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同時誘拐事件 10

 ラーメンをあれだけ食ったのにまだ食うのかという謎のツッコミが入りそうだが、いいのだ!先ほどまで戦闘をしてカロリーを消費したのだから!それに多分だけどまた戦闘起きまっせ?腹が減っては戦は何とやらですよ!あ!燃費はいい方ですよ?多分。


「アリスさん」

「ん?」


 卓の準備が終わるまで特にやることが無かったのでひたすら用意されたお菓子と飲み物を味わいながら胃に流し込んでいた時、あたしに前に九条君が現れる。何処か申し訳なさそうな表情をしていた。


「どしたん?」

「……また助けられてしまいました。すみませんでした、そしてありがとうございます」

「気にしなくていいよ!今回は前回と違って完全に巻き込まれたんだからさ!雪ってさ時々こういうトラブルに巻き込まれるのよねえ、まああたしが助ける前に解決することもあるけどさ、ま!今回は運が悪かったってことで!」

「そうですか」

「ていうかさ!前回もだけど地下で助けたよね!まああの時は闇の魔獣で状況が違いすぎるけど……何か地下に縁があるかね?」

「そんな事ないと良いですけど」

「ま、そうだね!」

「あんたねえ……変な事言わないでくれる?」

「だって雪が誘拐されなかったら九条君はここに居なかったんだよ?どう見ても雪のせいじゃん?それに時々、トラブルに巻き込まれるのは事実でしょ?いつだったっけ?偶々銀行に言ったら強盗に巻き込まれたじゃん?まああれは警察が解決したけどさ。トラブルに好かれてる?」

「……別に好かれたいわけでは無いけどね。でも今回は完全にあたしの落ち度だし、九条君には謝罪するわ」

「いえいえ!僕が身を乗り出したのも原因の一つではあるので……今回で反省しました。今後は気を付けます」

「そうね……私も気を付けるわ」

「頑張れ二人とも!」


 端から見れば二人の若い女性が高校生と他愛もない会話をしてるように見える。会話場所が倉庫前なことと会話内容が耳に入らなければある意味逆ナンパをしていると捉えられても不思議ではないかもしれない……実際にはかなり物騒な会話なのだが。


「お話は済みました?」


 いつから居たのか。すでに準備を終えた卓がいつ会話が終わるのだろうとこちらを見ていた。


「準備終わった?」

「ええ、いつでも。あと一つだけ、ここは研究所ではありません。電話線もそこの設備から盗んできました、なので前回よりも解析に時間が掛かる恐れがあります……訳十分程度です。それを頭に入れてください」

「おっけ」


 今とんでもない言葉を聞いた気がするけど気にしない。


卓側の準備が終わり、あたしの胃袋も補給を済ませた。そして本日二回目、別に見えて多分繋がっているだろう誘拐事件解決に向けてまずは最初の段階である逆探知の作業に入ることになった。


 あたしの携帯を卓に渡す。卓は前回同様携帯と機械をケーブルで繋ぎ、モニターを見ながらキーボードを打ち込んでいく。


「オッケーです。お願いします」

「……アリス、一応聞くけどもし電話に出たのが菖蒲内親王以外だった場合の会話内容は考えてるの?」

「もちろん……あー……あー?どんなだったっけ?」


 あたしは喉に手を当てて、少し声を出しながら声の高さの調節を始めた。


「何してるのよ」

「雪さあ……あたしのステア時代の声の高さ覚えてる?」

「はあ?今必要?」

「うん、作戦にとても必要」

「……あの頃はあなたの性格も相まってもう少し高かったわね」

「そうか……あー……あー……こんなもんか?」


 雪はともかく、九条君は何してるのかときょとんとしている。


 作戦はこうだ。そもそも菖蒲さんは皇族だ、つまり普通の一般人では話そうと思っても街中で偶然会って、あ!菖蒲内親王だ!声を掛けてみよう!などと軽々しく会話できる人物ではない。


 例えば公務で訪れた場所で何人かの人に声を掛けたりすることはあるだろうがその程度だろう。


 そうなれば仲良く会話を出来るような人物はある程度決まって来る。大学で同じように授業を受ける学生だ。この国の皇族のルールを把握してるわけじゃないけど、大学在学中では宮内庁が認めた人としか会話を許さないなどしないはずだ。


 となると、これは皇居で一目会った時の印象だけど、菖蒲さんは持ち前の明るさやコミュニケーション能力は相当高いと見れる。なら大学内での友人は多かったのではないか?それなら友人の振りが出来れば怪しまれないと判断したのだ。


 だがここで問題が生じる。あたしは菖蒲さんが通ってる大学を知らん!学部さえも知らん!友人の振りをしても学校名や学部を聞かれたら詰むのだ。なので今回は電話を掛けて菖蒲さんの携帯に表示されるアリスという存在しない学生の妹に変装するのである。


 別に交渉の専門家がいるわけではないのでこれがあたしが今出来る最高の作戦なのだ!


