「ふぅ……」
携帯を閉じて深く深呼吸をする。何とか十分間、電話を繋ぐことに成功した。そして同時に菖蒲さんとの会話である程度の状況把握も行うことが出来た……ある意味収穫としては十分すぎるくらいでは?よくやったよ。
何か……いつもする戦闘よりも心臓がバクバクしているのが分かる……慣れないことはするもんじゃないわ。とりあえず車のステップに座り休憩しよう。
パチパチパチパチ。
「……ん?」
気が付くと卓が拍手をしていた。雪と九条君は信じられないという表情をしている……なんでだ?
「凄いですね、アリスさんにここまで演技の才能があるとは」
「そう?設定とかある程度考えてたけど、会話内容ほぼアドリブよ?」
「ならもっとすごいですよ」
「アリスさん凄いですよ!この状況であそこまで自然に話せるなんて!僕だったら無理です!」
「ははは……そりゃどうも」
「それにしても……あなたあの状況で良くディズニーなんて単語出たわね」
「だってそうでもないと話す内容何てないじゃん?あ……雪の名前勝手に使ったわさーせん」
「別にいいわ、これである程度情報は得られたんだし」
「アリスさん、いつ内親王とディズニー行く約束してたんですか?」
「ん?……え?」
「九条君、今アリスと菖蒲内親王の話は全部嘘よ」
「え?ええええええ!?」
状況的に会話内容は全部嘘であると察することが出来そうなもんだけど九条君はそれが出来なかったか。ていうか雪に関してはあたしが声を調節して名前を使った時点で分かっていたようだ……さすがっす!
「あくまでアリスという存在しない菖蒲内親王の友人の妹を演じて菖蒲内親王が今どのような状況なのかを聞き出そうとした……刑事ドラマでよくある誘拐事件で使われる手段ね。まあ犯人が何故疑わなかったのかは疑問だけど」
「簡単だよ、菖蒲さんは根っからの推理小説好きよ?推理小説ファンなら一度は思うんじゃない?もし自分が誘拐されたら電話でこういう風に状況を伝えるだろうって、あたしもそれを知ってたから会話内容を考えた……そして菖蒲さんはすぐにそれを察して会話に合わせてきた……ある意味共同プレーだね」
「あと、犯人が逆探知という手段の存在を知らなかったのもあるかもしれません」
「というと?」
「先ほども言いましたが、この国の警察は現状電話から逆探知をするのは不可能です、逆探知という存在すら犯人は把握してないかもしれません。だからこそ電話に出たのでしょう。会話さえ何とか躱せれば怪しまれることは無いと……今回はその油断が功を奏しました」
「なるほどね」
ある意味技術を知らなかったからこそこちらに利があったわけか……まったく無知は罪だねえ。
「さてこれからどうします?逆探知で位置情報は分かりました」
「そりゃここまで来て警察に任せるなんてせんでしょ?あたしの性格考えてほしいわ」
明らかに捜査上貴重な情報を後は警察に任せます……警察に手柄を譲りますよ?なんてあたしがするわけないじゃない!
「でも……ちょっと問題というか……疑問があるんですよね」
「ここで?なによ」
「手に入った位置情報……おかしいんですよ、それに電波が弱い」
「それについてもある程度理由は分かるよ。なあ雪さん、この国にもディズニーがあるのは把握してんだけどさ……海底百万マイルってアトラクション……ある?」
「行ったことないから分からないわ」
「無いですよ……いやあるにはありますけど、海底二万マイルっていう名前です……明らかに深いですね」
普通のアトラクションより深い数字で伝えてきたってことは……そういう事でしょ?
「……ああ、なるほど。菖蒲内親王は逆探知の存在を知らなかったから現在位置を何とか暗号か何かで伝えようとしたんですか……普通のアトラクションよりも深い名前ってことは今地下に居るって伝えたかったわけですか……ていうか問題はそこじゃないんですよ」
「じゃあ何さ」
「逆探知で割り出した、位置情報を地図に書き込みました……見てもらえれば分かります」
全員で書き込まれた地図を覗き込んだ。
「……わーお」
「……え?」
「……えっ!?」
書き込まれた範囲にあったものは……第二日本重工だった。
「灯台下暗しってこういうことを言うんだっけ?まさかお二人が誘拐された場所がお二人の結婚相手の父親が社長を務めている場所とは……まさか犯人って」
「分からないわ、もしかしたら御曹司に恨みを持つ人間が企てたって可能性もあるし……行って確かめて見ないと」
「そうだね」
「なら……どうします?車があるので乗っていきます?」
「いや……車だと少なく見積もっても一時間以上は掛かるでしょ?ならここはスピード重視で箒で行こう……全員分の箒ある?」
「もちろん」
「じゃあ決まりね」
「おっけ」
卓と橘さんが片づけに奔走し、あたしと雪と九条君は箒で飛ぶ準備を始めた。
そして十分後、全員の準備が整うと、第二日本重工に向けて飛びだった……その瞬間、脳裏に別の問題があったことを思いだす。
「あ!……忘れてた!向かう場所変更!」
「は!?」
先頭だったあたしは先に済ませておかなければならないことを思い出し、飛んでいる方向を少し調節、携帯を開くとある人物に電話を掛けた。
