「……」
ごくごくごく。
何とか無事に駅を脱出したあたしは駅を出て少し歩いた壁で座りペットボトルの水を飲んでいた。
『じゃあ俺はこれで失礼するね。あんまり危険な事に首突っ込んじゃダメだよ?』
そう言った天宮さんは自販機で水を購入しあたしに渡すと、何処かへ歩いて行った。
「いや……別に望んで関わってるわけじゃないんだけどなあ」
霞家の料理と引き換えに手伝うことにしたのだ、進んで関わったわけでは無い。
「さてこれからどうするかね」
本来今日やるべきだった支部の集会参加などもはやあたしの頭からは無くなっていた。まだ愛和の会信者の仕業だと決まったわけでは無いが、もしそうなら支部の集会などに参加などせずに直接原沼の下へ詰め寄る方が早い。
というか正直に言おう……久々にキレているのだ。今すぐにでも愛和の会本部に行って愛和の会そのものを潰したいのである。だが証拠はないし、原沼がどこに居るのかさえ分からん状況だ、動くに動けないのである。
「りす!アリス!」
「え?……は?」
あたしの耳に聞きなれた人物の声が聞こえていたので驚いてその方向を見る。
本来なら集会が行われる周辺で集合だったはずの人物……雪と士郎さんが何故かあたしが降りる気が無かった駅にまで迎えに来ていたのだ。
「えっと……なんでいるんですかね?」
「それよりまずは大丈夫なの?」
「え?ああ、うん問題なよ。一応怪我一つしてないよ、まあマジ切れしてはいるけど……なんでここが分かったん?」
「貴方……龍さんにあたしの番号教えた?」
「はあ?」
質問に質問で返すとは……だがいいだろう。
「教えた記憶ないな……うん、そもそもあたしもあんたの番号知らんし」
「え?じゃあなんで龍さんからこんなメッセージが来るのよ」
「え?……わお」
雪が見せた携帯画面、それを見て驚いた。
『急なメッセージ失礼する。アリスの師匠の龍だ、今日も愛和の会の集会に参加するのだろう?だがさきほどアリスより日比谷線霞が関駅にて列車事故に巻き込まれたらしいと情報が入った。俺の勘だがあいつは無事だ、そして先ほどのあいつとの会話でそのまま霞が関駅の外に出ることは無い、次の駅まで線路を渡ってまで外に出ようとするはずだ。迎えに行ってほしい、よろしく頼む』
マジか……師匠、なんで雪の番号知ってるんだ?確かサチとコウは卒業祝いのパーティーでその場の良く会話するだろう人とは番号を交換した記憶こそあるがそもそも雪はその場に居なかったのだ、番号を知るはずも無いし交換もできない。
……つかあの人、メッセージ打てたのね。
「それとアリスさん霞が関で列車事故と聞いたのですが」
「ええ、電車が脱線して突っ込んできました」
「……良く生きてるわね」
「あたしもそう思うよ」
「そうですね……で、列車事故だけですか?」
「へ?なんでですか?」
「さきほど、ここに来るまで救急車やらパトカーやらが霞が関や他の駅にも向かっているのを見かけたんですが……何故か自衛隊の化学防護部隊の車両も見かけたんですよ」
「化学防護部隊?」
疑問符を浮かべたのは雪だ。
「ええ、自衛隊の生物兵器や化学兵器専門の部隊です。普通の自衛官は戦闘服を着用しますが彼らはガスマスクや防護衣を着て任務を遂行します。その主たる目的は……目に見えない化学兵器や生物兵器への対処です。普通の列車事故では自衛隊もそうですが向かうはずのない部隊ですよ」
「どういうこと?アリス」
まあ別に隠しても意味ないか……ワンチャン愛和の会を潰すために知恵が出るかもしれん。今の所この二人は味方だ。
あたしは列車事故の直前、別路線の列車の中で不審な動きをしていた乗客がいた事を話した。そしてそれは奇しくも旧日本で起きた地下鉄サリン事件で実行犯が行ったサリンをばら撒く行為と酷似していた……それを師匠に伝えていたことなどだ。
それを聞いた雪の表情は青ざめていた。
「あんたもう一度言うけど……よくそんな状況で生きてたわね」
「まあ修行の成果?」
「だからですか」
「ん?何が?」
「先ほどから警察無線を聞いてるんですが……霞が関含め、列車事故が起きていない駅でも体調不良者が続発してると無線が大変な事になってるんですよ。ようやく理解出来ました」
ちょっち待て……何故一般人が警察無線を傍受出来とるん?確か警察無線って暗号化だったり傍受不可能にしてあるって……あ、旧日本と違ってこの日本の警察の無線ってまだデジタル化してない?ああ、なるほどだからか……今回はある意味アナログで助かった。
「それで……今回の件どう見ますか?」
「そうですね……多分……愛和の会によるものかと」
「ほう?根拠は?」
「実は集会で教祖と話した次の日から身の回りで事件事故は起こるわ、今日に限ってはあたしを直接狙うように事故が発生してるんすよ」
「ちょっとなんで言わないのよ!一応調査に協力してもらってるんだし相談してくれても良かったじゃない!」
「いや……全部余裕で回避できてたし、そこまで身の危険は感じなったから……ただまあ今日に関しても……何一つ問題無かったんよ……唯一は列車事故だけだね、だって普通に考えて列車が突っ込んで来るとは思わんやん?」
「まあ……そうね、普通に生きてて車の事故ならありそうだけど、電車が突っ込んで来るってのはあたしでも予想できないわ」
「それも愛和の会によるものだと?」
「さあ?偶々ですかね?さすがに信者でも電車に細工するなんて……どうしました?」
「……ちょっと待っててください」
そういうと士郎さんはあたしと雪を残して何故か虎ノ門駅の中へ入って行った。
