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VRゾンビゲーム(仮) 9

 あたしが指さしたのは、銃や車があった建物の真向かいに会ったレンガ造りの建物だった。……というか普通のマギーロにある何かしらの建物だ。


「……?」

「アサシンクリード?……何それ?」


 サチとコウは聞いたことが無い単語ではてなマークを頭の上に浮かべている。そりゃ知るわけないだろう。あたしも詳しくは知らん。


「旧世界のゲーム」

「アリス!あのねえ!」

「なんすか」

「いくらあなたが身軽でも壁を伝ってステアまで行けると思う!?握力が持たないでしょ!?」

「おっとー?壁を伝う?そんなことできるわけないじゃないですか!いくらあたしでも握力持たんわ!壁を伝うんじゃないよ、屋根を伝うんよ」

「屋根?」

「ちょっとこれ見て」


 地図を広げる。


「マギーロの地図ね」

「ここが今いる場所、そしてここが目的地のステア……何か気づかない?」


 地図上の現在位置とステアの位置を指さす。


 数秒間、雪は何のことを言ってるのか分かってない様子だったが直ぐに理解した。


「……あ!建物が繋がってる!?」

「そう、多分現実のマギーロじゃあ、違うけどこの世界では繋がってる……つまり?」

「屋根に上がって歩けば……ゾンビたちを回避できる?」

「まあ……こんな道を用意してるんだし、屋根の上にも多少はいるだろうけど、それでも道路に居るゾンビよりは数は少ないじゃない?多分、ステアにもセーフエリアあるだろうけどさ、出来る限り弾は温存したいじゃん?どうよ?」

「……」


 雪は立ち上がり、考え始めた。


「コウ、見た感じ三階建てだけど登れる?」


 あたしと日々稽古をしているサチならともかくコウは稽古をしているとはいえ、非力には変わりない。コウが無理なら他の作戦を考えなくてはならない。雪は……多分大丈夫だろう。


「そう何回も上り下りしないしだろうし、大丈夫だよ」

「ならおっけー!雪さん?」

「そうね……なら行きましょうか」

「おう!」


 あたしたちはアサシンのように建物の壁をよじ登り始めた。


「日本の建物じゃなくて良かったー!」


 壁を上りながらヨーロッパの建築に感謝しながらあたしに続いて壁を上っている三人の様子を時折確認する。


 サチはさすがに日々稽古を受けているのだろう。あたしと同じように軽々と壁を上っている……心配はいらないだろう。


 雪は多少てこずりながらもゆっくりと壁を掴んで昇っている。


 そして意外だったのはコウだった。三枝さん曰く、ステアでサチに負けてから少しづつ稽古をしだすようになっていき、大学生になっても続けてはいたらしいが、それでも運動神経、体力、筋力共にサチは及ばないらしい。


 だが持ち前の頭脳でどこをどのようにつかめば良いのか直感的に分かるのだろう、あたしやサチみたいに身軽さを生かして飛ぶようにいくのではなく、ひとつずつ確実に登って行った。


 登りに一番安定感があるのは恐らくこれだろう。


「……ふふ」


 誰にも頼らず、自分の力だけで壁を登る様子に何故か見守ってきた子供が成長する様子に嬉しさを感じるように微笑みが漏れてしまう。


「アリス、何笑っているのよ。気持ち悪いわ」

「失敬……ふー!」


 一番最初に昇り切ったあたしは軽く息を吐き出すとすぐに銃を取り出し、周囲を確認するが、どうやら見渡す限り屋根にゾンビはいないようだ。


「二番目!」

「三番……目ね」


 サチ、雪と屋根に登りきると息を吐きつつ少し休憩する。


「あたし……も……つい……あ!」


 ずるっ!


