「ずるる……やっぱうま」
七月上旬、なんでもないある日の事。あたしは午後五時に仕事を終えると、少し買い物をして午後六時半頃、家系ラーメン屋に行き晩御飯を堪能していた。
最近雪やサチ、コウにもほぼ毎日ラーメンなのかと聞かれることがある。カロリー的な問題だとか、栄養的な問題だろう。だがあたしだって毎日ラーメンな訳がない、もちろん体が許せば余裕で毎日ラーメンを堪能したいがそうもいかない。
実際、こう毎日ラーメンを食べていると体が拒絶反応を見せているのも事実だ。我が体なのに何とも情けない。
なので週に一日や二日は蕎麦だったり他の料理を食べてるし、それ以上に週一で霞家の稽古の後の食事をご馳走になっているのだ。問題は無いと思われる……多分!
だがこうやって体が拒絶しない日は普通にラーメンをすすっている。
麵固め、一応体に気を遣って油少なめだ。どうでしょうか……健康的でしょ?あ、でもにんにくは普通に入れますよ?
そんな形で一心不乱に麺を口に放り込んでいる時は異世界に来たことを少しだけ忘れることが出来るのでまじで家系ラーメンには感謝だ。
ブー……ブー……ブー。
「ん?」
その時、あたしの携帯のバイブレーションが震えた。仕事中は着信音が鳴るようにしてはいるが、食事時は邪魔をされたくないので基本的にマナーモードにしているのだ。だがそれでも不意に食事の途中で意識が携帯に持ってかれるのはあれだ。特にラーメンを食べているときは。
「……誰?もう」
無視しようとするが、仮に師匠からの緊急的な連絡だと困るので返信はせずとも内容だけは見ようと携帯を取り出し、内容を確認した。
メッセージの送り主は雪だった。
『助け』
という短い単語……いや単語にもなっていない文字だけを送ってきた。
「……何だこりゃ……まあいいか」
腹が減っては戦が出来ぬ……誰が言ったのか、そもそも言葉があってるかどうかすら知らんけども、これを言った人は正しい。現にあたしはお腹が空いていたからラーメンを食べていたのだ。
なので雪さんや、申し訳ないがあたしがラーメンを食べ終わるまでもう少しお待ちください。
「ふいー……食った!食った!」
あの後、普通に替え玉を一つ頼んだあたしはそれすらもすぐに平らげると店の前のベンチに座った。
「さてと……」
そして水を飲みながら携帯を取り出すとよくよくもう一度雪のメッセージを見直す。
「助け……うん、見間違いじゃないと」
ラーメン食ってる最中に幻覚でも見たかと思ったがどうやらそうじゃないらしい。
「助け……助け?単語としておかしくない?普通なら助けてとか助けに行く……とかなのに」
そもそも雪は番号を交換して連絡を取り合うようになってからも送って来るメールは大抵文章だった。返事がめんどくさかったのであたしの方が単語だったほうが多い。
そんな雪が『助け』という単語にすらなっていない文字を送ってきたのだ、何かしら意味があると考えるのが普通だろう。
「……はあ、ちょっくら推理でもしてみる?」
偶然にもあたしの脳は菖蒲内親王の影響で少しではあるがこの世界で発売されていたシャーロックホームズを読んでいたこともあり簡単な推理なら出来るんじゃね?という謎の自信が湧いていた。
「まずは……これを送ってきた雪の状況を想像するか。助け二文字のみ……いつもサチとかと合流する場合、合流する人の名前、合流場所、時間までちゃんと書いてあるはず。でもそれが無いってことは書けない状況だった?例えば……またもや強盗に巻き込まれた……とか?」
だがすぐにそれはあり得ないと判断できる。あたしだったら解決に動かずにすぐにその場を脱出するが、雪は多分助けを請うために犯人の目を盗んであたしやサチやコウに状況を説明するメッセージを送るはずだ。
現に過去一度、雪は銀行で強盗に鉢合わせたことがある。その際だって雪はあたしやサチ、コウに自分の状況、犯人の人数、持っている武器等目を盗んでメールを送るほどなのだ。こんな短文……いや単語にすらなっていない文字を送る方が異常だ。因みにこの事件はあたしたちが救助に行く前に警察によって解決されていた。
つまりどんなに緊迫した場面であろうが雪は絶対に詳細をメッセージに残すはずなのだ。
つまりそんな雪がこんな二文字しかメッセージを入れられない状況が異常であり、自ずと何があったのか判断するには十分なヒントとなるのである。
「だとすると……常に犯人に監視されていて携帯を触れない状況?どういう状況よ……すべての挙動が監視される状況……あ」
たった一つ存在した。そしてそれは雪自身には見覚えなくても、西宮雪……つまり名家の西宮雪であれば必然的に発生してしまう理由での犯罪手法だ。
