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愛和事件 13

「……ん?……わーお」


 闇の獣人との戦闘を終えたあたしと師匠は今度は堂々と正面玄関から出てきたのだが、外に出た瞬間、門から玄関まで埋め尽くすパトカーの数と救急車の数に圧倒された。


 救急車もさることながら、パトカーの数が以上だ……軽く見た感じでも十数台以上は確認できる。それどころかある程度戦闘を想定していたのだろうか……機動隊やサブマシンガンを装備しているSATだかSITだかも待機していた。


 確か師匠が林さん経由で警察に出動要請をしたのは知っているが……。


「一つの宗教団体調べるのにここまで動員するんだ」

「そりゃあそうだろうな、旧日本の地下鉄の事件は知らんが、この日本でここまで被害を出した事件は初めてだからな。ある程度証拠があって裁判所が令状出せばこうなる。まあ……ここまで大事にならないと動かないというのもあれだがな」

「なるほどね」

「龍殿!」


 あたしたちが現場に待機していた警察の数にある意味圧倒されていると現場指揮の警察官が一人、声を上げながら近づいてくる。


「ご無事で何よりです。私は……」

「自己紹介はいらん。今後、お前と俺が会うのは今日が最初で最後だろうからな」

「わ、分かりました。では内部の状況は?先ほど避難してきた大学生二人から教祖である原沼が闇の獣人と化したと証言があるのですが」

「ああ、目の前で獣人化しちまったよ。だからもう逮捕も取り調べも出来ない。だから俺と弟子が倒した」

「ああ、なるほど……その女性が例の」


 警察官があたしを見たのでぺこりと頭を下げて挨拶した。


「では内部はもう安全ということですね?」

「知らん。教祖は倒したが、他の信者が闇の獣人になっていないという保証は無いよ、そこまで確認してないからな。もし心配なら自衛隊に要請すればどうだ?」

「うーん……そうなるとなあ……」


 恐らく警察官が心配しているのは時間だろう。士郎さんたちが保護された時、内部に神報者とその弟子が闇の獣人と戦闘になっているという情報を伝えたはずだ。そうなれば迂闊に内部には突入できないから待機していたのだろう。


 だが自衛隊を呼ぶとなると、また待機時間が増えることになる。別に現場の警察官の勤務時間に興味があるわけじゃないが待機時間が増えると現場の士気にも関わることだけは何となくだが理解は出来る。


「いえ、今更待機も出来ないので突入します。もし他に獣人が現れた場合はその時に対処します。では」

「ああ」


 そして警察官は待機していた他の警官を呼び寄せると何かを指示し、すぐさま隊列を組むと玄関より突入していった。


「はや」

「こういう時の警察官は早いな」


 施設に突入していく警察官を見守ったあたしは保護された雪は何処ぞに行ったのかと見渡すが直ぐに判明した。


 すぐ近くで待機していた救急車の中で救急隊員に色々見てもらっていたのだ。


「雪」

「アリス……大丈夫なの?」

「んまあ……普通に」

「そう……龍さんと二人とはいえ……あの獣人を倒すとはね。さすがだわ」

「生まれたばかりの獣人だったからシールドも張ってなかったしね、前に倒した経験もあるし」

「そう」

「そういえば……士郎さんは?」


 救急車に居たのは雪一人だけだ。すでに多くの警察官が突入し、入り口で待機していた警察官はいるものの少なくなった入り口を見渡しても士郎さんらしき人は見当たらない。


「今突入した警察官に混じって、救急隊員を地下の西大生の所まで案内しに行ったわ」

「なるほど……他にも獣人や闇の魔法使いがいるかもしれないのによく行くなあ……あ、そっか今聖霊刀持ってってるのか……なら大丈夫か」



 十数分後。何事も無かったような表情で士郎さんが戻ってきた。背後では恐らく遅かったのだろう、布を掛けられた大量の担架で西大生が運ばれていく。


「士郎さん」

「おや、皆さん待ってくれていましたか」

「大丈夫でした?」

「というと?」

「教祖が闇の獣人になったってことは施設内部にも闇の獣人や魔法使いが居る可能性があるじゃないですか。それは……」

「ああ、一応確かめながら進みましたが問題ありませんでした」

「そうすか……あの西大生は?」

「残念ですが、救急車で来たのは救急救命士の資格を持っている消防隊員です。医師免許は持っていませんので死亡判断は出来ないんですよ。ですので病院に運ばれて初めて死亡が宣告されるでしょう。まあそうでなくても亡くなっているのは素人でも判断できますが」

「そうですか……残念です」

「まあそうですね。ですがご遺体が見つからないより見つかった方がご本人にもご遺族にとっても良いでしょうから。ここまでやってきたのは無駄ではありませんよ」

「御門士郎」


 そこに師匠が声を掛ける。


「おや龍さん」

「問題は?」

「ありません。あとこれ……ありがとうございました」


 そういうと、士郎さんは師匠に聖霊刀を渡した。


「……どこで剣術を学んだんだ?」

「え?」

「お前が素人ではないのは木刀で闇の人形の動きを防ぐ様子から分かったが、居合でも基本的に斬るのは畳だろ?動くもの……例えば人を斬る経験など今日日得られないはずだ。だがお前は臆することも無く切り伏せた……あれは練習や鍛錬では得られない……どこで得たんだ?」