 登れた安心感からか、力を抜いてしまったのだろう、足を滑らせたコウが絶望の表情で地面に向けて倒れていく。


「コウ!」

「コウ!」

「……」


 駄目だ。あたしの位置では急いで手を伸ばしてもコウには届かない。駄目か……。


「コウ!!!」

「へ?」


 これまで以上に声を上げた雪がすぐさまにコウの手を掴むと、何とかぎりぎりコウは空中でとどまった。だがこんなことは言いたくないが、雪一人ではどう頑張ってもコウを持ち上げるのは不可能だろう。


「雪、このままじゃ雪まで落ちるよ?離して?」

「馬鹿言うんじゃないわよ!アリスもサチも言ってたでしょ!信用できる、信頼できる友人が居るからこそ背中を気にせずに戦えるんだって!私にとってあなたは信用できる信頼できる数少ない友人の……仲間の一人よ!決して見捨てないわ!」

「……!」

「……ちょっと失礼」

「……」


 あたしとサチは雪の言葉に驚きつつ、アイコンタクトもせずにすぐさま雪の横からコウの体を掴んだ。


「せーの」

「おりゃ!」


 二人で掴めばコウぐらいなら何とかなる。コウは軽々と持ち上がると、するっと屋根の上に置かれる。


「あ、ありがと」

「コウ、助けが欲しいならそう言いなって」

「でも迷惑かけたくないし」

「……コウ、あたしはコウの事まったく迷惑だなんて思った事ないよ?的確な状況判断、サチに対する的確な指示、これ以上ない戦術家だよ。あたしたちにとって迷惑なのは自分の実力も知らずに無茶をやるような……助ける価値もない奴だよ?」


 誰とは言わないが。


「コウ」


 雪はコウの前にしゃがみ込む。


「私が何でアリスの提案に従ったか分かる?」

「え?……そっちの方が安全だから?」

「それもあるけど、アリスだからよ」

「……どういうこと?」

「ARAの件しかり愛和事件しかり、大学に入学してからアリスと一緒に何回か事件に巻き込まれたことがあるから言えるけど、アリスは毎回自分を含めた仲間がなるべく危険な状況にならないように今までの経験や知識を使って行動するのよ。それによってあたしは何度も命を救われてきたわ。だからこそ直感で分かるのよ、こういう状況ではアリスに従った方が良いって」

「……うん」


 いや、助けたつもりないんだけども。あたしはその場その場でこう動けば良いんじゃね?的なノリで動いてきたから助けた実感ないんだけども。


 ていうかさ、ARAの件はまだ仕事だったからあれだけど、愛和の件は完全にあんたがたに巻き込まれたんですけどね!


 そういや雪さん?別に口に出して言わんけども、今まで助けた貸、結構あるけど?いつになったら返してもらえるんですかね?まあ!今の状況じゃ言わんけども!


「だからね?もし他の……士郎先輩は別だけど、他の人がアリスと同じような提案をしても素直には従わないわ……分かるでしょ?」

「うん……何となくは」

「それにある程度戦闘できるけど基本脳筋のサチ、知識と戦闘力はあるけど基本馬鹿のアリス、この二人の世話を私一人で出来ると思う?」

「えー」

「おいこら」

「ふふふ、そうだね。雪一人じゃ荷が重い」

「分かったならいいわ。立てる?」


 雪はコウに手を差し出す。それをコウは笑顔で掴み立ち上がる。


「ありがと」

「もちろん。それにね?ステア時代、父の件で名家の中で完全に孤立していた私を唯一支えてくれたのはサチとコウ含めた霞家だけだった。あたしは霞家を差別していた名家の中心だったのに……それでも霞家は支えてくれた……助けるのは当然よ」

「母さんがさ、能力で区別することはあっても差別は決してしてはならない、孤立する苦しみを知ってる霞家だからこそ、自分たちだけは孤立させる側に回ってはならない、絶対に西宮雪を支えてあげなさいって言われたんだよね。アリスが名家の中で孤立していたあたしたちを助けてくれたように」

