中は学校の教室一部屋分の広さだった。壁には金属製の棚が設置されておりここで使われている食材等が置かれているのを見るとここは食材の倉庫なのだろう。
「これは……倉庫?」
「冷凍庫等などが無い所を見ると常温保存出来る保存食が置かれているのでしょうね」
「まあこれだけの規模の施設だし、普段使う食材以外にも備蓄はあるわな……ん?」
「どうしたの?」
「多分……足音だ。こっちに誰か来るかな」
「少し隠れましょうか、ここが目的地なのかは定かでは無いですが変に見つかることは避けたいですから」
入り口から正面にある戸棚の裏にあった布が掛けられた木材……なんでこんなものがあるのか知らんがちょうどしゃがめば十分隠れられる場所に身を隠した。
十数秒後、男性信者がこの倉庫に入って来た。恐らく仲間たちで食べる食べものを取りに来たのだろう。
だがこれはチャンスだ。今のあたしたちはこの建物に関する情報がゼロだ。あいつを生け捕りにすれば多少の情報は手に入るだろう……詳しい建物内部は無理にしても、教祖の場所が把握できれば御の字だ。
あたしは銃を仕舞い杖だけを構えた。ナイフを使う手もあるがもしも暴れて切ってしまい悲鳴を上げられては困る。杖だけなら構えるだけでもこの世界の人間なら十分脅しにはなるだろう。
「なるほど、援護しましょう」
士郎さんもあたしの狙いを察したのか木刀を構えた。
よしこれで問題ない。士郎さんと二人で目線で合図を合わせて立ち上がろうとした……瞬間だった。
ビュン!
「へ?」
「あ?……がっ!」
ドン!ガシャーン!
どこからともなく現れた風の魔法は男性信者の下へ真っすぐ飛んでいくと綺麗にヒットした。そして信者が吹き飛ぶと棚に衝突し気絶、棚に置いてあった缶詰やらがガラガラと床に転がる。
「……」
「……」
あたしと士郎さんはゆっくりと、風の魔法を撃ったとみられる……雪をドン引きしながら見つめた。何故か当の本人はドヤ顔だ。
「……雪さん……何してらっしゃる?」
「あら?あたしも月組とはいえステア出身よ?これくらいは出来るわ」
「……そういう意味じゃないんですけど!?あたしが何をしようとしてたか察してらっしゃらなかった!?」
「あの男を倒そうとしたんじゃないの?」
「ちゃうわ!あいつを生け捕りにしてある程度の情報を得ようとしたんじゃい!」
「でもARAの時は真っ先に倒していったじゃない」
「そりゃあそうでしょ!あの時は事前にビル内の構造をある程度知ってましたし?協力者もいたから集中するのは敵だけだったんだよ!今はこの施設の情報なし!教祖がどこにいるかも不明!ならまずは最低限の情報を得ようとするのが普通でしょうが!というか寄りにもよって風魔法で打ち抜くとは……」
「問題がおありで?」
「あいつ吹き飛びましたよね?思いっきり棚にぶつかりましたよね?結構大きな音なりましたよね?仲間が誰もいないはずの倉庫から大きな物音と悲鳴を出したらどう他の信者たちは思いますかね?」
「……あ」
なるほど雪の頭の中の接敵時の対処はARAの時から更新してらっしゃらないと……つまりサーチアンドデストロイのままと……連れてくるやつ間違えたかな。
「あの、喧嘩している所あれなのですが」
「ん?」
「入り口の通路側から足音です、人数は不明ですが」
「……Oh、もう一度隠れよう」
もはや倒れている奴を隠す時間もない。今は隠れて仲間が倒れている奴を何故か急に錯乱して棚に激突したやばい奴だとかに勘違いすることを祈ろう。
十数秒後、四人ほどの信者が倉庫に入って来た。
「……ん?おい!お前どうしたんだ!」
一人が倒れている信者に声を掛けるが反応はない。そりゃそうだちゃんと風魔法が命中し棚に激突したのだ、軽く十分以上は気絶するだろう……まあ撃ったのがステア出身とはいえ雪なのだ……死んでないだけありがたいと思ってほしい。
というか……今の信者の驚きの声からぞろぞろと信者が倉庫に入って来た。手鏡で軽く人数を把握したが……軽く十人以上はいる……君たちそんなに必要?
