「ふぅ……死にかけた。二人とも無事だよね?」
「何とかね」
「こっちは問題なし」
『大丈夫ですか?』
「大丈夫ですか?じゃないわ!あんたが悠長にしてたせいでこっちはリッカーに切り刻まれるところだったちゅうの!」
『リッカー?……てあのバイオの?へぇ……このゲームそんなのいるんですか、まあ何とか闘技場に入ったからいいじゃないですか』
「あんたがそれ言うか」
まあ確かに卓にはあたしたちが今どこにいるか、そしてどのような敵と対峙しているかが把握できていない点を考えれば仕方がない所もあるっちゃある。
だが最終ボスのエリアに入ったので良しとしよう……ただ一つ問題があるとすれば、ゲーム開始時から最終ボスに行くまでにセーブらしいセーブを出来ていないことだ。
まあもしセーブ機能があるんならここまで大げさになっていないだろうし、体験版にセーブ機能があるゲーム自体あまり知らないから期待してないけど。
「というか……ここ本当に闘技場?面影がないんだけども」
一息ついたあたしはゲームで再現されているであろうステアの魔法戦闘闘技場をとりあえず観察してみることにしたが、あたしの知っている闘技場とはまるで違った。
そこら中に銃や弾薬箱が転がっている。挙句の果てにはマギーロ入り口にあった機関銃が設置されているハンヴィーが置いてある。
ステアを知らない人にこれを見せてここがステアの魔法戦闘用の闘技場ですと言っても信じないレベルで銃器が雑に置かれていた。
バイオのゲームなら最終ボス前の回復や銃弾補給のためのスペース……と言っても良いのだが、よく見ると弾薬箱のほとんどが空なので多分設定上、ここから出撃した部隊の残しものがちょろちょろ残っている……という感じだろう。
「ねえ、アリス」
「ん?」
「あそこに誰かいる」
コウが指さす方向を見ると確かに闘技場のちょうど中央に人が座っていた。
後ろ姿なので性別や年齢を推測するのは難しいが、体格から推測するに恐らく男性だ。
銃を構えながらゆっくりと近づくと、あたしたちの気配に気づいたのかゆっくりと男性は振り返った。そして同時にかなり驚いたという表情を向けてきた。
そしてあたしは直感的にこの人はゲーム参加者ではないと悟った。
「まさかここにたどり着ける人がいるとは……」
驚きの表情が感心と嬉しさの表情に変わった。
「名前は存じ上げませんが……あなたがこのゲームのプログラマーですね?」
「え!?」
「なんでわかるの!?」
「まず見た目の年齢、このゲームのデモプレイに参加した人で、一番年齢が高い人は士郎さん含めたあたしたち大学生ぐらいの年齢の人、それ以外は基本高校生が大半だったでしょ?」
「あ、確かに」
「この人は明らかに30代……ぐらいかな?間違ってたら申し訳ありませんが。そんな人がここに居るって時点でまずゲーム参加者じゃないってことは分かる」
「なるほど」
「さっすがアリス!」
褒められるほどの推理はしてないんだが?
「私は沖田。推察の通りこのゲームのメインプログラムを担当していたプログラマーです」
「これは……聞くことじゃないかもしれませんが……現実世界のあなたは……」
「ええ、恐らくですが……死んでいるでしょうね」
「……!?」
「うそでしょ……本当に?」
「ええ、私の最期の記憶は何者かが私に向けて拳銃を向けている様子です。残念ながら誰かまでは思い出せませんが」
「では何故ここに?」
「元々私は会場にある元は別の機械からサポート役として入る予定だったんです。ここに居るのもそれが理由です。ですが予定が狂い、私は銃に撃たれて死んだ……最後の手段として自らをスキャニングをして何とか私自身はここに来ることが出来たんです」
「すきゃ……え?なに?」
「あたしたちの体が居る機械はあたしたちの体や脳をスキャン……つまり読み取ってこの世界に再現しているってのは知ってるよね?」
「う、うん」
「この人は自分の脳全部をスキャンしてこの世界で再構築、つまり体はもう死んでるけど意識だけはこの世界で生き残ることが出来たってこと」
「えええ!?」
サチが声を上げて驚愕した。
ていうか……普通にSAOとかコナンの映画なんだが!?