「よし!行くぞ!」


 例のBGMが頭に流れながらあたしは携帯のボタンを押して、電話を掛けた。


 プルル……プルル……プルル……プルル……。


「……」


 出ない。


「出ないねえ」

「まさか携帯壊されてる?」

「いや……コール音が鳴ってるからそれは無いよ。壊されたらすぐにこの電話は現在電波が届かないとか言われるから」

「そうですね、コールだけということは……多分ですが相手は出るか悩んでいるようです、相談してる可能性もあります。ここは相手が出るのを祈るしかありません」

「そうね」


 プルル……プルル……プルル……ブッ。


「……!」


 コール音が止むと同時に電話が切れたツーという音ではなく、明らかに誰かが電話に出たという音に変わった。


 あたしはハンドサインでその場にいる全員に繋がったと全力で表現する。それを見た四人は第一段階クリアという表情だ。


「あやめおねえちゃん?」

「「「……!」」」


 あたしの演技もりもりの作った声にその場にいた全員が一瞬驚きの表情を見せたがスルーする。


「…………君はアリスさんかな?」


 菖蒲さんと違う声っつーか……思いっきり男の声だ。恐らく誘拐の実行犯の一人だろう。ていうか出てくれたな。今更だけどなんでだ?普段から電話には必ず出てたから出ないと怪しまれるとか菖蒲さん言ったのかな?それで出るのもどうなんすかね?現状騒動になったら困るのはそちらでしょうに。


 まあいいけど。


「違うよ?あたしはアリス姉の妹の雪」

「……!」


 いきなり自分の名前を使ったことに驚きを隠せない雪だったが状況が状況だけに声を出さなかった。


「ほう?雪ちゃんっていうのか」

「そう!ねえ、あやめお姉ちゃんは?そこに居ないの?」

「ごめんね、今ちょっと手が離せないんだ。それでご用件は何かな?」


 手が離せない……普通なら忙しいと捉えるけど……縛られてるなこりゃ。卓に紙と書くものを用意させると『現在拘束中と思われる』と書き込む。


「ていうかお兄さん?だれ?」

「あやめお姉ちゃんが皇族って知ってるかな?私はね、宮内庁の者だよ」

「あ、そうなんだ!」


 なるほど、友人や親戚と言わない辺り分かってるな。


「それで?どのような用件かな?私があやめお姉ちゃんに聞いてみるよ」

「えー?これって携帯だよね?ならスピーカーで話せないかな?直接聞かないと分からないってお姉ちゃん言ってたし……お兄さんじゃ分からない単語とかあるよ?」

「……因みに聞くけど、アリスさん……君のお姉さんは今どこだい?」

「アリス姉はコンビニに行ったよ。なんかアイス買ってくるって!携帯おいて行っちゃうんだもん。それにあたしが帰って来る間にあやめお姉ちゃんに必要な事聞いといてって……ひどくない?」

「そうだね……所で……お姉さんとあやめお姉さんは本当に友人かな?」

「なんで?」

「ごめんね、最近友人を騙って変な電話をしてくる人がいるって相談を受けてるんだよ。君のお姉さんは本当にあやめお姉ちゃんの友人?」


 やっぱり来たか。


「アリス姉は友人だって言ってたよ?大学でいつも仲良く推理小説の事でお話しするって」

「じゃあお姉さんとあやめお姉ちゃんが通ってる大学ぐらいは知ってるよね?」


 いやあ……あり得る質問だとは思ってましたけども!知りませんよ!ついこの間会ったばかりですよ!?通ってる大学なんぞ把握してるわけないじゃないですか!?


 ……一か八かだけど、あたしよりは物知りであろう雪さんにお伺いしてみます?


 紙に『雪、菖蒲内親王の通ってる大学と学部分かる?』と書いてみる。それを読んだ雪はすぐさまに何かを書き込んだ。


『学習院大学。国際社会学部』


 マジか……雪さん!マジでありがとう!ていうか旧日本でもなんか言ってた気がするな、基本的に皇族って学習院大学に入るのが伝統だとか……よく知らんけど。


「あたし別にアリス姉と同じ大学行かないから詳しくは知らないけど学習院大学の国際なんちゃらって学部だって言ってたような気がするけど……あたし他の大学に行く予定だから良く分かんない」

「……じゃあサークルは?」


 もっと知らねえわ!一応『サークルは?』と書き込んでみるも、雪は渋い顔をして『そこまではさすがに』と書いた……ですよね。


 ならここは本当に一か八かだ。菖蒲さんは言っていた、推理小説が大好きだと高校の部活とは違い、サークルなら運動部以外にも趣味を極めるサークルだってあるはずである。なら推理小説について語り合うサークルだってあるはずだし、有ってくれ!そして入っててくれ!


