「申し訳ありません、アリスさん」
「え?なんですか?」
地図を頼りに教祖のいる場所へ向かっていた時だ、突然士郎さんが立ち止まった。
「ここからは別行動としましょうか。雪さんはこちらに」
「え?あたしはアリスについて行きますよ!」
「いえ、我々とアリスさんの目的は違うんです。この施設に来るという目的は一緒でしたが、ここまで来ると目的地は違います。アリスさんは教祖に今回の事件について詰め寄ること、そして私たちは失踪した西大生を見つけることです」
「なら同じく教祖に問いただせば!」
「いえ、恐らくですが私の勘が正しければ……教祖に聞いても無駄です。それに先ほどの信者だったものの服から地下に行くための地図やら鍵が出てきたのでそちらに行っておきたいんですよ。それに私の勘が正しければ教祖に会いに行ったら十中八九戦闘になりますよ?」
「……うっ。ていうかいつの間にあの遺体を漁ってたんですか!?不謹慎過ぎません!?」
「いいですか?ご遺体に憐れみを向けるのも重要ですが、同時にご遺体が重要な情報を持っていることも多々あるんです。ですから警察官が遺体を動かさないように指示するんですよ。後アリスさん」
「へい」
「先ほどの信者が持っていたものです」
そういうと士郎さんは何かを渡した。そう……地下鉄であたしを襲った偽警官と同じ首飾りだ。
「写真も一緒に渡しておきます。これだけあれば複数の駅で起きている事件の証拠にはならないかもしれませんが、あなたを襲った偽の警察官が信者だという証拠にはなるでしょう」
「分かりました」
「では雪さん参りましょうか」
「はい……アリス気を付けなさいよ?」
「分かっとるわ」
そういうと、士郎さんと雪は地図の場所に向けてあたしとは別の道へ歩いて行った。そしてあたしは変わらず天宮さんの地図通りに教祖がいる場所へ歩みを続けた。
「まあ……こうなることは目に見えていたけども」
雪たちと別れて歩くこと十分程度、私は地図通りに来たはずだが……迷っていた。まあしょうがない現代人のあたしにはグーグルマップは見慣れているけど、紙の地図を見る習慣など無いのだ。
え?久子師匠に地図の読み方教わってないかって?ははは!確かに山籠もりをしていた時もありましたけど基本的に方角さえ分ければそっちに歩けば良いんじゃね?を基本姿勢にしてたんだ!教わるわけなかろう!護身術に地図を読むなど無い!
まあ今更そんなこと言っても仕方がないので、倉庫入り口から見た時の教祖の部屋の方角にとりあえず歩き続けることにした。
「……まあ、奇跡って起こるもんなんだな」
探し続けること数分後、明らかに他の部屋の扉とは違う装飾が施されている扉を見つけた。恐らく、教祖の部屋ではなく、信者が教祖と一同に会するホールの扉なのだろう。
「他に行く当てもありませんし……行きますか!」
あたしは銃と杖を構えると、思いっきりドアを蹴り開けた。
ドン!