「もしかして、雪さん誘拐された?」
雪は名家の人間だ。しかも父親は元総理大臣……色んな意味でやらかした首相の娘だ、周りには受け止められないレベルの恨みを抱えた人がわんさかいることだろう。ある意味ご愁傷様である。
もしそうならこのメッセージの短さに理由が付く。車等に押し込められ……つまりハイエースされた場合、もれなく周囲には誘拐犯が乗っていることになる。ならちょっとメール送るね!なんて事を誘拐犯は許可しないだろう。
つまりこのメッセージは何とか気づかれないように携帯のボタンの位置を何とか手の感触だけでこの二文字を打ち、送ったのだ。
「いやいやいや!それが分かったとて!どうしろと?助けに行こうがないんですが!?」
助けて!でも場所は分からないの!……この情報でどうやって現在進行形で誘拐されている救助対象を助けに行けというのか。
場所が分からん以上、助けに行こうとしても行くのは不可能だ。
仮に西京のどこかだとしても西京だってかなりの広さがあるのだ、捜索だけで何時間もかかる。
一応術者が一度会ったことがある人なら自動的にその人の下へ行き伝言を伝えてくれる守護霊の伝言サービスもあるにはあるけど、残念ながら守護霊がどこに行ったかまでは把握出来ないんだよね。あくまで周り電話が無い時の非常手段にしか使えない。
「雪さん……ヒントの一つでもくれよ!誘拐された!じゃねえんだわ!場所が分からんのにどう探せというんじゃ!ああ!雪の携帯にGPSとかついてたらなあ!」
GPS……仕組みはさっぱりだけど、宇宙にある衛星から携帯が電波でやり取りして自分が今いる場所を地図上で把握する方法だ!……仕組みはさっぱりだが!
「……あれ?ちょっと待てよ?家の電話ってGPS何てついてないよな?でもよく刑事ドラマの誘拐事件で逆探知できるよな?なんでだ?」
刑事ドラマで誘拐事件が発生すると必ずと言っていいほど誘拐犯と会話シーンがあるが、昔なら家の電話、今だったらスマホだろうか、だが相手がスマホである保証はない、大抵は固定電話や公衆電話が普通だ。それなのに警察は数分間会話を繋ぐことにより逆探知を可能にしている。
「もしかして、携帯電話でも逆探知可能?もしそうなら雪の場所分かるな!」
でも問題は何処に連絡するかだ。名家の西宮家の二女が誘拐されたのだ、いくら友人が通報したところで『はあ?』で終わる可能性もある。最近何故か警察を信用できない自分が居る、警察に相談するより自分で動いた方が早いと感じるからだ。……師匠や柏木先生の気持ちが分かった気がする。
雪も雪だ。最初にあたしにメッセージを寄こしたということは警察は愚か身内すら信用していない可能性がある、ならここはあたし一人で動いた方が良いだろう。
なら最初から何の疑問も浮かばずにいきなり逆探知してくれる人を探すのが先決だ。
「誰か……電話や電波に詳しくて何も言わずに逆探知に協力してくれそうな……あ、いるわ」
そう、性格的に正直に話せば普通に協力してくれそうな技術を持った友人……と言うか同じ転生者が一人いた……卓だ。
「卓って今……ああ研究所か。あいつ寮に帰ってんのかな」
普段卓は国立科学研究所にてプログラムや電子部品の開発をしている。ただ開発項目が多すぎてほとんど研究所で寝起きをしているらしい。
まあ食事の時ぐらいだけは外に出ているかもしれないが……いやあいつのことだ、食事の時間すら無駄にしたくないとか言って研究所から出ていないかもしれない。
「よしまず向かうは研究所だな……とりあえず師匠に一言報告するか」
愛和事件と違い最初から事件と分かっている以上、上司には報告するのが当たり前だ。訳数時間前、まだ天保協会の執務室に居た事は把握しているのでまだいると思い携帯で掛けた。
ぷるる……ぷるる……ぷるる。
「アリスか?」
「そう、ちょっと今話せ……」
「すまないが、今手が離せないんだ!用があるなら明日でも良いか!」
「へ?は?いやちょっと……」
「おい!犯人からの要求の電話は!?」
「まだありません!」
「おい誰か!予想行動範囲を地図に書き込め!まずは手当たり次第に検問を掛ける!」
「あの……どう状況?」
「すまんが話せない。もう切るぞ」
「ちょっと!」
ブチ!
「切られた。……ていうか師匠が今いたのって……執務室じゃないよね?普段いない人の怒号聞こえたし……師匠も師匠で事件に巻き込まれた?ま!いいか!」
中身は言えなかったが一応報告はした……ということにしてあたしは箒を取り出すと跨り国立科学研究所に向かい飛行を開始した。