そしてそれ以上に驚くべきことが判明する……全員、アサルトライフルを持っていたのだ……しかもAK。おいおいおい、旧日本では考えられない風景だよ!ただの宗教団体の信者がAKなぞ持ってるもんか?やはり旧日本の価値観とは少し……いやだいぶ違う。
AK、この世界では始めて見たな。旧世界でM4と対をなすように存在するある意味命銃だ。M4が機能性を売りにしているのならばAKはいつ壊れてもすぐに直せる銃だ。
確かに自衛隊や旧世界のような軍隊ではなく、いつでも整備できる環境が無いこういう団体では部品数が無くてメンテナンスしやすい銃の方が良いのかもしれない。
うん……そんな事言ってる場合じゃないな!
「さて……どうしたもんか」
「ARAの時みたいに全員倒してしまえばいいじゃない」
「……あのさあ、相手の人数だけ見てもARAと比較できないでしょ?しかも全員銃持ってんだぞ?あたし一人でどうしろと?」
「士郎先輩がいるでしょ」
「雪さん、申し訳ないですが私は戦えませんよ」
「え?」
「この状況、アリスさんが戦うということは私はあなたを守ることに徹しなければなりません。あなたにはアリスさんほどの戦力は期待できないんですから。となると現在アリスさんの戦いを躊躇する気持ちは分かります。この人数、どれだけアリスさんが強くても一発食らう危険がありますから、一発でも食らえば終わりですよ?」
「……そうですね」
分かってくれたようで何よりです。
「おいお前!そこの裏を見ろ、誰かが潜んでいる可能性もある」
「はい!」
……ですよねー、そう考えるのが普通ですよねー。
「どうするのよ!」
「……」
あたしは銃を取り出し、杖を手に取りながらARAで学んだ戦い方であるスタングレネードを取り出した。ここまで来ればやるしかない、何とか最低限被弾しないようにまずは全員の目を潰して……うん何とかなるか?
「アリスさん、ここまで来れば私も協力しますよ。雪さんを守りつつではありますが何とか援護します」
「あざす」
さあ……もう引くことも出来ない。ある意味人生で一番の修羅場だ。
意を決してスタングレネードのピンを抜こうとした……その時だった。
ダンダンダダダン!
「ん?」
「何だこの音」
突如入り口方面から聞こえてくる音にあたし含めた全員が注目した。
そしてその音は徐々に近づいてきており、それが何かしらの音楽だということが分かった。どうやら映画で流されたことで戦場で流す曲として有名となったクラシックでもJ-popでもない……クラブ等で流す曲だった。だが不思議かな、あたしはこの曲を知っている……それもこの国ではなく、知識の中で知っているのだ……曲名知らんけど。つまりこの曲は旧世界の曲……なんでこっちに入ってきてんだ?
「信者が驚いているところを見るに……ある意味予想外の展開……かな?」
「そうですね。ですがこの音の正体を見てみたいという気もします」
「皆があっちに集中している間裏口から逃げるという選択肢はないのね?」
「入って来た所から出てどうするよ」
そして音楽が恐らくサビ前に来ると思われた時、音楽を流している人間が倉庫に入ってきてその正体が明らかになった。私は手鏡を使い何とかその正体を確かめようとした。
「……うっそ」
なんと、音楽を流しながら倉庫に入って来たのは……信者の格好をしサングラスを掛け何かを布を被せ置いてあるカートを押しながら歩いてきた天宮さんだった。
おいおいおい!ここまで来ると偶々来ちゃったとか言えないよ?なんでここに居るんすか?なんであたしがここに居るって知ってるんですかね?師匠か?でも師匠はあたしの無事だと思ってるだろうし、そもそも師匠にはここに来ることを伝えていない、天宮さんもそうだ。
どうやって知ったのだろうか。
「おい!お前ここの人間じゃないな?何者だ」
信者が天宮さんに銃を構えながら尋ねるが、当然天宮さんは答えない。だがその代わりに天宮さんは乗せていたカートに掛かっていた布を取り払った。
「……!」
声こそ出さなかったが驚いた。カートに乗っている代物……それは軽機関銃だった。
知識が正しければM249軽機関銃、旧世界の米軍で正式採用されている個人携帯できる機関銃だ。口径は知らん。何しろこの世界の小銃……つまりアサルトライフルの銃弾は自衛隊が使っている89式でも6.5ミリなのだ、軽機関銃となれば何ミリなのか普段使わないので知ることが無い。
天宮さんはあたしにだけ分かるように口の動きで『頑張って避けて』とだけ言う
「やっばい!二人とも杖を前に構えて!」
「え?」
「どういう……」
「いいから!」
あたしは杖を前に構えると二人の杖をお互いあたしの杖から少し外側になるように角度を調節し構えさせた
信者たちは全員最初何か分からなかった様子だが天宮さんが銃を手に取りチャージングハンドルを引くと、本能かすぐにそれが銃であると察し銃を構える。だがすべてが遅かった、音楽がサビに入った瞬間、天宮さんが引き金を引いた。
ババババババババ!
