「……」
正直言って、マジで久しぶりにビビった。ゲームのシステムで再現されていないのか、冷や汗は確認できないが、心臓の鼓動がかなり早くなっているのは分かる。
「アリス!」
「大丈夫!?」
同じように垂直落下してきたサチ、コウが心配そうな表情でこちらに近寄って来る。雪も合流しようとこちらに歩いてくるが、歩きながら周囲を観察している。
「まあ……一応?この世界に来て久しぶりに落下の恐怖を味わったよ」
「あたしも」
「そうだね」
あれほどの恐怖はこの世界に来て、初めて箒の試験で飛び降りた時以来だ。だがあの時は自分の意思で飛び降りたが、今回は予告なく急降下したから少し毛色が違うが。
「あら?私は平気だったわよ?どうせ落下防止の魔法がかかってるし。でも今回は速度が速すぎてタイミング無かったけど」
「雪さん」
「何よ」
「この世界、西京では例外的に箒が使えていたけど、マギーロに入った瞬間に箒が使えなくなった……つまり本当の意味で魔法が使えなくなってるんよ?落下防止のプログラムがご丁寧に作られているとお思いで?」
「……あ」
今頃気づくのか、まああたしも救済措置でかかっているかもしれないと頭の隅で考えていたが、この状況である方に賭けて飛び降りて駄目でしたは現状訳四十名の命を預かっているあたしにはどうしても出来ん。
そしてやっと意味を理解した雪は顔が青白くなっていく。
「あんたがある意味いつも通りにしなくて良かったよ」
「そ、そうね……それで?これからどうする?」
「と言われてもねえ……」
正直に言おう、道が分からんのだ。
だって!確かに約二年間ステアで過ごしてある程度マギーロについても知ってるけどさ!基本移動手段……箒よ?店から近くの場所に行くなら歩くけど、基本ステアに帰る時ですら箒だったんよ?地上の経路など覚えておらんわ!
「道が分からん」
「はあ?」
「あたしも分かんないなあ……基本箒で移動してたし」
「あたしは何となくは把握してるけど、ここみたいにマギーロの端っこは来たこと無いから自信ない」
「あんたたちねえ!」
これこそ箒で飛行する便利さの弊害か。
だがそれ以上に少し気になることがある。
「あのさあ……普通に降りたけど、何でゾンビいないん?」
「それあたしもさっきから気になってたんだよね」
あたしが降りたのは西京からマギーロに入る入り口から左側だ。そこにはマギーロのお店の裏路地のようになっているが、少しばかり広くなっている。
だがここまで大きな声で会話しているのにも関わらず、何故か一向にゾンビが現れないのだ。
「もしかしてここ付近がセーフゾーンだったりする?」
「可能性はあるね……ん?ちょっと待てよ?もしここがセーフゾーンだとすると……」
あたしは周囲を探し始めた。
「アリス何してんのよ」
「考えてみてよ。このゲーム、ゾンビが入ってこないセーフゾーンは大抵……武器とかあったりしたじゃん?ここがセーフゾーンなら……何かないかなって」
「それなら……さっきから気なってたけど、そこの建物、マギーロにある建物にしては変じゃない?」
「ん?どれ?」
雪が指を指す。その方向を見ると確かにマギーロ学園都市にしては不釣り合い……というより元のマギーロには絶対ないだろう建築物があった。
マギーロは基本、識人がハリーポッターの世界観を参考にして作ったことはもう知ってるだろう、だからこそ周囲の建物は基本的にレンガで出来ている。
だがその建物はコンクリートで出来ていたのだ。まあ現代ヨーロッパがコンクリートを使っていることは無いとは言い切れないが、あたしの知っているマギーロの建物は全部レンガ造りだ。
「……ちょっと見てみますか」
そういうと建物の前面にあるシャッターに手をかける。
「……」
「……」
サチとコウも何も言わずにあたしの横に立ち、あたしがシャッターを開けると同時に中を見るようにしゃがみ込んだ。
雪さんは……まあ、戦闘メインではないので後ろに居て構いません。
「……りゃ」
ガラガラガラガラ。
新品なのか、シャッターが滑らかに動き出し上に開いていく。
「……クリア……かな」
「うん、クリア」
「りょうかい」
二人のクリアリングを確認したあたしは残りのシャッターを思い切り開けた。
「……わーお!この展開は……うん予想は出来てた!」
そしてそこに出てきたのは……何とも意外や意外、車だった。
銃にはある程度知識はあるが車となると一気に知識量が減るので名前こそ出てこないが、米軍や自衛隊が使っていそうな……所謂軍用車が現れたのである。
「ハンヴィーだ!」
「コウさんよくご存じで」
「うん、車の運転の練習で母さんに乗せてもらったから!」
「でもあたしはさせてもらえなかったんだよなあ……なんでだろ?」
霞家は車の運転の練習に軍用車を使うんか?やることが派手だねえ!ていうかなんで持ってるんですかね?
