「……がっ!ごっ!あああ!」
バイオハザードをプレイしたことがある人間なら誰でも思う疑問があるはずだ。何故Gウイルスを摂取した悪役が質量保存の法則どこ行った?というレベルで何故巨大化するのか。
あれにも諸説あるが、一説によれば人間というのは細胞分裂をし成長する生き物であるため赤ん坊は細胞分裂で大人に成長するらしい。だが人間の体を保っているのは遺伝子の中に人間としての形を保つための設計図のようなものがあるおかげだという説だ。
その設計図がウイルスによりぶっ壊され、無制限に細胞分裂が始まるから人間としての形を保っていられず巨大化し、化け物になるんだとか……まあ一説なのでホントの所は知らん……あくまでゲームの設定だ。
だが目の前の闇の魔素を取り込んだ原沼はたった十数秒苦しんだ後、服がはじけ飛び、バイオの化け物のように巨大化していった。
思い出すのは師匠と初めて戦った闇の魔人だ。
「だから言ったんだ。闇の紋様を付けていない人間が闇の魔素を摂取しても制御できるわけがない、あいつと契約した闇の魔法使いはそれを教えてなかったのか?」
「恐らく教えるつもりだったが、本人が飲むのを躊躇していたのでしょうね。そして儀式の必要性を教え忘れていたのも知れません」
「ていうか師匠、敵のはずなのに、飲むなとか紋様が無いと意味が無いとか教えてあげるなんて優しいところあるじゃん」
「違うよ、ただの闇の魔法使いならまだ言葉は通じるからな、脅しだろうが拷問だろうが通用する。だが闇の魔人に成っちまったら言葉も交渉も通じないんだよ」
「あー……そういうことか」
「それで?どうします?さすがに想定外です」
「……」
師匠は原沼だったものをじっと観察すると、まだ生成過程で襲ってこないだろうと踏んで士郎さんの方を見る。
「御門士郎だったか?西宮雪を連れて今すぐ正面玄関に逃げろ。現状、お前たちの手に余る。それにもう少しで警察が来るはずだ」
「え?通報してたの?」
「ああ、林から自衛隊のなんちゃらっつー部隊が撒かれた薬品のサンプルを入手したから警察に頼んで家宅捜索するはずだったんだ。俺はそれまで教祖が逃げないように時間稼ぎをするはずだったんだがな」
「ということは……正面玄関にはもう警察が?」
「ああ、到着してるだろうな。そいつらに保護してもらえ、あと事情を説明して突入を少し遅らせろ。この獣人は俺とアリスに任せろ」
「大丈夫なんですか?」
「安心しろ、過去にも闇の獣人を俺とアリスで討伐した経験はある。問題無いよ、それより玄関へ急げ」
「……分かりました。アリス……気を付けてね」
「了解」
士郎さんと雪は師匠に言われたように玄関へ急いでいった。
「さてと……」
師匠は聖霊刀を拭き直すとちょうど生成が完了した闇の獣人へ刃を向ける。
「アリス」
「ほい」
「女島から聖霊魔法はちゃんと習ったんだろうな?こういう場面で使えないと意味ないぞ?」
「問題無いよ。ちゃんと頭に入ってる」
師匠に連れられてから定期的に女島さんにはちゃんと聖霊魔法の授業をしてもらっていた。だが消費する魔素の関係から第四魔法はほぼ使ったことは無いけども。
「さて誰もいないな?アリスは居るがいいだろう、原沼前言えなかったことを今言ってやろう。もう意識も無いだろうが聞くことは出来るだろ?」
「……?」
「俺はな神報者……神道の最高司祭である帝の助言者ではあるが……一度たりとも神を信用したことは無いし、信じたことも無い」
「……はああああああ!?」
おいおいおい!とんでもねえカミングアウトしたぞこの人!神報者であろうとも人が神を信じたことは無いだ!?この場に帝が居なくて良かった!卒倒してたぞ!?