十数分後、あたしと雪は色々ありすぎて小腹が空いていたので近くのコンビニでおにぎり等を買うと世間話をしながら士郎さんを待っていた。
ARAの一件から二人きりで話すことがほぼなかったのでいい機会だと思い、雪と世間話に興じていたが、何故か人格が入れ替わったのか?口調もあたしに対する接し方も少し変わっていた。
まあ何があったのか聞くのは野暮だし興味がない。
「お待たせしました」
そこに士郎さんが戻ってきた。
「士郎さんどこ行ってたんですか?」
「ちょっと確かめたいことがあったので」
そういうと写真を見せてきた。
「これは……チェキ?でしたっけ?」
「ああ、アリスさんはご存じないのですね。普通に画質を優先するのならカメラのほうが良いのですが直ぐに中身を見たいのならこちらの方がいいので」
チェキ、正式名称はインスタントカメラだったか、中にフィルムが入っており撮るとその場で取ったフィルムを確認できるものだ。画質は確かにカメラよりは劣るだろうが、その場で撮った写真を確認できると言う利点があるらしい。
まだ主要なカメラがフィルム式で現像に時間が掛かったり、スマホ等が無い時代の旧日本でもあたしぐらいの年代の女性はこぞってこれで写真を撮ったらしい。
そして士郎さんが見せてきたチェキは一枚、何やら首飾りのようなものが映った写真だ。
「アリスさん、この駅に避難してくるまでに誰かに襲われました?」
「え?ああ、警官の服装をした誰かに」
「なるほど霞が関駅へ行く途中で四人ほど拘束されていたので少し調べたんですよ」
「ああ、あたしですねそれ」
「ちょっとあんた!警官を倒したの!?」
「ああ、雪さん問題無いですよ。調べた限り四人の警官は偽物です、ですので身を護る手段としては最適解でした。で……その偽警官たちが身に付けていたのがこれでした、見覚えありませんか?」
「……ありますね、集会に参加していた信者が全員身に付けていたものです。でも色が違う気がします」
「そうですね。集会の際、集会に参加した者に色のついたネームホルダーが配られたのを覚えていますか?恐らくそれと同じ意味でしょう。恐らくですが幹部級の信者の印としてこの首飾りなのでしょう」
「なるほど……つまり……今回の事件は……」
「はい……この証拠だけでは警察としては立件とまでは行けないかもしれませんが十分愛和の会の信者によるものだと判断は出来ます。まあ後は愛和の会本体が関わっている証拠があればですが」
「……士郎さん」
「何でしょうか?」
「今日、行く予定だった集会はキャンセルで良いですか?」
「まあそうなりますね、そもそもここまでの大事になっているんですから集会も中止でしょう?」
「いえ、今から行きたいのは……教祖の所です」
「あんた本気!?今から乗り込む気!?」
「イエス」
先程から愛和の会を叩きつぶす意思は変わっていない。だが動けなかったのは証拠が無かったからだ、確実な証拠もないのに動くわけにはいかん。だが逆に考えればこれだけの証拠で愛和の会が関わっていないと立証する方が難しいだろう。霞が関単体ならまだしも複数の駅で同時多発的に事件が起きているのだ、組織的に動かないと不可能である。
ならばもう動かない選択肢はない。
ただここでも問題が一つあった……今現在、教祖がどこに居るか分からんということだ。三日前の集会に参加していたということは常に本部に常駐しているといことではない、となると教祖を探すところから始めなければならない。
ピリリリ!
その時だ、そんなあたしの思いに応えるかのように携帯にメールの受信を知らせる電子音が鳴った。
「こんな時に……ん?」
「どうしたの?」
『原沼影向、現在富士麓の本部に所在確認。今日一日本部より出ることなし』
マジか。もちろん送り主不明、いったい誰がこのメール送ってるんだよ……しかも欲しいタイミングで送って来る……雪の時もそうだったけど、マジで怖い。
「今教祖は富士山の麓の本部に居ますね」
「なんでそんな事分かるのよ!?」
「秘密」
「そうですか……どうします?私は別に行っても構いません、本部直接乗り込めば誰かしら幹部級の方々はいるでしょうし西大生について分かるかもしれません」
「それはそうですが……でも今からだと箒を使っても夕方、あんた絶対に戦闘になるわよね?」
「まあここまで襲われたんだしそうなるだろうね」
「なら必要以上に魔素使ってほしくないから車の方が良いわね。車の免許は?」
車の免許……ああ、箒に乗るのが楽しすぎてそんな発想無かったわ。そもそも旧日本でも車の免許って身分証として持ってる人も多いからあたしにとって箒の免許だけで充分なんだよね。
でもまあ……いつかは必要になるかもしれんし……取ってみるか……暇だし。
「……卒業してから普段箒にしか乗ってないあたしにそれ聞く?雪は?」
「今ちょうど教習所よ」
「であれば私が運転しましょうか、免許もあります。車はレンタカーを使いましょうか、それに準備等もあるでしょうから一時間後西京駅集合でどうでしょうか?」
「それで大丈夫です」
「あたしも」
「では一時解散としましょう」
そしてあたしたちは愛和の会本部に討ち入りをするため、解散となった。
「あの……士郎さん」
「何ですか?」
「……今日、サチは?」
「ああ……単位等の関係で授業優先にしてもらいました。それに戦闘面も期待できないので」
「あ、はい」
まあ……あの子、基本脳筋だからな……なんで法学部受かったのか今でも謎だし。そういう意味での戦力外か、現実的な判断だ。