ババババババ!
「くそっ!くそっ!くそったれが!」
「やめっ!助けて!助け……うわあああ!」
「もう駄目だ……おしまいだぁ」
「……まあある程度予想は出来てたけども」
食堂に着いたあたしたちは想像以上の銃声がこだましていたため念のために食堂の入り口から観察することにした。
あたしたちが来たときの、ゾンビも参加者も何もいない状態の食堂では無くなっていた。
これは……表現するなら地獄絵図というのが一番似合う。
ひたすら銃を撃つ者、弾が無くなってリロードの仕方が分からずゾンビに襲われる者、予想以上にゾンビの数が多かったのだろうか、その場で絶望しうずくまっている者など、多岐にわたった。
恐らく銃を撃ちまくったせいだろう。少なくともあたしがスタングレネードを投げた影響ではないはずだ……と思いたい。
食堂内に居る参加者は乱戦になっているのでおおよそだが十人前後、つまり講義室を出た二十名前後の参加者はここに来るまでの道中でゾンビ犬様に一網打尽にされたのだ。三匹であの人数をどうにかできるとは考えられない、とすると最初は七、八匹ぐらいいたのではないか?
それかあの小さい胴体が駆けずり回ったのだ、ゾンビ犬を撃ってるつもりがFF、つまりフレンドリーファイアで数が減ったのかもしれない。
まあ今は関係ない。問題はこのゾンビとプレイヤーがある意味ごちゃまぜの状況で外に出る手段が現在絶賛この食堂に入ってきている法学部棟入り口側の扉まで行かないといけないという状況をどう打破するかという問題だ。
先頭立って食堂に入ったであろう国会議員の息子である……名前は知らんが高校生は何処で覚えたのか銃の扱いがある程度分かっているのだろう自分の周りに居るゾンビは何とか処理してるがそれでも入り口のゾンビまでには気が回っていない様子だ。
「どうするの?アリス」
「まあ予想は出来てたよ、運が良かったのはガラスがまだ割られてないって点かな」
「ガラス?」
入り口以外の壁はほとんどが全面ガラス張りだ。人が多く集まれば当然負荷がかかる、そして今現状銃撃による音で外に居るゾンビが集まるのは当然だ。
まだ高校生たちはゾンビに向けて銃弾を発射しているが一発撃つごとに暴れまわる銃口を適切に抑え込み飛ぶ銃弾の飛ぶ方向を操るなど一回の高校生に出来るはずもない。一発でもガラスに命中すればそこからガラスが割れ、外に居るゾンビが中に入ると予想するのはゾンビ映画やゾンビゲームをした経験のある物なら容易に出来るはずだ。
そうなれば今はまだゾンビの入る経路が法学部棟内の食堂の各入り口だけだったものが一気に増えてしまう。つまりさらにまずい状況になるのだ。
つまり現状彼らがゾンビを全て掃討するのを待つなど出来ないのだ。
「一か八か……賭けに出ますか」
「貴方いつもそれね」
「もちろん、あたしは基本行き当たりばったりですよ?でも大抵成功するでしょ?」
「そうだけど」
「今動かないともっと状況は悪化するよ?最悪ここから出られない、それだけは一番避けたいからね。……あったあった」
あたしはポケットからあるものを取り出した。スタンではない方のグレネード……つまり一般的に手榴弾と呼ばれているものだ。
「あんた、こっちのスタングレネード?しか使わないって前言ってた気がするけど」
「うん、普段はね。でも状況が状況だし一応使うかな?的なノリで持ってきたけど、まさかもう使うとは」
スタングレネードでゾンビを入り口から遠ざけるように投げて使えばいいだろという指摘もあるが、スタンではゾンビを倒せないという致命的な欠点がある。少数のゾンビを誘導するならまだしも食堂の入り口から先の通路までどれだけゾンビが居るのか分からないのだ、誘導しても意味ないし、出来るだけゾンビを減らすことを考えたら普通のグレの方がまだ使える。
「さて、皆さま。あたしが合図したら中に突っ込んである程度ゾンビを対処しつつ入り口まで走るよ?ここからはいつでも銃を撃てるようにしておいて。後、あいつらは頭が弱点だから体は分からんけどヘッドショットなら一発で仕留められる。落ち着いて一発一発よく狙ってね」
「了解!」
「うん」
「分かったわ」
あたしも最終確認として、チャンバーチェックとセーフティーのチェックを済ませると、持ってきた二個のグレネーぞの内一個のピンを抜いた。
「因みに……中の彼らが巻き込まれることについては?」
「何一つ考慮しておりませんが?」
「当然見たく言わないでよ……まあいいけど」
「さて……」
食堂の中に一歩だけ入り、入り口までの距離を目算する。
……十……いや十五メートルくらいか?