というかサチさんに関しては……うん、教習所で一から学んだほうがいいよ……いくら私有地での無免許運転が許されていても廃車になりかねん。貴重なハンヴィーだ……そっちの方がいい。
「武器もあるね!やっと補充できる!」
コウはそういうと、自分が使っている銃の弾丸を探し始めた。サチもコウについて行くように弾薬を補充し始める。
「雪!弾補充するからマガジン持ってきて!」
「分かったわ」
ここまでのコウの戦い方、コウに対する指示、それ等を見てきた雪は完全にサチを信用しているようで指示に従い、銃を持っていった。
あたしはというと、スタングレネードをいくつか補充し置いてあった地図で自分たちがいる場所からステアまでの道順を確認していた。
「……お?んん?ほーう?」
この時あたしは、マギーロの地図で面白い事実に気づいた。
「よし準備完了!」
補給の指揮を執っていたコウではなくサチが元気よく補給完了の宣言を発声する。
「で?どうするの?ここに車があるってことはこれに乗ってステアに行けってことでしょうけど……私は免許持ってないわよ?まあ教習所には通ってるけど」
「私も免許持ってない」
「あたしも」
「絶賛教習所に通い中」
なんということだ。目の前に車があるのにも関わらずこの場に運転できる人間がいない!?……士郎さん置いてきた選択肢間違ったか?
「……でも別にここはゲーム世界、道交法は適用されない……なら免許なくても良いじゃないかな?それにハンヴィーに機関銃あるからある程度は安全に行けると思う」
「そうね……なら銃を撃つのはコウさんに任せるわ。運転はある程度道が分かってる私がします」
「それでいいわね?」
「うん……大丈夫」
「ちょっと待った」
コウと雪、それに従うサチが車に乗り込もうとした時、あたしが待ったをかける。
「何かしらアリス、あんたが運転する?それとも銃を撃つの?」
「いや……そういう事じゃない。……卓!」
『え?あ!はいはいはい!いますよ?』
「卓、今すぐに目の前のハンヴィーの耐久値調べてくれる?」
『え?……あーなるほど。少々お待ちを』
脳に直接卓がキーボードで何かを打ち込みながら何かを探しているようだ。
「アリス、どういうこと?」
「あたしが知ってるゲームだと、こういう乗り物はゾンビに当たっただけで耐久値が削れるんだよ。そして車の耐久値がゼロになった瞬間ゲームオーバー、もしこれが何度も挑戦できるゲームなら良いけど、今回は違う。もし来るまでマギーロに向かってる最中にゾンビに衝突、爆発は……しないと思うけど止まったらどうする?」
「……」
「……」
皆黙ってしまった。当然だ、車で比較的安全に行けると思っていたのだから。
『アリスさん及び周りに居る皆さん、調査結果ですがアリスさんの予想通り、車には耐久値があります。計算式が結構複雑ですから今適当に計算した結果……訳三十体、攻撃もしくは衝突した段階で車はつかえなくなるでしょう』
「うそ!?」
「うわー」
「……となると、車はある意味賭けになってしまうわね。さすがにあんな量のゾンビを確実に避けきるなんて出来ないし、コウさんも一人で対処できるとは思えないもの」
マギーロに路上に無数にいるだろうゾンビを運転テクニックで出来る限り避けながら完璧にステアに行けるなら良いが現状、無謀だ。なら他の手段を使うしかない。
「アリス、車の選択肢が無くなった今、あなたには何か作戦があるの?」
「もちろん、じゃなかったらあたしは全力でコウのバックアップとしてある程度無理やりでも車で押し切るさ。あたしは考えた作戦は……ちょっとみんな来て」
あたしは地図をもったまま建物から外に出た。
「それで?作戦は?」
「作戦は……アサシンクリード作戦!」
そう言いながらあたしは、ある物を指さした。