「そう」

「それで?時間制限は特にないかもだけど、すでにゲームオーバーの人を待たせるわけにはいかないんで……そろそろ行きません?」

「そうね……それとアリス」

「なんでしょ?」

「何でもう少し早く助けなかったのよ!」

「えー、だっていきなり雪さんが良いこと言い出すんですもん!聞きたかった!」

「あのねえ!いくらゲームとはいえ、コウ一人を腕一本よ!持たないわ!」

「大丈夫」

「何が……」

「雪なら……絶対に離さないって知ってるから」

「……!……ふふ、分かったわ」

「それとさっきから何でコウのことを呼び捨てにしだしたんですかねえ」

「え?……呼び捨てにしてた!?」

「ええ思いっきり」

「私は別にいいよ?アリスの事も呼び捨てだし」

「ならあたしもサチって呼び捨てにしてほしいなあ、仲間っぽいし!」

「……分かったわ、アリス、サチ、コウ、行くわよ」

「おう!」

「うん!」

「うっす……まあ先頭はあたしですけどね」


 何か良く分からん友情の確かめ合いが終了したあたしたちは、予定通りステアに向かうことにした。



「ステアの正面玄関の広さがここで弊害となったかあ」


 プログラマーがゾンビを配置するのを忘れていたのか、マギーロの入り口からステア魔法学校正面玄関までつながる屋根の上にはゾンビが一匹もおらず、コウと雪が何度か屋根から滑り落ちそうになったこと以外は銃弾を一発も撃つことなく問題なく正面玄関前までやって来ることが出来た。


 だがようやくステアの正面玄関まで来たとき、問題が浮上したのだ。ステアの正門前は元々車が多く停車できるように広く作られている影響もあってかなりのゾンビが正面前に立っていた。


 まるでこれから推しのライブ……いや、誰かがこの前を通ることを聞きつけた人たちがここにたむろしているかの如く大量のゾンビが集結しているのだ。


「どうするの?ここに来るまでにほとんど銃は撃ってないからここで使う?」

「いや……いくら銃弾が豊富で中で補充できるかもって言ってもここで撃っちゃうと他のゾンビまで来ちゃうから悪手になる」

「狙撃は?」

「いくらあたしでも百メートル以上離れてるゾンビにハンドガンで狙撃できるほどの腕は持ってないよ。サブマシンガンでも同様。……」


 残る手段は……うん、こいつしかないわな。君にはいつもお世話になるねえ!


「おっけ作戦は決まった」

「一応内容を聞くわ」


 あたしはしゃがむと三人に作戦を伝える。今までだったら青ざめたりする雪でも、あたしを信用しているのか何も言わずに頷くだけだ。


「分かったわ、でもそうすると最後までいるあなたは大丈夫なの?最悪ゾンビが戻って来る可能性もあるんじゃ?」

「それは問題ない。サチ、スタンを二個ほど持ってるよね?あたしが降り始めた時にゾンビが戻る様子だったら投げて……出来るよね?」

「あたしを何だと思ってるの!?それぐらいは出来るよ!」


 それぐらいって……じゃあそれ以上はできんと?


「……まあいいや、じゃあ作戦開始!」


 フェーズ1、まずはサチとコウ、雪がさっきとは逆で慎重に壁を降りていく。先ほどのことがあった影響で屋根に残ったあたしは上からコウが降りる様子を食い入るように見つめた。


 だがサチも雪も分かった居るのだろう、降りながらもコウがちゃんと降りるように意識を向けているようだ。


 そして数分後、三人が何とか地面に降りるのを確認しひとまずは安心した……その時だった。


 ガチャン!


「は?」


 下から何かの物音がする。よく見ると、ここでサチが何かを蹴ってしまったようだ。上からなので詳しいことは分からないが、サチが凄い焦って何かを直しているように見える。


 だがやってしまった事は戻せない。一匹のゾンビが音に気付いて三人の方へ歩くのが見える。それと同時にコウが銃を構えた。


「撃つなよ?大丈夫だから」


 ここで撃ってしまえば、銃声で他のゾンビを連れてくるという最悪のシナリオになる。それは何としても避けなければならない。


 あたしはすぐさまにスタンを手に取るとピンを抜いて右側に投げるように構える。ステアの右側はマギーロ中心部だ。左側ではマギーロ側のゾンビがやって来るので意味が無い。


「りゃあああ!」


 思いっきり、スタンを投げると理想的な放物線を描いてマギーロへとつながる道路へ放たれていった。


 結果的に言えば理想的な距離では無かったが、それでも正面前に居るゾンビを引きつけるのは十分な距離だ。


 バーン!


