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愛和事件 9

 およそ五時頃に西京駅を出発して訳二時間、あたしたちは士郎さんの運転する車で山梨県に来ていた。


 現在時刻、19時過ぎ、なぜこんなに時間が掛かっているのかと問われれば簡単に答えられる。今の旧日本だったら車にカーナビはついているだろうし、無くてもスマホとかの道案内アプリとかで容易にルート検索が出来るだろう。


 だがこの日本の車にはそもそもナビが付いていないし携帯でナビが出来るソフトなどもちろん使えない。そもそも位置を把握できるシステムであるGPSがそもそも開発されていないので現在位置を知りようがないし、コンピュータによるルート作成機能すら存在しないので目的地に着くには何とか地図を見るしかないのだ。


 つまり車が山梨県の高速を降りた時点で頼れるのは助手席に座って必死に地図とにらめっこしている雪だけなのだ。


 因みにあたしは後部座席で準備の際に買ってきた飲み物とガムで山道の粗悪な環境による車の揺れからこみあげてくる酔いによる気持ちの悪さを必死に耐えることで精一杯なので地図なんてものを読む余裕など存在しない。というかもしこの状況で地図なんぞ読んでいたら確実に車内が悪臭で満たされることになる。


「アリス」

「……なんでしょ?」

「さっきから静かだけど大丈夫?」

「だい……じょうぶ……酔いと戦ってるだけだから」

「申し訳ありません、免許を持ってるとはいえ私もあまり運転がうまいわけでは無いですし知らない道ですから」

「気にしないでください。多分体質なので」


 今思えばあたしはこの世界で車に乗った時、大抵眠っていた記憶しかない。何故か車に乗ると眠くなるのだ。もしかしたら初めから酔うから本能で眠気が生じているのかもしれない。


 ていうかそもそもの問題で今通っている道が悪路なのだ、自衛隊が使ってるトラックでない限り誰が運転してもこの揺れは発生するだろう。


「酔って戦う気力が無くなったら困るのだけど」

「それは無いね」


 今回の襲撃であたしはもう愛和の会を潰すと決めたのだ。やられたらやり返す……倍返しとは言わない……すべてを叩きつぶすまで暴れるのは決定事項だ。例え、敵の目の前で吐こうがあたしは目的を遂行する。


「あいつらの前で吐いてでもぶっ潰す」

「……あたしにつけないでよ?」

「善処は……するよ」


 それより……あたしと共に後部座席にあるものがどうしても気になる。


「この……木刀は……士郎さんのですか?」

「はい……私は剣道と居合を少々嗜んでいるんです。本当は真剣を持ってこれればよかったのですが、さすがに道中で職質に会うとまずいので木刀です」

「なるほど」


 つまりこの三人で本当に戦えないのは雪だけか……雪だけならまあ守れるかな。


「因みに腕前の自信は?」

「ははは……本気で人と相対したことが無いので判断出来かねます、ですが龍さんに比べればまだまだです」

「……なんで師匠の剣術の腕前知ってるんですか!?」

「え?知らないんですか?日本のある程度剣術を学んでる方たちは龍さんの刀の腕前だけは知ってますよ?時々龍さんが適当な道場に出向いては刀を交えているのは有名な話ですから。まあ私の場合はまだしてもらったことは無いのですが」


 なるほど……神報者としての仕事の傍ら、暇があれば他の剣術家と試合をしてるのか……まああの人の事だ、何となく想像はつく。


「もう少しで着きますね。次の分岐を右に曲がれば数百メートル先です」

「分かりました」

「じゃあ曲がったらすぐに車を止めて歩いて行こう、もう暗いし車のライトでばれる危険がある、なるべく気づかれずに近づきたい」

「その方がよさそうですね……では止められる場所があればすぐに止めます」


 数十秒後、車が右折すると何故か用意してあったかのように少し開けた車を止めておくには十分なスペースの場所が見つかる。士郎さんはそこに車を止めるとエンジンを切った。


 あたしは戦闘用に腰ではなく、レッグホルスターにしまってある銃を確認すると、戦闘モードに入るため、髪の毛を縛り帽子を被った。そして車から降りると、念のため認識阻害の魔法で車を隠し、あたしたちは目的地へ向かった。



 車から数分歩いていたあたしたちだが運が良いのか悪いのか……想定外の物が目に入って来た。


「一応、魔法で見えない可能性を入れていたのですが……これはいい意味で誤算ですね」


 そう、目の前に現れたのは……富士山の麓に作られたにしては不釣り合いすぎるほどコンクリートで作られた建物群だった。周りをフェンスで囲っているのも相まって何も知らない人がここに訪れたら一発で宗教施設とは答えられないだろう。


 ていうか……何かの工場って答える人がほとんどではないか?


