目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

同時誘拐事件 12

「……えっと……アリスちゃん」

「何ですか?」

「確認しなかった私も悪いんだけど……目的地、ここで合ってる?」

「合ってますね」


 遼さんを仲間に加えたあたしたちはすぐに目的の場所である、第二日本重工の本社ビルの前に来ていた。


 だが遼さんとしてはまさかここに来るとは思ってもみなかったようだ。


「確か……お二人が婚約したのって……」

「はい、ここの社長の双子の御曹司ですね」

「……嘘でしょ?普通誘拐だったら山奥とか!廃工場とかでしょ!ここ都会のど真ん中よ!?」

「そんなこと言われても……携帯の電波を逆探知したらここだって出たんですからしょうがないでしょ」

「その逆探知が間違ってる可能性は?」

「……その逆探知で雪と九条君の居場所が判明したんですよ?」

「……なるほど」

「お待たせしました」


 誘拐された現場について遼さんと議論している間、上空から本社ビルの敷地内を軽く偵察に出ていた卓と九条君が戻って来る。


「何で僕がこんな事」

「だってもし上空であいつらに見つかったらまずいじゃん?卓は顔割れてないし、九条君も誘拐されはしたけど目的の人物じゃない……なら適任じゃん」

「そうなんですか?まあ良いですけど」

「で?結果は?」

「予想通りと言いますか、本社ビルの敷地内にはどこの所属は不明ですがかなりの人数が警備に当たってますね。ただの重工業の本社の警備にしては重すぎるレベルで」

「装備は?

「そんなこと僕に分かるわけないでしょ」

「僕なりに見た感じで良ければ」


 一緒に偵察に行った九条君が話し出す。


「皆両手が空いてました……でも武装はしてるはずなので最低限、杖と拳銃……ライフル類はもってないと思います」

「でしょうね、一会社の警備にライフル構えた警備何て聞いたことないわ。駐屯地ならまた別だけど」

「となると、装備は一様に杖と拳銃……問題は人数か」

「どうするのアリス」


 まあ、ここまではある意味予想通りだ。皇族の女性を誘拐するんだ、何の作戦も準備も無く動くほど奴らは馬鹿じゃないだろう。なら正面から堂々と侵入は無理だな。


 となると……。


「やっぱ、地下から行くか」

「上下水道ね、確かにお二人が囚われているのが地下なら地上の戦力を躱すためにも地下から行った方が簡単ね。でも問題は地下から行ってバレた時よ?表の戦力が地下に回される可能性もあるじゃない?」

「そうなんですよね……でも」


 ここで一つ発動しようじゃないか!隠してた……と言うか使うつもりは無かったけどある意味ここでしか使えない切り札を!


「皆さんは地下に潜る準備をしててください。あたしは地上に居る戦力を上に留める戦力を召喚しますので」

「どうやってよ」

「ん?いるでしょ?今あらゆる情報を欲している人物が……霞が関に」

「はあ?」


 携帯を開くと……師匠に電話を掛けた。


 プルル……プルル……ブッ。


 お!さっきより出るのが早い!


「アリス!何度も言うが今忙しいんだ!重要なことなら明日聞く!今日は……」

「明日?でもあたしは師匠が今すぐにでも欲しい情報をあたしが知ってるとしてもこの電話を切る?」

「……は?……ほう?なら俺が欲している情報とやらを当ててみろ、当てられたら聞いてやる。そうでない場合、即座に切るからな」

「了解!……そうだな、あたしが夕ご飯に食べたラーメン屋のなま……」


 ブッ……ぷー……ぷー……ぷー。


「……ありゃりゃ」


 もう一度かけた。


「冗談ですやん!今の師匠には冗談も通じんのか!」

「そうだ!今の俺は冗談が通じるような状況じゃない!」

「ま、そっか……菖蒲内親王と百合内親王が誘拐されて何一つ情報が無いってなったらそりゃあ冗談の一つも返せんよな」

「……っ!お前!それをどこで!マスコミにもまだ!」

「それは今どうでも良いでしょ?二人が今どこに居るか知りたい?」

「何でお前がそんなこと知ってるんだ。今だ犯人とも連絡が取れないのに」

「菖蒲内親王は携帯持ってたでしょ?直接電話を掛けた」

「携帯を持ってることぐらいこっちでも把握しているさ、でも掛けても繋がらなかったんだ、お前が掛けて繋がるとでも?」

「うん……多分犯人はあたしのことをただの友人ぐらいしか思ってなかったんだろうね、あたしの場合は繋がったよ」

「それで?誘拐されていて犯人が近くに居るってのにおめおめと居場所を言わせるほど犯人が間抜けだとでも?」

「いや?直接場所は聞けなかった」

「だろうな」

「でも居場所は判明した」

「だからどうやってだ!」

「そこ警視庁でしょ?それに事件の規模を考えると近くに識人が居るはず……その人に携帯の電波を卓に逆探知してもらったって言ってみな?意味が分かるから。じゃあ場所を言うね」

「ちょっと待て!逆探知?何を言ってるんだ!」

「第二日本重工本社ビルのどこかだよ」


 ブチっ!