 そしてそういうサークルってのは大抵研究会的な名称だったような気がする!


「詳しいことは知らないけど……確か推理小説研究会?みたいな所に入ってるって聞いたことあるけど、あたし推理小説読まないから分かんない」


 どうだ!


「…………」


 電話口から気配が消えた。恐らくあたしの回答があってるか菖蒲さんに確認を取ってるのだろう。


「うん、君のお姉さんはちゃんとあやめお姉ちゃんと友人みたいだね、疑って悪かったよ」

「なら早くスピーカーにしてくれない?お姉ちゃんと話したいんだけど」

「分かった」


 ここでフッと体の力が抜ける感覚に襲われる。どうやら一回目の山場を抜けたようだ。


「雪ちゃん?」

「あ!あやめお姉ちゃん!今大丈夫?」

「ごめんね!今ちょっと手が離せないから宮内庁の人に携帯持ってもらってるんだ!雪ちゃんの声ちゃんと聞こえてるよ!で用件は何かな!」


 さすがは菖蒲さんだ。あたしと話せるようになっても設定上の雪という名前と使っている。それにもしここで誘拐されたと言えばすぐさま電話は切られるだろうからあくまで友人の妹と話しているという設定で会話をしている……さすが推理小説マニアは違うね!


 だが本題はここからだ。本来の目的は逆探知が終わるまでの十分間、電話を繋ぎ続けることだけど、ついでだ、推理小説マニアの菖蒲さんにも協力してもらって現状の把握を使用じゃないの。


「アリス姉が言ってたけど、あやめお姉ちゃん結婚する前に皆でディズニーに行くって。でもなんか用事が入って無理になったって聞いたけど」

「……ああ!ごめんね!最後の公務が入ってたの忘れてたの!無理なったんだ」

「そうなんだ!」


 伝わってよかった。もちろんそんな予定など無い。


「それでアリス姉があやめお姉ちゃんから都合がいい日を聞き直したらしいんだけど、あたしも行きたいって言ったらチケット取り直すんだけどなんか新しく決めた日だと人数変わる可能性があるから最終確認であやめお姉ちゃんから聞いといてって言われたんだけど……今分かるかな」


 伝われ。


「えーとね……私と百合含めて……七人かな?後、アリスと雪ちゃん入れて九人!」


 オッケー。


「分かったアリス姉に伝えとくね」

「うん、お願い」


 ここで卓より逆探知完了というジェスチャーが送られる……ひとまず任務完了だ。


「じゃあそろそろ切るよ」

「あ、雪ちゃん!」

「ん?何?」

「アリスに言っておいて!絶対に海底100万マイルだけは行かないからって!」


 どういうことだ?海底百100万マイル?旧日本のディズニーですら二万やぞ?


「……分かった!伝えとく!」

「……ありがと」


 最後だけは涙声になっている菖蒲さんの声が聞こえた。安心してください、ここまで来たんだ、何が何でも助けに行きますさ。


「じゃあ雪ちゃん電話切るよ」

「うん!お兄さんもありがとうございました!最後に一言だけ」

「何かな?」


 現時点でやるべきとこのすべてを完了したあたしはかっこつけるつもりは無かったけど何となくやり切った事を正体がバレないように言いたかった。


「神様は信じますか?」

「……生まれた時から信じた事はないね。これからも無いかな」


 おいおいおい、宮内庁の職員騙るんだったら最後まで演技してくれよ。帝に仕える宮内庁の職員が神を信じないって言ったら駄目でしょ。


「そうですか……でももしかしたら居るのかもしれませんよ?神様は……お天道様はいつも見守ってくれています。そして絶望の淵にある淑女がいたら居ても立っても居られない性格かもしれません……そういう変わった神様も面白くないですか?」

「……そうだね、そういう神様が居るのなら会ってみたいかな。だがどんな神様でも出来ることと出来ないことがあるものだ。そういう世の中だよこの世界は、信じられるのは自分だけだ」

「そうですか……では」


 シャーロックホームズの言葉から少しもらって聞いてみたが、以外にも相手は答えてくれた。まあ、この言葉に特段意味は無いんだけど。


 あたしは通話を切ると静かに携帯を閉じた。


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