 確かに師匠の言ってることも一理ある。


 あたしだって久子師匠の下でかなりの訓練を重ねてはきたけどある意味初の実戦だったARAの件ではマジで緊張したんだ……事前準備にかなり時間を要して。


 そう考えると普段居合しかしてなかった士郎さんが闇の人形とは言え動く的を臆することも無く切り伏せたのだ。どこでその実践に生きる剣術を学んだのかあたしも気になる。


「そうですね……正直に言って……雪さんの存在がきっかけ……と言えるでしょうか」

「え?あたしですか?」


 驚いた様子で雪が士郎さんを見つめる。


「アリスさんも龍さんも闇の人形を分散させて戦いやすいように展開しました。逆に言えば私が雪さんを守りやすいようにしてくれました。確かに剣道も居合も複数対複数の稽古などほぼしません、映画等で使う殺陣なら話は別でしょうが。だからこそ私が動けたのは雪さんを守らなければならない責任感でしょうね」

「責任感」

「ええ、そもそも雪さんは私が連れてきたんですから守る義務があったんです、それが私を動かしたんでしょうね」

「そうか」


 確かに言われてみればそうか。シオンと戦ったサチがギフトを覚醒したのも妹を守りたいって思いがギフトを覚醒させた説もあるんだ。人を守りたいという思いが人を強くする……ジャンプ漫画みたいでかっこいいじゃないか。


「なるほどな、分かった。それで?これからどうする?」

「ん?どういう意味?」

「アリスの目的もお前らの目的ももう果たしただろ?ならもうここに居る必要はないはずだ。俺も目的を果たしたら帰るが、お前らはどうするんだ?」

「確かに……どうします?」

「龍さんの言う通りですね、もうここに居る理由はありませんから帰りましょうか」

「「はい」」

「見送りぐらいはするよ」


 あたしたちは師匠と共に門から出ると、止めていた車まで歩くことにした。



「……」

「……」

「……」

「これがお前らの乗ってきた車か?車と呼ぶには色々と足りないものがあるが」


 師匠が首をかしげるのも無理はない。目の前にあるあたしたちが乗ってきた車は認識阻害が解除され、ご丁寧にタイヤが全部外された状態で放置されていたのだから。


 少し考えれば止めようとした時から違和感があったのは確かだ。施設と少し曲がっている道とは言えほぼ直線の道路にわざわざ止めていいんやで?と言わんばかりに開けた場所があるのだ。教団側が把握してないわけがない。


「タイヤって重いよね?少し探せば……あ、魔法があるか」

「仮にタイヤがあったとしてもパンクされていれば終わりですね。まあ想定はしてましたが、本当になるとは」

「どうします?帰る手段無くなりましたけど」

「幸い警察が近くに居るんだ。持ってってもらえばいいだろ。帰りの車も手配してもらえばいい、それとも箒で帰るか?」

「いや……さっきの戦闘で魔素大分使っちゃったし……帰るまで持たんかもしれんから。パスで」

「ならもう一度戻るか」


 師匠が施設に戻ろうとするのであたしもついて行こうとするが、雪が声を掛けてくる。


「アリス、士郎先輩が崩れ落ちたまま動かないんだけど」


 振り向くと確かに士郎さんが車の前で四つん這いのまま動けないでいた。


「え?ああ……雪」

「え?」

「あたしレンタカーについて分かんないけどさ、自分の車でさえこんなになったら修理費とかやばいのに、レンタカーとなったら追加料金どれだけ掛かるんだろうね」

「……」


 気づかなかったのだろう。雪は絶句していた。


「士郎先輩!今回はあたしが出しますよ!守ってもらったお礼です!」

「雪……数万規模じゃないよ?多分諭吉さん数十人吹き飛ぶレベルだけど……あんたが名家なのは知ってるけど自由に持ちだせんの?」

「うっ」

「大丈夫……ですよ雪さん。そもそもここまで来たときに覚悟はある程度してましたから……まあここまでは想定外ですが」

「……御門士郎」

「はい?」


 師匠が士郎さんに何かを渡した。


「……これは?」

「俺の名刺だ。天保協会の住所と俺の執務室に繋がる電話番号が書いてある。追加料金を請求されたらここに送れと伝えろ」

「そこまでしていただくのは」

「そもそも今回の件、アリスやお前たちが居なかったらもっと違う展開もあり得たかもしれん、それを考えると今回の結末の要因はお前がアリス達をここまで連れてきたからだ。なら多少のお礼はするべきだからな。受け取れ」

「……ありがとうございます」


 士郎先輩は素直に名刺を受け取った。


「じゃあ……帰るか」

「うす」


 そうしてあたしたちは施設の方に戻り、警察の車で帰路に就くのだった。


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