東京ビッグサイト。ある意味オタクにとっての聖地だ。年二回行われるコミックマーケットは全国のオタクが同人誌を作ったり、またはそれを手に入れるために全国から押し寄せる一大イベントである。
そしてそのビッグサイトはこの第二日本にも存在する。西京ビッグサイトという名称で。
この世界の日本でもコミケ自体は毎年二回ずつ開催されているようで、毎回全国から薄い本を作る人、それを手に入れる人などが一気に押し寄せるので、この世界のオタクにとっても西京ビッグサイトは聖地になっている。
だがこのビッグサイトはコミケの為にあるわけでは無い。展示場だ、つまり時期によって色んなイベントが開催されたり、何かしらの展示会、博覧会が開催されているのである。
そんなビッグサイトにあたしは今回、プライベートではなく仕事で訪れていた。
今回参加……いや来ているのは防衛産業博覧会だ。簡単に言えば銃器や戦車、装甲車、戦闘機など新たに開発された装備などを展示しているイベントである。
ある種、武器に対してアレルギーがある旧日本の人間から見たらなぜそのようなものが普通に開催されているのかと疑問に思うことだろう。
だがこの第二日本はそもそもの問題で旧日本にある憲法九条が存在しない。そして旧日本が憲法九条を作るきっかけになった太平洋戦争……もとい、第二次世界大戦並みの大きな戦争も経験がない。この日本が最後に経験した大きな戦争は400年前の闇の魔法使いとの戦争だ。
ある意味旧日本のように大きな戦争での敗北経験が無いからこそ、この国の国民は自衛隊に対してある意味尊敬の眼差しを向けるし旧世界の米軍のように憧れの存在でもあるのだ。
聞いたところによると、この国でも自衛隊アレルギー……要は自衛隊はいらないなど、戦争反対を声高に叫ぶ人たちはいるそうだが旧日本ほどではないらしい。
しかもこの国は旧日本と違い、ある程度銃刀法が緩いらしく、民間人でも制限こそあるが銃を持てるらしい(それ以上に基礎魔法の方が危険なのでそっちが規制が強い)。
そのため、この防衛産業博覧会にも企業関係者や自衛隊関係者の他に普通に個人で銃を持っているのだろう一般人も普通に訪れていた。
ではあたしは一体何の仕事でここいるのか……もちろん神報者付として師匠の付き人としているのである。
普段刀ばっかりを振り回し、拳銃を威嚇や制圧射撃の道具としてしか見ていない師匠がこの博覧会に興味があるのか?という質問に対してはこう答えられるだろう……一切ないと。
では何故師匠がこの博覧会に来ているのか……それは帝がこの博覧会をご観覧……つまり見に来るからである。
これもまた旧日本人からすればあり得ないことだろう。国民の象徴が人を殺す武器を見学するなど政治関与していると言い出すに違いない。
だがこの国では一度非常事態宣言が出されると帝は首相に代わって一時的に統治権を預かる法律……神法が存在する。そのため、いつその時が来ても良いように今の自衛隊や警察がどのような武器や装備を使っているのか、今の日本がどれほどの防衛力を作れるのか、扱えるのかを知っておくのは必要なことだということでご観覧するのだ。
では何故師匠がそれに同行しなければならないのか……それは神報者たるゆえらしい。
神報者は帝の助言役でありかつ、帝が望めばあらゆる場所に赴き情報を収集させ、報告させる権利があり、神報者にはそれに従う義務が生じている。よく似た例が勅令質問改めだ。そして帝が神報者にご観覧の同行を命じればそれを受けなければならないという義務も生じている。
そのため、師匠はこの博覧会に参加しているのだ。
だが今のあたしの傍に師匠はおろか帝の姿もない。単純に帝がご観覧するまで少しだけ時間があるので先に着いたあたしは師匠より時間が来るまで好きに見学して良いと言われたため、適当に見て回っているのだ。
因みに、この会場に入場するにあたり、普通なら持ち物チェックが行われるのが普通だがあたしの場合、特に何も考えず自分の愛銃をホルスターに入れながら来てしまったが、あたしが神報者付だと判明すると何故かスルーされ、そのまま入場できたのは少し嬉しかった。
「お!新しいアイアンサイトじゃん!使いやすいのかなあ」
そんなこんだであたしは戦闘機や戦車などに毛ほども興味がないので銃器や銃器に取り付けるアタッチメント類が展示してあるエリアにやってきていた。
普段あたしは拳銃しか扱わないが、時と場合によってはライフル系やマシンガン系も久子師匠の下で使えるようにはしてあるため、そこら辺の武器類の新作や新しいアタッチメントを見るのは楽しくて仕方がない。
「アリス?」
「へ?」
そんな時だった。自分の世界に入っていたあたしを現実に戻すかのように聞き覚えがある声が背後から聞こえた。
振り返るとそこに居たのは雪だった。
「……雪さんじゃん!何でここに居るんすか」
「それはこっちのセリフよ!何で……いやあなたはあたし以上に銃に詳しいし、ここに居るのは当然か」
「まあね」
確かに、もしこれが仕事じゃなくてもあたしは自らの足でここに来るだろう。それほど興味をそそられる物がここにはあるのだから!