 まあ昨日までは隠す必要が無かったのだ。もしかしたら魔法で見えなくするという発想すらなかったかもしれない。そもそも呪文を知らないという可能性もあるっちゃあるけど。


「では……軽く偵察としましようか」


 士郎さんがそういうとあたしたちは見つからないように少しうっそうとしている森の中に入るとそこから施設に近づき潜入できそうな場所は無いか観察し始めることにした。


 数分後。


「……これもある意味誤算と言えば誤算ですが……」

「そうですよね」


 ここまでの大きな施設なら普通に考えれば警備をしている者がいてもおかしくないのだが……ていうかあれほどの事件を起こすイコール何者かが襲撃に来る可能性を考えてもおかしくないのに……何故誰もいないんだ?


 もしかして……本来本部に居るはずの人ですら今回の事件で駆り出されているとか?だとしたら……逆に今日だけは……最低限の人だけで誰もいない?あれ?チャンスじゃね?


「もしかしたら今日の事件の為に相当数の信者が駆り出されている可能性がありますね。だとしたら今本部に居る人数は普段より少ない?」

「そうみるのが妥当ですね。誰も事件が起きた今日、ここに来るとは想定してないのでしょう……ある意味チャンスです」


 そうなると問題は侵入経路だ。


 いくら森の中、ある意味田舎のような場所で普段人が来なかろう場所とは言え、ご親切に鍵が開けていてはくれないだろう。あの事件を引き起こそうと考えたのだ、万が一のことも考えているはずである。


 ブーブーブー。


「あ?」


 どこから侵入するか考えていた時だ。また携帯がメッセージを受信したと知らせた。


 さすがに場所が場所なのでマナーモードにしていたけど……この状況でも結構気づくもんなのね。


 メッセージを確認する。


『最終報告。入り口より左側、第一倉庫の裏口より内部に施入可能。なお教祖の場所、把握できず。ご武運を』


 さて……ある意味この状況で最高の情報だが……この送り主は何故ここまで把握してるのだろうか。雪の情報を送ってきた人物と同じ番号だ、つまりこの人は雪の居場所を簡単に把握できるかつ、愛和の会本部の内部まで精通している人物……ますます何者か分からなくなる。


「……入り口入って左側の倉庫の裏口から入れます。行きましょうか」

「ちょっと待って!なんでそんな事分かるのよ!」

「……雪さんや」

「なによ」

「……どうしてあんたが行先を告げずに行ったクラブの場所分かったんだろうね」

「……!」


 今更だがそういえばという不審な表情でこちらを見てくる雪。……そんな顔で見てきなさんな……あたしだって気味悪いんだから。


「あんた……もしかしてエスパー?」

「そんなユニークだったら今ここにおらんわ」

「所で……クラブと言いましたか?雪さん、あなたまだ未成年では?」

「……え?あー……気のせいでは?アリス?そんなこと言ってないわよね?」

「……ステア時代のクラブ活動の事です」

「なら良いのですが」


 雪があたしに向けて絶対にあのことを言うなという視線を送りつけてきた。……安心しなさいな、この状況で特に言うメリットがないんだ、言うわけなかろう……それ以降は……状況による。


「入れる場所があるのならさっさと行きましよう、ここに居ても意味はありません」

「イエッサー」


 侵入可能な場所が判明した今、ここに留まっている必要はない。あたしたちは見つからないように内部へ潜入を開始した。



 多分、正しければ第一倉庫の裏口前、監視カメラが存在しないのかは知らんが何とかカメラに発見されることなく裏口までたどり着いた。


 士郎さんはあたしが位置に付いた反対側に陣取りあたしが合図すればいつでもドアを開けられるように待機している……ほんとにこの人法学部の大学生か?慣れすぎでしょ。


 銃の最終チェックを完了すると、士郎さんに目線で合図を送った。


 ガチャ。


 士郎さんがゆっくりとドアを開けた。米軍の特殊部隊のように一気に開けるのでは無い、これは簡単だ、内部構造が何一つ分かっていないのだ、まずは開いた部分からクリアリングをし安全な範囲を拡大するのである。


 少しずつクリアリングをしていくがどうやら倉庫に人は居ないようだ。


 あたしは士郎さんに合図を出すとそのまま中に突入した。




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