「お詳しいですね」
「まああたし一応識人なんで」
「では旧日本ではもうこの技術が!?」
沖田さんが目を輝かせて見つめてくる。
「いや……すみませんが理論上出来るかもしれないってだけで、現実では多分まだできていないはずです。あたしが知ってるのも映画や小説で似たような技術がサイエンスフィクションとして登場するので知っていただけです」
「なるほど……そうなんですか」
「考えてもみてください。この技術は魔法を組み合わせることによって成り立っていると言っても良い、魔法が存在しない旧日本で出来ると思います?」
「確かにそうですね」
恐らく技術的にある程度は進んでいるのだろう旧日本の技術に期待していたのだろう、真実を聞いた瞬間、少しがっかりしたように見える。
「ていうかあたしたちの入った機械って何もボタン類って何もなかったはずだよね?よく撃たれる直前で出来たなあ」
「ああ、あなたがた用の機械は製品版で中から操作できないようになっているんですけど、私が入ったのは試作品なので調整用に中から操作できるようになってるんですよ」
「ああ!だからか!」
「あの……先ほどから気になるんですけど」
コウが何か気づいたようで質問する。
「何でしょうか」
「何でさっきから右手を抑えているんですか?」
「え?」
確かによく見ると沖田さんは何故か懸命に左手で右手を抑えていた。
確かめると……右手には……これまたバイオでよく見た……注射器が握られていた。
「……っ!マジかよ!」
瞬時沖田さんから距離を取ると銃を構える。サチもコウもあたしがいきなり銃を構えた事に驚きつつも同じように距離を取り、銃を構えた。
「何!?アリス何してんの!?」
「……?」
「気づいてくれましたか」
中身こそ確認できなったが、ゾンビゲームで注射器となると選択肢は二つしかない。そして卓がこの場が最終ボスのエリアだというのであれば二つあった選択肢は自ずと一つになる。
「二人には意味が分からない質問だけど……中身は……普通のウイルス……じゃないですよね?」
「ええ、ご想像の通りです」
「え?普通?ウイルスに普通とかあんの!?」
「あたしが知ってる旧世界のゲームだとゾンビはTウイルスって言うウイルスでなるんだけど、ボス戦で大抵のボスが打ち込むウイルスは中身は違うんだよ。ゾンビウイルスよりももっと強力でたちが悪い……Gウイルスっていうのよ。……なんでそれ持ってんすか」
「恐らく私を殺した犯人は私がこの世界に来たことを知っていたのでしょうね。私自身に変なプログラムを残していきました」
「変な……プログラム?」
「ここでゲーム参加者を待ち、現れればウイルスを打ち込む。そして自らが化け物となりゲーム参加者を倒せというプログラムです」
「……マジかよ」
おいおいおい、SAOでもコナンでもプログラム開発者本人がプログラムで操られるなんて聞いた事ないんですが!?
「それは……沖さんでもどうにもできないんですか?」
「はい、今の私にはプログラムに干渉する権限はありません。私の右手はプログラムによって強制的に動いているだけです。今の私に出来るのはこれを何とか抑えることだけ、君たちがこの場に来た瞬間に、その力が強くなってきたので……もうそろそろ限界ですね」
「……」
つまり今の沖田さんはただただプログラムに操られる人形でしかないと……ならもう出来ることは……この人と戦うしかないってことか。
「最後に、なんでもいいです!あなたを殺した犯人に心当たりは?」
「……覚えていませんが……そういえば僕と一緒にプログラム開発をしていた友人が珍しく社内で誰かと話していたのは覚えています。普段、上司以外に敬語で喋らない彼がかなり丁寧な敬語で喋っていたので印象的でした……それぐらいですかね」
「……なんで今その彼の事?」
「簡単でしょ、メインでプログラムを組んでいるのは沖田さんとその仕事仲間、そして沖田さんが死んだ後にここまでストーリーと敵キャラの出現場所をいじれるのは?」
「あ!同じプログラマー!」
「そういう事」
だけど何処か引っかかる。多分だけど沖田さんを殺したのはその同僚で間違いないだろう……でももし誰かと話していたのだとすれば……これは怨恨じゃない?
わざわざデモプレイの日に、ゲーム参加者を殺すように巻き込んでまで沖田さんを殺すか?……裏に誰か絡んでるなこりゃ。しかも今回のデモプレイの参加者はほとんどが政治家の息子や経営者や資産家の息子……はたまた名家の人間だ。
標的にするには十分の価値だ。
……駄目だ!あたしにはてんでわからん!ていうか……めんどくさい!んなもんに関わって面倒に巻き込まれたどうする!……もう巻き込まれてるけど!こっちはただゲームしとるだけじゃ!
「最後に何か言うことありますか?」
「そうですね……恐らくですがもうこのゲームが人の前に出ることは無くなるでしょう。でも、作り続けて欲しいですね。ゲームは人の心を楽しませることが出来る遊戯の一つですから。そして皆さんが笑顔で楽しんでくれれば……私はそれで満足です」
「……多分、何発か撃ちこむことになりますけど……大丈夫ですか?」
「ええ、もう一発も二発も変わりません……それと最後に」
「何ですか?」
「あなた方のお名前を伺っても?多分記録にも残りませんが、私の……このゲームのここまでたどり着いた最初で最後の英雄として覚えておきたいんです」
「……アリス」
「霞サチ」
「同じくコウ」
「ありがとう」
私は沖さんから五メートルほど離れると銃の照準を眉間に合わせた。
しかし、誰かが見ていたのかそれとも制限時間が近づいていたのか、沖田さんの右腕が暴れ出した。
「くっ!もう……もちません!離れて!」
「……」
バン!ピュン!
癖なのか意味が無いと分かっているのにも関わらずあたしは注射器を握っている右手を狙って銃を撃ったが数ミリ左にずれた。
「ちっ!やっぱ動く右手はあたしでも無理か!」
ブス!
その時、右手の注射器の針が沖田さんの首に刺さった。
「やっべ!」
バン!
焦ったあたしは即座に沖田さんの眉間を銃で撃ち抜いた。打ち抜かれた沖田さんは体中の力が抜けるようにその場に倒れる。
「……や、やった?これでゲーム終了?」
「でも何も起こらないよ」
最終ボスである沖田さんを撃ったにも関わらず何も起きないことに不安を見せるサチとコウはゆっくりだが沖田さんに近づく。
倒されたのにも関わらず沖田さんは結晶化せずに倒れているだけだ。
ピク、ピク、ピク。
右手がひとりでに動いた。そして握りしめている注射器を押し込むと薬剤を注入する。
「二人とも!早くその場から離れろおおお!」
あたしの声で即座に警戒態勢になった二人は表情を変えると即座に銃を構え距離を取る。
「え、え、え?どういう状況!?」
「……」
「まあ、こんな簡単に終わるわけないよな……常識的に考えて」
そう……まだゲームは終わっていない。
全員の視線が倒れている沖田さんに集中する中……ウイルスが注入された沖田さんの体は……およそ人間の動きとは思えない動きを始めた。