「残念だけど、今日はプライベートじゃないよ。神報者付としての仕事、師匠の付き人役」
「そうでしょうね、今日は天皇陛下がご観覧するって情報があったし、陛下が神報者を連れるならあなたもいるのは普通か……じゃあなんで一人なのよ、肝心の龍さんは?」
「さあ?今はまだ時間があるからって自由に見ていいってさ。だから適当に見ながらぶらついてる」
「なるほどね」
「そういう雪さんは何故ここに?銃なんて興味なさそうだけど」
「もし国会議員になったとき、自分の国を守る自衛隊がどんな装備を使っているのか知っておくのは重要でしょ?使い方までは知らなくていいかもしれないけど、どんな装備を使ってるかどうかを知っておくのは国会で質問するとき重要な情報になるのよ。官僚に聞くより自分の目で見た方が信頼できるから」
「なるほど」
帝と同じ考え……つまり今の雪はあたしが考える国民が望む本来の国会議員になるべく努力してるようだ……感服ですよ!
ていうかそう考えると、この会場に現職の議員が居ないのはどうなんだ?今って国会閉会中でっしゃろ?自分はこの国の防衛の事をちゃんと考えてるってアピールになるはずなもんだけどなあ……意識の問題かねえ……これだから国会議員は。
「そういえば」
「ん?」
「サチから聞いたけど、あなた最近付き合い悪いって聞いたわよ?あまり遊んでくれないって何かあったの?」
「ああそれね」
しょうがないでしょうが!師匠に言われた日から土日以外ほぼ転保協会で仕事じゃ!
「国会が閉会した日から朝九時から午後五時まで転保協会で師匠の仕事を手伝っておりますよ!まあ?今までは変だったのもありますけどもね!でも霞家の稽古には参加させてもらってるし、土日は遊んでるよ?今までが異常だっただけで」
「なるほどね、考えようによっては普通に戻ったと……ならそう伝えとくわ」
「頼む……お?」
昔とは違い、普通の友人らしい他愛のない会話を雪としているときだった。
戦車や戦闘機エリアから移って来る人だかりが見えた。だがどう見てもエリアを見終わったから移動したにしてはここの動きが規則的すぎる、ある意味意思や命令を受けて集団で行動しているようにしか見えない。
「……何か集団が入って来たけども」
「そうね……何かしら?」
集団がちょうどフロアの中央部に入って来たとき、あたしの目にその中心にいる人物が入り、驚いた。なんといつか皇居であった百合内親王と菖蒲内親王だったのだ。
しかもお互い、顔が似ている男性を連れて会場を回っている。
「……皇族の双子内親王だ」
「え?……ああ、有栖川宮の内親王殿下……なるほどね」
「驚かないんだ。内親王が来ること情報でてた?」
「いや?でも結婚するお相手の事を考えれば来るのは当然だと思うわ」
「……というと?」
「知らないの!?」
「いやまったく、師匠ですら結婚することは知ってたけど相手の事に関しては興味ないから知らんて……双子だって言うことまでは知ってたけど」
「まったく、あのお二人と婚姻したのは今自衛隊が使ってる戦車や戦闘機を開発してる西京重工の代表取締役岡野久則の双子の息子時之と正則ね……つまり御曹司。まああっちも双子だけど、社長は兄が継ぐらしいわ」
「へえ」
確かに内親王お二人と歩く二人の姿は父親にちゃんと教育を受けてきたんだろう。気品と言うかオーラのようなものが少し離れたここまで伝わって来る。
だがどうだろう、兄の時之に比べ弟の正則は何処か居場所が悪いような表情をしているのは気のせいだろうか。まあ兄が社長を継ぐと決まっている以上、自分が表舞台に出ることが無いと知っているから必要以上に目立つことを恐れているのかもしれない。
あるいは、また別の事を考えているのかもしれないが……どうでもいい。
「やっぱり双子って……ああいうふうになるのが普通なのかね?霞家が異常なのか」
「どういう意味?」
