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同時誘拐事件 1

「アリス、お前明日から転保協会に来い。明日から俺の傍で仕事を学べ」


 そう言われたのは、六月中旬の事だった。


 偶々……いや、いうつもりであたしが寮に帰宅するのを待っていた師匠からの言葉だった。


 何故この中途半端な日に……と思うかもしれないが、少し考えれば師匠がこの言葉を伝えたのは国会が閉会した次の日である。


 つまりは一般的に考えれば新たに成立……もしくは改正される法律関係の議事録が送られてこなくなるという事、師匠の仕事が少しだけ減るからこそあたしに注げる時間が増えるからこそ声を掛けたのだろう。


 そして、次の日。あたしが朝から転保協会の執務室に行くと、師匠は何も言わずにあたしをとある場所に連れて行った……そう、皇居である。


 何故か、簡単だ。


 ARAの件、愛和事件の件などある意味世間を賑わせた事件を私はARAの場合は師匠の指示で、愛和事件は巻き込まれたという形ではあるが無事解決したことを帝に報告しに行ったのである。


 本来、神報者は帝の指示で動く場合、その経過、結果含め帝に報告する義務が生じる。仮に帝の指示でなくても帝が望めば報告に行くのである。


 そしてあたしは神報者付だ。


 あたしの行動の報告義務の判断は師匠が判断する。つまり少なくともこの二つの事件は帝が報告を望まれたためあたしは皇居に赴いたのだ。


 ではなぜこのタイミングなのか、それは本来報告判断の師匠が忙しすぎて転保協会から動けなかったから出る。だからこそ国会閉会後直後に行われたのだ。


 だがまあ……今回の報告はあくまで形に過ぎなかった。そもそも件の事件についてはすでに師匠が帝に報告していたこともあり、あたしは事件解決のお褒めの言葉を貰いに皇居に行くだけとなってしまった。


 だが普通に考えれば一般国民すら天皇陛下とお話しできる可能性こそ少ないのだ、お褒めの言葉を貰う機会などもっと少ないだろう。そう考えれば、今回の皇居訪問は十分価値があるものだった。


「では失礼します」


 帝との謁見を終えたあたしは師匠と共に表御座所を出た。


 そしてそのまま師匠と共に転保協会に戻ろうとした時だった。


 廊下の向こう側より数人の人がこちらに向けて歩いてきたのだ。人数にして四人ほど、若い私服姿の女性二人とスーツを着た女性二人だ。


 スーツを着た女性二人も十分美人だと判断できたが、私服の方の二人は何故か雰囲気が違った。あたし……いや普段会っている名家の霞姉妹ともまた違った雰囲気を醸し出している。


 こちらに向けて歩いているのは分かってはいたが、あたしの立場上どうすればいいか数秒悩んだ後、師匠が四人に通路を空けるように廊下の隅に寄ったのであたしも同じようにはける。


 その数秒後、四人組の女性はあたしたちの前を通った。


 だがその時、スーツを着た女性二人は軽くあたしを見ると会釈をした。だが同時にその二人からはただ挨拶したのではない……何処か……ある種の尊敬の眼差しを向けられながら会釈されたのだ。だがあたしにはこの二人に面識はない。だが……この眼差しに見覚えがある。


 その瞬間理解した。この二人の女性は……霞家の人間だと。と同時にこの人たちが霞家ということはある事実が確定した。


 霞家は皇族守護だ。つまりこの二人が護衛する二人の女性が……皇族の方だということが確定したのだ。皇族の女性……つまりは内親王殿下だ。名前は知らないけど。


「あ!まさか!」

「ん?」


 あたしの前を通り過ぎたと持っていた皇族と思われる女性の内の一人が立ち止まると振り返り、あたしの下へ戻って来る。


「え?」

「顔をまだ存じ上げませんでしたのでもしやと思いましたが……あなたがアリスさん?」

「え?あ、はい」


 話しかけられるとは思ってもいなかったので返答に少し戸惑ってしまう。


「あれ?あたしたちのことご存じありませんか?」


 数秒考えるが、帝の顔や名前こそ出てくるが、目の前の……二人の女性に関しては一切情報が出てこない。考えてみればあたしは神報者付なのに帝以外の皇族の名前も顔も知らなかった。


「申し訳ありません」

「神報者付なのに変ね」


 もう一人の女性が訝し気にあたしの事を見てくる。


 しょうがないでしょう?今日に至るまで神報者付らしい仕事一切してないもんで。


「もう百合ったら!しょうがないないでしょ?アリスさんは神報者付、忙しかったのかもしれないわよ?」


 あの人は百合って言うのか……見た目クールだから百合にしては……まあ良いか。いや、それより……違うんですよ、昨日まで暇すぎて……遊びすぎて皇族の事をある程度すら勉強することすら思わなかっただけです!……なんて口が裂けても言えん!


