旧日本における東京と神奈川の間、つまり神奈川県の県境の一都市である川崎がどのような街になっているのかあまり知識がないことを見ると行ったことが無いのが分かる。
だが旧日本における川崎は工業地帯だというイメージだけはあった。
何故かこの第二日本における川崎も規模は小さいらしいけど工業地帯があるらしい。そして今あたしが向かっているのは西京と神奈川県の県境、つまり川崎よりあと一歩歩けば西京に入る倉庫群がある場所である。
工場とかではなく倉庫群、つまり文字通り倉庫が集まっているだけなので来た時間帯も影響してか、それとも卓に渡された地図のエリアの倉庫は使われていないのか人の気配が感じられなかった。
もしかしたらこの世界の工場勤務、倉庫勤務の人は労働時間がきちんとしているのかもしれない。
研究所から片道一時間、すでに時刻は八時半である。
え?片道一時間なのに三十分は何に使ったんだって?もちろん!一回寮に帰ったに決まってるじゃないですか!普段から銃は持ってますけど護身用ですよ?ちゃんと戦闘用にレッグホルスター、追加でスタングレネードとか弾薬とか補給してるに決まってるでしょ!
え?普段から何で持ち歩いていないかって?使わないもん。普段一発も撃たないよあたし。
まあそんなこんだで地図に示された範囲の倉庫群を上空から見ていたあたしだが、そもそもいくら百メートルまで範囲が特定できたとは言え、その中でも大小さまざまな倉庫が綺麗に建てられているのだ、総当たりで隈なく探しに行っても何時間かかるのか分からない。
48時間、失踪事件においてそれ以上たつと要救助者の生存確率は大幅に下がるらしい、どっかの本で読んだ。まあ今回は最初から誘拐事件と判明している以上、その48時間はあんまり気にせんでいいかもしれないけど、それでも早く助けに行くことに越したことは無い。
「と言ってもさあ……二桁程は無いにしろ結構倉庫あるよ?これ全部隈なく探すの?骨が折れるねえ……あり?」
これから探す予定の倉庫を見て軽く絶望していたあたしに一台の車が目に入った。
白のワンボックス、普通に考えれば倉庫を利用している事業者の車だ。だけどちょっと考えてみて欲しい、軽く付近を見回しても他の倉庫に車は止まっていない。止まっているのはこの倉庫の前の車だけだ。
それに車が止まっているということは倉庫内部には人がいるという事、なのに肝心の倉庫内に明かりは無い……卓が言っていた、電波が弱いので恐らく地下だと。
「……当たりかな」
確証は無いけど現状調べるに十分すぎる理由はある。
「行ってみますか」
とりあえずあたしは倉庫の屋根をぐるっと見回ってみた。一般的にドラマや映画だと倉庫の屋根に監視が居るのは普通だ。
だけどそれらしい人は居なかった。それどころか現状確認できた人は入り口に居るスーツを着た男性一人だけだ。
「ここが襲撃される可能性が無いと思い込んでるんかね。舐められたもんだわ……なんにしても救出作戦……開始」
まずは入り口に居る男性の頭上に箒でやって来ると杖を抜き、ゆっくりと降下する。
男性まで数メートルまで降下するが男性は気づかない。おいおいおい、一応あんたら誘拐事件起こしてんのよ?もうちょっと警戒するべきじゃない?まあいいけど
男性の頭に杖を向ける。
エシープノス《眠れ》
頭で睡眠魔法を唱える。基本魔法だ、送り込む魔素量によって眠る時間がある程度調節できる優れ魔法だ。因みにある程度ちゃんと準備すれば自分にも使える。眠らなきゃいけないのに眠れない!ってときに便利です!
「……」
バタン!
