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VRゾンビゲーム(仮) 7

「……」

「……」

「あ、あ、あんたねえ!何してんのよ!?」


 雪があたしの襟をつかむと持ち上げるように迫って来る。


「どうしたんすか?雪さん」

「どうしたのじゃないわよ!何で撃った!あの子は必死にここまで着いてきたのよ!それなのに!お疲れ様?あんたがやったことが分からない!」


 カチャ。


 雪はあたしに銃を向ける。


「雪!」

「アリス説明しなさい、撃った理由を。納得できなったらあんたを撃つわ」

「……そりゃあ別にいいけど、とりあえず……上に行かない?今の銃声であいつら来るぜ?」


 食堂での銃撃により法学部棟の外に居たゾンビの大半は食堂に向かっていたが、それでも少数ではあるが外にまだゾンビは存在している。


 今撃った銃声でここに来るのは時間の問題だ。


「……分かったわ」


 そういうと雪は箒を取り出し、上昇した。あたしたちもそれに続くように上空へ飛びあがる。



「さあ……話してもらいましょうか」

「……そうだなあ、この状況一番納得してるであろうサチさんに聞いてみたら?」

「は?サチがあんたの行動に納得してるわけないじゃない!」

「さあ?どうでしょ?」

「サチさん!どうなの?」

「え?まあ……アリスが撃たなかったらあたしが撃ってたから結果的には同じかな?」

「……噓でしょ?」


 よもやこの場に二人もある意味殺人行為を肯定する人間がいるとは思わなかったのだろう、絶望の表情を雪は浮かべた。


「……その理由は?あの子を撃って良い理由は?なんでよ!」

「あの子、別にゾンビを倒してきたわけじゃないんだよ。ただ単に友人……と呼べるかは置いといてさ、理由はともかくあいつは味方を背後から撃ってここまで来た。そんな奴信用できるわけないじゃん」

「だからそれはずっといじめられてきたからで!」

「それは関係ないんだよ雪」

「じゃあどういう意味よ!」

「あいつは確かにいじめられてきた、そしてこの状況で今まで自分をいじめてきたあいつを後ろから撃つことで自分の環境を自分が勇気を出すことで変えた……殻を破ったってことになる」

「なら良いじゃない!成長したってことでしょ?」

「それが一番危ないんだよね」

「は?サチさん言っている意味が分からないわ」

「母さんも昔言ってたけどさ、なんも知識も技術もない奴が何かの拍子に中身のない自信を付けるのが一番厄介なんだよ、そう言う奴ほど制御できないから」

「制御?」

「あいつは今、自分は何でもできるって思い込んでるぜ?ただ単にいじめっ子に復讐しただけでだ。あいつは今天狗になってんのよ、技術も知識もないのに。ある意味無敵状態、だけどそういうやつの一番怖い所は、いざ試練にぶつかったり、思い通りにならないと自分のせいじゃなくて周りのせいにしだすところだ。最悪自分が助かるために周りを犠牲にしだす……つまりいじめっ子側に回るってこと」

「そんな保証ないじゃない!」

「そりゃないよ?でもさこれが何度でもコンティニュー可能なゲームだったらあたしだって仲間に入れていたかもしれない、力の使い方を教えてやるってね。でもこれは一度死んだら終わり……そして全員死んだら現実世界でも死ぬことになるデスゲームだ。あいつを育てる余裕なんてないのよ。あんたあいつの為に死ねる?あいつに背中預けられる?」

「……それは」


 この質問に雪は言い淀んでしまった。


「あたしだったら無理」

「サチさん」

「あたしがアリスやコウ、雪を信用してるのはこれまで一緒に戦ってきた経験と皆に関する情報があるから。何が得意で何が出来ないのか、それを知ってるからこそアリスの知識を信用するし、コウの指示に従うんだよ。士郎さんの言う通り、このゲームをクリアするカギはアリスだと思ってるからいざというときはあたしは喜んでアリスやコウの為に死ねるよ?でも事前情報が何一つないあいつを信用できないし、信頼も出来ない……あいつに背中を預けるのはあたしは無理」

「……」


 因みにあたしが江田島を撃った時、驚いた表情をしたのは雪とコウだった。コウに関してはそういう汚れ役は脳筋のサチの仕事だったからわざわざあたしがやったことに驚いていたのだろう。


 では何故サチに説明させたのか。それは簡単である、そもそもの問題であたしが江田島を撃った時点でサチだけは表情を変えなかった。だからあたしの考え……というより、あの場における選択肢の内あたしとサチの答えが一致していたのだ。


 そして興奮している雪に対してあたしが説明をしてもただの言いわけにしか聞こえないだろう。だがただ見ていただけのサチがあたしの考えや行動に同調するような意見を言ってくれればただの言いわけから一つの意見となる。


 一時的にでも雪に冷静になってもらうには必要な選択だ。


 今のあの子に必要なのは自信を持って行動することじゃない。今の自分に何が出来るのか、どんな武器を持ってるのか、そしてその使い道を大人に教えてもらうことだ。あたしが三穂さんや久子師匠に戦い方を教えてもらったように。