 必要最低限の情報だけ言うとあたしは携帯を切った。今頃師匠は軽いパニックになっているだろう。そして近くに居る識人に逆探知の事を聞くはずだ。そしてあたしが言った情報が正しいと気づいてすぐさま行動し、龍炎部隊をここに派遣するはずだ。


 そうなれば地上に居る戦力は警察と龍炎部隊により動けなくなる。そうすればあたしたちは増援を恐れることなく地下から侵入することが出来る。


 完璧な作戦だ……今の所は。


「アリス準備は終わった?」

「イエス!皆は?」

「完了よ」

「はい」

「おっけ!じゃあ行きますか!」


 準備が整ったあたしたちは近くの下水道へ繋がるマンホールを遼さんとあたしでこじ開けると地下に潜った。



「あたしの知ってる下水道と違う」


 下水道に潜ること数分後、あたしは下水道が綺麗……というより匂いが無さ過ぎてびっくりしていた。


 下水道……その名の通り生活排水を集めるために地下に張り巡らされている空洞だ。生活に必要な綺麗な水を運搬する上水道と違い、生活排水……つまり私生活で使った水をそのまま流すので匂いがあるのは当然だと思ってある程度覚悟はしてたのだが。


「当然よ、下水道敷設の時に同時に魔法陣で匂いを抑えてるんだから」

「なるほど」


 いやあ、日本人の見えないところの気遣いってすごいのね。


「それより、道は合ってるの?」

「知らん、卓が用意した下水道の見取り図と遼さんの道案内だからあたしは基本地図は覚えられんので」

「まったく」


 卓は『サポート役が一緒に行くのはおかしいでしょ』という理由で第二日本重工へ繋がる下水道の地図を遼さんに渡した後、あたしと遼さんに無線機を渡して車で待機していた。


 バイオの時みたいにあたしはまた卓の声だけを聴くだけになってしまった。


 まあレオンに対するハニガンだと思えば納得してしまう自分が居る。


「うーん」


 地図に従って下水道を先導していた遼さんだったが何かを見つけたようで立ち止まった。


「遼さん?道間違えた?」

「いや、この地図が正しければ……この先四俣ぐらいに分かれる広い地下空間に出るんだけど……位置的にちょうど戦闘しやすいなって思ったのよ」

「広いなら良いじゃないですか、何か問題でも?」

「なるほど、敵もそう考えるよね」

「え?」

「地下の戦力はさすがに分からんけど、地上にあれほどいたんだ、地下にもある程度戦力を割いていると考えるのが普通。ならある程度広がって戦いやすい場所で待機するのは常套手段と」

「そういうこと。さすがねアリスちゃん」

「ていうことは……」

「ここを抜けたら軽い戦闘になるかな」

「……!」

「……」


 先頭という言葉を聞いた瞬間、雪と九条君の表情が強張る。いや、君たちは戦わないでしょ?戦うのあたしと遼さんだけよ?


「ま、とりあえず行ってから考えよう!」


 ここから先は敵がいると想定されるエリアまで一本道だ。ならなるべくばれないように進み敵が居たらその時考える!これで良いじゃない!こっちは別に訓練受けた戦闘員じゃねえのよ!



「……五人かあ」


 一本道の下水を抜け右側の下水道に入る入り口には五人ほどのスーツを着た男たちが居た。全員両手は空いている……つまりライフルは携帯していないということだ、ワンチャンサブマシンガンとか持ってる可能性はあるけども。


「どうする?迂回する?」

「一応、迂回路はあるわね。でも軽い時間ロスになるわ」

「……この場合、空挺ならどうします?」

「そうね……残り時間によるわ。まだ時間があるなら弾薬節約となるべく重要な戦闘以外を回避するためにに迂回するわ。でも時間が無い場合、もしくは人質の命が危ないなら安全を確保しながら少し強引でも正面突破化かしら」