軽機関銃から無数の無慈悲なる銃弾が発射された。
「ぎゃっ!」
「助けっ!」
「あああ!」
全員、銃で反撃するなどという考えは軽機関銃が弾を吐き出し始めた時点で吹き飛んだのだろう、短い悲鳴を出しながら次々と信者が銃弾で倒れていく。
「アリス!」
「なんぞ!」
「銃は後ろから撃たれているのよ!何で前に杖を構えるのよ!」
「背後はこの……木に託す!問題は跳弾する弾だ!こんな狭い空間であんなもんぶっ放してみろ!弾が全部貫通するわけじゃないんだよ!壁で跳ね返る可能性があるんだ!念のために杖を前に構えるのよ!」
「なるほど!」
と言ってもこの銃の発射が無限に続くわけでは無い。例によって弾が入っているボックスが魔法によって拡張されているのは当然だろうが、どの銃だろうが撃ちまくればバレルが熱くなって使い物にならなくなる……つまり限度があるはずなのだ。
それに敵がいないのに銃を撃っても意味が無い。つまり天宮さんが銃を撃たなくなった時が敵が一掃された合図だ。
数十秒後、先ほどまで超絶うるさかった倉庫が嘘のように静かになった。どうやら天宮さんの掃討が終わったようだ。
「……うーんまだ耳が……」
「これは……花火とかより凄いですね」
「あたしは慣れてるけど」
「これに慣れるのは遠慮しておくわ」
「……あんたの場合はその方が良いかもね……おっと……わお」
あたしは静かになった倉庫の……先ほどまで信者たちがいたであろう場所に移動したのだが、想像以上にひどかった。
普段映画やドラマ、アニメだと銃で撃たれた人は五体満足状態が普通だが、リアルはそうでないようだ。軽機関銃の口径を知らないが……これは酷かった。腹部ならまだしも腕や足が吹き飛んでいたり、ひどい場合頭の上半分、つまり脳そのものが無くなっている元信者も多数いる。
地獄絵図という言葉がぴったり合う状況だ。
天宮さんは龍炎部隊所属として法的に自衛隊や警察が介入出来ない任務に駆り出される以上こういう場面に多く対面するだろうし、軽機関銃をぶっ放せばこうなることは早々に予想できるだろう。それなのに躊躇なく引き金を引いたのだ……天宮さんの見方を少し変えなければならないかもしれない。
「……ひどいわね」
「まあ銃で撃たれればこうなるでしょ?」
「そうですね」
「うっぷ」
「吐いても問題無いよ?」
「ここで粗相をするわけにはいかないわ」
「さいですか」
血で濡れていない場所がないのではないのか?というレベルで信者だったものがそこら中にある中なんとか入り口まで歩いていくとあるものが置いてあった。何かが書かれた紙だ。
『教祖の場所』
文字だけはこれだけであとは教祖がいる場所が地図で記されていた。天宮さんの各自を知らんのでこれが天宮さんが書いた物かは知らないけど機関銃をぶっ放していたのは天宮さんで間違いない以上、これはあの人が書いた物だろう。
「これは……教祖がいる場所ね。あの銃を撃っていた人信者の服を着ていたみたいだけど、あなたの協力者?」
「まあそんなところかな?」
なるほど、あたしだけが見るならまだしも雪や士郎さんが見る可能性もあるから名前を記すことは出来なかったのか。雪や士郎さんから見たら愛和の会の信者の一人であたしの協力者にしか見えない、だけどあたしにだけは龍炎部隊の天宮さんによるものだと確信できる……上手いもんだ。
「なら場所も判明したんですから行きましょうか、ここに長居する理由もありませんし」
「そうですね」
あたしたちは地図を頼りに倉庫を出発した。