 ていうか師匠もあたしの名誉を守るためかは知らないけど何故かだんまりを決め込んでいた。


「話は変わるけど、アリスさん。識人ですよね?」

「はい……一応」

「シャーロックホームズってご存じ?」

「……はい?」


 シャーロックホームズ、あたしの知識が間違ってなければコナンドイルが書いた推理小説の主人公……いや主人公はワトソンだからヒーローだっけ?そこらへんは知らないけどある程度読んではいたんだろう……ある程度ストーリーなら把握している。


 まあ語り合えるほど中身を知ってるわけでは無いので熟読していたということは無いはずだ。


 ていうかこの国の内親王殿下がシャーロックホームズを知っているということは……この世界にコナンドイルが居るということか?いや……この世界に日本人以外が転生したという記録はないはずだ。現に師匠は一度も明らかに日本人じゃないと判断できる人を保護したことは無いと言っていたのを何処かで聞いたような気がする。


 ならこの世界にシャーロックホームズを持ち込んだのは転生者だ。だがこれはある意味凄いとも言える。あたし自身、コナンドイルが書いたシャーロックホームズが何巻ほど出ているのか知らない、その小説のすべてを暗記したままこの世界に来て本にしたのであればある意味偉業だ……まあユニークかもしれんけど。


 因みに師匠はなんだそれ?というような表情である。


「多分……少しは読んだことがあるかと思います。ある程度内容が頭にあるので」

「あたしね?数ある推理小説の中でも旧世界のシャーロックホームズが好きなんです!日本人が書く推理シーンとはまた味が違って!分かりますか?」

「……何となくは」

「また機会があればシャーロックホームズについて語り合いませんか?あ!携帯持ってます?良ければ電話番号交換しましょう!」

「え?ああ、はい」


 断れるわけないでしょうが!


 あたしは渋々携帯を取り出すと目の前の女性皇族と電話番号の交換をした。


 やばいな……この国の図書館にシャーロックホームズ置いてあるのか?少し予習せんと……まあこの人が読んだのであれば……あるか。


「菖蒲【あやめ】、そろそろ行くぞ。陛下を待たせるわけにはいかない」

「分かってます。ではアリスさんまた」

「あ、はい」


 あの人菖蒲さんって言うのか……女性皇族にしては……何か無邪気って言うか……ある意味嵐みたいな人だったな。


 色々考える前に嵐に襲われ対策する前に過ぎ去った感じの中、廊下にはあたしと師匠だけが残った。


「師匠……因みに聞くけど、あの二人については……?」

「もちろん知っているさ。ただ俺は基本帝の助言役だから詳しくは知らんだけだがな。アリス、一応言っておくが神報者付なんだ、性格や好みとまでは言わないが皇族の名前と顔ぐらいは憶えとけ」

「……さーせん。あのさ師匠、ちょっと思ったんだけど……あの二人って……双子?」

「そうだよ。皇族では珍しい双子の百合内親王と菖蒲内親王だ」

「ふーん、因みにだけどさ……もしも今の神楽が亡くなった、次に生まれる女性皇族が双子だった……ってこと過去あるの?」

「いや?俺の記憶が正しければないな。だから双子だと分かった時は安心したんじゃないか?少なくとも神楽になることは無いって。それにあの二人が生まれてから数年後だからな先代神楽が亡くなったのは。そういう意味でも安心したと思うはずだ」

「へー」


 皇族の女性として生まれる場合、時と運が悪いと一生表に出ることが無い神楽として生まれる可能性がある。一度神楽として生まれてしまえば一生自由がないのだ、ある意味両親からしても神楽として生まれることが無いと分かった時は安堵したのではないだろうか。


 そういう意味では今の神楽は本当に心が強いと言える。

「ていうか……あの二人は何しに来たのかな、帝に報告?」

「それも知らんのか。あの二人結婚するんだよ」

「結婚……結婚!?」


 皇族の女性が結婚するということは……つまり。


「この国の皇族の女性って、結婚するとどうなるん?」

「旧日本だとどうなんだ?あまりそういうことを聞く機会が無くてな」

「あたしが知ってる限りだと、皇室?の身分から出る?……つまり皇籍から離れて皇族じゃなくなる……だったっけ?つまり一般人になる」

「じゃあこっちと同じだな」

「へー」

「だがこっちの場合、結婚しなければ皇族のままだ。過去何度か皇太子が幼すぎて男系の内親王殿下が皇太子が務めを果たせるようになるまで帝を務めた事はあったよ。そっちはどうなんだ?」

「あのさあ、この世界ではあれだけど、あたしは旧日本だと多分普通の中学生よ?皇室のルールなんてしるわけないじゃん」

「そりゃそうか」

「あれ?でも皇族の女性が結婚する場合って、帝に報告する儀式がちゃんとあるんじゃないっけ?」

「その前に形式的に簡単な報告だよ」

「へー、ていうかお相手って?」

「知らん、そこまで興味ないからな。だが唯一知ってるのは、相手も双子だってことだ」

「まじで!?」


 ある意味奇跡に近いじゃないか!よくある一人の男を双子の女性が取り合うなんて展開は無かったんや!それに双子の女性皇族のお相手が双子か……話題性的にも良いんじゃないか?よく知らんが。


「さてここでの用事は終わったから帰るかね」

「そういえば!今日の仕事はもしかして?」

「これから転保協会で書類整理だ、ある意味これからが神報者としての本業だよ。国会が閉会したら政府まで止まると思ったか?」

「……ですよね」


 軽く絶望したあたしは師匠と共に転保協会に戻って行った。


「因みにだけど……師匠あまり二人と話さなかったけど何で?」

「過去に色々あってな、一応皇族全員の顔と名前は頭に入ってるがあまり接触しないようにしてるだけだ」

「あ……そうなんすか」


 何があったんだよ。


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