 だがあたしにそんな義務は無いし、する気もない。


「ここまで聞いてどうだい雪さん、一発でも食らえばゲームオーバーのこのゲームであいつの為に死ねる?」

「……すぅー……はぁ……分かったわ、じゃあ最後に一つ。それが今のあなたなりの正義だってことね?ステアの頃とはまるで違うけど」

「……」


 雪さん、今度は正義なんつー単語を言い出しましたよ。


 だけど、そうだなステア時代のあたしは転生したんだから何も考えず無双できると確信していたね、でも現実はそうはいかなかった。だから変わったのだ……まあ旧日本のあたしのせいで軽く性格も変わったかもしれんけど。


「そうだよ、ステア時代のあたしの中にあった正義って奴は……順先輩と一緒に死んだよ」


 サチとコウはあたしが順先輩の名前を出した瞬間、ぴくんと震えた。苦い思い出が脳内を一瞬駆け巡ったのだろう。雪は最初誰の事だというような表情をしたが直ぐにあの事件の殉職者だと思い出し、何も言えなくなった。


「……やはりあの事件はあなたさえ変えてしまっていたのね。これ以上は言わないわ。なら早く行きましょ」

「おう」


 何処かまだ納得できないという表情だが無理やりにでも飲み込んだ雪はこの件をもう話したくないのか、ステアに向かうことを提案した。


 特段、ここでの目的はすべて終え、後はステアに向かうだけだったあたしたちはそれを承諾、すぐさまステアに向かって飛行を開始した。


「いやーサチさん……助太刀あざした」

「いや、こんな所でアリス失いたくないからさ。雪を説得できてよかったよ。どう?うちも脳筋脳筋言われてるけどこういう事だって出来るんよ?見直した?」


 飛びながら箒の上で胸を張るサチ。


「そ、そうですね。見直しました」


 あれはただ単純に自分の意見を言っただけで、所謂ディスカッションですらないということは……サチに黙っておこう。



 西京の西大からステアのあるマギーロまで少なくとも十数キロはあるのだが、このゲームの世界、飛行に関する法律が適用外(他に飛んでるものがゼロの為)であることと、飛ぶのに必要な魔素がやはりゲーム世界なので消費しないという観点から、現状あたしたちが出せる最高スピードで飛び続けること十数分、ついにマギーロ近くまでやって来ることに成功した。


「いやー法律がないってのはいいねえ!」

「そうね、普段だったらマギーロまで二時間ぐらいはかかるのに……こんなの初めての経験だわ」

「それに魔素消費の計算もしなくていいから楽だよね!」


 箒で飛べるからと言っても普段は魔素を消費してしまうので休みながら飛行するのはこの国の国民にとっては当たり前のことだ。そこらへんは車の運転に通ずるものがある。


「それにしてもマギーロ……ステアか、卒業以来一回も来てないなあ」

「え?マジで!?あたし時々ステア行ってるよ?」

「……何で?」

「だってステアの校長から頼まれてるんだよね!時々で良いから花組の魔法戦闘の稽古を見てやってくれって。一応アリスに負けるまでは無敗伝説残してましたし?」

「そんな連絡あたし受けてないんだが!?」


 おいおいおい!三年生の時は一時的に!休学しておりましたけどもだ!ちゃんと卒業しましたよ?それにサチにだって勝ちましたよ?そんなあたしに何で連絡来ないんですかね?


「ああ、校長曰く『アリスさんは神報者付の仕事で忙しいでしょうし、サチさんだけで十分では?』って」

「あの校長!卒業してから今日に至るまで神報者付の仕事なんざ片手で数えるくらいしかしてねえわ!……今度ステア行って校長に文句言って来よう」

「ハハハ!付き合うよ?」

「オナシャス!」

「お二人とも!もうすぐマギーロよ?準備しなくていいのかしら?」

「え?だってステアまで普通に箒で飛べばいいじゃん!方角も分かってるし、普通に喋ってても……」


 その時だった。


 ……ガクン!


「へ?……おわああああああ!」

「アリス!」

「アリス!」


 あたしの乗っていた箒がマギーロに入った瞬間、高速で垂直落下しだしたのだ。三人はあたしを助けようと向かうがあたしと同じようにマギーロに入った瞬間落下し始めた。


「きゃああああああ!」

「マジか!やばいやばいやばい!」

「……っく!」

「ちょっ!落ちる落ちる落ちるうううううう!」


 何とか箒にしがみついては居るが落下する速度は思いのほか早くすでにマギーロの地面が見えている、地面に激突するまでもう十数秒と無いだろう。


「やっべ!このゲーム……落下防止とかあるか?無いか?一か八か飛び降りるか?無理だ時間が……南無さん!」


 地面に激突する数秒前、この世界に来て久しぶりに落下による恐怖によりあたしは箒にしがみつき目を瞑った。


 ……だが地面に衝突する衝撃は受けなかった。


「……ん?あり?」


 目を開けたあたしは驚いた。先ほどまで垂直に落下していた箒は地面まで約二メートルほどの所で止まっていたのだから。


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