男性は何故かいきなり眠気が襲ってきて目をこすり付けるような予備動作をすることも無くその場に倒れ、眠った。
「この魔法使いやすいんだけど、ある意味怖いよな」
先ほど自分が使うときには準備が必要だと言ったでしょ?こんな風に徐々に眠くなるんじゃなくていきなり意識が無くなるレベルで……つまり一瞬で気絶するように眠るんですよ。まるで手術の麻酔みたいに。
だから自分にやる時に立ったままやってごらんよ、絶対ぶっ倒れた時にどっかぶつけるから……くそ痛かったよ……ああ、やりましたよ、思いっきり脇腹ぶつけましたよ。
「さて……他には……いないね」
一応降りてくるまでに周囲を確認したが、念のためにもう一度入り口から目見える範囲でクリアリングするが誰もいない。
そして男性が倒れた事により身に来る人もいない。
「じゃあ内部に行きましょかね。地下ってことは分かってんだ。迅速に!的確に!楽しんで!」
ポケットからテープレコーダーを取り出す。
愛和事件の際、天宮さんが機関銃をぶっ放した際、大音量の音楽を流しながら部屋に入って来たことがあった。あたしは最初、敵の目線を自分に集めて一時的にも思考を鈍らす狙いがあったのではと適当に思っていたが、天宮さん曰く違う意図もあったらしい。
『あああれね、確かに敵視点からすると身に覚えがない音楽が聞こえてきて混乱したりするからそういう意図もあるけどさ、俺からすると大小あるけど戦闘するわけじゃん?だから好きな音楽を流して気分を高めるのよ。隊長、三穂さんに教わったんよ』
言い換えれば好きな音楽を流して気分をハイにしてアドレナリンを出したということだ。
その道のプロが使っている方法なのだ、あやからないわけにはいかなない。
まずはレコーダーとイヤホンを繋ぎ、耳につける。そしてあたしが好きな音楽を流した。
子意味良いギターの音色が流れ音楽が始まる。
天宮さんはロック?EDM?のようなものを流していたがあたしが流したのはシンフォニックメタルだ。この世界にシンフォニックメタルがあってよかった。
知らない人に説明……うまくできないんだよねえ。簡単に言えば普通のヘヴィーメタルのボーカルが普通の歌い方よりもオペラ超になっているメタル……と言えば分かるかもしれない。
オペラ超になっているからか、ボーカルも女性が多い。
「いいねえ!楽しくなってきた!」
帽子を取り、髪を結ぶ。そして帽子を被り直すと大きく深呼吸……準備オーケー。さあ、暴れようか。
イヤホンを抜き音楽を駄々洩れ状態にすると銃を引き抜き、杖を構えると倉庫内部に侵入した。
倉庫内部の詳しい見取り図等は把握してなかったが、以外にも簡単に地下に通じる階段はすぐに見つかった。
本来なら警戒しながら降りるのだが、今回は音楽を流していることもありそういう場合、敵はどのような反応を見せるのか気になるためある程度軽快に階段を降りていく。
「おい!この音楽流してるの誰だ!」
「俺じゃないっすよ!」
「上から聞こえないか?」
「外の見張りが流してるのか?誰か止めてこい!」
案の定、誰が流したのかすら分からない音楽に驚いている。
そして階段を降り切ると、目の前の角には明かりが見えた恐らく曲がると灯と共に戦闘員が居るのだろう。
今回あたしはあえて銃と杖を持ってはいるが構えずに彼らの前に出てみることにした。
「あ?おい……そこに誰かいないか?」
「え?……おいそこのお前!ここは立ち入り禁止だぞ!」
男が声を掛けてくるが反応はしない。
「……ていうか音楽流してるのあいつじゃねえか!その音楽を止めろ!」
「おい……おかしくね?入り口のあいつはどうしたんだよ。おいおいおい!」
異常な事に今気が付いたのだろう男たちは銃を構える。
おいおいおい、ここで気づくなんて遅いじゃないか。それに、杖じゃなくて銃だけか……ならやりやすい。
「……」
ダン!
あたしは無言を保ちながらすぐに銃と杖を構えると……満面の笑顔で男たちに突撃した。
「くっそ!」
「死ねやあああ!」
バンバンバンバンバン!
男たちが突っ込んで来るあたしに向けて銃を撃ち始める。だがあたしには意味が無い。シールドで弾きつつ駆け足で二人の男まで近寄っていく。
「くそ!何で銃がきかね……あ!あいつ杖構えてやがる!魔法で応戦しろ!」
「オーケー!」
何だ、暗闇であたしが杖を持ってるように見えなかったから杖を出さなかったのか……もう遅いけど。
二人の内、左側の男、急いで杖を取り出そうとするがもう遅かった。
バンバンバン!