「大きな声で言いたくないけどさ、これまで見てきた双子ってどこかしらでお互いの事を牽制してるって言うか……お互いがお互いを認めさせようとしてるっていうか。でも霞家って違うじゃん?サチもコウも自分の得意不得意知ってるし、お互いの事を絶対的に信頼してるから基本喧嘩しないじゃん?なぜこうも違うのか」
「あたしが言える立場じゃないけど、霞家って言う名家の中でも特殊な立ち位置だったからじゃないかしら。お互いが協力しないといけない立場だったからそういうことが起きなかったのかもしれないわね。それにサチとコウの場合、得意な事と苦手なことが明確に違ってるじゃない?比較できないんでしょ」
「なるほどね……ていうか西京重工ってそこそこ大きな会社だよね?そこの社長ってことは名家には入ってないの?」
「入ってるわ。ただ名家の中でも発言権がある五議席は会社やその家の大きさと一緒に歴史の長さも重要なのよ、東條家やうちの西宮家、霞家も家だけで言えば訳300年以上前から名家会議に入ってるから重視されてるのよ。西京重工みたいに短い間に成長した家でも名家に入れるけど名家内の立ち位置としてはまだ下よ」
「なるほどね」
名家会議……歴史の長さを重要視するところは良いとみていいのか悪いとみて良いのか。
「アリスこの後の予定は?」
「ん?それは帝のご観覧までの?それともご観覧終了後?」
「終了後、久しぶりに何処かでサチやコウと食事でも行かない?」
雪から誘ってくるとは珍しい。まあ多分サチの方から出来れば会いたいけど忙しそうだからって理由で雪に投げられたんだろうけども。サチさん自分でやろうや。
「師匠に聞いてみないと分かんないな。いつも通り五時以降であれば」
「それならあたしからでも龍さんに聞いてみましょうか。番号知ってるし」
「別に問題な……」
「アリスさん!」
「ん?」
これまた背後から聞き覚えがある声がした。あたしの脳内は即座にこの声の主が九条君だと判断する。だが同時に疑問が浮かぶ、何故この場所に九条君が居るのだということだ。
あたしの記憶が正しければ九条君は絶賛受験シーズンのはずだ。なのにこのような場所に居る理由が分からないのだ。
まあどうでも良い事だ。挨拶されたのだから答えるのがマナー……古事記にも書いてある。
「やあ九条君ひさしぶ……ん?……おお!?」
目の前に居たのは確実に九条君だ。最後に会ったのはあたしが九条君を助けた三月だったか四月だったかの事だったので少し間が開いてはいるが、それでも前会った時は普通の男の子という印象だった。
だが今目の前に居る九条君は肌のケアと髪の毛のケアをちゃんとやっているのか、誰が見ても美少年と答えるだろう青年に変わっていたのだ。
髪を縛っている点では依然と変わりないものの、スキンケアと髪のケアでここまで変わるものなのか。あたしの真似をしているのか帽子を被っている。
「……ちょっとアリス!」
目の前に現れた美少年に驚きつつ雪があたしを引っ張る。
「何すか」
「何すかじゃないわ!誰よ!あんたの知り合い?こんなかわいい男の知らないんだけど!?」
「やっぱ雪目線でも可愛い判定入りますか」
「当然よ!」
「あたしが個人的に教えてもらってる先生?の息子さん?いや籍は入れてないから居候?の立ち位置の子」
「……あんたがナンパしたわけでは無いと?」
「んなことするわけないじゃん」
そんな天宮さんみたいなことはせん。
「あの……」
「あ、ごめんね。九条君、なんか……雰囲気変わったね。肌も髪の毛も綺麗になってる」
「ああ、本当は切る予定だったんですけど、それをクラスメートに伝えたら盛大に反対されたまして、切るぐらいだったらちゃんとケアをした方が良いって。友人の美容院まで紹介されて……こうなりました……似合いませんか?」
「そういうことか……十分似合ってるよ」
「ありがとうございます」
そのクラスメートとやら!何とグッジョブなことをしてくれたんだ!確かにもうちょっとスキンケアやらをやれば光るかもしれないとは前々から思ってはいたけども!ここまで化けるとは!友人くんに感謝だ!