ドアが開くと同時に内部へと侵入したあたしは色んな意味で驚愕した。中に居たのはあたしが思いっきり入室したことで警戒のためか杖をこちらに構えた信者と驚きの表情を見せている教祖の原沼、そして……。
「アリス、何してんだ?お前」
何故か師匠が居た。
「……いや、なんで師匠がいらっしゃる!?」
「ん?前回あった時に言われたろ?いつでも来てもらって良いと、だから来た」
いやいやいや、そんな友人の家に遊びに来ましたみたいな口調で言われても。
「アリスさん、来ていたのであれば言っていただければよろしかったのに、お迎えに行ったのに」
しらじらしいな。
「原沼さん、今日は別に遊びに来たわけでは無いんですよ。今日……ていうか数時間前、あたしは地下鉄に乗っていましてね、そしたらいきなり電車が突っ込んで来るっつー事故に見舞われたわけですよ」
「ほう!けがは無かったんですか?」
「まあ幸い……ですがね?通路が塞がっていたので次の駅まで線路を歩いたんすけど……そこで愛和の会の信者に襲撃されたんすよ!会長……教祖としてどう説明してくれるんですかね?」
「……!」
その事を聞いた原沼は驚いていた。……いや何も聞かされていなかったというような表情だ。代わりに何故か幹部と思わしき信者共が何かひそひそと話している……まるでなんで生きているかという具合だ。
「その襲撃者が信者であるという証拠は?偶々私と話したから関連付けたとなると証拠として……」
パサッ、ころころ。
あたしは偽警官が付けていた首飾りの写真と、先ほどの信者だった者たちが付けていた首飾りを教祖の前まで投げつけた。
「あたしを襲った偽警官……妙な首飾りを付けていました、これはその写真です。そして先ほど歩いていた信者の方から拝借した首飾り……どうも色は違いますが、同じものだと判断出来るでしょ?少なくともあたしを襲ったのは信者であるとこれで証明できると思いますが」
「拝借?まさか先ほどの銃声は!」
「え?ああ!あたしじゃないですよ?親切な方が機関銃ぶっ放してくれたんで!」
「ほう?原沼殿、神報者付を信者が襲ったと……アリスが言ったことが確かなら上司として……師匠として話を聞く必要があるな……どうだい?原沼殿」
「……」
「それともう一つ」
「まだなんかあるのか」
「日比谷線霞が関駅周辺の駅でも事故発生時、化学薬品のようなものが撒かれたらしいです。それによって多数の体調不明者が発生していると、私はちょうど見てしまったんですよ車両事故が発生する直前薬品を巻こうとしていた者を、信者とかじゃないですよね?まあこちらに関しては証拠がないので何とも言えませんが」
「ならそっちは警察に任せればいい、今の問題はお前が襲われた件だ。こっちは十分証拠があるんだからな」
「……それに……」
「私がご説明しましよう」
教祖が口を開こうとした瞬間割って入ったのが五人ほどいる幹部信者の中でも周りの反応でリーダー格と思われる信者だ。
「どうやら手違いがあったようです。教祖様が言っていたようにアリス様をここにお連れしたいと言っていたのでどうやってお連れしようか悩んでいたのですよ」
「へー!じゃあ愛和の会は招待しようとしていた人間を襲って気絶させたうえでここまで連れてくるのが常識だと?」
「いえいえ!それこそ手違いだと言ってるんですよ。私どもも丁重にお出迎えしてくださいと指示したはずなんですが、伝わってなかったようです。完全にこちらの不手際、謝罪いたします」
「……一応聞きますが薬品散布については……」
「やっていませんよ?何しろわが会がやったという証拠が……」
「あるわ!」
突然入り口から聞きなれた声が聞こえる。振り向かなくても分かるが一応振り向くとそこに居たのは雪だった……右手に何かを握りしめて。
「わー雪さん、意外に早いお越しで」
「あんたこそ、もう戦闘が起きてると士郎さんが予想していたんだけど!?」
「……すまん!道に迷った!それで?目的は果たせた?」
「ええ、完璧よ。士郎さんのお陰でね。ついでに面白いものを見つけたからある意味薬品散布の証拠にもなるでしょう」
「……そちらの方たちは……」
「友人の西宮雪です」
「そんなことはどうでも良いわ!これを見なさい!」
そういうと雪は右手に握っていたものを全員に分かるように見せた。それは何か液体のようなものが入った小瓶だった。だが同時に今まで余裕の顔を見せていた幹部信者たちの顔に焦りと驚きの表情が見え始める。
「貴様!それをどこで!」
「あら?この施設の地下研究施設で見つけた物ですけど……中身は何かしら?劇薬?それに地下の研究所には実験体だったのか西大生が数多くベッドで眠っていたわ……死んだように」
うん……雪の言い方だと……多分死んでるんですね、それ。
「士郎さん曰くだけど、恐らくこれは魔法科学薬品の一種、空中に散布すればものの数分程度で皮膚や粘膜から体内に吸収され、呼吸困難を引き起こし、最終的には死に至る劇薬だと言っていました……何故こんなものがこの施設にあるのかしら」
いや以上に多分資料とかあったとは思いますけど、何で士郎さんは見ただけで判断出来たんですかね?ていうか……サリンの事をよく知らんけど……サリンより凶悪では?
