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愛和事件 14

「……んっ」


 いつも通りの朝、あたしは6時に起床した。


 もう慣れたとはいえ、元々朝には弱いので少し気怠さが残ってはいたがそれでも体を起こすといつものルーティンである、筋トレとランニングを始める。


 そして8時、身支度が整ったあたしがいつも行っていたいつも携帯している銃の動作確認をしているとき、ある異変に気が付いた。


「……弾が違う」


 普段、帰ったあたしが真っ先にするのは銃をホルスターから出し、マガジンのばねの為に弾を取り出して寝るのだが、その際弾はちゃんと箱に戻している。


 だが今日取り出した箱の中に入っていたのは……いつも使っているゴム弾ではなく……鉛の実弾だった。


 ガンパウダーを使っている時点でゴム弾も実弾には変わりないがゴム弾と鉛玉では雲泥の差だ。


 このゴム弾は霞家に銃のメンテナンスを頼むことになった時、流通を一本化するという目的で頼んだものだ。霞家に頼んだこともあってか少し安く仕入れることが出来てはいたのだ。


「……三枝さん送るの間違えた?いや……まだストックあるし……ってことは……元々の弾も全部変わってる?……何で?」


 一応予備の弾が入っているマガジンポーチの弾も確認するが……これもしっかり鉛の弾頭が付いている。


「まあ……一日だけなら問題無いか?後で三枝さんに頼むか」


 ステアを卒業して何度か危険な事に直面している私だが、それでも毎日戦っているわけでは無い。何事もなくその日が終わり、大学の授業を終えたサチやコウと合流し遊んで帰るなども普通にあるのだ、銃に手を掛けない日だってもちろん存在する。


 もし仮に今日が危ない日だったとしても、当てなければいいのだ。殺さなければ約束を破った事にはならない。


 なのであたしは箱の実弾をマガジンに込めると、銃に装填しホルスターに収めた。


「さて……行きますか……ん?」


 すべての準備が整い、後は寮を出るだけになったその時、何かしらの違和感に襲われた。何故かどうしようもなく天保協会の執務室……つまり師匠の仕事部屋に行かなければならないという謎の使命感が脳内を支配したのだ。


 普段、あたしは師匠に呼ばれない限りは転保協会に行くことは無い。自主的に行ったところで何一つ仕事がもらえるわけでは無い以上、行く時間が無駄なのだ。それに師匠は携帯を持ってるし、もし必要ならあたしが寮で起きた時点で置手紙を残すので現時点で転保協会に行く必要性すらないのだ。


 だが何故かこの時はどうしても転保協会の執務室に行かなければならないという使命感が脳内を支配していた。


「……まあ、行くだけなら良いか。少し遠回りになるけど何もないよりは……ね」


 とりあえずこの理解不明な使命感を解消するため、あたしは寮を出ると箒に乗り転保協会に向かった。



「……マジで……何がどうしたってんだ?」


 転保協会の屋上に降りたあたしはそのままビルの中に入ることなく、屋上からそのまま下の様子を見ていた。寮からここまで来るまでに明らかな異常が起きていたためだ。


 人が誰一人いないのである。車を運転している人はおろか箒で飛行している人すら居ないというかなり異常な光景である。


「今日、休日……いやいやいや、休日でもある程度車は走っているでしょうよ、旅行とか配達関係とか!箒で飛んでる人もいないし……あれですか?ある日突然自分以外がこの世界から消えましたとかですか?ああいうのって結構楽しそうだなって思いましたけども!突然自分がそうなってみると結構不安感がえぐいね!」


 ただひたすら屋上で文句を垂れているがそんな事をしている余裕はない。少なくともこんな事になった原因があるはずなのだ、完全に一人の世界を楽しむのも悪くは無いだろうけどずっとだと精神が参ってしまうは確定である。