「そういや、グレネードってスタンよりも少しばかり重いね……現実とは違うと思うけど、いい経験だ……そいっ!」
あたしは安全ピンが抜け、後は起爆のためのレバーだけになったグレネードを投げ、すぐに食堂入り口から外に避難した。
「あ、一応!耳は塞いどいてね!」
「いつもいつも言うのが遅い!」
「さーせん」
念のため、投げたグレネードの行方を確認しようと考えるが、さすがに危ないと直感が判断した。
数秒後。
ドーン!
「ぎゃあああ!」
グレネードの爆発音とともに数人の悲鳴が聞こえる。……うん、一応言っておこう、ごめん。
「突入!」
そう叫ぶと拳銃とナイフを握りしめ、あたしは食堂に突入した。
爆発による軽い土煙こそ舞い上がったがゲームだからなのか、すぐに見えるようになる。
グレネードは入り口から一メートル当たり手前で爆発したようで、そこ周辺のゾンビは全て消失していた。
「走れ!走れ!走れ!」
バンバンバンバン!
そう叫びながらあたしは入り口まで走りながら残って近づいてくるゾンビのうち、一番近い、危険度が高いゾンビだけを優先的に狙い撃ちした。
「……あ……あ」
「……ん?」
中間地点を通った時だ。恐らくしゃがみ込んでいたプレイヤーがだろう、見事にグレネードの破片の一部が足を掠めていた。
「……」
……すまん。絶対にゲームクリアするから、許してちょ!
心でそういうと、何とか入り口までたどり着く。
入り口の大部分のゾンビはグレネード一個で掃討できたが、通路側より追加のゾンビが入ろうと歩いて来ていた。なので持っていたもう一個のグレネードのピンを抜き、反射を利用して通路の奥側に行くように投げる。
カン!ゴロゴロゴロ!……ドーン!
どれぐらいのゾンビを巻き込んだのか定かではないが、相当数のゾンビが入り口側へ吹き飛ぶ様子が見て取れる。つまり集団の中ほどまで投げることに成功したのだろう。
「みんな!来てる?」
「もちろん!」
「……」
「……ふ、ふ、ふ」
サチとコウはやはりある程度運動もこういう状況に成れているのだろう。冷静にゾンビを打ち抜きながらあたしに付いて来ている。
雪はと言えば、少し息を乱しながらコウから銃の撃ち方を教わったのだろう、両手でがっちり銃を構えてはゆっくりとゾンビを撃っていた。
士郎さん……はまあ言うまでもないのだが、一人だけやってるゲーム違くね?とツッコミを入れるレベルで近寄って来るゾンビを鮮やかな刀捌きで切り伏せていた。
「さて……もうひと踏ん張りだ!行く……」
「ちょっと待てやあ!」
「あ?」
声を上げたのは先程、あたしに協力を要請した。国会議員の息子の高校生だ。
「俺たちを見捨てるつもりか?助けろ!見捨てたらただじゃ済まさねえぞ!」
「……」
完全に状況と立場が変わっているのにも関わらず、なんでこいつは態度が変わらねんだ?年下のくせに、自分の置かれている立場を考えろよ。
だが……こういう場面で一番こういうやつのプライドをへし折る最適な言葉をあたしは知っている。これも全部ステアで……今までの人生で学んだことだ。
「落ち着けよ、これは……ゲームだ。ただのゲームじゃないか。今ここであんたが死んだところであたしがゲームをクリアすれば全て丸く収まるじゃん?あんたはあたしが脱出するまでここでゾンビを引きつける囮になる。あたしはステアに向かってゲームをクリアする。あんたはあたしがゲームをクリアするのに必要な囮としてちゃんと仕事をしたって言って回ってやるよ……悪くないだろ?」
「なっ!……て、てめえ!」
少し言葉は違うけど、あの斎藤君をゾンビ共の群れにぶち込んだ時の言葉だ。
状況が変わり、立場が変わった人間が、本来助けを請う人間が自分が言った言葉で見捨てられるってのは……いったいどんな気持ちなんだろうか。別に知りたくは無いけど、興味はあるねえ。