即座に胸に二発、頭部に一発銃弾を浴びせる。
「がっ!」
銃弾を食らった男は経験したことが無い痛みだったのか気絶しすぐにその場に倒れた。
「くっそがあああ!」
こっちの男は何とか杖を取り出せたようだ。あたしが突っ込んで来るのを見てとりあえずシールドを張り距離を取るためか呪文は唱えずあたしに杖を構えるだけだった。
まあ……これもあたしにとっては意味ないんだけども。
「……ふっ!」
回し蹴りの要領で右足に魔素を展開すると、男の構えたシールド蹴り破る。
魔素が触れたシールドは溶けていく。
「は?はあああ!?」
ただの魔法ですらないはたから見ればただの蹴りが目の前の自分のシールドを破壊していく光景に驚愕する男。そりゃあそうだろうね、普通に生きていれば習うことも無いし、ステアでも習わないことだからね。
「がああああああ」
シールド破壊による反動で男はその場に倒れる。
バンバンバン!
念のため、こいつにも三発ほど弾丸をぶち込んだ。
「おし、これで……後は……ああ、あの部屋だけか」
ちょうど男たちが居たのが曲がり角だったらしく、左側を見るとここよりも明るい灯が漏れている部屋の入り口が見えた。恐らくそこに雪が居るんだろう。
「このまま近づいたら明らかにばれるか……ならこうしますか」
音楽を流しているテープレコーダーを取ると倒れている男たちの傍に置くと、ゆっくりと部屋の入り口に歩いていく。
部屋に居る奴らは音楽を流している奴が襲撃犯だと思っている。それが倒れている奴らの所で止まっている、つまりそこで倒したのかもしれないと思うはずだ。
しゃがみながら部屋の入り口までやって来る。中を覗きはせず聞き耳を立ててみる。
「音楽の位置が止まりましたね」
「だがあいつらの悲鳴も聞こえたぞ」
「もしかしたら……道ずれにしたのかもしれません」
「……何にしてもだ。確かめねえと駄目だろ、見てこい」
「了解」
作戦通り。
部屋の明かりによる陰で分かる、中に居るであろう人数は会話の様子から二人、その内一人が入り口に来るのが把握できる。
ここまで来たらもう一押しだ。持ってきたスタンの安全ピンを引き抜き、サングラスを着用する。
そして銃を構えた男が入り口に到達し、銃口が外に出た瞬間、あたしはスタンを部屋内に投げた。え?雪は問題無いかって?旧世界の特殊部隊でも人質が居る部屋に普通にスタン投げ入れてますよ?
「え?」
「あ?」
カン!ガラガラガラ!
投げ入れられたスタンを少なくともこれから部屋を出ようとした男は目で追った。それをあたしは逃がさない。
カチャ。
バンバンバン!
「がっ!」
スタンを目で追い、完全に隙だらけになった男の胸と頭部に銃弾を撃ちこむ。男はその場で倒れこむ。
そしてあたしは目を瞑り、両耳を塞いだ。
「なっ!しまっ!」
バン!
男の小さい悲鳴の後、スタンが爆発する。部屋に突入する。
男は一応投げ入れられたのがスタンだと認識できていたようだ。目と耳を塞いでいた。だがあたしを認識するまで……一秒程度か、そして戦うために近くにある銃を取り向けるまで三秒……倒すに十分すぎる。
「な、なんだ貴様!」
バンバンバン!
有無を言わさず、完全に隙だらけの男の胸、頭部に向かって計三発の銃弾を発射する。
「がっ……あ……」
銃弾を受けた男はその場で気絶した。
念のためにクリアリングをするが他に敵勢力は存在しない。
「おっけ……作戦成功!雪さん!助けに……おおお!?」
救出作戦前段階、敵勢力の完全制圧に成功したあたしは改めて部屋の鉄パイプらしき場所に繋がれた雪を見て声を掛けようとしたが、予想外の人物まで居ることに驚いてしまった。
「……何で九条君いんの?」
そう……九条君が何故か雪と一緒に居たのだ。