 まずは原因を突きとめるが先決だ。


「とりあえず執務室に行くか」


 まずは落ち着くために執務室に行くことにした。



 執務室のドアの前、時期的にまだ国会が開いている時期なので中では師匠が国会から送られてくる色々な書類に忙殺されているはずなのだが……どうも中から人の気配がしない。


 もしかしたら師匠自身が国会に行っているか、皇居で帝と話しているかだろう。


「まあ良いか別に師匠に用は無いし」


 とりあえず執務室に入室するためにドアノブに手を掛けた。


「……すけて!」

「ん?」


 ふと自分が通ってきた廊下から声が聞こえた。そちらに目線を向けても誰も……いや大慌てでこちらに走って来る一人の男性が居た。


「助けて!誰か!」

「……何かあった……うお!」


 男性はあたしの声に見向きもせずにあたしの後ろを通過したところでこけた。執務室はこのビルの最上階で隅っこに作られているため扉を正面に見たとき、左側には長い廊下があるが右側は窓があるだけの壁だ。男性はこけると何とかその壁にまでたどり着き膝を抱え震え始めた。


「……この人誰だよ」


 卒業してから毎日来ることはあったがそれでも毎回屋上から執務室に入っていたので正面玄関から入ったことは無い(ちなみに一回だけ怒られたことはある)。


 なのでこの転保協会で働いている人の顔などほとんど覚えていない。


 だが見たところ、スーツを着た会社員っぽい男性なのでこの転保協会の社員なのだろう。それに完全に初見の人間であろうが誰もいないと思われたこの世界で見つけた最初の人間であり何かあったのは事実だ、話を聞かないわけがない。しいて言うなら綺麗な女性が良かったのは内緒だけども。


「あの……何かあったんですか?」

「……」


 声を掛けても震えているだけで何も答えない。


「あの!何かあったんですか!聞こえてます?」

「……!……き、きた!」

「は?」


 男性はあたしの声をフル無視し、何かを凝視すると何かを指さした。


「一体……何が来たって……んあ?」


 男性が指さした方向、ちょうどあたしが通ってきた通路には……人がいた、それも……数人、だが明らかに様子がおかしい。顔の皮膚がところどころ裂けており、目線も定まっていない……人のように見えるが……明らかに人ではない何かがゆっくりとこちらに歩いて来ていた。


「……おいおいおい、あれって……まさか」


 旧日本で恐らくプレイしたことがあるのだろう、そして映画も見た事があるのだろう、あたしは一発でその生物の名前を答えることが出来た。


「……ぞ、ゾンビさん?」


 そう、バイオハザードや数多ある映画で使いやすい主人公を襲うモブキャラとして登場してきた生ける屍こと、ゾンビである。


「おいおいおい!闇の魔素で出来たゾンビっぽい闇の獣人なら何度か見てきたけど、本物のゾンビ何てこの世界に存在し得るんですか?マジか!リアルで見ると結構きもいな!映像補正ってやっぱすごいね!」


 初めて見る闇の獣人ではないリアルのゾンビに軽く興奮状態になったあたしだがそんなことお構いなしに歩いてくるゾンビに危機センサーはばっちりと反応し、あたしは自然と銃を抜いた。


「けどさあ……見た感じ、下にも一杯いるよねえ……弾は寮にしかないし、魔素格闘で何と行けるか?闇の獣人ならあれだけどゾンビならとりあえず頭フッ飛ばせばいけるよね?」


 これからの戦闘も考えるとポーチに入っている残弾も心もとないと判断したあたしは格闘で目の前のゾンビの集団を対処することに決めた。


「……さあ、行きますか!」


 念のために銃は左手に持ったまま、走り出すと一列で歩いてくるゾンビの先頭に魔素格闘による蹴りを入れることにした。こうすれば一時的にもゾンビたちが大勢を崩し後の対処がやりやすくなると判断したのだ。


 だが……想定外の事態が起きた。


「……うりゃあ!」


 ドン!