「因みにだけど、今日はなんで来たの?受験勉強は?」
「ああ、遼さんが行くから気晴らしにでもどうって誘われたんです。僕も多少は興味ありましたし」
「遼さんは?」
「はぐれました」
「あ、なるほど。それで?受験勉強ははかどってる?」
「まあまあですね」
「そうか」
ん?ちょっと待てよ?確か……。
「ねえ、九条君の志望校どこだっけ?」
「一応西大です」
「……九条君、運が良いね」
「え?」
「ここに西大現役生の西宮雪さんという方がいらっしゃてな?勉強を見てもらえば……」
「ちょっとおおお!待ちなさいよ!」
「なんれすか雪さん」
「気を遣ったのか何なのか知らないけども!一応言っておくわ!西大はね学部別に試験内容違うのよ!九条君の希望学部によっては教えられないわよ」
「まじか!九条君!希望の学部は!」
「……法学部です」
「え?」
「ほれ見た事か!なんと雪さん君と同じ学部志望じゃないか!勉強を見てやれるねえ!」
「……はぁ、九条君、一応聞くけど何で法学部希望なの?理由を聞かせてもらっていいかしら?」
「え……えっと」
九条君があたしを見ると、何故か言いずらそうな表情を浮かべている。雪は何かを察したようで九条君と一緒にあたしに背を向けさせると何かを話した。
十数秒後。
ニヤニヤしながら雪が戻ってくる。
「ふーん……なるほどね」
「なにニヤついてんのよ」
「いや?……そうね、九条君」
「はい」
「私も自分の勉強があるから十分とは言えないけど、あなたの勉強を見てあげるわ」
「本当ですか!」
途端に九条君の目が輝きだす。
「どうしたんですか、この気の変わりようは」
「いいのよ。これがあたしなりの貸の返し方よ。それにしてもあなたも隅に置けないわねえ、良いんじゃない?」
「だからなんのことだっちゅうに!」
「あ!いた!大輔!行くわよ!」
そこに遠くから九条君を見つけた遼さんが声を掛けてくる。
「遼さん!じゃあもう行きますね」
「九条君、番号交換しましょう。勉強の日取りについて連絡するわ」
「分かりました」
すぐに雪と九条君は番号を交換すると、九条君は遼さんの下へ走って行った。
「じゃああたしも行くわ。あなたもそろそろ時間でしょ?」
「ん?あ、本当だ」
そう言われて時計を確認すると確かに師匠の言われた時間まであと十五分程度だった。
「じゃあね」
「ああ」
雪は何か良いものを見たかのように軽やかなステップで向こうに行ってしまった。
「……別に恋愛したくないわけじゃないんだけどなあ」
九条君があたしに対してそういう目線を送っていることにも、恐らくだがそういう感情を持っていることも何となくは把握している。
別に転生者が恋愛をしてはいけないというルールはない、結婚だって自由だ。だがあたしは単純だ、もし一度でも恋愛に舵を切ったら神報者としての仕事はおろか、転生者としてこの世界を楽しむという最大の目的が果たせない気がする以上、あたしは今恋愛をする気はない……ただそれだけである。
「じゃ行きます……」
「おいアリス」
「ひゃあああ!」
本日三度目、背後からの声かけ。最後は師匠だった。
「何で!?」
「ここ広いからなお前が迷う可能性を考慮して迎えに来た」
「迷うわけないじゃろい!」
「会場の普段は入れない特別室に行くんだぞ?迷わずに行けるのか?」
「……」
そう言われると……分からん。
「そういうことだ。行くぞ」
「ういっす」
あたしは師匠と共に帝が居るであろう特別室へ向かった。