「なら……正面から行きましょうか。遼さん、ちょっといいですか?」

「なに?」


 数分後、あたしの提案……作戦を聞いた遼さんが必死に声を出さないように笑っていた。


「そんなにおかしいですか?」

「おかしいわよ!だってこれ、昔龍ちゃんとやった作戦で同じようなことしたんだもの!やっぱ弟子は似るわね」

「あーあははは」


 昔やった作戦……つまりプロソスの王女を救出した作戦か。詳細とは言わんが師匠から色々聞いたけど……まったく同じようなことしたんか……何か嫌だな。


「まあいいわ!あの時は龍ちゃんの単独、今回はその弟子と協力、燃えるじゃない」

「じゃ行きますか?」

「ええいつでも……内容はあなたに合わせるわ」

「了解です」


 雪と九条君が見送るなかあたしと遼さんは五人の男たちの前に……普通に歩いて行った。


 歩くこと数秒後、男たちの一人があたしたちに気づいた様子で仲間にアイコンタクト送る様子が見て取れた。


 よし作戦……演技開始だ。


「あれー?どっか行っちゃた」

「アリス、前にも言ったけどいきなり走り出すの辞めないか?おかげで変な所来ちゃったよ」


 声色が……変わった!?いつもの姐さんみたいな声色から少しダンディーなイケメンボイスに変わってらっしゃる!?


 あたしの方が少し動揺するわ!


「でもー可愛い動物が居たんだよ?触りたいじゃん!」

「君たち!ここで何してるんだ!」


 男たちの一人が声を上げた。


「え?お兄さんたち誰?こんな所でなにしてんの!」

「それはこっちのセリフだ!何処から入って来た!」

「……可愛い動物追いかけてここに来たから分かんない!」

「……はあ!?まったく……あなたは保護者?」

「ええまあ……この子ちょっと年は離れてますが妹なんですよ。見て分かるように自分が興味を示すと勝手に動いて困っててね」

「ならちゃんと見てなさいよ、普通生き物を追いかけるって言っても下水まで入って来るなんてありえないでしょ?」

「ははは……そのあり得ないをやっちゃうのがこの子……なんですよ」


 凄いな……完全なアドリブなはずなのにちゃんと遼さんは怪しまれない演技をしている。何?第一空挺団って演技必須なの?


「でもなあ……いたんだもん」

「居たんだもんじゃない。それにもうどこにもいないし、一旦帰るぞ。母が心配する」

「分かった!……帰り道どこ?」

「……まったく、地図持ってるか?」

「え?ああ」


 迷子になった兄弟と完全に認識しているのだろうか、五人の男たちは近寄って来ると取り出した地図に現在位置や地上に出られる最短ルートを書き込んでいった。


「すまないがこの地図を渡すことは出来ないから覚えてもらうしかないけどいいかい?」

「大丈夫です、ちゃんとわかります」

「お兄さん!ありがとう!優しいね!」

「そりゃどうも、次からはこんな所来ちゃ駄目だからな?」

「うんわかった!」


 五人の距離は密接、両手は空いている、つまり武装は完全にしてないと分かる。ここから武装し、攻撃に出るまで……十秒ほど、なら十分か。


 あたしはさりげなく遼さんにアイコンタクトを送る。


 それに気づいた遼さんは僅かに頷いた。


「じゃあお兄さん最後に……」

「何だい?別れの挨拶?」


 まあ……ある意味別れの挨拶って言えばそうなる。


 あたしは男の一人に近づくと耳元に口を近づけた。


「あたしが言うのもなんだけど」

「……?」

「こんな場所と状況でいきなり現れた人を信用しちゃいけないよ?」


 バチン!


「……がっ!……」


 バタン!


 男の顎に真横から一線を食らわせる。こうすると脳が揺れてどんな屈強な男でも脳震盪でダウンだ……ワンチャン死ぬ可能性もあるにはある。


「なっ!」


 いきなり少女が男を失神させた現状に驚きを隠せない男は少し後ずさりしながらも腰の拳銃に手を掛ける仕草をした。


 ……もう遅い。


 バっ!ドン!


「……ぐっ!」

「……ん?」


 これからの事を考え、銃弾を節約するために腹部に一発右のフックをぶち込んだのだが……何故か手ごたえがない、というより硬い何かに阻まれた。


 これ……防弾チョッキか。こいつらが何者なのか益々気になってきたな、この国の一般人って防弾チョッキ普通に手に入るもんなのか?まあ拳に魔素を展開してたから作用反作用の何たらはあたしに来なかったけど。


 でも分かった所であたしには無意味だ。


「もう一発」


 ドーン!