「アリス!行かないの!?」
「行くよ!サチ、コウ!先導頼む!」
「了解!サチ!先に撃って!弾が切れたら報告!そしたらあたしが変わるからその間にリロード!」
「合点!」
おいおいおい、もうそこまでの統制できるんかいコウさん、成長した姿を見れてあたしゃ嬉しいよ。
「雪!」
「分かってる!」
雪も少し遅れて入り口にたどり着いた。
「士郎……さん?」
「……」
驚いた。着いてきているとばかり思っていた士郎さんは、何故か入り口から数メートルの所で止まってゾンビたちをじっと見ている。
「すみません、アリスさん。私はここで留まることにします」
「は?何故!?」
「居合をやっているとふと思ってしまうことがあるんですよ。もし襲ってくる人を倒す機会があったら自分はどこまで戦えるのか……と」
「ん?……ほう」
確かにあたしも久子師匠の下で銃や体術の稽古をしていた時、もし実戦になったらどこまで戦えるのかと考えたことはある。剣道の試合や武術の試合の為に稽古したわけでは無いからだ。
所謂実戦向け、だからこそ実戦でないと自分の実力が図れないのは当たりまえだ。
「現実の世界では人を斬ってしまうと法律に触れてしまいます。ですがこのゲームでは人とよく似たゾンビ、これを切るのに法律は触れません。ならば現状の自分がどこまで出来るのか知りたくなってしまったんです」
「……分かりました!」
「え?」
士郎さんは驚いた表情だ。
「意外にあっさりしてますね」
「当然!あたしも射撃や体術を学んでるんで気持ちは分かります。なので止めはしません」
「ありがとうございます。雪さん」
「え?はい」
「ただの勘ですが、このゲームクリアの鍵は……識人であるアリスさんです。何が何でも守り通してくださいね?」
「……分かってます」
「てめえ!置いてくな!助けろって言ってんだろうが!」
高校生は怒りの形相で銃をこちらに向けつつ近づいてくる。
「まだ言って……あ、後ろ後ろ」
あたしは高校生の背後を指さす。
「あ?そんな嘘言って騙され……」
「があああ!」
高校生の背後をゾンビが襲った。
いや、嘘つくわけないじゃん!ちゃんと危険を知らせてあげたんだよ?あたし親切だね!
「くっそがあああ!」
ババババババ!
近づいたゾンビにありったけの弾丸をぶち込んだ。
バキン!……ガチャ―ン!
「あ」
恐らく連射した内の数発がガラスを打ち抜いたのだろう。ガラスは撃たれた場所からひびが入るとゾンビの圧力に耐えられず、割れ落ちた。
ぞろぞろとガラスで入ってこれていなかったゾンビたちが勢いよく中に侵入してくる。
「あっぶねー、タイミング神か」
「アリスそんなこと言ってる場合?急がないと!」
「そうね……」
あたしは士郎さんに武運を祈る軽い敬礼をし、その場を後にした。
「……それにしても雪さん良かったの?」
「何がよ」
入り口に向けて軽く走りながら通路に溜まったゾンビを処理しながら雪に尋ねる。
「士郎さん置いてきたけど。反対すると思ってたからさ」
「状況が変わったとはいえ、当初の目的は士郎先輩に楽しんでもらうためだったからね。あれで喜んでくれるなら構わないわ」
「なるほど」
「逆にあんたが良かったの?」
「何で?」
「あんたも知ってるでしょ?士郎さんはあたしよりも頭が切れる人よ?ゲームに必要だから着いてきてとか言うと思ってたわ」
「まああたしも実戦訓練やってるからさ。士郎さんの気持ちも何となくだけど分かるんよ、それに、ある程度の謎解きなら……雪さんでどうにかなるでしょが大きい」
「……分かったわ、命がかかってるんだしちゃんと協力するわ」
「どうも」
「それより」
「ん?」
「法学部棟の一番の難所は終わったのだからもう箒に追って外に出た方が良いじゃない?」
「ああ、それね」