新宿、遼さんと九条君が共に暮らすマンションの前にやって来ると、仕事の途中で抜け出してきたのかバーで見た服装のまま待機している遼さんが居た。
「大輔!大丈夫!?」
「遼さん、僕は大丈夫です」
遼さんは九条君の姿を見るや全速力で近づくと力ずよく抱きしめた。普通なら行く行方不明になっていたのだから平手打ちの一発でもと思うだろう。
だがそこはあたしの事前説明により回避している。不特定多数に恨みを持っているであろう西宮家の二女と一緒に歩いていたら誘拐されちゃったので助けたよ!と伝えていたのだ。
「女島さん」
九条君を抱きしめている遼さんの下へ雪が歩み寄る。そして深々と頭を下げた。
「この度は私の落ち度で息子さんを危険な目に合わせてしまった事を心よりお詫びします」
「……あなたが西宮家の雪さんね。大輔から聞いてたわ」
「はい」
「安心して頂戴、気にしてないから」
「え?」
「こういう時の為に大輔にはある程度の護身術は教えていたのよ。でも今回は……ちょっと手に負えなかったようね、次からはもっと稽古の質を上げた方がいいかしら?」
「……ほどほどに」
「ふふふ」
遼さんと九条君のホンワカした会話に少し落ち着きを感じたあたしだがまだ任務が残っていることは忘れてはいない。
「それで?皆今日は疲れたでしょ?軽い物ならお店で出せるわよ?来る?」
「いやあ……またこれから一仕事あるんで遠慮します」
「あらそう?因みにどこ行くの?」
「もう一件、囚われた二人ほどの姫君を助けに」
「……まさかもう一件誘拐事件起きてたの?」
「そうなんすよ!しかも誘拐されたの……菖蒲内親王と百合内親王なんすよねえ」
「…………は?」
遼さんが固まった。
「ええええええ!?重大案件じゃない!警察は何やってるのよ!?」
「それが犯人とまともに接触できてないらしくてー、なので今からあたしたちが乗り込もうかと」
「いやいやいや!警察が居場所特定できてないのに、場所特定できてるの?」
「はい、携帯の電波を逆探知しまして、これから向かいます。ですけど多分今回の事件より敵の人数多いと思うので九条君は非難させておこうかと」
「え!?アリスさんだからここ来たんですか!?」
「もちろん」
さすがにさっきよりも苛烈な戦闘になるであろう今回の事件に九条君を同行させるわけにはいかない。
「アリスちゃん、相手の規模と武装の想定は?」
「……ライフルを持っている可能性は捨てきれませんけど……人数はある程度把握しています。まあ誘拐された人が人なので護衛としてプラス複数人いるでしょうけど何とか」
「……ならあたしもついていくわ」
「そうですか……はい?」
「皇族の女性が誘拐された……しかも警察も捜査に進展なし、時間が進むにつれて政府を巻き込んだ事案になるわよ?それに……」
「それに?」
「戦力は多い方が良いでしょ?」
「まあ……そう言われればそうですけど」
「ちょっとアリス!この人戦闘できるの?」
「あら失礼ね、こう見えても元空挺隊員よ?表には言えない作戦とか色々やってきたんだから」
「えええ!?あ……そうなんですか」
改めて雪が遼さんの屈強な肉体を見て納得する。
確かに、現状戦闘が出来るのはあたしだけだ。雪は今回の犯人が自分を誘拐した犯人が内親王誘拐犯と繋がっているかもしれないという可能性を確かめるために付いてくるだけで戦力にはならない。
それに遼さんは元空挺隊員というほかにプロソス王女救出作戦にも参加したことがあるのだ、実績、実力ともに申し分ないだろう……あれ一体何年前の作戦だという細かいことは置いといて。
「じゃあお願いできますか……ていうかお店は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ!店の常連はあたしが元空挺隊員だってことは知ってるからね!ちょっと問題が起きていかなきゃならないって伝えとけば問題ないわ!」
「はあ」
それはそれで納得できちゃう客側は一体何者なんですかね?
元自衛官……とりわけ空挺隊員だった遼さんの動きは早かった。ジョンウィックが装備を身に付ける速さで、拳銃、ホルスターを身に付けた遼さんがマンションから登場する。
「あの……遼さん!」
「ん?何かしら」
「僕もついて行きたいです。ついて行かしてください!」
「……駄目よ、アリスちゃんも言ったけれど今回の事件はあなたや雪さんを誘拐した犯人よりも規模も強さも違う可能性があるのよ?あなたには何も出来ないでしょ?」
「アリスさんの戦い方を目に焼き付けたいんです!今までは助けられる側としてしか見られませんでしたけど今度は違う目線でアリスさんを見てみたいんです!稽古としてではなく……実戦の中で」
「しょうがない子ね」
「守る保証は出来ないですけど遼さんが良いというならあたしは良いです」
「……分かったわ、ならいくつか約束をしましょう。あなたは絶対に戦わないこと、あたしの傍に居ること、あたしの指示に従う事、いいわね?」
「はい!」
「じゃあ防弾チョッキもう一個持ってくるわね」
ほほえましい……会話では無いな。
数分後、遼さんは過保護だったらしく逆に動きにくいんじゃないすかね?と言えるレベルで防弾チョッキ等で全身をがちがちに固めた九条君が完成すると、全員で箒に跨り目的の場所である第二日本重工本社に向かった。