「があああ!」


 次は表面だけじゃなく体内にちゃんと魔素が侵入するように量と形を調節して叩き込む。殺さないように体の中が揺れる程度に魔素の動きを抑えているので体内の臓物が直接揺らされる感覚になるはずだ。


 よもや殴られただけで防弾チョッキを貫通するとは思ってもみなかったのだろう、男はいきなり現れた激痛と恐らく気持ち悪さにに耐えられず白目を剥いて口から何かしらの液体を吐き出しながらその場に気絶した。


 死んでないことをお祈りします。


「次……ってあれ?」


 さて次のお相手は……と思っていたのだが、なんとすでに遼さんがノックアウト済みだった。


「あら!アリスちゃん、二人倒したのね!さすがよ!」

「そ……そっすか?どうも」


 おかしい。確かに二人を倒すに少しばかり時間が掛かったかもしれないし、その事を否定する気はない。これから精進すればいいだけだ。でも……あたしが集中していたせいもあるのか……三人と戦闘したような音なんてほぼしなかったんだけど!?


「どうかした?」

「いえ……早いなってそれにほぼ音もなく」

「ああ、これでも元空挺よ?それにアリスちゃんみたいに派手な戦い方も好きだけど自衛隊ではそれは通用しないの、特に第一空挺はね。音もなく近寄り音もなく制圧し最後は音もなくいなくなる、これが第一空挺団が理想とする戦闘術よ」

「ははは……なるほど、勉強になります」


 そりゃあ第一空挺団が狂ってる団とか言われるわけですよ。バケモン過ぎません?これが何百人とひしめいてるんですよ?もし……もしも遼さんが現役だったら、順先輩生きてられたのかな。


 ていうか、考えてみれば龍炎部隊って確か、遼さんが参加したあの作戦の後に作られたんだよね?なんでここまで強いのに遼さんは龍炎部隊はいらなかったんだろう?なんか特別な事情でもあったんかな?


「二人とも!出てきていいよ!」


 あたしが声を掛けると雪と九条君が出てくる。


「アリス、やっぱあなた凄いわ」

「いや……今回は遼さんが凄いよ、あたしは二人しかやれなかったし」

「いえ、この状況で二人も確実に制圧するなんてちゃんと技術と精神の賜物よ、ちゃんと自信を持ちなさい?」

「雪に褒められるとはね」

「貴方の戦いを今まで一番近くで見てきたもの、褒めるのは当然よ」

「さ、あなた達デブリーフィングは後にして、先を急ぎましょ?」

「「はい」」



 まず最初の軽い戦闘を潜り抜けたあたしたちは広い場所からまた第二日本重工の真下へ出るはずの狭い一本道に入った。その間、特に敵が出るわけでもなく順調に進んでいく。


また途中から通路の様子が変わった。どうやら下水道から地下通路に変わったようだ。


 そして恐らく第二日本重工の真下に当たる場所に行きつくとまた広い地下空間に行きつく。


「また広いな、そして少し暗い」

「ここは恐らく非常用に作られた地下通路ね。普段は使われてないから暗いのよ」


 暗すぎて広さが分からないが、車が十台ほど止められるほどには広いことは認識できる。そしてこの空間に一つだけ非常灯が付いている扉があることからそこから本社ビルに入ることが出来るのだろう。


「さて!行きますか!いよいよ内部潜入だ」

「これまで以上に警戒しなきゃ駄目よ?」

「もちろん!」


 あたしは非常扉まで警戒をしながら歩き出した。


 ……その時だった。


 今思えば何故この時、殺気を感じることが出来なかったのかと疑問に思うばかりだがこの時のあたしは連戦だった影響か少し集中力が切れていたのだろう……ちゃんとお菓子食ったのに。


 そして逆にもう現役を退いているのにも関わらず戦闘力が落ちてなかった遼さんだけが……その殺気に気づいていた。


「……アリスちゃん!避けて!」

「……へ?」


 背後の遼さんの声で振り向こうとした時だった。


 バン!バン!


 少なくともあたしと遼さんからではない銃声が右側から二発轟いた。そしてあたしは残念ながら右手に握っていた杖を何とか銃声が轟いた左側へ向けようとしたが遅かった。


「……がっ!」


 打ち出された二発の銃弾の内、一発があたしの左胸の少し下、脇腹付近に着弾するとあたしは激しい鈍痛により意識が吹っ飛び気絶した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?