 あたしの右足による回し蹴りが先頭のゾンビに命中する、そして同時に少量ではあるが魔素を放出……したつもりだった。


「……え?……ん?……あれ?」


 何も起きなかった。魔素は放出されず、ただの非力な蹴りだけがゾンビに命中したのだ。もちろん筋トレをしていても僅かばかりの筋力しかついていない右足での蹴りだ、ゾンビは少しのけ反るぐらいで効いたとはいいがたい状態である。


「……ちょ、ちょっと待て!何で魔素が放出されないんだよ!魔素切れ?いやいやいや!ちゃんとぐっすり眠りましたよ?元気いっぱい百パーセントっすよ?なんで魔素格闘使えないんすか?」

「ぐあああ!」

「やっべ!」


 出るはずの魔素が出ないことに困惑するあたしにお構いなしとゾンビが噛みつこうとしてくる。


「……持ってるのは鉛の弾、相手は人間、撃って良いのか?……生ける屍……屍は死体……つまり」


 バン!


 普通であれば胸に二発頭に一発があたしのルーティンだが、ゾンビであれば脳天一発で問題ない。ぱっくりと口を開けて噛みつこうとするゾンビに即座に銃を向けると一発発射した。


 すると弾丸はゾンビの脳天を打ち抜き、バタン!とその場に倒れる。


「……屍を撃っても屍にしかならんか」

「ぐぁあああ!」

「おら来いよ!もう一度殺してやらぁぁぁ!」


 銃声によりあたしの存在を認知したゾンビが四人一斉に攻撃してきた。だが動きも単調で噛みついて来ようとするだけで対処は楽だ。


 バンバンバンバン!


 連続で四人のゾンビの脳天を打ち抜く。打ち抜かれたゾンビは先程までとは打って変わり、本当にただの屍に変わり動かなくなった。


「よし……ん?」


 ようやく一息付けると思った矢先、下の階に居た奴らだろうか、階段から次々とゾンビのご一行がこちらに向かって歩いてくる。


「……なるほど、銃声か……だとするとこのビルだけでも何人いるか知らんのにあいつら全員と戦う理由が無い……とりま、執務室に閉じこもりますか!」


 執務室のドアを開けると、逃げてきた男性が居た事を思い出す。


「おいおっさん!とりあえず中で休まない?そこに居たらゾンビにやられちゃうよ?聞いてる?」

「……」


 相変わらずおっさんは震えているだけだ。


「……ったくもう!」


 別に助ける理由はないのだが、この世界で出会ったもう一人の生き残りだ、肉盾でもなんでも使いようはあるだろう、今ここで無駄死にしてもらっても困る。あたしはおっさんを引きずってでも執務室に入れようと近づき、触れようとした。


 バチン!


「んお!……は?……なに?」


 おっさんに触れようと居た瞬間だった。杖を向けていないにも関わらず微弱な電流が流れるシールドのようなものが発生しており触ることが出来なかった。


「……ッチ!もう知らないからね!」


 もはやどうすることも出来ないと察すると、あたしは執務室のドアを閉めて鍵を掛けた。


 十数秒後。


「……やめ!たすけ……ぎゃあああ!」


 おっさんの悲鳴がドアの向こうからこだました。興味本位で耳を近づけるがゾンビがおっさんを咀嚼する音は聞こえなかった。


「まったく……何が起きてんのよ……ゾンビかぁ」


 ゾンビの出現に再度驚きつつ、これからどうするか、まずはどのような行動をとるべきか考えようとした時だった。


「なんじゃこれ」


 別に決まっているわけでは無いが、執務室に来たときにいつもあたしが座っている机の上に何故か魔法陣が出現していた。しかも特段魔法石があるわけでもないのに何かしらの魔法が発動している。


 そして何故あたしの脳はこれに触れと訴えかけている。


「……触れていいもんなのかこれ?師匠からのメッセージとか?なら寮に置けばいいじゃん。……悩んでも仕方が無いか」


 他にすることも無いのでとりあえず魔法陣に触れることにしたあたしは恐る恐るその魔法陣に触れた。


「ん?なっ!」


 魔法陣に触れた瞬間、あたしの脳には何者かの記憶が流れ込んできた。だがすぐに気づいた、これはあたし自身の記憶だと。


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