雪の言うことも一理あるっちゃある。これがもし何度もダメージを追っても良い、最悪死んでも良いゲームならあたしも迷うことなく箒を使っただろう。
「一応天井高いけどさ、あいつら手伸ばすじゃん?もし箒で飛んでる最中に爪やらで軽くでも引っかかれたら終わりよ?ならそれにあたしの弾は無限なんだしさ、ある程度は確実に処理した方が良いじゃん?」
「なるほどね」
「お!出口だ!」
十数秒後、あたしたちは何とか法学部棟の入り口にたどり着くことが出来た。
軽く見渡すが、恐らく食堂での戦闘が思いのほか長かったためか法学部棟m割りに居るゾンビは比較的に少ないように見える。
「さて、外に出れたことですし……箒でステア」
「ちょっと待って!」
「は?」
背後から声がする。全員が振り向くとなんと一人の高校生?と思われる男の子がライフルを両手に持ちながら息も絶え絶えに走ってきていた。あの状況でここまで来れる人間がいたとは……感服の限りだ。
「……マジか、あの状況で良く来れたな」
「……はぁ……はぁ……すみません。何とか追いついた」
「君知ってる」
「え?」
「いや名前は知らんけど、あの国会議員の息子の取り巻きにいた子でしょ?」
「……はい」
取り巻きは全部で五人だったが、その内この子だけは何故か斎藤君と同じ空気を感じた。ある種のいじめられっ子の空気だ。
「あの高校生は?」
「……先に行けって」
「あはははははは!そんなわけないじゃん!あたしが先に行こうとしたらふざけんな、助けろって言う人間よ?君一人だけ生かすために犠牲になる?ありえないでしょ」
「そうね、あの子の性格は知らないけど、今日見てきた限りの言動でそれはあり得ないわ」
「……」
高校生は目を逸らした。
「ははーん……なるほど。君、あの高校生を後ろから撃ったね?」
高校生の体がビクッとなった。先ほどよりも目は泳ぎ、呼吸も乱れている。
だがそれについてこの場に居る誰一人驚きはしなかった。あの状況だ、今までいじめられてきた恨みがあの場で体を動かして……行動に変えた。ある意味良い事だ。サチやコウですら名家に虐げられてきた過去があるのだ、この行動を非難する気はないだろう。
部下による、上官殺し。まあ戦時中はよくあったとは聞いたけど、いじめっ子といじめられっ子……ゲームは人を変えるねえ。
「ずっと斎藤君と僕は浅田君にいじめられてきました。僕たちの両親が浅田君のお父さんがずっと懇意にしている会社の社員だからです。もし逆らえば父さんたちが首になる……だから何も出来なかった!」
「そうかそうか」
何か似たようなの、ステア時代にあったなあ。
「でもこのゲームで斎藤君があんな目に遭った瞬間、僕の中で何かが壊れたんです。そしてちょうど浅田君があの怪物たちと対峙しているとき、背後ががら空きでした。それで」
「撃ったわけだ」
「はい……ずっと!何年も何年も!僕と斎藤君は耐えてきたんだ!……一回ぐらいいいですよね!だってゲームをクリアしさえすれば問題ないんですから!そうですよね!」
「そうだよ?少なくとも今生き残っているあたしたちがこのゲームをクリアすれば全て問題無しだ!それに……あの混戦の中だ、誰が撃ったかなんて誰も見ちゃいないし、分からん。よくやった」
「そうですよね!ははは!あははは!」
あたしは高校生の頭を右手で優しく撫でながらゆっくりと銃を前に持ってくる。
「一つ聞いていいかい?いじめっ子にある意味復讐した君の名前は?勇気ある君の名前を教えてくれるかな?」
「え、江田島っていいます」
江田島……男塾の?
「そうか……江田島君」
「はい!」
あたしは避けられないためにすぐさま銃を構え、銃口を江田島君の脳天に合わせた。
「え?」
「お疲れ様」
バン!
あたしが撃った弾丸は江田島君の脳天を直撃すると、後ろに倒れつつ、力が抜けるようにその場に倒れた。数秒後、白い結晶となると江田島君はその空間から消えた。