「あははは!勘違いですよ!それはあくまで治療薬です!治験の為に西大生の方たちには協力してもらってるんです!ちゃんと協力金まで払ってます!」
「でも西大生は死んでるんじゃ?」
「あくまで治験ですからね、失敗も起こりえます、不幸なことですが……」
「それはあり得ませんね」
「ふぁ!?」
今度は士郎さんが入り口から現れた。今度は何も持っていない……一応腰に木刀は挿しているけど。
「また増えましたか」
「士郎さん」
「自己紹介は省きましよう、あなた……治験とおっしゃってましたが」
「そうですが?」
「知ってますか?治験を行うには厚労省……つまり薬事法に則って厚生労働省に届を出して許可を受けなければなりません。念のため厚労省に確認をしましたが愛和の会含め関連団体が治験届を出した記録も許可を出した記録さえもありませんでした」
さすが法学部!
「ですが厚労省が更新してない可能性は?役人ですから手を抜いている可能性も」
「無いですね、厚労省の中でも薬事法……薬関連は人の身体に関わる重要な法律です。もし良く分からない治験に許可を出して何か問題があったらそれこそ責任問題となりますから逆に役人は厳しく審査するはずです。それに見たところ発見できた十人中十人が死ぬような薬の治験に厚労省が許可を出すとは思えません」
「……くっ」
先ほどまで余裕の面を見せていた幹部信者は最早余裕の欠片も無い表情だった。
「それにです、今回使われた薬品はかなり独特な生成法で作られたもので類似品が存在しません。つまり今自衛隊が各駅で採取している薬品と一致すれば逃げも隠れも出来ない証拠になりますよ?」
「……君たち」
もはやどっちが悪者だというレベルで不安そうな表所をしている教祖に比べ、信者たちは最早詰という表情をしている……士郎さんが言っていたようにマジで今回の件、教祖は知らなかったのかもしれん。信者の暴走か?
「ふふ……ははは!」
突然幹部信者が笑い出し、杖をこちらに向ける。
「そこまで知られてはもう帰すことはできないな!死ね!」
テンプレかよと思ってしまうレベルで幹部がお決まりのセリフを言い放つ。
そして信者が炎の魔法をあたしに放った……馬鹿なのか?つーか……良いんだな?やっちゃうぞ?
ていうか……ステア出身のあたしに魔法で勝負するとは……師匠が普通に会いに来たから銃を持てなかった影響もあるだろうが、それでもあたしに魔法で勝負は駄目だろ。
あたしは炎の魔法を軽々と無効化するとダッシュし、一気に信者に近づいた。驚いた信者はあたしに杖を向けようとするがもう遅い。
バンバンバン!
速やかに胸に二発頭部に一発打ち込んだ。
「アリス!」
雪も加勢しようとする。
「駄目ですよ」
だがすぐに士郎さんが止める。
「何故です!」
「いいですか?あなたはステア出身であるだけです。つまり基礎魔法が使えるだけ、それに比べてアリスさんはそれを技として技術として使いこなせています、こういう場面では意味がありません。それに龍さんを見てください、彼も戦えるはずですが状況的にアリスさんに任せた方が良いと判断して刀すら抜いていません」
「確かに」
いやいやいや!師匠は戦ってくださいよ!あれか!自分自身は攻撃を受けてないから戦えないってか!ふざけんじゃねえぞ!一応刀を抜いて戦う意思くらいは……あ、もう終わった。
バンバンバン!
最後の一人に銃弾を撃ち込んだ所で戦いは終了した。……うんこれ師匠いらなかったわ。
教祖に銃を向けた。
「原沼さんよお……ある意味手詰まり状態っすよ?これはあたしの考えっすけど……部下が暴走したんでしょ?なら正直に話せば……ん?」
あたしが言い終わる前に無表情になった原沼が奥にあった本棚から何か本を取り出した。多分……愛和の会が使っている聖書関係か?
原沼はそれを開くと杖を中のページを挿すように構える。
「フィシーロ《吸収しろ》」
「あ?」
原沼が何かを唱えた瞬間だった。先ほどあたしが倒した信者たちがいきなり闇の魔素となった。