……『敵』だと。


 やるなら……今だ。


「……ん……んー」


 あたしは伸びをして背中を掻くふりをして背中の銃に手を掛けた。


 だがあたしの殺気に気が付いたのか、それとも後方に居る二人は最初からあたしを襲う気だったのか、拳銃だか警棒だかは定かではないが武器を手に取り構えるような音がした。


 なら……容赦は無用だな?


 スチャッ!バンバン!


「なっ!」

「がっ!」


 腰から抜いた銃をそのままの体勢でまずは後方の二人に一発ずつブラインドファイアを打ち込む。


 別に当たらなくても良い、銃声で数秒動きを止めさえすればよかったのだが……どうやら全弾命中したようだ。


「くっそ……」


 言わせませんよ。


 バン!バン!


 左後ろに撃った反動を利用し、左前、右前と警官もどきに弾丸を打ち込んでいく。前に居る奴を撃っているのだ、それに距離は約一メートルこの距離なら外さない。


 前に居る二人は急な衝撃と痛みで悶えている。どうやら四人が付けている防弾チョッキと思われる物は防刃チョッキだったようだ。だがこの距離なら十分衝撃は伝わるだろう。


 まずは武器を持っている後方二人だ。くるっと回ると膝をついている二人の警官もどきに照準を向けると胸に一発頭に一発ずつ弾丸を放った。


 バンバンバンバン!


 ドサ!ドサ!


 ARAで戦った戦闘員とは違い、痛みに耐えることは出来なかったようで二人は気絶し倒れた。


「クソっ!」


 右前にいた警官もどきが警棒を取り出すと殴りかかって来る。おいおい……舐めるなよ?こちとら銃ぞ?ゴム弾とはいえ少なくとも警棒よりは早いよ?というか奇襲で声を上げるなよ。


 すっ……バンバン!


 速やかに銃を向けると胸に一発頭に一発放つ。


「がっ!」


 男はゆっくりとその場に取れこんだ。あとひと……。


 カチャッ。


 ……あ、完全に油断した。ていうかまだちゃんと判断できる人は居たのね……これ完全に銃だ。


 ゆっくりと左前に居た男に視線を送ると銃を構えニヤリと笑っている。


 どうする?あたしは蘭ねーちゃんじゃねえんだ、この暗さで指の動きで銃弾を避けるなんて芸当は出来ない。それに速度を優先して杖を出さなかった弊害により今更杖を取るような素振りを見せたらズドン……詰みかな。


 ならやるなら一度降伏したように見せて近づいたところで格闘で何とかするか。そもそもろん天宮さんが見えておらず最初からあたし一人という認識で端から襲ってこないということは殺す気はないということだ。


 あたしは両手を上げた。


「……へへへ嬢ちゃん強かったが残念だった……」


 バタン!


 決め台詞を言い終える前に男が倒れた。


 あれ?多分銃弾一発しか撃ってない。気張ったけど途中で力尽きたか?


「いやー間近で見るとアリスちゃん強くなったね!見ててすごく感じたよ!」


 違った。男の後ろに天宮さんがいた。つまり後ろから気絶させたんだ。


「それにしてもアリスちゃんよくこいつらが偽物だって分かったね。俺も気づいたから助けるタイミング図ってたんだけど」

「やっぱりですか……いや警察官ってもっと装備をきっちりしてるって思ったんですけど、こいつら装備の位置バラバラだったので」

「あーなるほどね……それ以外にもこいつらが偽物だって気づく方法があったのよ」

「何ですか?」

「階級章」

「ん?階級章?」


 気絶した警官もどきの階級章を見てみるがある程度見慣れた自衛官のならいざ知らず警察官は一切分からん……とりあえず全員同じの階級章だってことは分かる。


「皆巡査の階級なのよ。基本制服警官って外回りでもこうやって通報で出向くときでも必ず二人以上なんだけど必ず上司が一人以上いなきゃいけないんだよね。この場合だと巡査長……巡査部長辺りが居ないとおかしいわけ」

「あーなるほど」


 つまり全員平の時点でおかしかったわけか。つーか……普段から警察官の階級章なんぞ把握しとらんので分かるわけがない。


「まあ無事制圧したから……こいつらを一応安全な位置で縛って先行こうか」

「はい」


 その後、天宮さんが持っていた拘束バンドを使い、四人を線路の隅に連れて行き全員拘束すると銃の弾をリロードし、今度はある程度警戒しながら虎ノ門駅までの避難を再開した。


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