 投げて数秒後、スタンが爆発する。


 直後、正面に居たゾンビが一斉に首をスタンが爆発した方角に向けた……結構面白い光景だ。そして同時に三人に向かって歩いていたゾンビも歩みを止めると同じ方向に顔を向けた。


 そしてゾンビたちはゆっくりとその方向へ歩いていく。


「……よし念のために、もういっちょ!」


 もう一つのスタンも投げた。


 ……バン!


 先ほどよりは距離が稼げたのでゾンビはあらかた正面からは一掃された。それを確認した三人はゆっくりと正面入り口に向かって行く。


「よし、あたしも行きますか」


 あたしも安全を確認し、壁をすぐさま降り始める。その時、何となく視線を感じたので振り向くとコウが不安そうにあたしを見ていた。


 いやいや、コウさんじゃないので落ちたりしませんよ……あ、ゾンビが来ないか心配なだけか。


 壁を降り切ったあたしは銃を引き抜くと、足早に正面に向かい始める。そして正面入り口まであと半分……と言ったところで事件は起きた。


「……あ?」


 何故かスタンを持ったサチがゾンビたちに向かって投げる構えを見せていたのである。


 もう必要はないはずなだ……だがまあ念のためと……かな?


「りゃ!」


 かわいい声で精一杯スタンを投げる様子は感服に値するなあ!


 カン!ガラガラガラ!


 ……投げ損なわなければ。


 サチの投げたスタンは近くの街灯にぶち当たると、サチから数メートル付近に転がった。


「……あ」

「……まじか」


 バーン!


 不発……いやピンを抜き忘れた!的なことも起きずにスタンは爆発するという仕事を全うした。スタン先輩……あなたは悪くない。


「ごめええええん!」

「……」


 サチの謝罪を尻目にあたしはゾンビの様子を見ていた。たまたま聞こえなかった……なんて都合のいいことも起きるはずもなく、先ほどまで移動していたゾンビは向きを変えるとぞろぞろとこちらに向かって歩き始めている。


 距離にして……百数十メートル。


「……走れば十分間に合う!おおおおお!」


 ゲームとは言え、久しぶりのステアだ。ゆっくり歩きながら凱旋などという淡い希望はサチさんのやらかしにより霧と化した。


 迫りくるゾンビから逃げ切るまであたしは正面玄関まで全力疾走した。


 自分のやらかしに膝から崩れ落ち何か呟いているサチとは違い、コウと雪は玄関と閉じるためにすでに待機している。さすがだ!脳筋とは違う!


「おおお!おおお!?」


 勘違いだと良いんだけど……何故かゾンビの歩く速度が速くなっているような……分からん!とりあえず走りこめば万事解決だ!


「おおおりゃあああ!」


 ずざー!


 ゾンビがあたしと接触するまでおよそ一メートルの所であたしは正面入り口に滑り込んだ。同時にコウと雪によって門が閉じられる。


 だがエリア違いなのか、ステアの中に入った瞬間、ゾンビたちはあたしが見えていないかのようにその場を佇むだけに変わった。


「はぁ……はぁ……はぁ。間に合った」

「ご苦労さま」

「良かった!サチ!」

「ひゃい!すみませんでした!二度とそれくらいできるとは申しません!」

「それとゾンビ……ここに入った瞬間に様子が変わったわね」

「多分だけど、ゲームの敵キャラって配置されたエリアから他のエリアには行けないようになってることが多いからマギーロとステアでエリアが違うんじゃない?」

「なるほどね」

『その通りです』

「うお!卓か」

『何とかステアまでたどり着きましたね』

「何とかね」

『ここまで来ればもう少しです。皆さんはステアの卒業生なので、場所を言えば行けますよね?』

「あたしらを舐めるなよ?一年休学してたとは言えちゃんと頭に……いや体が覚えてる!」

「あんたねえ……」

『いえ、たどり着けるなら問題ないですよ。ではまずは……魔法薬学の教室に向かってください』

「お!そこで最初の謎解き?いいねえ!この状況で言うのもなんだけど、ちょっと楽しみだぞ?それにゲームとはいえ、久しぶりのステア!楽しむぞー!」


 あたしは銃を構えながら意気揚々にステアの中に入って行った。


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