「だがな……俺が唯一心の底から尊敬し、敬愛し、信仰し、この命が続く限り忠誠を誓うお方はいる……それはな」
「それは?」
「お前らが天皇陛下と呼ぶ……帝……ただ一人だけだ。それ以外の神を信じることは金輪際あり得ない。もちろんお前の事もな」
「……!」
確かに神道にとって神という存在は数えきれないほどいる。八百万と呼ばれるのはそれ所以だ、そして神が色々いるからこそ、どの神を信じるのかは個人による……なら師匠の考え方は……ありなのかもしれない。
逆に何で師匠がここまで帝に忠誠を誓っているのかまだ分からないけど。
「師匠」
「ん?早くお前は聖霊魔法の準備を」
「あたしも神とかいまいち信じてないし……ごめん、帝にすら多分忠誠を誓えないわ」
「それは構わん、俺が忠誠を誓っているだけだからな。お前は俺の仕事を見てこなせればいい」
「でもさ……こんなあたしでも信じるものあるんすわ」
杖を仕舞い、左手に拳銃だけの状態にした。
「おい!アリスさん!?杖なかったら魔法撃てませんが?」
「んなことは知ってますよ。ただ闇の獣人と戦う機会なんてそうそうないんでちょっとした実験を」
「実験って……この場でないと駄目か!?」
「闇の獣人に対しての実験なんだから獣人いなかったら意味ないでしょうが!」
近づいてくる闇の獣人に対してあたしも近づいていく。
さて……もしあたしの予想があっているのなら、魔素放出であいつ倒せんじゃね?というわけだ。それにすでに3,4メートルほどになっている獣人に上から叩き込みたい。
そのためには……久子師匠の下でダメもとで試したあれを使う日が来たというわけだ。
「どうする気だ……アリス?」
「……おおおおりゃあああ!」
一気に魔人の下へダッシュすると、ジャンプした。
「……はあ……箒も杖も無い状態で飛んでもお前なら一メートル……は?」
どうかな?
ジャンプする直前、地面を蹴る左足の底から魔素を放出する。
バン!
魔素放出により、あたしの体は普通の人間より十数センチ高く飛び上がるがそれでもあたしの体はすぐに降下を始めようとする。
その瞬間、今度は蹴り上げた右足の下から空中を蹴ると同時に魔素を放出する。
バン!
「……なっ!とん……だ!?」
「……予想……通りじゃ!」
水の上を足が水に沈む前に動かせば水の上を走れる理論の魔素バージョン!
こうすれば魔素は消費するが、空中を杖も箒も使わずにある程度移動できる!
魔人は何とか手を伸ばしあたしを掴もうとする……だが届かない。天井が高くて助かった。
「師匠、もう一度言うがあたしは神様も帝も信仰対象じゃない!だけどなあ……現状のあたしが信じてるのは二つだけだ!」
「ほう?」
「……銃と……拳だあああ!」
手を伸ばしている魔人の上に移動したあたしは右の拳に魔素を溜めるとそのまま魔人の顔面に向けて拳を突き出し、放出した。
ドーーーン!
……っスタ!
自分の限界魔素放出距離を今だ把握してないあたしだが、それでも床をぶっ壊すのはまずいので4,5メートルほどの放出量に抑えて魔素を放出した。
その結果、顔面から下半身に至るまで一直線に繋がる空洞が出来るほどに抉られると魔人は動かなくなった。
その後、何とか着地をすると、師匠にドヤ顔を見せる。
「どうだ!主人公ならこんなことも出来るんじゃい!」
「……どうだって言ってもなあ……まあ凄いものを見せてもらったのはあれだが、多分あいつ死んでないぞ?」
「へ?何故に?」
魔素展開で人形打破出来たんやぞ?なら魔素放出でも同じことが出来るじゃろ?
「お前、数か月前、蜘蛛の魔獣に魔素放出で倒しきれなかったの忘れた?」
「……あ」
そういえばそうだった!ああああああ!完全に忘れていました!つまり体の表面上に展開する魔素展開じゃないと倒せないと!?魔素展開術……つまり防御じゃないと意味が無いと!?めんどくさい仕様やなこれ!
「まあ……あの時もそうだったが……足止めには……十分か」
「ん?」
師匠は今だ回復途中なのか、一切動かない獣人に近づくと聖霊刀を振りかざし、手あたり次第切り伏せていった。
斬られた部位は聖霊魔素で回復することなく少しずつ闇の魔素が霧散していくが、回復限界値まで到達したのだろう、一気に闇の魔素となり霧散していった。
「……はあ、結果的に大活躍は出来んかったと……中途半端だなあ」
「まあそう言うな、あの規模の獣人だと動けないまでにするには第一空挺団の小隊……いや中隊規模が総攻撃しないと無理なんだ。それをまだ生まれたばかりとは言え一撃であそこまで出来るのは大したものだよ。お前は無理に聖霊魔法使うよりはこっちの方が向いてるのかもしれんな……そんなに魔素使わなそうだし」
「まあ……少し気怠い感じはあるけど……第四ぶっ放した時よりはまだ魔素は十分あるかな」
「そうか……じゃあもう行くか。御門士郎が警察共を止めているが逆に俺たちが行かないと捜査も出来ないからな」
「うっす」
完全に闇の魔素となって霧散し、誰もいなくなったホールから少々不完全燃焼感を胸に抱きながらあたしと師匠は玄関に歩いて行った。